第332話 戻ってきた日常
おはようございます。
これ、前もやったことある気がする。
時間は…三の鐘が鳴るまであと三十分くらい。
カーテンの隙間から入ってくる日の光は既にそれなりの高さになっている。
いつもならとっくに起きて朝食を済ませて仕事を始めている時間だ。
なのに私は昨夜寝ようとした時の格好…全裸のまま。
これどこかに就職してたら絶対滅茶苦茶怒られるやつだけど、今の私は貴族家当主の立場で言ってしまえば自営業なわけで。仕事をする時間は自由なんだけど、使用人達にあまり堕落した姿を見せるわけにもいかない。
いかないんだけど…今日は勘弁してください。
徐々に頭が覚醒してくると、目の前で私と同じく全裸で横になっている少女、ユーニャのことをはっきりと認識していく。
まだ眠っている彼女が昨夜はいろんな制約から解放されたせいで本性剥き出しのまま相手することになったんだけど…相変わらず凄すぎた。それこそ正に獣欲に身を任せた野獣?
まぁ何が凄かったかは恥ずかしすぎて言えないけど、その要求に応えてしまった私自身が何よりも恥ずかしい…。
今は完全に正気だからこそ、昨夜のことを思い出すだけで顔から火が出そうなほど。
何で私あんなことしちゃったんだろ。ユーニャの顔に……いやいやいやっ! 思い出さないよ!
こんなんじゃ今日ユーニャと顔合わせられないかもしれないよ。
そんなことを悶々と考えていたのに、ふと視線を前に戻すと目を開けたユーニャとピッタリと視線が交わった。
「おはよ、セシル」
「おっ、おぉおは、おはよう!」
「んん? どうかした?」
「な、なんでも、ないよ?」
ビックリした。
まさかユーニャが起きてるとは思わなかったよ。
ユーニャはベッドの上で再び私に抱きついてくると、そっと唇同士を触れあわせてきた。
あまり激しくしちゃうとまた火種が激しく弾けちゃうから、そうならないように本当に触れただけのキス。
「ふふっ、二人ともすごくベチャベチャだね」
「…うん。凄かったから」
「お陰で私も『セシル分』の補充が出来たよ」
「えぇ? 何それ…もう…。でも私も『ユーニャ分』の補充は出来た、かな」
「ほんとに? 嬉しいっ」
そんな感じで起きてしばらくの間ユーニャとベッドの中でイチャイチャしたのだけど、三の鐘が鳴り終わると同時に部屋のドアがノックされた。
「セシーリア様、ユーニャ様。お時間でございます」
昨日ユーニャが話していた通り、ステラは時間通りに私達を起こしに現れた。
起きていたけど、当主は基本的に呼ばれるまでベッドで待つものらしいから。
「おはようステラ」
「おはよう」
私達はシーツで自身の胸元を隠しながら起き上がり、いつも通り無表情なステラに挨拶を返した。
「湯浴みの準備は出来ております。その後食事を済ませていただき、お二人とも本日の仕事に取り掛かっていただきます」
何故だか少し機嫌の悪いステラ。
いつも通りほぼ無表情なのだけど、言葉に棘を感じる。
「わかった。それじゃ私達はこのままお風呂に行くよ。ユーニャ、捕まって」
「うん」
私の首に手を回して捕まるユーニャを見て、ステラの眉がピクリと動いたけど、何も言ってこなかったのでそのまま短距離転移でお風呂の洗い場へと転移した。
でも私は聞いたよ!
転移する直前、ステラが。
「この掃除をする私の身にも…」
って言ってた!
うん。せめて次回からは起きてすぐ洗浄くらい使っておこう。
ユーニャと濃密な夜を過ごした翌日から私は精力的に仕事をこなしていった。
まずは帝国の副隊長だったノルファを迎えに行った。
それから敷地内の警備計画、警備担当のミオラ、ロジン、オズマ、ノルファの訓練。
インギスが完成させた報告書を陛下に提出。
宰相、レンブラント殿下へ細部報告。
ユーニャのカーバンクル商会運営確認。カンファさんのヴィーヴル商会も同様だけど、事業をかなり手広くさせているのでそれぞれの担当者からの報告。
今後傘下に入れようと考えているモンド商会の財務確認のためにユーニャ、モルモ同席の上で面談。
いくつか思いついた魔道具についてアイカと一緒にリーゼさんと打ち合わせ。
そして時折ストレス解消のためユアちゃんのダンジョンで暴れて、彼女と一緒にお茶会。
これらを十日間の間で全て済ませ、ようやく少しだけ時間の余裕が出来た。
「あとは私が直接やらなくてもいいことが大半かな?」
執務室のゆったりとした椅子に背を預け、目の前に並んだ書類の束を睨みつけた。
「左様ですな。残るは王妃殿下とのお茶会、影ギルドへの表敬がございますが…」
「それはいつも通りだよ。ディックとクアバーデス侯に手紙は出しておいてくれたよね?」
「はい。既にディッカルト様の手元には届いているかと思います。クアバーデス侯爵への手紙は本日あたり届いている頃かと」
「うん。そっちは返事待ちだね。とりあえずは…こんなところかな…」
毎日七の鐘が鳴るまでこの執務室で仕事をして、それからユーニャに誘われてお風呂、一緒に就寝している。
帰ってきた初日みたいな濃密な夜を過ごすことはなく、ただ一緒に寝ているだけなんだけどね。
ちょっとしたことはお風呂で済ませるようにしているから。
そうじゃないとまたステラの機嫌が悪くなる。
「シャルラーン様とのお茶会はいつだっけ?」
「十日後でございます」
まだ余裕があるね。
ベオファウムに行こうと思ってる日はクアバーデス侯とディックからの返事待ちで、それはシャルラーン様とのお茶会より後になるだろう。
リードに渡すお土産はもう用意してあるし、カリオノーラ様との婚約祝も用意した。
第三王女殿下であるカリオノーラ様は既にクアバーデス侯爵領都ベオファウムにある領主館に入っており、婚姻まで一緒に過ごすそうだ。
今回の王位継承騒動でアルフォンス第一王子殿下派が勝利して、リードとカリオノーラ様の間に男の子が生まれれば、その子が爵位を継いだ時点でクアバーデス侯爵は陞爵し公爵になる。
…逆にディルグレイル第二王子殿下派が勝利するとミルルは王妃殿下になるわけだけど、国政は軍拡路線を辿る。
そうなると私も貴族の義務として戦争への参加を言い渡されるだろう。
そしてどちらかが勝つと、負けた方には相応の報復が待っている。対立派閥に与した貴族は降爵、または取り潰し。
当然王子殿下は処刑。
どちらにも犠牲を出さずに済ませることが出来れば一番良いのだけど、話が拗れてしまって最早修復不可能と聞いている。
ディルグレイル第二王子殿下が王位継承から手を引くのが一番良いのだけどね…。
「とりあえず、いつも通りお菓子を用意しないとね。ある程度仕事は片付いたから私が作ってもいいけど…」
「そういうわけには参りません。いつも通りステラに用意してもらいましょう」
そうなるよね。
最近は料理長になった料理人もいるんだけど、シャルラーン様へお出しするには心許ない。
それは私が作っても同じことなんだけど。
「よし。じゃあ影ギルドに訪問しようか。ミオラを呼んできて」
「ミオラは本日休みになっております。ノルファをお連れしましょう」
あぁ…ミオラは休みか。
普通の貴族家は使用人に休みを取らせたりしないらしいんだけど、我が家はシフト制で週一回以上の休みを取らせてる。ブラック、ダメ、絶対。
ノルファにもランディルナ家の装備やカードを渡したし、良い機会だから一緒に連れて行こう。
「わかった。私服と剣だけで玄関に来るよう伝えてね」
一時間後、私とノルファはいつもの歓楽街を歩いていた。
私は目深に被ったフードを着けているけど、ノルファは仮面をつけてもらっている。
顔はかなり整っているから余計なトラブル防止のためだ。身体は…残念ながら前世の私より更にスレンダーで、控え目に言ってもぺったんこだし髪も短いせいで下手をすれば男性に見られるかもしれない。
「それにしてもセシ…お嬢様であれば護衛など不要ではないでしょうか」
「あぁ…そうなんだけど、連れて行かないとみんなが心配するからね」
「それかアイカ殿を連れていけば…」
「アイカはこういうとこに来るとちょっと拙い事情があってね。あ、ノルファは平気?」
「はい。軍では男性ばかりでしたので常にそういう話ばかり聞かされていました」
それもそうか。
帝国は王国よりも男尊女卑の強い国だし、軍隊みたいな組織じゃ男性ばかりになるのも仕方ないよね。
そんな帝国で副隊長まで上り詰めたノルファを私は高く買ってるんだけど。
短く揃えたダークグレーの髪を揺らしながらノルファは私の後ろからついてきてくれている。
時折酒に寄った下心満載のおじさんに絡まれたりしたけれど、ようやく再奥にある影ギルドの本部へとやってきた。
入り口で暇そうに突っ立ている見張りにザガンに取り次いでもらえるように声を掛けると私は案内されるまま奥へと足を進めていく。
途中にある部屋から女性のアレな声が聞こえてくるのをスルーしながら応接室へとやってくると、ザガンとミックが迎え入れてくれた。
「こんばんは。二人とも久しぶり」
一番奥の席に腰掛け、ノルファが私の後ろに立ったところで二人に声を掛けて座らせた。
「久しぶりだな。国内の西部に視察へ行ってたんだってな」
いつもの気安い話し方とニヤニヤした笑顔でミックが挨拶を返してきた。
直後、後ろに立っているノルファから僅かに衣擦れの音がする。
以前のミオラやリーアと同じ反応だ。
でも彼等に対しては不敬だの何だの言うつもりはない。
ノルファの動きを右手で制すると私も気安い調子でミックに返事をした。
「うん。二カ月くらい空けたわけだけど、あれから何かわかったことや動きはあった?」
「あぁ、それは儂から説明させてもらおう」
そう言ったザガンは立ち上がって奥にある棚から書類の束を取り出して私の前へと置いた。
表紙は無く、三十枚くらいの報告書だ。
「まずはざっと見てもらった方が早い」
ザガンはそれだけ言うと部屋の外に飲み物を用意するよう声を荒げていた。
私とノルファは一つ頷くと、報告書を手にとってざっと目を走らせていくことにした。
今日もありがとうございました。
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