第329話 さぁ仕事!
視察旅行を終え、王宮での報告も済ませ、使用人達に指示まで出して、ようやく私の仕事が出来る。
仕事というのかどうかはともかく今後広がった我が家の敷地を警備するためのゴーレムが必要になった。
今まで通りの形にしておきたいので、また武具を提供してもらうため執務室にいた私はステラを伴ってクドーのいる離れへとやってきた。
「クドーいる?」
「セシルか。入ってこい」
離れのドアを開けるとそこはすぐにテーブルが置かれていて、いつも私やアイカがお茶を飲んでいる、
この奥にはクドーが作った工房があり、そこには鍛治をするための炉や細工作業をするための部屋、大量の素材を納めている物置部屋がある。
物置部屋はあっと言う間にいっぱいになってしまうので、私がプレゼントした魔法の鞄の上位版である魔法の箱が十何個か設置してあるのだけど、より細分化したいようなことは最近聞いた気がする。
その物置部屋にクドーはいた。
「お疲れ様ぁ」
この屋敷は私の物だけど他の人がいる部屋に入る時はいつもこの挨拶をしてしまう。もう十七年も前のことなのに習慣というのはなかなか抜けないものだよね。
「荷物整理?」
「あぁ。ダンジョンで手に入れた鉱石や金属、魔物の素材がそれなりに手に入ったからな」
「盗賊狩りもしてたしね」
「……さぁな」
そこは惚けるのかいっ。
でもクドーの持ってる魔法の鞄でまだ手付かずのものがあるから、多分それに盗賊狩りをした時の戦利品が入ってると思う。
「まぁいいや。それよりちょっと相談なんだけど」
「なんだ?」
「倉庫街とか職人を住まわせる集合住宅を作る予定なんだけど、今いる警備ゴーレムだけじゃ足りなくなりそうなの。また余ってる武器や防具があったら都合してくれないかなと思って」
二年前にもかなりの数をもらったんだけど、あれからアイカもクドーも生活費を稼ぐ必要が無くなったせいか毎日研究やら製作やらしていたので、また溜まってる気がする。
生活費は当然私持ちだよ!
その私のお金もユーニャが稼いでくれているから、私達三人ユーニャに養ってもらってるようなもの?
貴族家当主って言っても毎年払われるお金なんてそんなに多くないし、特に私は貰える額が少ない。
私の商会が稼ぎまくってるから必要ないって言ってるからなんだけどね。
しかしクドーは顎に指を当てて思案顔のまま自分の周りをキョロキョロと見回している。
この物置部屋も棚とか作らないで床に魔法の箱を直置きしてるものだからデッドスペースがひどい。
もう少しうまくすればかなりわかりやすくなると思うんだけどね。
「…武具はいくらかはあるが…代わりに頼みがある」
「魔法の箱が欲しい?」
「…あぁ」
「そんなのはいくらでも作るけど…それよりここに棚とか作ったらもっと分かりやすくなるんじゃない?」
「それは…そうなんだがな」
…そういえば、前に住んでたアイカの店もすごく乱雑に物が置いてあったっけ。
ひょっとしてアイカもクドーも片付けがすごく苦手なんじゃ…。
私は整理整頓を結構しっかりやるタイプだから地下のコレクションルームもばっちり分類別に整理している。
でもどうもここはそうではなさそう。
魔法の箱には『石』『魔物』『失敗作』『盗賊』と書いてあるだけで、後は数字が割り振ってあるだけ。
よくこれで今まであれだけすごい武器作ったり出来たものだと感心する。
『いい仕事をするには整理整頓から』
これは私が社会人になって就職した会社で教わったことだ。
だからこそ、今のこの状況は納得しかねる。
「これ、ステラに整理してもらったらかなりすっきりするんじゃない?」
「ダメだ。俺がやらねばどこに何があるかわからなくなる」
出たよ。
これ絶対片付けられない人の言葉だよ。
「じゃあ今はどこに何が入ってるか把握してるの?」
しかし私の問いは空しく宙を舞っただけだった。
つまり探し物は毎回、その都度あちこちをひっくり返して探している、と。
「…効率悪い…。ステラ、中身を書き出しつつここを整理することって出来る?」
「セシーリア様は私に『やれ』と申し付けてくださればそれで良いのです。私はそれに従うのみです」
うん。こっちはこっちで平常運転だ。
私は盛大な溜息を吐き、そっぽを向いてるクドーを睨みつけた。
「クドーはステラの要望通りにこの部屋に棚を作ること。棚が出来上がり次第、必要な数の魔法の箱を用意するから箱も作っておいてね」
「う、む…」
いつも無口でクールなクドーが冷や汗を搔きながらたじろいでいる。こんなの初めて見たかもしれない。
男の人のこういう姿ってちょっと可愛いって思ってしまう。
「それはそうと、この『失敗作』と『盗賊』って書いてある箱貰ってっていい?」
「…あぁ。俺が必要な物は入ってないから好きにしろ」
「ありがと」
私はクドーから箱を手渡しで受け取るとすぐ横に時空理術で亜空間へと繋がる穴を開き、魔法の箱の中身をそちらに全て移し替えた。
「じゃあこれは返しておくから、またいっぱいになったら貰いに来るね」
「失敗作をそこまで大量に作りたくないのだがな」
それはまぁそうかもしれないけど、私にとっては警備用ゴーレムの元だからたくさん必要なのだ。
そのこともクドーに伝えると、物置部屋の整理が終わったらそこそこの武具一式を百セットくらい作ってくれることになったので、私はそれを楽しみに待つことにしクドーのいる離れから出ていった。
クドーから貰ってきた武具類の確認は後回しにして、私はミオラと一緒に倉庫街へとやってきた。
ステラはクドーのところで物置部屋改造作業に取り組んでもらっている。多分二日もあれば棚も箱も出来上がっているはず。
「とりあえず六割は終わってるって報告は受けてるんだけどね」
「そうね。倉庫と言っても貴族の持ち物よ? それなりの意匠を凝らすから時間はかかってるようよ」
「仕方ないってわかってるけど、なんかもどかしいなぁ」
「セシルみたいに何でも魔法で片付けられる方が異常なのよ」
「えー? ちょっと酷くない?」
「うふふ、そうかしら? ごめんなさいね」
私はミオラとキャッキャウフフと話しながら作りかけの倉庫街を見て回った。
一つ一つの倉庫は大型バスが入るくらいの大きさではあるものの、運搬は魔法の鞄を使うため入り口は人が通れるくらいのサイズだ。
そこにどこから運び入れたものなのかわかるような看板を取り付けている。外観は意匠を凝らしているが、王宮や屋敷で見られるような中世ヨーロッパ風ではなく大正浪漫を感じるような、東京駅を彷彿させるデザインだ。
「なんかあんまり見たことのない意匠だね」
「ヴィーヴル商会のカンファ殿がパトロンになった建築士が設計したものと聞いてるわ。他に類を見ないデザインの建築様式を考えたけれど、伝統を重んじないって理由だけで日の目を見なかったらしいわ」
なるほど。
確かにこの世界では今まで見たことのないデザインだもんね。
王宮はあちこちに花崗岩で作られた建材を使用しているけど、基本的に貴族の屋敷も平民の家も建築物は全て木で作られている。
けれどこの倉庫は金属の柱や梁、石材を用いた壁で作られており、それらは端部を除けば決まった寸法で作られている。
同じ寸法のものを大量に作るならこの方法を取ることで工期短縮と材料費、工賃の軽減が見込めるわけか。
「後でインギスに言ってその建築士に十倍の報酬を渡すように言っておかなきゃね」
「私から伝えておくわ」
実に見事。
なら同じように集合住宅のデザインも彼に頼むのが良さそうだ。
ただし平民が泊まることになるから外観の意匠は凝らさないように言っておかないとね。
私達は今も建設中の倉庫を横目に見ながら、既に完成しているローヤヨック伯爵領からの荷物を運びこむ倉庫へとやってきた。
「こっちよ」
ミオラが倉庫の鍵を開けて私を中へと案内してくれる。
彼女は私が留守の間、ずっと屋敷の警備を取り仕切ってくれていたから既にこの辺りのことに関しては私よりずっと詳しい。
そして倉庫の入り口に設置してある灯りの魔道具を起動させると水銀灯のような灯りが天井で煌々と光り出した。
「おぉーーーーっ! すごいすごい! いっぱい来たね!」
倉庫の中には大量に運び込まれたアクアマリンのクズ石やこの世界では無価値に等しいモルガナイトやゴッシェナイトの小さな欠片から握り拳程度の原石など。
魔法の鞄に入るだけ入れてきたローヤヨック伯爵領鉱山の『ゴミ』だ。
「えぇ。でもこれってかなり質の悪い宝石よね? 至宝伯のセシルがこんなのどうするつもりなのかしら?」
「あれ? ミオラには見せたことなかったっけ?」
私はアクアマリンのクズ石を手で一掴みほど掬い上げると両手で包んでオリジンスキル『ガイア』を発動させた。このところかなり頻繁に使っていたので、鉱物操作や地魔法を組み合わせるよりもスムーズ且つ自由に操ることが出来るようになってきた。
手の中で大量のクズ石を一つにまとめて大きな原石にする。次いでアクアマリンとゴッシェナイトに分離。一先ずはゴッシェナイト側に余計な不純物を集めておき、アクアマリンの純度を高くする。
ここから更に形を整えていくのだけど、今回は敢えてエメラルドカットにする。
アクアマリンと言えばこの四角い形にするエメラルドカットか、丸くした上で多面体に削るオーバルカットが主流だ。ミオラに純度が高く非常に価値の高いアクアマリンというものをわかりやすく見せてあげるにはエメラルドカットの方が適していると思ったからである。
分離させたゴッシェナイトの方はまた使い道があるけどちょっと放置する。今はミオラに見せるためにガイアを使っているので申し訳ない気持ちでいっぱいだけどね。
「セシル…、何、をして…?」
「はい、これなら私が持つのに相応しいアクアマリンになった?」
私はミオラにゴルフボールほどの大きさになったアクアマリンのルースを手渡した。
「…嘘、こんなの、どこから…」
私が作ったと信じられないのかミオラは茫然としながらアクアマリンに見入っている。
特に空間魔法でいろんな物を亜空間に収納していることは知っているので、これもどこかから取り出したと思っているのかもしれない。
「これが私の力だよ。価値のない宝石を集めて、もっと綺麗にしてあげることが出来るの。今ミオラが持ってるアクアマリン一つでも白金貨五十枚くらいの価値は出ると思うよ」
「ごじゅっ?! …こ、怖いから返すわ…」
ミオラはそっと落とさないように両手でアクアマリンを持って私に差し出してきたので、私もそれを両手を受け取ると腰ベルトへ収納した。
「でもミオラに渡してある装飾品にもいっぱい宝石…じゃなくて魔石使ってるから、それ全部合わせたら聖金貨三枚くらいの価値にはなるよ?」
ちなみに聖金貨三枚は王国から渡されるランディルナ至宝伯家の年間予算の六割に当たる。
商会から入ってくるお金が多すぎるせいで金銭感覚がおかしくなってるけど、前世で言えば三億円相当だったりする。
「せ、聖金貨…。え、っと…もし失くしたりしたら…?」
「ミオラでも十年くらいはタダ働きかな!」
金額とタダ働きの言葉に顔を青くするミオラ。
魔法の灯りは少し青みを帯びているせいで、すごく顔色が悪く見える。
いや、本当に真っ青だった。しかもカタカタと身体を震わせている。
ちょっと揶揄いすぎたね。
「っていうのは冗談だけどね。弁償とかはいらないけど失くしたらちゃんと言ってね? また作るから」
「…怖いから、返したいって言ったら…?」
「繰り返し言うけどミオラは警備責任者なんだから、勿論却下だよ」
ニコニコと微笑んでそう告げると、私とは対照的にミオラはがっくりと肩を落とした。
今日もありがとうございました。
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