第327話 視察旅行終わり
イーキッシュ公からディックを養子にしたいと言われ、ブチ切れ寸前だったわけだけど。
とりあえず事情はわかった。
お祖父様の息子達がディルグレイル第二王子殿下の派閥に入ってしまったために、親子といえど彼等を跡継ぎにすることが出来なくなった。その息子、所謂お祖父様の孫であれば権利はあるだろうけど、到底受け入れるとも思えない。
そこで白羽の矢が立ったのが我が家と。はぁ。
「そなたがいる限り、ディックは当主になることは叶うまい。公爵家だ。もしディックが我が家の跡継ぎとなるならば、そなたにも侯爵の位を与えて下さるよう奏上する」
「いや…これ以上の爵位は必要ありませんし…。私としてはディックにはずっと家にいてほしいと思ってます」
私の答えは予想通りなのだろう、イーキッシュ公は何も言わずに頷いた。けれどやはり少しだけ寂しそうな顔をしている。
「けど、あの子が成人した時にどういう道を選ぶのかはまだわかりません。私から離れてほしくないけど、一人の人間として彼の選択は受け入れようって思っています」
「…ふむ。つまり?」
「貴族院三年次まで、とりあえず待ってもらえませんか。それ以降はお祖父様から直接ディックに話してあげてください」
貴族院三年次としたのは大した理由はない。成人する一年前くらいからちゃんと考えるようにしてあげたかっただけだ。
ディックは入学が他の同期よりも遅れているせいで歳が上だからね。
「うむ。いや、そうか…わかった。ではディックの件は三年次になった時に私から声を掛けることとしよう。だが、その前にでも一度姉弟で訪ねてきてはくれぬか?」
「『イーキッシュ公爵』としてではなく、『お祖父様』としてであれば喜んで」
「勿論だ」
イーキッシュ公は大きく頷くと今まで見せたことがないような笑顔を浮かべた。
その表情は本当にただ孫に会うのが楽しみなだけの好々爺にしか見えなかった。
翌日の夕方、アイカとクドーはくたびれた様子もなく戻ってきた。
ニヤニヤと機嫌の良さそうな笑みを浮かべるアイカと、いつも通り愛想のない無表情面のクドー。
どうやら目的は達成されたと見て良さそうだ。
「お疲れ様、二人とも」
「おおきにぃ。なかなかおもろいトコやったで! 素材もガッポガッポやし、もう言うこと無しや!」
「俺の方も足りなかった鉱石や金属が手に入ったし、満足いくダンジョンだった」
でも確かアイカのダンジョンは七十二階でクドーの方は六十一階とかだったよね。
よく素材集めながら五日で攻略出来たね。
多分アイカの薬で寝なくてもいいようにしたんだろうけどさ。
「セシル、従者達が戻ったそうだな」
玄関で二人を迎えていたところにイーキッシュ公がやってきた。
「お祖父様。えぇ、たった今」
「お祖父様?」
アイカがすぐに反応したけど今すぐ説明するわけにはいかない。
私は二人を伴って応接室へと向かい、イーキッシュ公へと二人からダンジョンの説明をしてもらった。
「なるほど…。どちらもAランク冒険者のパーティーでないと攻略は難しいか」
「せや…そうや、です」
アイカは本当に敬語が苦手らしく、イーキッシュ公相手にさっきから妙な言葉を繰り返し使っていた。
よくこんなんで王都の貴族相手に仕事していられたね。
「ダンジョンのことはわかった。それでダンジョンマスターに会うことは出来たのかね?」
「あぁ。俺達は望む素材の提供を求めただけですぐにダンジョンから出してもらっただけだがな」
「そもそもダンジョンマスターに会うことが出来た者など、ここ数十年はいないのだがね。何はともあれ、ダンジョンマスターが攻撃的な者でないこともわかって僥倖だ」
クドーは攻撃的でないとは言ってないよ?
ユアちゃんみたいに最初は偉そうな態度を取った可能性もあるけど、殺すとダンジョンが無くなっちゃうから手加減しただけだと思う。
でもダンジョンマスターがそれなりの戦闘能力を持ってるとも思えないんだけどさ。
「貴重な情報を感謝する。何か褒美を用意してやりたいところだが…」
「不要だ。俺達が望むものはダンジョンで手に入れてきた」
困った顔をするイーキッシュ公。
まさか褒美を断られるとは思ってなかったんだろうね。
私に助けを求めるような視線を送ってきても無駄だよ。私も褒美なんて必要ないしね。
私が首を横に振ると、イーキッシュ公も同じように首を横に振った。そんなに呆れた顔しなくてもいいのに。
それから多少の雑談と、私がイーキッシュ公を『お祖父様』と呼んだ経緯を話し、夕食を挟んでダンジョン内の魔物についてもいろいろと報告していた。
そのついでに私はイーキッシュ公に明日王都へ向かうと伝えると、寂しそうな顔をしながらも「わかった」と頷いてくれた。
「けど、よかったんかいな?」
「何が?」
「あのイーキッシュ公爵ってセシルのお祖父さんなんやろ? 貴族の面倒くさいこと全部押し付けて甘えたってよかったんちゃうかな」
「いいよ、そんなの。それに今更お祖父様って言われても実感ないし、喜んでくれるのと家族がいるって実感したいだけだから」
「ほぉん…」
王都へ向かう途中の野営地で私のテントを出してアイカと話していた。
すぐに王都の屋敷へ転移してもよかったんだけど、アイカが「話がある」って言うから食事をしながらでよければと条件をつけて受けていた。
イーキッシュ公爵領領主館を出る際にイーキッシュ公自身は現れず、執事やメイドに見送られて旅立つことになった。
別れの挨拶は前日に済ませているとはいえ、ちょっとだけ寂しさを感じたのは内緒だけどね。
「それに甘えるだけで済ませてくれなさそうだしね。私には私の目的があるんだから」
「ま、それもそうやな。スマンな、野暮なこと聞いてもうて」
「気にしてないよ」
「さよか。それとな、もう一つ話があるんや」
ずいっと顔を寄せてアイカが小声で話し掛けてきた。
そんなことしなくても今このテントの中は遮音結界で音を遮ってるから他人に聞かれるようなことなんてない。
当然のことながら私のテントにはカボスさん達が入らないように言ってある。これでも一応貴族だからね。
「イーキッシュ公爵領のダンジョンマスター、なんかヤバいで」
「ダンジョンマスターがヤバいって…変な人だったの?」
ユアちゃんもヤバいといえばヤバい性格だもんね。
ぼっち鬱を拗らせすぎて話も普通に出来なくなってたくらいだ。
今でこそ私が通っているおかげもあってだいぶ話し方がまともになってきたけど。
「変人ちゃうわっ」
おっと、変な人って意味じゃなかったらしい。
「なんちゅうか……妙な気配を感じたんや。黒っぽいもやっと…いや、デロっとしたような…下水のヘドロに纏わりつかれとるみたいな気持ち悪さがあったんや」
「…っていうか表現……。何、下水のヘドロって…」
「しゃあないやろっ?! 他に言いようがないんやし」
というか下水のヘドロがどんなものなのか知ってる時点で、彼女もまともな仕事だけを受けていたわけじゃないことがよくわかる。
「でも普通に素材とか貰ったんでしょ? ユアちゃんみたいなダンジョン内ならどこでも行けるような指輪じゃなかったとしてもさ」
「そうなんやけど…だからこそ、余計におかし思わん?」
「どうして?」
私にはアイカが何を言いたいかがわからないんだけど。
「そないに変な感じがするダンジョンマスターと普通にやり取り出来とったんやで? どっちのダンジョンもや」
「うぅん…。一つだけならそういうダンジョンマスターなのかもって思うけど、両方となると…確かに変、かな?」
「なんや妙な感じがする。ひょっとしたら連鎖襲撃が起こる前触れかもしれへん」
連鎖襲撃かぁ。
ユアちゃんとメルから聞いたことを二人にも伝えてあるけど、連鎖襲撃はダンジョン内の魔物が溢れて起こることと、魔物の領域に数が増えすぎて起こることの二通りがある。
…私の故郷の村が壊滅したのは後者。
今回アイカが心配しているのは前者だ。
これはダンジョンマスターのダンジョン管理機能が暴走するか、もしくは意図的にダンジョンの外に魔物を解き放つことで起こる。
「でもAランク冒険者なら攻略出来る程度ならそこまで心配しなくてもいいんじゃないの? イーキッシュ公爵領にはそれこそ他の領地とは比べ物にならないくらい冒険者がたくさんいるんだから」
「…そうなんやけど…なんや気になるんや」
アイカがここまで気にするのは珍しい。
普段から飄々としてマイペースな彼女だ。
連鎖襲撃が起こればたくさんの人の命が消える可能性があったとしても、彼女がそれを気にするとはとても思えない。
「ひょっとして、イーキッシュ公が私のお祖父様だってこと気にしてる?」
アイカを正面から見つめて、そう問い質すと彼女はプイッとそっぽを向いた。
「…家族は無事な方がえぇやろ」
…何この子、かわいいんだけど。
私はアイカの後ろに回ってその体に腕を回すと、ぎゅっと力を入れて抱き締めた。
「なっ、なんやねん?!」
「いや、アイカが可愛くて優しくて大好きだなって思ったから」
「…なんやねんもう…。とにかく、なんや嫌な感じがしたっちゅうんはよう覚えとかなアカンで」
アイカは後ろ向きに私の頭に手を伸ばすと髪をとかすように優しく撫でてくれた。
やっぱりアイカって、お姉ちゃんって感じがしてホント大好き。
それから王都の屋敷に戻って久し振りにアイカと一緒にお風呂に入った。アイカもユーニャほどじゃないけど、やっぱりスタイルが良いのでちょっとだけ気後れしちゃうけど。
これでも前より背も胸も大きくなったんだけどなぁ。
お風呂を出てからは自分の部屋に行き、ユーニャと少し話してからすぐに眠ることにした。
もうすぐ視察旅行も終わりだからちゃんと我慢。
我慢…していたけど、これくらいならって手を繋いだりはしてたけどさ。
朝になれば朝食を済ませてすぐにカボスさんと合流して、また退屈な馬車の旅が始まる。
そして四日後の昼前。私達はようやくちゃんと王都へと戻ってきた。
今日もありがとうございました。
ストックが完全に無くなってしまいましたので、しばらくは書きためたいので更新は一週間置きにさせていただきます。




