閑話 川採集
この話はリードに出会うよりも少しだけ前のお話です。
相変わらず趣味に走ったセシルさんは暴走気味です。
誤字を発見したので修正しました。
算出→産出
ディックが生まれて既に一年半。
離乳食にも慣れてきたし、歩き始めてからはイルーナも目を離せない期間になってきている。
ディックはやんちゃであちこち歩き回ってはイルーナの手を焼かせているけど私の時と違って手がかかるのを少し喜んでいるようだ。
「それじゃ母さん、お昼ご飯はテーブルに置いたからね。ディックのご飯もあるから」
「はーい。大丈夫だからたまにはセシルちゃんもお友だちと遊んでらっしゃい」
「遊びじゃなくて訓練に行くんだってば。いつも採集に行ってる森に行ってるからね」
「あ、それならモノアミ草も採ってきてくれる?少しロープが少なくなってきてるから」
「モノアミ草だね、わかった。それじゃいってきまーす」
ついでにお使いも頼まれて私はイルーナとディックを残して家を出た。私の用事とイルーナのお使いを合わせると帰りは夕方くらいになるだろう。
いつも採集に来ている森に着いた。
この森もたまに自衛団が見回りをすることがあるけど、ハウルに確認して今日は来ないことがわかっている。
この森に魔物が出ることはほぼないけれど、たまに大型の獣が出ることもあって一人で入るのを許可されているのは男性と一部の女性のみとなっている。私やイルーナはその一部の女性に該当するわけだ。
さて、自分の用事をする前にイルーナに頼まれたお使いをしてしまおう。
モノアミ草は木に絡みつくように伸びる蔓状の植物で、非常に繊維が強く水に浸して繊維をほぐし、よく乾かした物を編んでロープを作っている。私も何度が手伝いをしたのでわかるけど、植物の蔓がここまで頑丈なロープになるのかと驚いたほどだったっけ。
そしてその植物自体は森に入ればよく見かける。事実、今私の目の前に広がっている森の風景の中に何本ものモノアミ草が見てとれる。
なるべく長い繊維を取り出したいので慎重に木から剥がして採集するのだけど、私ならその方法は必要ない。
「ごめんね、これも生活のためだから」
四則魔法植物操作を使い蔓自体が木から離れるように操作すると、全く傷をつけずに剥がれて根の近くで纏まってくれた。
根がわかれば今度はそこから先端まで操作して同様に回収していくことができるわけだ。
もちろん採集が終われば根はしっかり残して、植物操作で成長促進をかけておく。こうしておけばまたあっという間に元の長さまで戻るだろう。
ちなみにこのモノアミ草、前世の葛とかなり似ている。ひょっとしたら根からは葛粉が取れるかもしれない…一応いくつかは腰ベルトに収納しておくようにしよう。もっとも私ではその抽出方法がわからないのであまり意味はないかもしれないけどね。
ついでに森を見て周り、いくつかの薬草や野生のハーブも採集しておく。特に薬草は私でも作れるポーションの材料になるので採っておいて損はない。この森なら薬草を採集しても十日もあれば元通り繁殖するのでかなりの量を採集出来る。
尤も、今までお世話になったことはないけども。
しばらく森を回って薬草、ハーブ、それといくつか食べられる木の実も採集し、軽く狩りも行い夕飯のおかずを獲得できたところで私自身今日の目的地である川に着いた。
さて採集をしようかな!
くぅぅぅぅ…
「あ」
すぐ近くから心細くなるような音が聞こえた。
…私のお腹が鳴ったんだけどさっ。
確かにランドールを送り出すときに朝ご飯は食べたけどそれっきり食べてない。折角川にいることだし、今日のお昼は魚にしようかな!
川の中を見れば何匹かの魚が泳いでいる。何度か食べたことがある魚で安心した。
「それじゃ…。電撃魔法 電気触」
バチバチと川の中から音がすると六匹もの魚が浮いてきた。
それを回収すると地魔法で竈を作り、火を熾しておく。その後採った魚の処理をして木の枝を通してから火の近くに刺した。
後は焼けるのを待てばいい。
昼食後、私は再び川に入った。
そこまで深くない川なので私の膝くらいまでしかないが転ぶと服を乾かしたりして誤魔化すのが大変なので注意する。
この川は川底が砂地になっていて魔法を使わなくても頑張れば極小さな原石くらいなら見つけられる。
前世の世界でもそうやって宝石を取っている地方があったと思う。ちなみに日本ではあまりそういった方法で原石を探すことは珍しく、だいたいが山肌にズリという穴を掘って採掘している。
いつかはそんなこともしてみたいなと思っていたけど、結局その夢は叶うことはなかったなぁ。
「さて…やりますかっ!」
鉱物操作で近くにある宝石類を引き寄せる。
ここで採れる宝石は把握しているので一つ一つ躊躇なく集めていく。
まずはガーネット。これは本来ダイヤモンドの鉱床の近くに出ることが多い。ガーネットが見つかると近くにダイヤモンドがある指標になったりね。特に地中深くで生成されるから蟻が運び出した土を調べてダイヤモンドを探すやり方もあるとか。
でも実はガーネットは割といろいろなところで見つかる。宝石にできるほどの結晶が見つかる場所はそうないけど、日本でも砂粒くらいのガーネットはよくある。
私が探しているのもそういうガーネットだ。
しばらく四則魔法鉱物操作をしていると足元にザラザラとした感触が集まってくる。足元を良く見てみると赤っぽい茶色の砂がたくさん集まっている。
それを更に一塊にするとだいたい成人男性の握り拳くらいの原石になる。
ガーネットの和名は柘榴石。真っ赤な粒がまるでザクロのように見えることからその名がついた。確かラテン語の種を意味する言葉から派生した言葉だったはず。
十九世紀のイギリスで流行ったのがピークだけど、金の台座と合わせたガーネットは豪華で王族にも好まれ、現代でもルビーより手に入りやすいため好む人も多い宝石だ。
ちなみにガーネットは赤以外にも種類があり、緑色のものでインクルージョン…内包物が無く大粒の物は非常に評価が高く貴重で価値が高い。
宝石言葉は真実、情熱、友愛、繁栄、実りなど。血のように赤いことから怪我から身を守る御守りとしても使われることがあり、十字軍の兵士達が遠征に出るときにも身に付けていたという逸話もあるほどだ。
続いてアクアマリン。
アクアマリンは藍玉、または水宝玉と呼ばれる宝石。
分類的にはエメラルドと同じベリルに当たる。ベリルの中でも鉄イオンによる青い発色をしたものを主にアクアマリンと呼ぶ。
アクア、水とマリン、海を合わせたように海を旅する者の御守りとして古くから使われてきた。それだけでなく「イケメン漁師に恋した人魚の涙」と言われたりもする。
…イケメンは問わなかったかもしれないけど。
宝石言葉は聡明、沈着、勇敢。新たな旅立ちを支える御守りとしては最高の言葉だと思う。だからか最近では新しい人生の門出である入学や成人のお祝いに贈られることもあるとか。
それだけでなくアクアマリンには人と人との仲を取り持つような力があると言われている。恋人同士や家族、友だちとの仲を取り持ってくれる正にキューピッドのような宝石。
一般的に原石は薄い青色をしているけど、産出場所やカットによって本当に綺麗な青色を表す。ちなみに人工的に熱処理などを行うことで色を調整することはできるけど、私はこの世界でそれを行いたいとは思わない。折角そんな技術が無いのなら、無いまま宝石そのままの輝きを楽しみたいと思うから。
魔法でくっつけたりしてるのに?とか言わないでね。それとこれとは別よ?
尤も、熱処理してあったとしても鑑定することはできないから方法が判明したら、いつかはそんなものも流通するようになるかもしれないね。
「うふ…ふふ。ふふふ…アクアマリン、きれぇぇ…」
この青い輝きは…魂の回復魔法だ…。心だけじゃない、魂から浄化されていくような天上、いや母なる海の輝き。
癒やしの象徴のような宝石。
「あぁ…今日はこれを抱いたまま寝たい。大丈夫、汚れても私がいつでも魔法で綺麗にしてあげるから…ぐふふ…」
…ハッ!
いけない、つい下品な笑いが漏れてしまった。でも…。
右手にガーネット、左手にアクアマリンを持って交互に眺める。
「心が沸き立つようなガーネットの輝きも素敵だぁぁ…そしてそれをアクアマリンがすっと癒やしてくれる。荒ぶる波を生む赤と落ち着かせる凪と…私の心を掴んで離してくれない…」
森の中で一人、左右の宝石を見ながら悶えること数時間。
アクアマリンに差し込む日の光が陰ってきたことからようやく時間の経過を悟った。
「やばい、ちょっとしたストレス解消のつもりが完全に自分の世界に没入してたっぽい。そろそろ帰って夕飯の支度しなきゃ」
最後にもう一回だけ眺めてから腰ベルトに入れて、そしたら帰ろう!
結局本格的に夕方になり、日没近くなったことで我に返った私。
家に帰ってからイルーナに「セシルちゃんお腹すいたーー!」「ディックちゃんのご飯ーー!」と家政婦扱いされて解消したはずのストレスをまた溜め込むことになるのだった。
今日もありがとうございました。
明日はメインストーリーの更新をします。




