第318話 魔物の魔石
魅了されながらもためになる話を聞かせてくれたナインテイル。人間を襲うことはないみたいだったから友だちになろうって言ったのに、何故か私にその爪を突き出してきた。
咄嗟に反撃して彼女は今、玉座に植物操作で伸ばしたツタによって縛り付けられている。
そんなことより、さっきのアイカの言葉だ。
「寿命ってどういうこと?」
「こんな人里離れたとこにおるんがえぇ証拠やけど…その女の尻尾見てみぃ。だいぶくたびれとるやろ?」
アイカに言われてよく見てみれば、確かに前世で見たキツネよりも尻尾がやや細くて短い?
さっきまではその数に驚いてあまりよく観察してなかったけど、キツネの尻尾はもっと長くて太いはず。なのに彼女のそれは猫のものより少し太いくらいでしかない。
「あんな細うなっとるんは、もう身体から魔力が抜け始めてる証拠や。多分全盛期の半分もあらへんやろ」
これで全盛期の半分って…。今でもデリューザクスと同じくらいの魔力を感じるのに?
じゃあ全盛期だったらアイカと同じくらいだったんじゃ?
「…そっちの夜人族の娘にはわかってもうたんやな…。確かに、もうウチの寿命は長うない。もういつ死んでもおかしない」
あんなに肌が艶々で身体は瑞々しさを誇っているのに、アイカの言う通り彼女の寿命はもうほぼ尽きているみたいだ。
私は植物操作で縛り付けていたツタを解くと、彼女を玉座から下ろし胸の中で抱き締めた。
ナインテイルは抵抗することなく、されるがままに私の胸の中から私の顔を見上げていた。
「生まれてから千年…もう十分や…。せやから、最期はウチと友だちになりたい言う変わりモンの手ぇで迎えたかった…」
「そんな……だって、まだ話したいことだってあるのに…」
「ほほ…。ホンマ、嬉しいこと言いはりますなぁ。けど、さっきの魅了と攻撃したんでもう力がスッカラカンやわ」
そう呟く彼女の身体からは徐々にその力が失われていってるのが手に取るようにわかる。
感じられる魔力はどんどん小さくなってきているし、尻尾は既にヘビみたいに細くなりしおれてしまっていた。
「なんでこんな急に?」
「さっきの攻撃で残っとった力を全部使うたんやろ。ホンマのアホや…」
憎まれ口を叩いているのに、言葉尻が聞き取れないくらい小さくなってるアイカはプイっとそっぽを向いている。
もうあんまり関わろうとしない素振りをしているのは寂しさの裏返しなんだと思う。
「なぁ…ウチと友だちになってくれはるんやろ…?」
「う、うん…。あとちょっとだけかもしれないけど、貴女が生きてる間はずっと友だちだよ」
「…おおきに…。ほんなら、お願いや…。ウチの魔石を、貰ってくれへんやろか…?」
魔石は魔物の身体の中でもたまに生まれることがある。強力な魔物であればほぼ間違いなく存在し、それは一般的な魔石とは一線を画する内包魔力を誇っている。
というのが極々一般的な魔石の認識。
でも私は自分で魔石を作れるから、魔物の魔石くらいだと内包魔力はそこまで大きなものとは思えない。
でも今回のはそんなの関係ない。
何よりも、魔石を受け取ったらその時点でナインテイルは死んでしまうことになる。
「もうちょっとだけ生きられるなら、それからでいいじゃない。私はもっと貴女とお話したいよ。もうこの場所は覚えたから、何度でも来るし、貴女の最期もちゃんと看取ってあげる。だから…今じゃなくて…いいじゃんか…」
そんな死に急ぐようなこと、しないでほしい。
彼女はもう死を受け入れているのに、私は全然受け入れられない。
怪我なら魔法で癒せるのに、寿命はどうにもならない。
何も出来ないことが悔しい。悔しいのに、涙が出ないこの身が疎ましい。
「…優しい子やな…。なぁ、あんさんの名ぁは?」
「…私はセシル。セシルだよ。貴女は?」
最近いつも名乗っているセシーリア・ランディルナの名ではなく、本来の名前を告げたのは彼女に対する敬意からか、友だちに対する礼儀からか。
ナインテイルは私の名前を噛み締めるように何度も呟くとその手をそっと私の頬に添えた。
既に魔力はどんどん抜けていって、最早その手もしわくちゃになっていた。
「…ウチは、フルハ、いう……ただのキツネや…。…ほ、ほほ…。ただ静かに消えてなくなろ思っとったんに…こないに幸せな気持ちで、逝けるっちゅうのは…えぇもんやなぁ…」
ナインテイル、いやフルハの身体から感じられる魔力はもうほとんどない。
なんでここまで急激に衰えていくの?
私の疑問に答えるように、後ろで立っているアイカが声を上げた。
「魔力の無うなった魔物は、一気に衰えて死んでまうんや。こうなると、もう回復はできへん。ウチでもセシルでもや」
「そんな…そんなのって…。折角魔物でも友だちになれるって思ったのに…」
「…えぇんや。もう十分生きた…。セシル、ウチのお願い、もう一個だけ聞いてもろてもえぇかな?」
フルハの手を取って頷く。
助けられないなら、せめてその願いは出来るだけ叶えてあげたいと思うのは当たり前のことだから。
「もし、セシルが…彼に会えたら…伝えてくれへんか…? フルハは、あんさんが大好きやった、と…」
「…わかった…」
こんな美女に好意を寄せられて嫌がるような男だったら私が許さん。
人じゃない?
魔物だ?
そんなのどうでもいいでしょ。
ただ一人の女に死ぬまで愛されていたって伝えるだけ。フルハの冥福を祈ってもらいたいだけ。
もし死んでたら墓に行って同じように祈るだけだ。
なにせフルハが最後に人間に会ったのは百年も前なのだから。
「それで、その彼って?」
「……あぁ…きっと、まだ生きてはるはずや…ヴォルガ、ロンデ…は…」
その名前を告げた後、フルハの身体から力が抜けて首がカクンと落ちた。
何百年も生きてきた彼女の寿命が、尽きてしまった…。
涙は流れなかったけど、フルハと話したほんの少しの時間を思い出して冥福を祈る。魔物であったけれども、優しいこの人が安らかに眠れるように。
しかし彼女の死を悼む間もなく、その身体は徐々に透けていく。
あ、あぁ、と声が聞こえたのでアイカの方を振り向いてみるけれど、彼女はいつもと違ってただ無表情にその様子を見ているだけ。
聞こえた声は、私の喉から漏れたものだった。
そしてその身体が完全に消えると、私の手に一つの魔石が残っていた。
それをそっと両手で包み込むと、一度だけ彼女自身を抱き締めるように胸に抱き、私の魔力を込めていく。
「せめて私のすぐそばに」
右腕のブラウスの袖を捲り、前腕部につけたオリハルコンのバングルを露出させるとそれについている水晶を一つ外す。
オリジンスキル『ガイア』を使ってフルハの魔石を水晶で包み込むと元の位置に戻した。
これならいつも私と一緒にいられる。
友だちとは、やっぱりずっと一緒にいたいから。
そう思って空を見上げた時、ようやく私の目から一筋の涙が零れ落ちた。
冷静になってきて、ようやく頭が回り出してきた。
なんだろうね。友だちになろうとかさ。
一昔前のアニメでもそんなこと言わないと思う。
でも、なんか寂しそうに見えたんだよねぇ。
フルハの魔石が嵌まったバングルを眺めながら、そんなことを考えていた。
自分のことなのに、自分に言い訳してるみたいでなんか変な感じがする。
連鎖襲撃によって私の両親は死んでしまったけれど、魔物全てを憎むようなことはない。
だってあれは人為的に起こされたものだし。
綺麗な人だったから助けたかったとか?
いやいや。私女ですから。パートナーは同性だけど、恋愛対象は今でも男性か宝石だと思って……。
「あ…そういうことか」
強い魔物は死ぬと魔石を残す。
しかも強力であるほどにとても綺麗な魔石を。それこそ、宝石と言えるほどに。だから、私は魔物のことをそこまで敵視していないのかもしれない。
初めて魔物の魔石を見た時はそこまで興奮するようなことがなかったのは、あまり強力な魔物のものではなかったからか。脅威度Sの魔物の魔石は怪しい光が溢れて引き込まれるような魅力がある。
デリューザクスの魔石然り、フルハの魔石然り。どちらも凶暴なほどの魔力を感じられる魔石であり、その内包魔力は百万を超える。
脅威度Sの魔物を討伐出来るのはSランク冒険者だけと思えば、おいそれと手に入るものでもない。そもそも脅威度Sの魔物なんてあんまりいないからね。
それに脅威度Sの魔物は意志疎通出来るものもいるみたいだし、今後は毎回試みるべきかな。あんな綺麗な宝石…いや、魔石を持ってるなら討伐するのはちょっとだけかわいそうだし。
あ、でも人間に危害を加えるような魔物はちゃんと討伐するけどね。
なんとなく自分の中のよくわからないことに結論が出て、折り合いもついたところで大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。
とにかく、この件はこれで終わりにしよう。
「落ち着いたん?」
「…うん。なんとかね。ごめんね、妙なことになっちゃって」
「ウチは別に構わんけどな。…ホンマはさっきのナインテイルが話してたことをもうちょい聞きたかったんやけど…お客さんみたいやで」
「…無粋というか、野暮というか…死者を悼む気持ちくらいないのかな」
あるわけないことくらいわかってる。
アイカも意地の悪い顔で笑っているから、それがそのまま彼女の言いたいことなんだと思う。
フルハが亡くなってから、鐘半分くらい。約一時間半ほどここで彼女の冥福を祈ったり自問自答したりしてたけれど、その間にこの近辺にいた脅威度Aの魔物達が集まってきたようだ。
どうせ一番強かったフルハが亡くなった今、この辺境の主を決めようとかそういうことなんだろうけどさ。
「悪いけど、私ちょっと今機嫌悪いんだよね」
「そら奇遇やな。ウチもや」
アイカは私と視線を交えるとニヤリと口角を上げた。二人とも今とっても悪い顔をしているに違いない。
時空理術でわかる範囲にいる魔物は全部で三十くらい。その全てが脅威度Aという、騎士団を派遣しても殲滅出来るかどうかという暴力の集団だ。
けれど、今ここにはそんな暴力なんて子どもの癇癪以下のものでしかないほど、理不尽な力を持ってる者が二人もいる。
「クドーのお土産になってもらうよ!」
今日もありがとうございました。
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