第33話 ユーニャと約束
折角の連休なので短めの閑話でも書こうかなと思っています。
8/4 題名追加
家に帰るとイルーナはディックと外で遊んでいた。
ディックも次に会うときにはもっと大きくなってるんだろうなぁ。でも私のことはきっと覚えていないよね。…何か置き土産の一つでも用意しておこうかな。
「母さん、少し話があるんだけど…」
「んー?なぁにぃ?」
イルーナはディックから目を離さないまま私と話そうとしていた。
だからっ、そうやってディックばっかりかまってるから…。
っと、いけない。こういう気持ちで私は出ていこうとしてるわけじゃない。
「大事な話なんだけど…こっちを見てくれないの?」
「えぇぇ…だってディックちゃんが転んだら大変でしょー?」
「…じゃあそのままでいいよ。私明後日になったらこの村を出て領主様のところで働くことにしたから。ご飯作ったり掃除したりとかもう出来なくなるから母さんがまたやるようにしてね」
「…え?」
そこまで言ってようやくイルーナは私に向き直った。ディックに何があってもいいように抱っこしたことだけは流石と言いたい。
「領主様って…ザイオルディ様のこと、よね?」
「うん。さっき話してきて私をリードの、リードルディ様の家庭教師にしたいって。いい話だから私受けようと思って」
「やだ」
「もう決めたの」
「やだやだやだやだっ!セシルちゃんはずっと私達と一緒にいようって言ったじゃない!?なんで!どうしてそんなこと言うの!ランドくんは!?ランドくんも一緒に行ったんでしょ!?なんで止めてくれなかったの!私達のこと嫌いになったの!?」
ランドールとイルーナはとことん夫婦なんだなぁ。二人揃って同じこと言ってる。
目の前で激昂して駄々っ子のように目に涙を湛えながら私に一歩踏み出そうとしている。もちろん逃げるようなことはしないけど、こんな風に感情的になって話ができないなら私も付き合うつもりはない。
「それとこれとは関係ないよ。母さんのことも父さんのことも私は大好きだよ。でももう決めたの」
「そんな…だって…何も聞いてない」
「さっき決めたことだからね。じゃあ、私他にも挨拶しておきたい人がいるからちょっと出掛けてくるね」
ちょっとそこまで、くらいの軽い挨拶をして私はもう一度村への道を引き返し始めた。後ろからイルーナの叫び声が聞こえるけど聞こえない振りをして今度は走って村へと向かった。
結局説得も何もなかったなぁ…。一方的に結果だけを告げて…私って卑怯だなぁ。逃げるつもりはないとか思ってたけど逃げ出したようなものだよね。
村に着いた私は自衛団の詰所に行ってハウルとキャリーに、コールの店でコールとお姉さん達に、ミックの家に行ってミックとアネットにも挨拶をして村の広場で一息ついた。
「ふぅ…とりあえずこれで一通りかなぁ」
キャリーはさすがによく一緒に遊んだから出ていくことを告げた時には寂しそうな顔をしていたけど、最近は彼女も自衛団の仕事であまり会えていなかったせいか「頑張ってね」と「またいつでも帰ってきてね」と言ってくれた。
ハウルやコールもちょっと寂しそうだったけど、男の子はさすがにそういうところを表には出さないみたいで「勝手にすればいいだろ」とか言ってた。ぷいっとそっぽを向いた顔がちょっと可愛かった。ミックとアネットも似たようなものだった。
あとはユーニャだけなんだけど…さすがに気が重い。会いたくないわけじゃない。ただあの子には面と向かって「嫌い」と言われたくないだけで。
村の広場にいくつか置いてある行商人が来たときに座るための石に腰掛けて遠くの空を見上げる。今日はいい天気で随分遠くの山まで見通せる。領主様の町はどっちの方向なのか聞いていないけどこの空の続いた先のずっと遠くにあるのだろう。向こうでも同じように空を見上げてこの村のことを思うのかな?なんだかホームシックになっちゃいそう。
「セーシル」
「はぇ?…ユーニャ」
考え事をしていたせいで声を掛けられた瞬間に間抜けな声が出てしまったが、普段ならそれすら笑って褒めてくれるユーニャがそこにいた。会いたいような会いたくないような、そんな大切な友だちに会えて少しだけ緊張からか体が強張ってきた。
「セシル、村を出るって聞いたよ」
「あ、うん。リードの、領主様のご子息の家庭教師をやることになったの」
「えぇ?!リードって領主様の息子だったの?」
「…私が村を出ることは聞いててもそっちは知らなかったの?」
「う…だって…セシルがいなくなるって聞いたらどうしようって思って。すぐ家を出てセシルを探してたの」
「そっか。いつかは村を出ようって思ってたんだよ。私にはやらなきゃいけないことがあるから」
「やらなきゃいけないことって?」
ユーニャからの質問に空を仰いで目を閉じる。
「こうしてるとね、たまに聞こえるの。『転生ポイントを貯めろ』って。それが何かはわかんないんだけど…私にできることを少しずつやっていってみようって」
「…そっかぁ…あーぁ、セシルと一緒にお店やりたかったな」
そう言うとユーニャは私のすぐ隣に座って手を繋いできた。昨日のことがあったばかりだからその行為に私の方が驚いて手を引っ込めてしまいそうになる。
「ユーニャは私が怖くないの?気持ち悪くない?」
「…昨日のことだよね?ごめんね、助けてもらったのにあんな…」
「私は別にいいの。ユーニャが無理してるんじゃなければあんなのなんでもないよ」
「昨日はビックリしちゃって何も言えなかったけど、助けてくれてありがとう。またビックリして同じようになっちゃうかもしれないけど私はセシルのこと大好きだし、一番大切な友だちだよ」
八歳の少女に言われて喜ぶようなことがあるわけないと思っていたけどそんなことはなく。ユーニャの言葉は胸にストンと落ちてじわりと広がっていく。私が思っていたように彼女も思ってくれていたことがとても嬉しいと本気で感じていた。
前世の記憶があるから私の実質的な年齢は二十八歳になるというのに八歳の子に一番大切な友だちと言われるのも悪くない、いや素直に嬉しい。
「ねぇユーニャ。私もっともっといろんなことできるようになりたい。もっと強くもなりたい。だから大人になったら一緒にお店やろう?」
「セシル…。うん!わかった!約束!私も勉強して立派な商人になってみせるから」
「うん、二人で頑張ろう。約束だよ」
私は右手の小指を立ててユーニャに突き出して指切りを求め…あ。
「セシル?それはなに?」
「あー…えっと『指切り』って言って、お互いの小指を絡ませて約束するの。そうしたらその約束は絶対に守らないといけない約束になるんだよ」
「へぇ。相変わらずセシルは変なこと知ってるね」
ユーニャはニコニコしながら私の小指に自分の小指を絡ませてきたので私もしっかり絡ませて約束の言葉を口にする。
「ゆーびきーりげんまん。うっそつーいたーらはーりせんぼんのーます。ゆーびきった!」
「えぇ?!破ったら針千本も飲むの?」
「そうだよー。だから絶対に守ってね?」
「もう…ふふ。じゃあセシルも約束守ってね?絶対また会うんだからね?」
私とユーニャは指切りした後にもう一度小指同士を絡ませて約束を強くするようにブンブンと腕ごと振っても離れないのを確認してから手を繋いだ。
「ありがと、ユーニャ。私ユーニャと出会えて、友だちになれて本当に良かったよ」
「大袈裟だなぁ…。でも私も嬉しいよ。…だからちゃんとお父さんとお母さんにもお話してきて?」
思ってもみなかった突然のユーニャの言葉に絶句した私は繋いだままだった手から力が抜けてしまい、手が離れてしまった。しかしユーニャは再び私の手を両手で包み込むように取って私の顔を覗き込んでくる。
何も言わずに私に逃げるなと言わんばかりに目と目を合わせて見つめ合っていたが、沈黙と迫力に負けたのは私の方だった。
「…わかった。ちゃんと父さんと母さんにもわかってもらうよ」
「うん。セシルは家族のこと大好きだから嫌われるように出ていくなんてダメだもん。もしまた逃げたくなったら私も一緒に行くから」
「ユーニャ…大丈夫。ちゃんと話してわかってもらうよ」
「うん!頑張って。セシルは強いんだからこんなことで逃げたりなんかしないよ」
何気にこの子はハードルを上げてくる。これで本当に逃げられなくなったよ。
でもユーニャの言うことは正しいよね。
生まれたばっかりのディックに嫉妬していじけて、情けないってことはわかってたんだけどやめられなかった。大好きな気持ちは本当なのに、なんでこんなに暗い気持ちになるか全然わかんないんけどちゃんと向き合おうと思う。
ユーニャと別れた私はゆっくりとした足取りで家に向かっていた。もうすぐ日が暮れる。多分ランドールも帰ってきていると思う。ユーニャにあぁ言った手前話をしないわけにはいかないけれど、家に近付くほどに足取りは重く遅くなっていく。
うーん…実際問題どうやって話したらいいかわかんないんだよね。高校生の時に進学したいって園長先生に話すときもこんな感じで緊張しちゃって、どうしようって頭の中ぐるぐるしながら話してるうちに認めてもらっただけだしね。
悩みながら歩いてるうちにとうとう家の前まで着いてしまいドアを開けようと手を伸ばしては引っ込めてを繰り返す。
どうしよう…結局何もいい考えが浮かばなかった…。
キィ
「ただいまー」
意を決してドアを開けて中に入るとリビングにはランドールとディックを抱いたイルーナが向い合せに座っていた。もうすぐ日も暮れるというのに灯りも点けず暗い部屋で向かい合ってる姿はさすがにちょっとびっくりする。ディックはというとイルーナの胸の中でぐっすりだ。
「セシル…」
「…おかえりセシルちゃん。ひょっとしたらもう帰ってこないんじゃないかって思ってたからよかったよー」
とりあえず帰ってきたことに関しては好意的に思われているみたい。
さて戦いはこれからだ。
今日もありがとうございました。




