第316話 宝石回収終了
「と、こうしておるわけです」
「なるほど。ありがとう、とっても素晴らしい物を見せてもらったよ」
サファイア採掘場の視察を終えて、再び小屋に戻った私はベルフェンさんと文官の青年から補足事項としていくつかの説明を受けていた。
時空理術で探った感じ、この採掘場のサファイアは確かにあまり長くない。
けれどそれはあくまでコーンフラワーブルーサファイアに拘ったら、という前置きがついてくるだけに過ぎない。
「ところで、採掘場を歩いていていくつか気になる物を見つけたから拾っておいたのだけど」
「おぉ…何やら拾っておりましたな。視察ついでに回収しているのかと」
「それもあるけど、私が拾っていたのはこれだよ」
ポケットから取り出して机の上に転がしたのはいくつかのサファイア。
但しそれはこの領地が誇るロイヤルブルーサファイアでも、コーンフラワーブルーサファイアでもない。
「これは…あちこちで見つかるサファイアではない宝石ですな。古来より価値がないからと捨てられておったものです」
捨てっ?!
なんて勿体ないっ!
危なく憤りに任せて声を上げてしまいそうになったけれど、なんとかそれを抑えて努めて冷静に話を続けることにした。
「ここにある宝石、実は全部サファイアです」
「はっ? いやいや閣下。サファイアとは深い青を持った宝石のことであるので、その白や黄色、橙色のものとは違いますぞ?」
やっぱり。
ずっと前に初めてカンファさんの実家であるヴィンセント商会で宝石を見せてもらってから違和感はあったんだけど、この世界ではまだファンシーカラーサファイアは一般的ではないようだ。
基本的に、『サファイア』と呼ばれる宝石はコランダムという鉱物である。
コランダムの純粋な結晶は無色透明であり、それに鉄やクロムなどの元素が入り込むことによって様々な色合いを見せてくれるようになる。
クロムがちょっとだけ入ると赤くなり、それは『ルビー』という名の宝石になるのだけど、鉄やチタンが入り込むことで赤以外の宝石になり、それらを総じて『サファイア』と呼ぶのである。
つまりサファイアとは赤以外のコランダムに属する宝石の総称でしかない。
元素の混在する量や比率によって本当にいろんな姿を見せてくれる。
ちなみにコランダムは石英と混在することはないので、産出地で無色透明のものが見つかればホワイトサファイアで確定する。
それ以外にもルビーとサファイアはアステリズム効果の見やすい宝石としても価値が高いのだけど…カット技術の発展していないこの世界ではまだその段階じゃない。
「話は最後まで聞いてね。それとこれ。ちょっと特殊なことをすると…」
私は机の上に置かれた一つのサファイアに対して邪魔法を使って闇で覆い尽くした。
手元だけが暗くなり、サファイアの姿が見えなくなったところで聖魔法の光灯を使ってサファイアを照らしてあげた。すると。
「なっ?! これは…どういうことか。さっきは青かったサファイアがピンク色に…?」
「特殊な光源の下でだけ色が変わる宝石っていうのが世界にはあるんだよ」
代表的なものであえばアレキサンドライトがそれに当たる。その名前を取ってアレキサンドライト効果と言ったり、変色効果、カラーチェンジとも言われる。
邪魔法の闇の中で聖魔法の光灯を使うと何故か紫外線ライトと同じ効果になることを発見したのは本当に偶然だったんだけどね。
おかげて私のコレクションの中には既にいくつかのカラーチェンジを持つ宝石がある。
「サファイアって、こんなにいろんな種類があるんだよ。だから青じゃないってだけで捨てるなんて勿体ないよ。どれもすごく素敵な、とても美しい彼女たちをもっと皆に愛してほしいな」
「か、閣下…」
まぁどれだけみんなが愛していたとしても私の宝石達に向ける愛はそれよりも深く強く、そして永遠たるものだけどね!
「さ、流石は、『至宝伯』を冠するお方であられます…。…大変失礼で不躾ではございますが、我々にもっとサファイアのことを教えてはいただけないでしょうかっ?!」
手元に出していた魔法を解き、椅子に深く座り直した私に文官の青年が熱く訴えてきた。
きっとこの人も宝石のことが大好きなんだろう。
ただの文官として領地から産出される宝石であり、産業の一つとしてしか捉えていない人とは思えない。
それなら単に「これなら他の色の宝石もサファイアとして売り出せる」としか言わないはずだからね。
私は彼の言葉に、快く頷くのだった。
サファイア採掘場での視察を終えて、スーミのいる村へ寄るべく人目につかない場所へと歩いて移動していた。
この領地ではルビーにしろサファイアにしろどちらの鉱山も採掘場もとっても有意義な視察団が出来た。
帝国からみのちょっと面倒なことは起きたけれど、総じて最高でしたと言えるんじゃないかな。
ホクホク顔でスキップでもしたくなるような足取りをしていると、許可してもいないのにメルが出てきた。
「それにしても良かったのだ?」
「うん? 何が?」
「この領地では宝石の商談をほとんどしてないのだ。それにさっきのファンシーカラーサファイアだって言わなければ全部セシルのものになったはずなのだ」
「商談は領主館に戻ってからするよ。その中にはファンシーカラーサファイアもあるだろうしね。儲かる要素がある宝石のことを黙ったままでいてわざわざゴルドオード侯の不興を買うこともないでしょ」
あの人はそんなこと気にしないかもしれないけどね。でも国境で小競り合いを続けているこの領地では兵士達を養うお金もかなりかかっているので、それなら今のまま収入を増やしてあげたいと思っていたし。
「それに、この前ドラゴスパイン山脈をあっちこっち飛び回ってかなりの宝石を集めたし、それに比べたらここの宝石を全部合わせても百分の一くらいにしかならない。それならここの鉱脈を掠めとるような真似はをするよりももっといろんな宝石が流通してたくさんの人にその価値を知ってもらいたいかな」
「なるほどなのだ。あの山以外にもまだまだ宝石はあるし、これからもたくさん集めるのだ」
メルの言葉に快く頷くと、人目につかない岩陰で長距離転移を使ってスーミの村へ移動するのだった。
「セドリック、ステラ、彼女のことお願いね」
スーミは結局ほとんど考えるまでもなく私と一緒に来ることになった。
早速屋敷へ連れて行ってセドリックとステラに彼女の教育を任せることにした。
「はい、承知致しました。ではステラには彼女の身支度と部屋の案内を」
「わかりました。スーミ、こちらへ」
「はっ、はい!」
後は彼等に任せれば良い。
彼女がこれからどうなっていくかはわからないけど、少しでも安全に幸せになってもらいたいね。
「じゃあ私はまた戻るけど、夜にはまた帰るからね」
「畏まりました。行ってらっしゃいませ」
セドリックに見送られ、私は再びゴルドオード侯爵領へと転移した。
ちなみにスーミには転移の間は眠ってもらっていたよ。この能力は一応まだ秘密だし、私のとっておきだからね。
そしてスーミの村近くの林へと戻ってくると、そこからまた一人で歩き始めた。
あとこの領地でやることは宝石の継続買い付けの商談をするくらいだ。それからはイーキッシュ公爵領を通って王都へ戻るだけ。
この視察旅行のおかげでこれから十年は継続して宝石が手に入る。
それ以外にもドラゴスパイン山脈のあちこちで手に入れた宝石もあるから、全部で数万トンくらいになる。金額に換算すると王国を購入出来るくらいの資産になるわけだけど…さすがに一極集中しすぎかもしれないね。
特に綺麗なものや、お気に入り、巨大なものを除いて私が魔法で合成したものなんかはそろそろ売りに出してもいいかもしれない。
そうすればこの世界ももっと綺麗な宝石が溢れていくだろうし、世界中の人に宝石を楽しんでもらえる。集めるのはやっぱり楽しいし、幸せだけど同じ趣味の人と語り合ることが出来ればきっともっと楽しいと思う。
それこそ交易都市ワンバでお店を開いていたケニアさんみたいな人とか。彼女と宝石について話してるのはすごく楽しかった。結局あれっきり会えてないけど、また会って話したいなぁ。
この視察旅行が終わったら一回行ってみようかな。
「さて。考えごと終わりっ」
「それより今はどこに向かってるのだ?」
顕現させておいたメルは私が考えごとをしてる間に話しかけることなくぷかぷかと浮いていた。どこに向かっているかはわからなかったらしい。
「というか、メルは案内役なんじゃないの?」
「知識や地理なら案内してやるのだ。けどセシルがどこに行こうとしてるかまではわかるわけないのだ」
「使えないねぇ」
「うるさいのだ!」
身体を赤く変色させてぽこぽことメルの体当たりを側頭部に受けながら時空理術で近辺の地図を視界内に表示した。
レベルが上がったおかげで脳内で見ているだけでなく、こうして私の視界に表示出来るようになったのは助かる。
さすがにずっと出ていたら邪魔だけど、ミニマップ、最大化、非表示と切り替えられるので結構便利だと思ってる。
そのうち並列思考との併用で非表示でも確認出来るようになってくれれば一番良いのだけど。
「折角もうちょっとだけ時間があるから、寄り道をね。ドラゴスパイン山脈から流れてくる川の上流へ行くよ。メル、案内よろしくね」
「ふむ? わかったのだー!」
さっきまで怒って赤くなっていたのに、仕事を頼んだ途端に黄色に戻った。
役割を貰えるのが嬉しいんだろうけどわかりやすい。チョロイボール、いやスキルだ。
しばらくして周辺の把握が終わったらしいメルの身体が矢印に変わって北西方向を指したので、上空へと飛び上がった。
案内されるままに飛行していくと、地上の景色がどんどん様変わりしてゴツゴツした岩がたくさん転がる地形にやってきた。
かなり上流までやってきたのだけど、水量はまだまだ相当量がある。
多少流れが落ち着いている場所を見つけ、その河原へと降りて周囲を見渡した。
私の背丈の十倍以上もあるような超巨大な岩があちこちに転がっている。
川のせせらぎは流れが落ち着いているとは言え、ざぶんざぶん、ばしゃばしゃとそれなりに大きな音を上げているので川に落ちたらあっという間に流されていくだろう。
周辺に探りを入れると、人がほとんど足を踏み入れない場所なだけあって魔物も獣もかなりの数が生息しているようだ。中には脅威度Sほどの力を持ったものがいるので、いくら秘境とは言え安全のために狩っておいた方が良いだろう。脅威度Aの魔物も何体かいるようなのでそれらも同様に、だ。
まぁそれは後回しにして。
「うん、これだね」
「これ? この巨大な岩……おぉ翡翠なのだ。この原石だけで何十トンもあるのだ」
「さすがにこの原石まるごとはちょっとね。ヒスイ輝石だけを凝縮させて持っていくよ」
「コスモクロアは良いのだ?」
「あれば持ってく。とりあえずガイアを使ってインペリアルジェイドを作る」
「わかったのだ」
メルも前世の私だったから、宝石の種類や鉱物の説明は全て端折られている。
ここのまでの話はメル相手じゃないと出来ないけれど、やっぱり楽しい。ヒスイ輝石は翡翠を構成している所謂ジェダイトと呼ばれるもの。硬玉とも言うね。軟玉はネフライトって言うんだけど、価値は段違い。ジェダイトの中でも特に綺麗で透明度の高い翡翠のことをインペリアルジェイドと呼び、その価値は希少宝石と同じくらいの価値を持つ。
しかもどうやらここの翡翠は色の濃いものが多いみたいだ。ちょうど日本人好みってことだね。
ガイアを使い、いくつものインペリアルジェイドを作り出し、腰ベルトへと収納した頃にはすっかり日も落ちていた。
私とメルは大満足で満面の笑みを浮かべながら、王都の屋敷へと転移していった。
今日もありがとうございました。
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