第311話 ウチってすごい?
状況の複雑化によって私自身がどっちの派閥につくのかは保留になった。
まぁ実際にはクアバーデス候の借りがあるからアルフォンス殿下派につくことになるんだけど、公言を避けた感じだね。
「というかさ、私がどっちにつくかなんてそんなに大事じゃないんじゃないの? 伯爵くらいならそこまで趨勢に影響ないよね?」
「同じ伯爵でも領地持ちのオーユデック伯、オナイギュラ伯、ローヤヨック伯はやはり強い影響力を持ちますな。私の家のような法衣貴族はそれほどでもありませんが」
よく言うよ。
アンジュイム伯家は王都の薬草の仕入れを一手に引き受ける大家だよ?
その家の影響力が大したことないなんてあるわけない。
それよりもだ。
「だったら私みたいな成り上がりの新興貴族なんて木っ端もいいとこでしょう?」
「…はぁ…」
うわ。
なんかセドリックに盛大な溜め息を吐かれたよ?!
こめかみを押さえながら軽く首を振ると佇まいを正して私に向き直った。
「セシーリア様にとっては大したことないかもしれませんが。今王都で新しく立ち上がった二つの商会のオーナーであり、Sランク冒険者であり、王国最強戦力と言われているセシーリア様にとっては、『大したことない』かもしれませんがっ」
一言一言ごとに私に詰め寄ってくるセドリック。
ロマンスグレーなセドリックに詰め寄られるとちょっとドキってしちゃうけど、今そんなこと言ったらお説教コースだから言わない。いや言えない。
「ご自身が思っているよりもセシーリア様の影響力は大きいのです。シャルラーン王妃殿下からの覚えも良く、レンブラント第四王子とも懇意にされているとあれば周りの貴族達がどういう目で見るかなど、わかりきったことではありませんかっ?!」
言われてみると、確かにそういう事実はある。
となると、影響力はやっぱりそれなりにありそうか。
カーバンクルも一応商会として登録はしてあるし、カンファさんのヴィーヴル商会もある。それら二つの利益は侯爵家の予算を超えてくる。
武力自体も私自身がSランク冒険者であり、ミオラとリーアもBランク冒険者。非公式な戦力ではあるけれど、アイカとクドーはSランク冒険者相当だし、ユーニャもAランク冒険者に匹敵する。
多分、我が家だけでも王国と戦争して勝てるくらいの戦力がある…と考えれば、なるほど。
「ウチって…ランディルナ家って、すごい?」
「…………はいっ」
たっぷりと溜めた後、セドリックは強く言い切った。
「あ、そういえば。帝国から亡命してくるノルファって女の人も成り行き上ウチで雇うことになるから覚えておいて」
「…セシーリア様のすることにいちいち驚いておりましたら、このセドリックの寿命などあってないようなものですな…」
ちょ、おい、セドリック。なんで窓の外に目を向けるんだ。
そんな遠い目なんてしなくてもいいでしょ。成り行きなんだから。こんなこと滅多にないっての。
てか寿命とか、そんな元気そうにしてるのにまだまだ早いからっ。あと数十年は付き合ってもらうよ!
「ですが…そうですね。いや、しかし…」
「…なに? セドリック、私は当主だけど、ちゃんとみんなの意見を取り入れるくらいのことはする。言いたいことがあるなら言ってくれた方が助かるよ」
「は。あ、いや、しかし……いえ、そうですな。セシーリア様、今後もこのような成り行き任せの人助けで何者かを雇い入れることはあるのでしょうか? いえ、あるのでしょうな」
「成り行き任せの人助けって…まぁそうとしか言えないけど…。多分あるんじゃないかな。それで?」
「もし、セシーリア様に忠誠を誓えるような者がおりましたらどんどん送っていただこうかと思いましてな。商会の規模も大きくなりつつありますれば、今後一層の人手不足となりましょう。その時に金銭だけの雇用よりも忠誠心による雇用であれば、その者は必ずセシーリア様のために働くことでしょう」
そう言ってる貴方もその内の一人だよねっ?!
それでもセドリックはインギスに比べたらまだ普通だ。リーアとモルモも、私への感謝や恩でここにいてくれてる。
ロジンとオズマはまた少し違うけど、Sランク冒険者の貴族家に仕えているということを誇りに思ってくれてるのは間違いない。
他にも今は料理人や庭師、メイドも数人雇っているけど、彼等も何かしら私に思うところがあって来てくれているらしい。
第二陣の彼等はユーニャとセドリックに任せっきりだったから詳しく知らないけどね。
アイカ、クドー、ユーニャ、ミオラは友だちだし、ステラもまたインギス並みに私を崇拝してるよね。
「よくよく考えてみれば、私は使用人達に恵まれているね」
「…その言葉、ぜひとも皆に伝えておきましょう。私も貴族家当主だった者として、今の言葉を素直に口に出来るセシーリア様は素晴らしい当主であり、貴女にお仕え出来ることを誇りに思います」
「セドリックはちょっと大袈裟すぎると思うけどね」
揶揄うように手の平をひらひらと振ってみせるけれど、セドリックの表情は至って真面目なままだった。
ちょっとだけいたたまれなくなって苦笑いを浮かべたけれど、さっきの私の言葉は本心だし、いつも皆よく働いてくれてるなって本当に思うよ。
けど、忠誠心による雇用ってことはさ? ブラック企業ならぬブラック貴族家ということに…。
いいのかな?
「さて、話は戻りますが。申し上げた通り、そういう者がいましたら屋敷へとお送りください。教育は私とステラ、それとインギスとミオラにて行います」
「随分と仰々しくなっちゃわない?」
「その者の適性を見て、どの部門に所属させるか考慮致しますので。先のノルファ、でしたか。彼女はミオラに任せることになるでしょう」
まぁ帝国の一部隊の副隊長だった人だしね。当然か。
見た感じだとBランク冒険者相当だったし、実力はミオラやリーアといい勝負するんじゃないかな。
ロジンとオズマじゃ二人かがりで同じくらいか、ちょっと足りないかも。
「今までのことを考えれば、他にも何人かの候補はいるよ。ブリーチさんにだっていつまでも行商を任せておくのは悪いから、いっそ商会を買い取って傘下に入れてもいいかなって思うし。ワンバにいたケニアさんなんかは私とすごく趣味が合う人だから一緒に仕事したら楽しそうだし。ユーニャのお父さんだっているよ」
「ふむ…。商会のメンバーはそのあたりでしょうな。カンファ殿やモルモと話してみましょう」
え、本当に引き入れちゃうの?
顎に手を当てて考え込むセドリックを見るとかなりの本気度を窺える。
別に商会自体はいくつ持ってもいいんだけど、あまりに多方面になるなら商会というより商社になるんじゃ。
まぁいいや。
そのあたりのことはカンファさんに丸投げしよう。
「警備部門に関しては今のところは問題ないし、メイドや料理人も足りてるよね」
「セシーリア様のみならば。ですが…今後お客様を招くに当たっては少々心許ないかと」
じゃ今後はそういう人を多めに引き入れたらいいのか。
スーミなんかちょうど良かったかもしれないね。
あんまり他の領地から人を雇うと領主からクレーム付けられちゃうから、出来ればしたくないけどさ。
「さて。それじゃひとまずはこんなところ?」
「王位継承騒動で絡む貴族の動向を掴み次第、また考えることになりましょう。あまり遅くなると日和見貴族と後ろ指さされますので、時間はかけられませんが」
「視察旅行の後にでも、本格的に動くことにするよ」
「それとディッカルト様の貴族院入学が来月に控えております。手続きはこちらで滞りなく行っておきましたので、試験と入学の当日はセシーリア様のお見送りをお願い致します」
そうか、もう来月か。
ずっと離れていたのにまた離れて暮らすのもちょっと寂しいけど、週末には会おうと思えば会えるんだから姉の方我が儘言っちゃ駄目だよね。
…まぁディックのことだから魔道具のことに夢中になって帰ってこないなんてことは頻発しそうだけど。
「多分その頃はイーキッシュ公爵領にいるはずだから表立っては出られないけど、屋敷で見送りくらいは出来るよ。リーアの準備も大丈夫かな?」
「はい。最近はミオラとの訓練にも熱が入っておりますし、座学の予習も試験対策も問題ないかと」
セドリックの言葉に一つ頷く。
リーア用の武器は渡してあるし、目立ちすぎない装飾品もディックの分とともに渡してある。
よほどの相手でなければリーアが負けることはないだろうけど、中にはカイザックくらいの者もいるかもしれない。
少なくとも油断して怪我なんかしないようにしてもらわないとね。
セドリックと打ち合わせを終えると、残っていた決済待ちの書類にサラサラとペンを走らせ、それらをまとめてインギスに渡してもらうよう頼んでおいた。
これでひとまず屋敷でやらないといけないことは終わったかな。
別に急いでゴルドオード侯爵領に戻らないといけないこともない。今の私は『鉱山に向かっている』ことになってるからね。
実際には鉱山のすぐ近くまで長距離転移で移動出来るから、今日一日くらいなら屋敷での仕事を片付けてしまってもいい。
執務室から出てフラフラと屋敷内を散歩していると、たまに見かけるメイドとすれ違って礼をされた。
そこまでしなくても、と思った私が目礼程度でいいと伝えたところ屋敷の主人にそれは出来ないとのこと。
どうしても駄目ならいっそクビにしてほしいとまで言われる始末。
…おかしい。
いくらなんでもここまで極端な思考の人はいなかったはずだよ。
ユーニャやセドリックにこんなことは出来ないし、犯人はアイカかステラだけど…アイカがするはずもない。
ということで自動的に犯人はステラということに…。あの子はいったい何がしたいんだ?
私が声を掛ければ屋敷内ならどこへでも現れるステラだけど、今は内容が内容なのであえてあまり人がこないところへ行くことにした。
私の寝室でもいいけど、問いただすには相応しくない。
そう思った私は巨大水晶が置かれている部屋に行くと空中に声を掛け、ステラを呼び出すことにした。
今日もありがとうございました。
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