第32話 ヘッドハント
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「……………は?」
領主様から突然の婚約者発言に私の思考は再び止まりかける。
リードの?婚約者?私が?
「…恐れ入ります。領主様、何故そのような話を?」
止まりかかった思考を再度動かしてなんとか一つ質問を投げ掛ける。領主様はさっきからニヤニヤと楽しそうに笑っているが、それは彼だけで他の4人は開いた口が塞がっていない。
「君はリードルディの命の恩人だ。しかも大層強いそうじゃないか?イルーナの娘というだけあって見目も麗しく立ち居振る舞いも問題ない。私の旧友の娘ということで身元も確かだ。これ以上の相手はおるまい」
領主様は私をリードの婚約者にするに当たっての理由をいくつも上げてくれた。領主様の息子の婚約者ともあれば将来は安定だろうし悪い話じゃない。
「ただ、第一夫人となっていられるのはリードルディが貴族の娘を娶るまでの間となることは承知しておいてほしい。いかに私の旧友の娘だとしても貴族でもない娘を第一夫人に据えておくとなると周りが喧しいからな」
なるほど、それは確かにそう思う。
というかやっぱり貴族って第一夫人とか第二とか、何人も奥さんを作ったりするんだね。それが風習なら私も気にしないけど、自分がそれに巻き込まれるのは気に入らない。
領主様はかなりのイケメンだし、リードも恐らくは将来相当カッコ良くなるだろう。でもなんか嫌だ。
「本来平民の娘に第二とは言え夫人の立場につかせるようなことはしないが君は特別だ。今後はリードルディの婚約者としての研鑽も積むようにしてくれたまえ。良いかな?」
「大変光栄に存じますが、お断り致しますわ」
領主様が決定事項だとでも言いたそうに会話を終わらせようとしているところに間髪を入れずに笑顔でお断り申し上げる。もちろん作り笑顔だけど嫌なことがあっても笑顔でいられるくらい作り笑顔は慣れている。
私の発言に村長は青を通り越して顔色が紫になっていた。さっきの婚約者発言の時は興奮からか真っ赤になってたのにね。
「…セ、セシルは僕の婚約者は嫌なのか?」
お断り発言の返しは領主様からではなくリード本人から来てしまった。てっきり彼も私が婚約者なんて嫌だと思っていたけど、実はそんなことなかったのかな?
「ザッ、ザイオン!お前!?セシルをな、なんだと…」
「落ち着けランドール。今お前の娘にあっさり断られてしまっただろう」
ようやく動き始めた父さんは一つ前の段階から立ち直ったようだ。最早話についてこれていない。
「セシル。この際私達領主一族に対する不敬は問わないから理由を教えてもらえないか?」
「…私などにリードルディ様のお相手は勿体のうございます。もっと相応しいお方へとお譲りするのが本来の筋かと存じます」
「…ランドール…この子はリードと同い年だったよな…?」
「せせ、セッセシルはやらんぞ!?」
落ち着けオッサン達。
あ、オッサンっていうほどの歳じゃないか。それにしたって二人とも動揺しすぎだ。村長を見習…あ、立ったまま失神してるだけだった。
「なぁ、セシル。ここだけの話でいいから、本音を聞かせてくれないか?絶対に君にも君の家族にもこの村にも悪いことはしないと誓う」
さすがに困ったような顔をして領主様は前屈みになって問い掛けてきたのを無碍には出来ない。リードもかなり気になるようで私と領主様の間で視線を彷徨わせている。
「…では申し上げます。…だってリード、弱いし」
「があっ?!」
私の一言にリードは胸を押さえて椅子から転げ落ちた。
ごめんね?でも本当のことだから。
「私に本気を出されてないことも気付かないで毎回毎回懲りずに挑戦してくるし。偉そうなことを格好いいと勘違いしてそうだし、なんか甲斐性無さそうだし」
つらつらと断った理由を上げていくと大ダメージを受け続けているであろうリードから「うぐっ」とか「あぐぐ」とか呻き声が聞こえてくるが気にせず続ける。
「せめて自分の実力の程を弁えてほしいかな。あとは私に本気を出させた上で一本取れるくらいの実力を身に着けてもらえないとね。私も女だから守ってくれるくらいの男の人と一緒になりたいよ」
アメリカンな感じで両手を胸の高さでW字にして首を左右に振ってお断り文句を締めさせてもらうと、ランドールは「よく言った」というような「そこまで言わなくても」というような微妙な表情になっていた。
父さんは娘を取られそうってだけで動揺していたみたいなので私の発言ですっかり落ち着いたような感じは受ける。
「ふっ…。ふふ、はっははははっ!リードルディお前まだまだ全然ダメみたいだな!あっはははは!」
今までの悪戯っぽい笑い方ではなく本気で楽しそうに笑い出す領主様。自分の膝をバシバシ叩きながら床で転げているリードを更に追い詰める。
なかなか鬼畜な親だ。でも理不尽な感じじゃなくてとても楽しそうなお父さんという感じがする。
「あー…久々に笑わせてもらった。しかし…くくっ…なぁランドール。セシルをリードルディの家庭教師に迎えたいんだがいいか?」
「おいおい…今度は家庭教師か?領主なら家庭教師なんていくらでもいるだろう?」
「そうだな。だが、セシルから教わった後のリードルディは目を見張るほどに成長した。一体どんな魔法を使ったんだ?」
ランドールと話していたかと思えば今度はまたこちらに質問が来た。リードはようやく立ち直って椅子に座り直したが、領主様の「家庭教師に迎えたい」の一言に再び前のめりになって私の言葉を待っているようだ。
「魔法も何も。ただ徹底的にやっつけてあげただけよ」
「なるほど。やたらと真面目に訓練に励むようになったのはそのせいだったか」
領主様はまたもニヤニヤと笑い始めるとリードの方へ視線を向けた。リードもその視線を受けるとプイッと視線から逃げた。
「それで、どうだセシル。リードルディの家庭教師をやってくれないか?」
「…本気ですか?」
「無論本気だ。ただこの村から通うことは難しいので我が家に住み込みで来てもらうことになるがな。あぁそれと家庭教師になったからと言ってリードルディの婚約者を強制するつもりはない。リードルディが君から一本取るまでは私の名に誓って認めない。勿論、君がこれと結婚したいと思ってもダメだからな」
「や、それはないんで」
私がリードと?ないない。どうせならもっとちゃんと守ってくれるような歳上の人と結婚したいしね。
「おっ俺は反対だぞ!セシルはまだ家にいなきゃダメだ!」
おや?思わぬところから反対された。ランドールは話が進みそうになったところで私と領主様の間に入って、その視線から私を遮った。
思わぬってほどでもないか。ランドールは分かり易いほどに親バカだしね。
「…父さん。私はこの話受けようと思う」
「なっ?!何を言ってるんだ?お前はまだ子どもだ!俺もイルーナもセシルにいてほしいんだ」
「…ごめんなさい。でも最近ずっと家を出ようって思ってたからちょうどいいかなって」
「何を…なんで、なぁセシル。家族で一緒にいようじゃないか?なんでそんな…」
ランドールが膝をついて私の前にその泣きそうになっている顔を寄せてきた。彼は本気で悲しいと思っていると思うけど、私は私で考えて生きていきたいと思っている。
子どもだって自我があるということをそろそろランドールもイルーナも理解しないといけない。
「領主様。私はいつでも大丈夫ですのでこのお話進めていただけないでしょうか」
「そうか!そういうことなら今回の帰宅に合わせてセシルも一緒に来てもらおう。私達が普段住んでるのはここから馬車で四日のベオファウムという町だ。先に屋敷の者に知らせて用意をしておこう」
「ザイオン?!」
ランドールが驚いたように吠えるが領主様は無視して話を進めていく。正直私もその方がありがたい。いちいちランドールを説得するより決まった話として進めた方が楽だ。
間にランドールが入っているのをないものとして私は領主様と話を詰めていく。基本的に身一つで行っても問題ないが、私の家庭教師としての授業日程や給与などは文官と打ち合わせてからとなった。住み込みのため住居の家賃はかからないし、食事も1日3食出て全て出るとのこと。
前世での職場は新卒で入った会社で普通の職場ではあったが家賃補助なんてなかった。学生時にやっていたバイトではまかないの出るバイトもあったもののそれはあくまで仕事中の時間内でのことなので当然1食。
そういえば24時間営業の外食チェーン店の社員さん、バイトしてた時はどのシフトに入ってもいたけど元気かなぁ。目の下にクマがないところを見たことなかったっけ。
一通りの話が済んだところで私との話は終わりとなり退室を許可された。
出発は明後日。それまでに支度を整えるようにと言われたけど、正直今身に着けてる物以外で持っていくものはほとんど無い。というよりそもそもこれ以外の私物なんてせいぜい替えの下着くらいのものだしね。
私は領主様に別れの挨拶をするとそのまま村長の家から出て自宅に帰ろうとしたところを後ろからランドールに肩を掴まれた。
「セシル!どういうつもりだ!」
「どういうって…さっき話した通りだよ?私はここを出て領主様のところで働くよ」
「だから…なんで勝手にそんなこと…。セシルは父さんや母さんのことが嫌いなのか?一緒にいたくないのか?」
「それとこれとは関係ないよ。私は私の意志で自分の生きる道を決めたいだけだから」
言い寄るランドールを冷たく突き放すと私はそのまま帰路へついた。後ろでランドールが何か言っていたが聞こえない振りをして足早に立ち去った。
出発が明後日なら今日と明日は知ってる人達に挨拶しておかなきゃなぁ。ハウルやキャリー、コール、ミックにアネット。…ユーニャにも一応知らせておかないといけないよね。あんなに怖がってたからもう会ってくれないとは思うけど。それといつも森へ採集へ行ってるおばさん達。家の近くの畑で農作業してるおじさんおばさん。八歳という年齢を考えれば挨拶する人はこれくらいだと思う。
さて、それじゃ一番の難関の母さん…イルーナに説明しなきゃね。
今日もありがとうございました。




