第303話 しつこい
商談はまとめたものの、強欲の塊みたいな貴族らしい貴族であるオーユデック伯爵。
いつまでも彼の領地にいては私だけでなく他の人も狙われてしまう。
アイカとクドーに関しては心配すらしてないけど、カボスさん達はそうもいかないからね。
だからこそ商談の翌日にはすぐ領主館を出て次のゴルドオード侯爵領へと出発したんだけど、相手が手を回す方が早かったらしい。
「なんで騎士団がこんなところに…」
御者台で私の隣に座っているカボスさんはガクガクと震えているのは仕方ないし、アイカは幌の上で寝たままだ。
かく言う私も気付いていたけどどうせ碌な事じゃないのはわかりきっていたから放置していた。
そして彼等の言い分はこれだ。
「ランディルナ至宝伯! 貴方には王国への反逆罪の疑いがかけられている! 直ちにウェリントンへと戻り、我らが領主オーユデック伯爵の沙汰を受けよ!」
という非常に頭の悪いものだよ。
言われた時には流石に思考が止まったよ。その次には当然頭を抱えたけど。
「確か貴殿は騎士団副団長のボグリノース殿、と言ったか?」
「反逆罪に掛けられた元平民風情が私を『殿』呼ばわりとは無礼であるっ!」
最近多い気がするんだ。
言葉は通じるのに話が通じない人って。
しかも前回注意したのに、また馬の上から話し掛けてきてるしね。
私は御者台から下りて彼等の前まで歩いて近寄っていく。
「そんなことはどうでもいい。私はこれでも王族の方々とも懇意にさせていただいているし、今回の視察や商談に関しても国王陛下より許可をいただいている。そんな私を反逆罪呼ばわりした上に貴族家当主への暴言と不敬。どうなるかわかっているのだろうな?」
昨日は遠慮して使わなかった殺意スキルを使って徐々に威圧を掛けていく。
先頭にいるボグリノースはなんとか冷や汗くらいで耐えているものの、後ろにいる騎士団の面々…いや、あれはただの破落戸でしかないのであっさりと白目を剝き始めている。
「わっ、我らが領主より要請があったのだ! ここで貴様を捕縛する!」
「『貴様』だと? 更に侮辱を重ねるとはな。それにオーユデック伯のせいにするとは貴様は本当にただの馬鹿だな」
「なっ、なんだと?!」
「当たり前だ。貴様の独断で済ませておけばまだ彼もかばってくれただろうが、領主の指示だと言ってしまったがために、私が貴様をどう扱おうと彼は知らぬ存ぜぬを通すだろうな。オーユデック伯とはそういう男だろう?」
より殺意を強めていく。
既に私はボグリノースが乗った馬のすぐ前に立っている。
余程の胆力が無いと私の殺意は耐えきれないので、未だに気絶せずに話していられるからそれなりに強い人ではあるのだろう。
面白くなさそうだから鑑定する気にはなれないけどレベルでいえば五十程度だと思う。
つまりユーニャ以下だし、レベルはともかくミオラとリーアによって訓練されたディックと同じくらいかも。いや、装備が充実してるからディックにすら勝てないんじゃないかな。
ミオラなんか最近私が直接訓練してあげてるおかげでレベルが百を超えちゃったから、貴族院時代とは比べ物にならないくらいメキメキと実力を上げてきている。あの副団長くらい相手にもならない。
どのみちレベル六千に達している私からしたら五十も百も誤差範囲でしかない。
「Sランク冒険者でもある私と剣を交えるというなら少しくらい遊んでやってもいいぞ」
そこでようやく私の身体が戦闘状態へと切り替わった。
「ひぃっ?!」
その瞬間溢れ出す魔力と闘気が突風となってボグリノースへとぶつかって彼を馬から叩き落した。
特に怪我をしている様子はないが、私から向けられるスキルを超えた殺気に中てられ腰が抜けてしまい立つことも出来ないでいる。
「ということで提案だ。貴様は私に会うことが出来ずに引き返した。勿論本当のことをそのまま伝えてもいいが、私も先ほどの話を陛下にお伝えすることになるだろう。その上で貴様の首だけは確実に私の手で引き千切ってやる」
どうする? と聞くまでもなく、彼はそのまま失神してしまった。
もう少しくらい頑張るかと思ったけどそんなものか。
すっかり興味を無くした私は戦闘状態を解除して殺意スキルも引っ込めた。
街道にずらりと広がった騎士団という名の破落戸集団は邪魔なので結界魔法の剛柔堅壁で端に寄せていく。
かなり使い勝手の良い魔法なので愛用していて、金閃迅で使う壁や相手の攻撃を受け止めたり弾いたり、そのまま打ち返したりも出来る。
壁というよりゴム以上に弾力のある鏡のような膜、というのが私のイメージ。
そのイメージのおかげもあってとても使い易いんだけどね。
「さ、これで通れるようになったよ」
「セ、セシルちゃん…。やっぱり貴族様になるべくしてなった子だね…」
カボスさんが未だに震えながら私を青い顔で見ている。
貴方の所属している商会のオーナーですから!
それになんだかんだ言ったところで舐められたらやり返すのが貴族だからね。同じ伯爵位という立場のオーユデック伯にいいようにされて黙ってなんかいられないよ。
そのままふわりと御者台へ上がりにっこりと彼に微笑んだけど、青い顔が直ることはなかった。
面倒くさいことがいろいろ起きたオーユデック伯爵領を抜けてゴルドオード侯爵領に入ったのはそれから二日後だった。
その間盗賊に襲われることもなく、魔物の襲撃も無かったので平穏そのものだったわけだけど、これはクドーのおかげだね。
馬車の荷台で寛いでいるクドーをチラリと見てみる。
「クドーはオーユデック伯爵領で何かめぼしい物は手に入ったの?」
「…自分で狩った魔物とセシルに貰ったワイバーンの素材くらいなものだ」
手に入れた物はそんなものだよね。
「盗賊はお宝持ってなかったの?」
「奴らはそんな物持たん。元から期待などしていない」
盗賊退治をしてたこと自体は否定しないのね。
まぁクドーにとって盗賊退治はルーチンワークみたいなものだし、当たり前といえば当たり前か。
けど普通盗賊ってお宝貯め込んでるんじゃないの?
「はは、セシルちゃんは盗賊がお宝を持ってると思ってるのかい?」
私が不思議そうな顔をしていたのだろうか、横からカボスさんが話し掛けてきた。
「そういうものじゃないの?」
「この領地にいるような盗賊は金がないのさ。だからお宝を手に入れてもすぐ売って金に変えて、自分達で好きなように使うんだよ」
「えぇ…。なんか退廃的な生き方だねぇ」
「盗賊なんてそんなものだろうよ。他人の財産を命ごと奪うような奴らだ」
むぅ。
まぁ盗賊に情けを掛けるようなことはもう二度としないから、そんな人たちがどうなろうとどうでもいいことだけどね。
とりあえずそれで盗賊がお宝を持ってない理由はわかった。
「だが、一つだけよくわからん物があったぞ」
「よくわからない物? それって?」
「これだ」
クドーは魔法の鞄から何かを取り出すとそれを私に放り投げてきた。
渡されたのは私のブローチよりも一回り小さな花の形したアクセサリーだった。
真ん中に一つだけ取り付けられいるのはルビーだけど、金属自体は真っ黒になっているものの銀で出来ている。
「これは?」
「わからん」
「わからんって…でもこのルビーは魔石だよね」
「そのようだな。だがそれ以上のことはわからん。アイカにも見せたがよくわからんそうだ」
むぅ。アイカにも見せた上でよくわからないって言ってるんだし、そりゃわかるわけないか。
でもすぐお金になりそうなアクセサリーなのになんで盗賊が手元に置いてたんだろうね?
その持ってた盗賊に聞いてみたいけど、クドーのことだから多分盗賊は皆さん揃って冷たい土の中だろうから聞くに聞けない。
(セシル。それは魔道具なのだ)
私が疑問に思っていたせいか、メルが話し掛けてきた。
毎度のことながら私にしか聞こえないように話しているので横にいるカボスさんには私がそのアクセサリーをじっくり見ているようにしか見えない。
(魔道具なのはわかるけど、何が付与されてるか鑑定も出来ないよ)
(わっちはわかるのだ。しかし…)
(どうかしたの?)
(魔道具としての機能はないのだ。ルビーが魔石になってるだけで、付与されてるものも何の意味もないものなのだ)
(んー? じゃあとりあえず放置していいってこと?)
(今はそうなのだ。これからも何も起こらないと思うのだ)
なるほど。意味深なこと言ってるけど、どのみち今は手が出せないというか本当に意味のないものなんだと思う。
確かにルビー自体の品質もそこまで良いものではないし、魔石になってる以上はガイアでも下手に弄るのは危険だろう。
ということで、私の腰ベルトで封印かな!
「よくわからないままだけど、とりあえず私が預かっておくね」
「あぁ」
それっきりクドーはまた口を閉じて話を止めてしまった。そのまま次の話が始まることもなく、目を閉じて自分の世界に没頭している。
彼が無口なのは今に始まったことじゃないしね。
アイカはアイカであちこちに行って薬草採集してきたみたいでかなりホクホク顔だったっけ。
多分しばらくは機嫌が良いままだと思う。
何にせよ、三人とも目的は果たすことが出来た。私は白竜王との遭遇という予定外で予想外なイベントもあったけど、かなり濃い時間を過ごすことが出来たと思う。
まぁしばらく行くこともないだろう。
こんな領地じゃカーバンクルにしろ、ヴィーヴル商会にしろ支店を置くことは許可しない。
さぁ、次に私がオーユデック伯爵領に行くのはいつになることやら。
「お、次の町が見えました」
「今日はあそこで泊まり?」
空を見上げると太陽の位置はやや西に傾いている。
次の町への距離次第ではここに泊まることなく、走り抜けてしまった方が良いのだけど。
「次の町はこの馬達でも半日はかかるかな! だから今日はここまでにしよう」
今繋いでいる馬達は私の補助魔法を受けてかなりパワーアップしているため通常の倍くらいの距離を一日で走る。
それでも半日というなら確かにここで泊まるのが正解だろう。
「明日の夕方には領都に着くはずだから今夜はここでゆっくりしよう」
そう言ってカボスさんは馬達に一度鞭を入れると少しだけ速度を上げて町の門までの道を急がせるのだった。
今日もありがとうございました。
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