第302話 オーユデック伯と商談
私とオーユデック伯は領主館の二階にあるサロンへと移動し、お茶を飲みつつ商談することになった。
部屋の中にはメイドが三人と護衛の兵士が二人。
私達の前にはそれぞれ紅茶が置かれており、それをオーユデック伯がまず一口飲んだので私も口をつけた。
「それで、どうでしたかな。我が領地の鉱山は」
「えぇ。良質なエメラルドが産出されていることはやはり素晴らしい。残念ながらあまり時間が取れずに鉱山の中をじっくりと見ることが出来なかったのが悔やまれるな」
「ぬふははは! いやさすが至宝伯。こと宝石に関しては妥協がない」
「陛下よりいただいたこの爵位に恥じないよう全力を尽くさせていただいてるのでね」
そこでもう一口紅茶のカップに口をつけた。
…そんなにじっくりこっちを見ないでほしいんだけど。
どうせ紅茶に何か細工をしているだろうことはわかりきってるんだから。
「それで、オーユデック伯。この領地のエメラルドを我がランディルナ家が持つ宝石工房へも卸してもらえないだろうか」
「ほう? ランディルナ伯はまだ叙爵されて間もないというのにもう宝石工房をお持ちだったか」
「工房自体はこれからだな。だが私が宝石を集めることは貴族が金と力を欲することと同義なのだよ」
「なるほど。では詳しい話をさせていただこう」
そう言うとオーユデック伯はメイドの一人に手を上げて部屋に置かれていたエメラルドの原石をこちらへ持ってこさせた。
「これはランディルナ伯が行かれた鉱山で見つかった原石の中でも一級品の宝石だ」
一級品と言いながらも加工処理されていないのはこの世界では普通のことなんだけど、原石の状態で一級品と言われても普通の人はわからないんじゃないかな。
勿論彼の言う一級品という言葉自体に嘘はない。実際に研磨していけばそれは見事なエメラルドのルースが出来上がるはずだ。この世界にその技術も持ってるのはクドーくらいなものだけどね。
「確かに素晴らしい一品だ。その品質のエメラルドを売ってもらえるのかな?」
「そうですな。これだけのもの、本来ならこれ一つで白金貨三十枚といったところ」
さすがにそれはぼったくりすぎだ。
手の平に乗る程度のサイズ。恐らく加工したら十カラットくらいになるだろうか。だとすればどんなに高値を付けても白金貨十枚がやっとだと思う。
「なるほど。だがこちらとして提示出来るのは白金貨五枚だな」
「ぬふぬふふ…いかに伯爵といえど新興貴族では手を出せないかね」
「そう、だな。そこでだ。あまり宝石としては使えないようなものだけで良い。例えばこんなものだ」
私は鉱山で拾ってきたエメラルドの原石を取り出した。
宝石にするにはあまりに小さな結晶しか含まれていないため、普通なら使い道がない。普通ならね。
私はもう『普通』になんて拘ってないから。
「ふむ…しかしこれでは宝石としての価値などほとんど無かろう?」
「あぁ。だがその程度の品質で構わない。月に十トン、王都にある我が屋敷前に作った倉庫へ運び入れてもらえれば向こう十年の継続契約として前金で聖金貨二十枚支払おう」
「なっ?! こんなクズ石を大量に持っていくだけで聖金貨二十枚だとっ?!」
「あぁ。勿論運搬には相当な人手がかかるだろうが、それもこちらの用意した魔法の鞄を使ってもらって結構。二十もあれば全て収納可能なはずだ」
ダミー用の鞄から無造作に魔法の鞄をいくつか取り出してテーブルの上に放ると、用意されていた焼き菓子の乗った皿に当たってガチャンと大きな音を立てた。
時間経過を気にしない魔法の鞄としてはかなり安物ではあるけれど、いつでも品薄の魔法の鞄は王族といえども簡単には手に入らない。
特に今は販売に制限をかけさせてもらって、完全予約受注生産。一つ製作するのに二週間貰い、金額も有用性が広く伝わったところで大きく上げているため当初の販売価格よりも五倍から五十倍に膨れ上がっている。
冒険者が使うような小さな容量の物ならばいつでもカーバンクルで取り扱っているけどね。
それもいろいろな制限をかけさせてもらっているので、誰でも買えるようにはしていない。
ということをユーニャとカンファさんで決めた。私はそれに対して『任せる』と言っただけだ。
今も恐ろしい勢いで増え続けているランディルナ家の資産は最早私では把握しきれないので、ここで聖金貨二十枚使ったところで誰からも咎められることはない。
インギスにはいくら使ったか申告しないといけないけどね。じゃないと王宮への報告書に書けないから。
「ランディルナ伯…一体何を、企んでいるのだ…?」
「企むとは、恐ろしいことを言う。しかし、それを私が答える必要はない。オーユデック伯は金が手に入る。私は宝石が手に入る。ただそれだけの話だろう?」
お互いにお互いを睨みつけたまま無言の時が流れる。
ピリピリとした空気の中、メイドの一人は眉間に皺を寄せているがどちらも引くことはない。
どのみち私にとっては事実でしかない。ただ宝石が欲しいだけなんだから。
それをオーユデック伯が勝手にいろいろ邪推して疑っているに過ぎない。
しかしいくら脂の乗っているワイン樽にしか見えないオーユデック伯ではあるものの、いざ取引ともなればこれだけの緊張感を出せるものなのか。
そのあたりはさすが貴族ということだろう。
あまりこの状態を続けても私にはメリットがないから、さっさとユニークスキル『殺意』を使って話を終わらせようかと考え始めたところでようやくオーユデック伯から口を開いた。
「…いいだろう。その話乗ってやる」
「さすがオーユデック伯。機には聡いお方だ。魔法契約書は私の方で作成させてもらっている」
「…準備が良すぎる。私が断るとは思っていなかったようだな」
「これだけのうまい話をオーユデック伯が断るとは思っていなかったのでね。さぁ、これだ」
私が彼に差し出した羊皮紙をひったくるように掴むと隅から隅まで目を走らせていく。
書いてあることは実に簡単。
一つ、金額は先払いにて全て支払う。
二つ、毎月決められた品質以上のエメラルドを王都にあるランディルナ家の倉庫へ運び入れること。運搬に使う魔法の鞄は貸与ではあるが契約期間終了後は譲渡する。
三つ、期間は十年。
四つ、契約不履行の場合は鉱山の権利をランディルナ家が貰うが、採掘してもエメラルドが産出されない場合は他に所有している鉱山をも接収する。
「…わが領地には他の鉱山などないのだが?」
「私は『至宝伯』だ。こと宝石に関しては私の右に出る者などおらんよ」
「…全てお見通しということか?」
オーユデック伯からの問いかけには何も答えずに紅茶を啜る。
そろそろ無くなりそうなのでメイドに目配せをして紅茶を淹れ直してもらう。
「私のサインも印も済ませてある。それにエメラルドが今のまま産出され続ければ問題ないはず」
「ふむ…確かに。あの鉱山が枯れるとは考えにくい…」
一人ぶつぶつと呟きながら考えているようだ。
残念ながらエメラルド鉱山は間もなく枯れちゃうし、他の鉱山の宝石も長持ちしない。
なのに鉱山を手に入れようとするのはただの嫌がらせみたいなものでもあるんだけど、一応ちょっと考えていることもある。
というか、とっとと済ませて欲しいのだけど。
やっぱり私にはこういう交渉事は向かないみたいだよ。カンファさんとかユーニャに全部任せてしまえれば一番なんだけど、今回の旅には同行させられなかったから仕方ない。
同行してもらっていれば私の代理として全権委任して任せちゃうのに。
「よし! 決めたぞ! すぐにサインしよう!」
突然声を上げたオーユデック伯はメイドと一緒にバタバタと部屋を出ていった。
そして十分もしない内に戻ってくると羊皮紙にはしっかりとサイン、押印がされていた。
「これで良いか?」
「えぇ、では」
魔法契約書である羊皮紙に魔力を流すと記載されている文字が青く光り出した。
そして紙から一条の光が私とオーユデック伯それぞれに差し込むと羊皮紙はテーブルの上で独りでに丸まった。
これで契約は完了だ。
「契約書は私が用意したのでこちらで預かる。それとこれが約束の金だ」
羊皮紙を腰ベルトへ収納すると、そのまま聖金貨を取り出してテーブルの上に積み上げた。
オーユデック伯の目にもわかりやすいように、一枚一枚丁寧に数えながらしっかりと積んでいくその様子を彼だけでなく周りにいるメイドや護衛の兵士達までもが見入っている。
「どうぞ、納めてほしい」
「あ、あぁ…しかしまさか即金で、しかもこの場で支払うとは思ってもみなかった」
「兵は拙速を尊ぶ、という言葉がある。商売も速さが大事なのだよ」
「ほ、ほう? なるほど、こうしてすぐに金を支払ったランディルナ伯が言うと重みが違ってくるな!」
知ったか振りめ。これがただの皮肉だと気付かない大馬鹿者だ。
言葉の使い方は間違っていないけど、意味は全く違うんだよ。
けど、そんなことを態々教えてやる義理も道理もない。
「さて、エメラルドの運び入れは早速今月からお願いしたいのだがよろしいかな?」
「あぁ勿論だとも! すぐにでも手配を済ませようじゃないか!」
「ありがたい」
その後も上機嫌なオーユデック伯と多少の談話をしつつ、夕食の時間となったため私達は並んで食堂へと向かっていった。
ちなみにあの部屋の隣と天井には合計八人が潜んでいたけど、何事も無く終わったように見えたはずだ。
メルに頼んで全員ぐっすり眠ってもらっていたからね。
紅茶にも毒が入っていたけど、私には効かないし。ゴクゴクと紅茶を飲み続ける私を見てメイドの一人が青い顔をしてたから毒を仕込んでいたのは彼女で間違いない。
オーユデック伯に何を命令されてるか、もしくは弱みを握られてるか知らないけど、悪事に手を貸すのは褒められたものじゃないよ。
だから部屋を出る際のすれ違い様に「次は甘い紅茶を淹れてもらえる?」と耳元で囁いておいた。
私の声を聞いた彼女は毒が効かなかったことを知った時より更に青い顔でその場にへたり込んでしまったけどね。
使われてた毒が何かはわからなかったけど、ちょっと苦みが強かった。次に使う毒は是非とも甘いものでお願いしたい。残念ながら彼女はどれが甘い毒か試飲することは出来ないだろうけどさ。
今日もありがとうございました。
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