第301話 オーユデック伯爵領視察完了
オーユデック伯爵領の鉱山はほとんど視察することなく、町を出た私はすぐにランカを回収して王都の屋敷へと戻り、地下室を更に大改造してそこにランカを住まわせた。
ひとまずは不要なフォルサイトを大量に置いておいたのであの子の食事も困ることはないだろう。
ムースにも引き合わせたところ、二匹とも身体を擦り寄せながらプルプルしてたので仲良くやってくれそうだ。
地下室から出たところでステラを呼んで二匹を任せるとユーニャに挨拶をしてすぐにオーユデック伯爵領へと戻った。
早朝に屋敷に戻ったので作業を全て終えた今でもまだ三の鐘が鳴ったところだ。
アイカ達と合流して領主館に戻るのは十日目なのでまだ五日も時間がある。
「この領地には脅威度の高い魔物ってどのくらいいるんだろ?」
「単独で脅威度Aを超える魔物が数十匹はいるのだ」
「…多くない?」
「ほとんどワイバーンなのだ」
あぁ、そういや鉱脈まで移動してる時もちょくちょく襲ってきてたっけ。
いくら飛行してるとは言え、鳥か何かと間違えたのかその大きな嘴でパックンとされそうになったのは一度や二度じゃない。
しかもこのあたりのワイバーンは以前王都の近くにいた個体よりもサイズが大きいので本当に一口で食べられそうになったのだ。
それらは全てその小さすぎる脳みそを光剣繊で焼き切られて、私の腰ベルトに収納されてるけどね。
「でもほとんどってことはワイバーン以外もいるの?」
「厄介なのはガルーダ、フレスベルグ、それとハーピーなのだ」
「ハーピー? そんなに強い魔物じゃないよね?」
私にとってはガルーダもフレスベルグもそこらの鳥とあんまり変わらないけど、ハーピーは脅威度で言えばCだからそこまで厄介にはならないと思う。
「数が多い群れなのだ。聞いてばっかりいないでセシルもちゃんと見てみれば良いのだ!」
メルの言うことも尤もだ。
言われた通り、時空理術で周辺三万メテルを探っていくと確かに強い魔物がちらほらいる。
白竜王の気配を感じられないのは例の結界のせいだし、あれは放置しておいて構わないので除外しておく。
「あー…いるね。これ何匹いるの…」
「数え切れないのだ…」
生息域からしてあの土地は既に帝国の領土ではある。しかし魔物には人間の国なんて関係ないから、いつこちらの領土に引っ越してくるかわかったもんじゃない。
「確かに殲滅しておいた方が良さそうだね」
「あれが宝石や魔石を求めてこの辺りの鉱山や鉱脈を襲うことを考えると、連鎖襲撃が起こることも無いわけじゃないのだ」
「…連鎖襲撃って、そうやって起こるの?」
「何通りかの方法で起こるのだ。あのハーピーで起こるとは考えにくいが、処理しておいた方が無難なのだ」
なんでメルがそれを知っていて、尚且つ私に今まで言わなかったのかは知らないけど、それはすごく重要な話だ。
近いうちにメルから連鎖襲撃が起こる方法をしっかり聞き出した方がいいね。
私やユーニャの故郷を滅ぼした奴を見つけ出すためにも。
どうもこのオーユデック伯爵領に来てからというものの、私が今まで知らなかったことをたくさん知る機会が増えてる気がする。
今回の視察旅行が終わったら、今度こそ本格的に調査するためにいろんな話を進めないといけないだろう。
長い寿命があったとしても、それは最優先で行わないといけない。そしてそんなに遠い未来のことじゃないことも、なんとなく思い始めていた。
「お、おぉっ?! ラ、ランディルナ伯?! 生き、いや無事に戻られてな、何より、だ…」
私はアイカ達と合流してオーユデック伯爵領領主館に戻ってきていた。
魔物の殲滅はそれほど時間をかけることもなく済ませられたので、まだ眠っていた別の鉱脈まで探り当てていたらアイカから携帯電話で呼び出されてしまった。
かなり熱中していたせいで待ち合わせの時間を過ぎちゃったんだよね。
ちなみにハーピーの群れはやはり二百匹くらいいたけれど、近付いただけで襲ってきたので新奇魔法で消し炭にしてあげました。
もうちょっと友好的な態度だったらユニークスキル『殺意』で帝国領土へ追い払おうと思ったのに残念だよ。
別に殺生はダメとか言うつもりなんかないから魔物を殲滅したことに関しては気にしてないんだけど、仲良くなることに越したことはないもの。
それにしてもオーユデック伯の態度はいただけない。
やっぱり私が視察に出ている間に始末するか、懐柔もしくは洗脳でもするつもりだったんだろう。
「オーユデック伯の領地は特に危険もなく、快適に旅をすることが出来ました。鉱山もしっかりと視察させていただいた」
「そっ、そうかね。さ、さぁお疲れだろうからしばらく部屋でゆっくり休むといい。夕食には招待させてもらうがね」
「えぇ、お言葉に甘えるとしましょう」
十日前、私に毒入り紅茶を淹れた女性に案内されて客室へと通された。
ほんの十日前だと言うのに部屋の家具の位置が少しずつ変わっている。
ただの模様替えだということにして気にしないでおきたいところだけど、どうやらそうもいかないらしい。
案内してくれたメイドがすぐ近くにいるので大きな音が出るようなことは出来ないけれど、とりあえずすぐに済ませられることから片付けていこう。
さっきのメイドがドア越しに部屋の中を探ろうとしているので、空間魔法で私が部屋の真ん中にずっと立っている景色だけが見えるようにしておいた。
(セシル、どれも問題ない物ばかりなのに対処するのだ?)
(だって客に仕掛けるような物じゃないでしょ? 後ろ暗い用途で仕掛けたなら私が持っていったとしても追求出来ないだろうしね)
(さすがなのだ…)
何がさすがなのかわからないけど、片っ端からもらっていこう。
まずは壁掛けの灯りの魔道具。
灯りだけでなく、催眠効果のある闇魔法も仕掛けてある。貴族院で魔道具の研究をしてなかったらわからなかったかもしれないね。
魔道具の回路自体は普通のものなので、灯りだけの魔石と交換してしまえばわからなくなる。
お次はベッド。枕に仕込まれた芳香性の麻酔薬。クロロホルムのようなきつい臭いのものではなく、花のように良い香りを後付けしている。そのため被害者は良い香りだと勘違いして思いっきり吸い込んでしまう。
悪いことにこれは眠るわけでも、痺れるわけでもなく、深い陶酔状態に陥ってしまうため、加害者が好きなように事実を歪めて相手に強く思い込ませることが出来てしまうという、最悪な発想の元に作られた薬品だ。
なんでこんなことを知ってるかって? 作ったのがアイカだからだよ。それに、どのみち私には効かないことは既に確認済だ。
これは回収出来ないので、枕を洗浄で綺麗にして終わりだね。
しかしベッドの下にはまだ魔道具が設置してある。これも催眠系。こっちは寝てる間にあることないこと吹聴してそれを本人に強く思い込ませるものだったはず。
これは回収して魔力を込めただけの魔石と交換させてもらおう。
他にも妖しそうな魔道具がいくつかあったので全て回収、交換させてもらった。それらは私も知らない付与が施されていたので、持ち帰って研究させてもらうつもりだ。リーゼさんに渡せは嬉々として取り組んでくれそうな案件だしね?
けれど、私がわかるのはここまで。魔道具や分かりやすい毒なんかはいいのだけど、気付きにくい場所へ塗られたような毒までは私にはわからない。
まぁ毒なんて私には効かないから構わないよ。
わかりやすい例えを出すなら、フグの卵巣やベニテングダケだって問題無く食べられると思う。美味しいかどうか確かめる気はないけれど。
(とりあえずこんなところかな)
(『とりあえず』も何もこの部屋の魔道具は全滅なのだ。夜灯りが点くだけなのだ)
(それだけは残してあげたんだから別にいいでしょ)
しっかし、休むつもりだったのにこれじゃ全然休めないじゃない。
椅子に座ろうとクッション部分を押してみたら毒針が飛び出してきたのを見て大きく溜め息をついた。
「はぁ…。これは部屋にいるよりもとっとと話を付けにいくべきかな」
部屋の魔道具も回収し終わったので、もうここには用事もない。
元から荷物もあってないようなものなのでダミー用の鞄を腰ベルトへ収納し空間魔法を解除すると、外で待機しているメイドに声を掛けることもなくドアを開けた。
ガンッ
「ぎゃんっ?!」
主人が屑なら使用人も屑なのかね?
メイドは部屋の外に置かれた椅子に座っていればいいだけのはずなのに何故か私が開けたドアに額を打ち付けていた。
やっぱり聞き耳でも立てていたか、鍵穴から部屋の様子を盗み見ようとでもしていたんだろうね。
「失礼。しかしあまりドアに近付きすぎるのは避けた方がいい。こうして突然ドアが開くこともあるのだから」
私は気絶して意識のないメイドにそう告げると領主館の中を歩き始めた。
時空理術で調べてみるとアイカとクドーは普通に部屋で寛いでるようだ。私と違って部屋に罠の展覧会を開かれたりはしてなかったみたい。気楽でいいね。
そしてオーユデック伯の居場所を調べ、彼がいる執務室へと向かっていると廊下にまで怒鳴り声が響いてきた。
「どういうことだ! 何故奴は無事なんだ!」
「わ、わかりません。監視用に放っていた者以外は今のところ誰も戻ってきていないところを見ると…恐らくは返り討ちにあったのではないかと…」
「そんなもの見ればわかる!」
うわ、これ面倒くさい上司の典型なんじゃないの?
なんで駄目なのか→そんなのわかってる。
確実にパワハラです。前世なら即労基な事案だよ?
この世界にそんなものないけどね。
「刺客を放った数は十やそこらじゃないんだぞ! 二百人だ! 一体いくらかかってると思ってるっ!」
この文句言われてる人も心の中で「知らんがな」って思ってるだろうね。
というか、私は刺客なんて知らないんだけど。
この十日間で私が倒したのは全て魔物で人間の相手は一切してない。
勿論私が知らないならあの二人の、いやクドーだろうね。盗賊退治がてら刺客も一掃したに違いない。
アイカは私と同じく秘境で薬草採集してたはずだからね。
さて、いつまでも私を何とかしようと画策したのが全て失敗して、それを部下のせいにするようなパワハラ貴族のオーユデック伯のお説教に付き合うつもりはない。
怒鳴り声が一段落したところで、私はドアをノックした。
「入れ!!」
「…失礼。オーユデック伯、どうかなされたか? 部屋の外にまで怒鳴り声が聞こえていたが」
「なっ?! ラッ、ランディルナ伯…何故ここに?」
「十分休ませてもらったので、そろそろ商談でもと思ったのだ」
いちいち慌て過ぎだよ。
その顔にたっぷり流れてる脂汗だか冷や汗だか知らないけど、こっちまで飛び散りそうな勢いで前のめりになるのはやめてほしい。
ま、それはともかく。いろいろと面倒くさいことしてくれたお礼はしっかりさせてもらうよ。
今日もありがとうございました。
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