第31話 リードの正体
リードの正体が発覚!
バレバレでしたけどね(笑)
8/4 題名追加
翌朝いつもより少し早めに起きた私は朝食の支度をしながら昨日のことを思い出していた。
結局ランドールは私が起きてる間には帰ってこなかった。村長の家での話がどうなったかはわからないし、イルーナにどういう話をしたのかもわかっていない。
「はぁ…」
一人盛大に溜息をついて朝食用のミルク粥を作り終えるとその上に散らすためのチーズも刻んでいく。これで前世で食べていたような日本の米だったら文句無く美味しいんだろうけど、このミルク粥に入れたのは雑穀。米のように美味しくはないものの栄養価は高いしそれなりにカロリーもあるのでお腹には結構溜まる。私が食事を作るようになってから両親のお気に入りの一つになっている。
「おはよーセシルちゃん」
「あ、おはよ、母さん」
チーズを刻み終わってしばらくするとイルーナがディックを抱いて台所に入ってきた。
最近秋も深まってきたし、ディックの上着は一枚多いしイルーナも肩にストールを掛けている。私は相変わらずの熱操作で周囲の気温とは無縁状態、今日も春の日差しの中くらいの温度しか感じていないので薄手の長袖で十分。
「最近セシルちゃんを見てるとこっちが少し寒くなってきちゃうような…」
こんな会話も最近増えてきた気がする。ちょっとした文句のようなものを私にすぐぶつけてくるというか…。私の考え過ぎなのかな?これが普通の家族なの?
心にチクリと刺さった棘を気にせずディックに「おはよ」とほっぺたをツンツンすると「ねーねおはよ」と返してくれる。テーブルに座ったイルーナにお茶とディック用に白湯を置いておきランドールを起こしに行って家族揃って朝食を摂ることにした。その朝食の席で
「そうだ。セシル、今日は朝俺と一緒に村長の家に行くぞ」
「え?…私また怒られるの…?」
「…それはわからんが…昨日の話を聞きたいと言われているんだ」
「むー…」
「言っておくが行かないとは言わせないからな」
「…はーい。…でも誰が聞きたいって言ってるの?村長?」
ここの村長って好々爺からは非常に遠い、とっても怒りやすいお爺さんでちょっと苦手だったりするのよね。
4歳の事件が原因で目を付けられてる私は事あるごとに「今日は大人しくしてるか」「何も騒ぎは起こしておらんだろうな」などと言われている。あまりにも言われるので村長の気配を感じると身を隠すほどに。というか未だに言ってくるっていうのもどうかと思うんだけどね!
「村長も、だな。まぁとにかく一緒に来るように」
「わかったってば。じゃあ母さん、朝食の後片付けお願いしていい?」
「うん、やっておくよー。たまには母さんも働かないとねー」
至れり尽くせりになってる自覚あったのね。
実際私が生まれたときには一人で全部やってたんだからやろうと思えばできるはず。…あれ?ということはイルーナを甘やかしてるのはひょっとして私?
朝食の片付けをイルーナに任せて私は出掛ける支度を始める。いつもの鞄と最近はイルーナに「腰ベルト」と呼ばれている三つのバッグと短剣がついたベルト。話が終わった後も一度家に帰ることになるはずなので訓練用の服ではなくただの外出着。
その後ランドールの支度が終わるのを待って一緒に家を出た。昨日の帰りと打って変わって向かう間にほとんど話すことはなかったことが、これから行われるであろう村長からのお説教の凄まじさを想像させる。
けど怒られるくらいなんでもない。リードとユーニャが無事だったんだしね。一時間くらい耐えてればそのうち終わる…と思いたい。
問題はその後の私の行動がまた制限されるようなことは避けたいということだね。訓練もできず、狩りもできず手伝いと家のことだけをする毎日はさすがにちょっと嫌だ。
「村長、おはようございます」
「おぉ、ランドール、セシル。待っておったぞ」
村長の家に着くなり普通に挨拶したランドールだが村長の態度がいつも私に向けてくるものとは明らかに違う。普段なんか挨拶しても「大人しくしとれよ」しか言わないし挨拶しなかったら「こっそり何をするつもりだ」とか言われる始末。そんなに私信用ないかね?
そんな村長だが今日は何やらそわそわしている様子。会いたくもないであろう私にさえ「待っていた」なんて言うほどだし、よほどのトラブルでも抱えてるのかもしれない。ちょっと「ざまぁ」である。私は友だちや家族は大事にするけど、よく知らない人にまで優しくできるような聖人君子ではないからね。
村長に促され応接室へ通された。というか村長の家ってこんなに大きかったんだね。応接室まであるとは思わなかった。案内してくれた村長と一緒に応接室に入るとそこには見知った顔の子どもと見たことのないかなり整った身なりの成人男性の2人が既に椅子に座って待っていた。
一番奥に座っている身なりの整った男性はランドールと同い年くらいだろうか。ストレートの茜色の髪をキラキラと靡かせて、濃い琥珀のような褐色の瞳でこちらに視線を送ってきている。少女漫画に出てきそうな王子様のような雰囲気を纏っているせいか背後に花の背景でも見えてきそうだ。
そして同じ髪と瞳の少年がその隣に座っている。
「リード?」
「セシル!」
見知った顔の子どもは昨日ゴブリンの集落から助けてあげたリードだった。となるとこっちの男の人はリードのお父さんかな?
「こ、これセシル!リードルディ様にご無礼な!」
私が小首を傾げてリードを見ていると横にいた村長から注意された。
リードルディ様って誰?…「リード」ルディ様…?え?まさか???
「村長、構わん。君がセシルか?いつも息子が世話になっているそうだな。私はこの地方を治める役割を陛下より任されているザイオルディ=クアバーデスという者だ」
リードのお父さんに挨拶されて私は反射的にペコリと頭を下げた。この世界では頭を下げる挨拶はないようなので慌てて取り繕って名乗ることにした。
「セ、セシルです。えっと、リードのお父さん?この地方を治める役割ってことは…領主、様?」
「あぁ、そうだよ。この方がここクアバーデス領の領主、ザイオルディ侯爵だ。そしてそのご子息のリードルディ様。お前がいつも遊んでいた『リード』という少年は領主様のご子息様だったというわけだ」
…ちょおぉぉぉっと頭の整理が追いつかない。
偉そう偉そうと思っていたリードが実は領主様の息子で、しかも領主様は侯爵ときた。確か侯爵って公爵の次に爵位が高いんじゃなかったっけ?
脳内で新しく与えられた情報を咀嚼、整理して正しく認識すればするほど今までのやり取りを思い起こしてしまう。徹底的に痛めつけたり、かなり不遜な態度や言葉使いをしたり?なるほど、これはお説教なんて生易しいものではない気がしてきた。自然と冷や汗が出て顔が青褪めてくるのがわかる。ともすれば実力行使でこの場から立ち去る方法すら考え始めていた。
「ランドール、そんな仰々しい説明があるか。見ろ、お前の娘が委縮して怖がってしまってるではないか。こんな青い顔までさせて…お前も親だろう。娘が可愛くないのか」
「んなっ。そ、それとこれとは別だ!だいたい今はそんなことを話す場でないことくらいわかるだろう?既にザイオンは領主なんだぞ!」
領主様は私を指差しながらランドールへ「面白くない」というような視線を送った後、再度私に向き直った。ランドールの文句は全く耳に届いていないようで完全に右から左だ。
よほど慌てたのか領主様を愛称呼びしたことも気付いてなさそう。父さんと領主様は知り合いなのか確かに妙に親しそうな雰囲気を感じる。
「セシル、もし君が今までリードに対し取っていた言葉使いや態度を思い出してそんな青褪めた顔をしてるなら全く気にすることはないぞ。寧ろ私はこれを成長させてくれたことを喜んでいるくらいなのだからな」
領主様は優しく、それでいて少年のように無邪気に微笑むと「よくやってくれた」と言ってくれた。
私もそれで緊張が解れてようやく落ち着いてきた。
よく見るとリードもガチガチに緊張しているのがわかる。そもそも今遠回しにリードが怒られているようなものなわけだしね。
ともかくそれならと私も前世の知識から貴族等の高貴な人に対する挨拶の仕方を引っ張り出してきた。
「恐れ入ります、領主様。知らぬこととは言え大変失礼致しました。ご挨拶が遅れてしまいました。私ランドールの娘のセシルと申します」
スカートは穿いていないので上着の裾を摘まみ広げるように持つと背筋を伸ばしたまま膝を直角まで曲げる。
確かカーテシーという挨拶だったかと思う。高貴な人に対する挨拶としては間違っていないとは思うけど、世界が違うからちょっとした賭けみたいなものでもある。少なくとも気品と女性らしさくらいは出せると思う。
「ほぅ…?ランドール、随分頑張ったじゃないか?それともイルーナのおかげか?」
「…い、いや…。俺は何も教えていないし、そもそもイルーナ自身がこんなこと知ってるとは思えん」
「…確かにな。じゃあどこで知ったんだ?」
「…俺が知りたいさ」
本人を差し置いて随分失礼な話をしている。
これは前世で本かネットかで知った知識であって、決して習ったものじゃない。なので恐らくはちゃんとはできていないはず。
しかし二人は思ったよりも真剣に?深刻に?悩み始めてしまった。そんな二人に救いの手を差し伸べたのは意外にもリードだった。
「父様、セシルのことで『何故?』と思うのは無駄だと思います。それと『なんでそんなこと知ってるんだ?』と思うこともです」
「ほぅ?何故だ?」
「セシルの友人からの忠告です。考えるだけ無駄だということ。セシルが決して説明しないためと聞いています」
「ふむ?私が聞いても答えてはもらえぬか?」
領主様からの質問なのでさっきと同じように礼を以て答えることにする。ちなみにランドールはさっきから同じ姿勢のまま固まっている。
「申し訳ございません。説明致しかねます」
私は丁寧に腰を折って礼をしつつ解答に関しては拒否させてもらった。本来高貴な人に対してすることではないけどもこればっかりは簡単に解答できるものでもないのでなんとか納得してもらう他ない。
「そうか。尤も君が何者であろうとも実は大して重要ではないんだ」
領主様は悪戯好きな少年のような顔で笑い、とても楽しそうだがランドールと村長だけは気が気でないようでさっきから態度がおかしい。あたふた?オロオロ?とにかく落ち着きがない。
「セシル。君…リードルディの婚約者にならないか?」
「……………は?」
私はたっぷり間を空けてから返事を絞り出したが、それはまともな返事とは言えなかった。
今日もありがとうございました。




