第29話 初めての無双
ここにきてようやくチートセシルの無双が出来ました。
8/4 題名追加
ゴブリンの村に入った二人は逃げる間も無く完全に包囲され、二人から20メテル程度の距離を空けて聞き取れない言葉で騒いでいるゴブリン達は襲い掛かるわけでもなく武器を構えたままだ。
ユーニャは何処か包囲の薄いところはないか見回していたが、数は圧倒的に多く囲いを抜けるまでに何体のゴブリンを倒せばいいのか見当もつかないほどだった。
普段からセシルに「私がいないときは絶対森に入らないこと」と言われていたことを今になって思い出すことができたが
「今更、よね。ごめんねセシル。一緒にお店出来なくなっちゃった」
「おい!諦めるなっ!こいつらを倒せばまだ生き……のこ…」
リードがユーニャを奮い立たせようとしたところで村の奥の方から大きな足音が聞こえてきた。遠目からでもわかるその姿は普通のゴブリンの5倍はあろうかというサイズのホブゴブリンだった。一体でも絶望的な体格差があるのにそれが六体。彼等が来るとゴブリン達は囲いを空けて中に入れた。
リードとユーニャの前にそびえ立つ絶望の壁。
ゴブリンに負けた人間はどうなるか。小さい時から教え込まれている話が頭を過る。
男は殺され、女は孕まされ、子どもは食われる。思い出したくもないことなのに頭から離れない。
ユーニャは腰を抜かして座り込んでしまい、股間からは生温かい液体が流れてしまっていることすら気付いていない。
リードは絶望的な状況でも剣をしっかりと握りホブゴブリン達に対峙している。例えつついただけで倒れてしまいそうなほど膝が笑っていたとしても、諦めたくなかった。
「グオオォォォォォォ!」
「ひっ!」
ホブゴブリンの咆哮にユーニャが短い悲鳴を上げて息を吸った。吸った息を吐き出すことすら忘れて恐怖のものか酸欠によるものかわからないほど顔が青くなっている。
「あ、あき、諦め、ない。ぼっ僕は…ここ、こんなところで死にたくないぃ…」
リードもホブゴブリンの咆哮に怖じ気づいて前に進む気力を無くしてしまった。
そんな二人の様子を嘲笑うかのように下品な笑いを浮かべて楽しむホブゴブリン達。自ら手を下すまでもないと思ったか、ゴブリン達に向かって顎をしゃくった。
ヒュッ ゴッ
「あっ!?」
「ユーニャ!?がっ!」
周囲のゴブリン達から一斉に石を投げ込まれ、いくつもの石が二人の体にぶつかる。
石がぶつかったところから血が流れ痛みに顔が歪んでいく。頭を庇っている手からは夥しいほどの流血と青痣ができ、二人は立っていることさえできなくなってしまった。
「も、もうやだ…こわいぃ…セシル、助けてよぉ…。食べられたくないよぉ…」
「うぅ…と、父様…せ、先生…」
投石が止んだ後、二人は血塗れで泣きながらうずくまっていた。その様子をひどく楽しそうに眺めていたゴブリン達は「さぁ食事にしよう」と言わんばかりに声を上げ、意気揚々と一歩踏み出そうとした。
正にその瞬間、天使の声を聞いたと後日ユーニャは語った。
「二人とも生きてる!?」
私が辿り着いた時には二人はビクビクと震えながらゴブリン達の真ん中でうずくまっていた。
魔人化を使い身体能力を上げていた私はゴブリン達の囲いを飛び越えて二人の側に降り立った。
「セ、セシル?…うそ?夢じゃない?」
「ば、馬鹿者め…こんなところに一人で来てど、どうするんだ…」
ユーニャは涙でボロボロになった顔に少しだけ希望が灯ったのか心無しか笑顔が見えたけど、リードはやっぱり生意気だった。
とりあえず、お説教はまた後でするとして。
「夢でもないし、馬鹿者でもないよ。全く…」
「くっ…ふふ、は…ば、馬鹿は僕か。普段はあんなに偉そうにしてても…いざとなったら震えて、な、何もできなかった…おかしいだろ?」
二人の体に触りながら回復魔法を使って傷を癒やしていく。
リードは自嘲しながら私の魔法を受けているけど、その目からは止めどなく涙が零れている。悔しいのか怖いのか情けないのかわからないけど、そんなリードはちょっと可愛いと思う。
「おかしくなんかない。笑ったりなんかしないよ。絶対に」
私の魔法で二人の傷が癒えたところでようやく周囲のゴブリン達も騒ぎ始めた。
「うるっさいっ!!あーーーもう!!何してんのよアンタ達はっ!こんなに怪我して心配させて馬鹿じゃないのっ!?」
説教は後にしようと思ってたけど、ゴブリン達に苛立ってしまいそのままの勢いで口から出てしまった。
私が怒っても二人は何も言わずに俯いてしまうばかりで話にならないけどさ。とりあえず、この怒りはどうにかしないといけないよね?
「…うん。そうしよう。二人をここまで傷だらけにしたんだしね。ちょっとさ、もう」
ここに来るまでにスキルの多重使用、魔人化の連続使用でMPは相当に減ってしまっている。でも、そんなことなんの関係もない。
「絶対許さないんだから!こんな村ぶっ壊してやるっ!」
スキル魔人化を全開で使う。
溢れる魔力と魔人化のエネルギーが勢いよく噴き出して波動のようにゴブリン達に襲い掛かる。
普段ここまで使うことはない。MPが栓を抜いたバスタブのように減ってしまうし、魔物の素材を残そうと思ったら明らかなオーバーキルになる。イルーナからも低レベルの魔物をほどほどの力で倒すようにと言われていた。
でももうそんなの関係ない。
「二人とも、ちょっと刺激の強いことするからびっくりしないでね?」
こっちの準備が整うまで待ってくれるとも思えない。さっきまで手を出して来なかったのは私が突然やってきた上に特に怯える様子も見せていなかったからだろう。
安心してほしい。もうそんなこと気にしなくていいから。
両手に短剣を持って目の前のホブゴブリン1体に突進する。こいつらくらいなら私が消えたようにしか見えていないだろう。
足元に到達するより少し早く跳躍してその身体に斬撃を走らせていく。頭部に辿り着くとその額を足場に更に跳躍。ゴブリン達の囲いの後ろ側、村の入口へ向かって魔力を集中して魔法を放った。自重は無しだ。
「剣魔法 圧水晶円斬!」
初めて作った私の特異魔法は現時点までで更に磨きがかけられてユニークスキル魔法創造から更に上位のレジェンドスキル新奇魔法作成に進化した。それによる魔法の高速展開、消費MP減少、多重展開にまで可能になっている。
どうなるか?
私の作り出した8つの水の刃がゴブリン達に襲い掛かる。
複雑にカーブを描きながら迫る水の刃を避けるどころか反応することもなく十数体のゴブリン達が切り裂かれてその生涯を閉じた。
でもそれだけじゃダメ。許さないよ!
「炎焦殺」
切り刻んだゴブリン達に炎魔法で火をかける。周囲を巻き込んで更に多くのゴブリン達の命を奪っていくが、その炎は私の魔力で作った炎なので通常の火よりも遥かに性質が悪い。その性質は近くに燃えやすい物があると延焼していく、というもの。
近くにあるでしょ?他のゴブリンっていう燃えやすいものがっ。
この時点で地面に着地した。目の前のホブゴブリンは縦に割かれて左右にそれぞれその身体を倒し、後方のゴブリン達は火に巻かれて既に地獄絵図と化している。近寄るだけで襲ってくる炎なので誰も助けにいけず他のゴブリン達はその時点で後ずさり始めていた。
でもね、逃がさないよ。
「電撃魔法 電気触」
両手の短剣の先から魔力の放電が走り囲いにいるゴブリンの大半に電撃が走る。あちこちで悲鳴が上がっている気がするけどこの電撃自体はそれほど強力ではない。あくまで体の自由を奪う程度、筋肉を痙攣させ自力での離脱を妨げるものだ。
本来なら魚釣りにでも使えればいいなと思って作った魔法だけど、「獲物を動けなくして狩る」って点では同じだから別にいいよね?
囲いの後ろにいたゴブリン達はほぼ殲滅、左右にいるゴブリン達は動きを封じられてその場に硬直。残りは目の前にいるホブゴブリンと十数体のゴブリンのみとなった。
「す、ごい…。こんな一瞬で…」
「あ、ぁ。セ、セシルはここまで強かったのか」
あんまり人外っぽいことすると友だちやめられちゃうかもしれないなぁ。
そんなことを沸騰しかかってる頭の片隅で考えながら、二人が零した言葉を聞いていた。
もちろんだからと言ってやめるつもりなんて毛頭無い。
「たあぁっ!」
気合いを入れ声を出しながら前方の群へと斬りかかっていくとゴブリン達は逃げ出そうと後ろ向きに走り出そうとしたが、そんなことを許す私じゃない。
魔人化で強化されている身体能力で背を向けたゴブリンから順にその首を斬り落としていく。後ろを向いた瞬間には体と頭が切り離されていく光景に左右のゴブリン達からくぐもった悲鳴が聞こえる。そっちは後でちゃんと始末するから、大人しく怖がってなさい。
前方にいたゴブリンを全て殺し切ると残るのは体の大きいホブゴブリンだけが残った。実際今の私の力で殴るだけでもスイカより簡単に粉砕することができるけどそんな簡単には済ませない。
「圧水晶円斬」
再び水の刃を放ち、ホブゴブリン達の両足を切断しその巨大な体を全て地面に倒していく。
「ガッ!…アアァァァァァァァッ」
しかし中には倒れ込みながら私へ棍棒を振り下ろしてきた個体がおり、私は魔法を出した直後だったためその場から動くことができない。
特異魔法の最大の欠点だけど、魔法を使った後に動けなくなる時間がある。非常に強力なので本来は一撃で行動不能まで持っていくのが理想だけど、今回は別の狙いもある。
振り下ろしてきた棍棒を私が右腕で受け止めると足元が陥没した。指二本分程度でしかないがホブゴブリンの力の強さがよくわかる。ただそのくらいじゃ私の右腕を圧し折ることはできないんだよ。
動くことも出来ず攻撃も通じない私への恐怖が募ってきたところで私は地魔法を使う。魔法名のない、固い岩を隆起させるだけのそんな魔法。
ホブゴブリン達の体の下から突如突き上げてきた岩の槍は彼らの体を貫き、まるで針の山に落ちた亡者のようにビクビクと動きながら苦悶の声を上げている。
「これで、死になさい。重力魔法 過重接」
私の特異魔法が発動すると彼らの体は自らその岩の槍へ更に押し込まれていくが、それで終わらない見えない力による圧迫は続く。貫いていた岩を砕き、その身体がひしゃげて潰れるまで私は魔力の放出を続ける。
ぶしゅっという音とともにただの肉塊に変わるまで見届けると、左右のゴブリン達を見回す。
緑色の肌をしたゴブリン達が心なしか青くなっているように見えたが気にせず終わらせることにする。
「さようなら」
最後に氷魔法を使って左右のゴブリン達全体を包むように水の壁を作り出して閉じ込めると、まだ燃えていたゴブリンの死体からも火を消した。追加で力操作を使って水の壁の中に強い流れを作り出すとゴブリン達は動けないこともあってあっという間に全て溺れ、生き残ってる個体はいなくなった。
「ふうぅ…」
そして私は大きく息を吐き出して心を落ち付けて二人に向かい合うことにした。
今日もありがとうございました。




