第3話 覚えてないけど知らない天井
異世界転生しました!
7/25 題名追加
転生を受けた後、しばらく私の意識は闇の中に包まれた。
思考は生まれない。
そしてそこで私がインヴィー様と会話していたこと、管理者選定試験のこと、転生ポイントのこと、その全てを忘れてしまうことになった。
それと同時に何かとても温かいものに包まれているような感覚があった。
どれほど時間が経ったかわからないが、ふと私は意識を持つことができた。
目を覚ますと見慣れぬ天井だった。
いつも起きていた部屋ではない。私のアパートの天井は白かったし、何より朝でも表を走る車や電車の音が聞こえてたはずだ。
とすると…ここはどこだろう?
私は起き上がろうと体に力を込める。
込め…るっ…。んぐぐぐぐぐぐ……っ!?
なっ!?!?!?なんで???全く体に力が入らない。こんなことは初めてだ。
自分の体に何が起こってるかわからないまま、とりあえず体の感覚を探る。
手に力を込めると指は一本一本動く。力の入り方に加減が難しくうまく調整できない。足は?…動く。足の指もちゃんと動く。膝を曲げてみるとちゃんと曲がる。手よりは足の方がまだ力が入りやすいようだ。一体何が起こってるんだ?
首を動かすとなんとか横に向くことは出来た。木枠のベッドのようなものに寝かされているようだが近くに人はいない。ふと自分の手を目の前に持ってきて気付いた。
…ちっちゃ。しかもぼやけてるし。
非常に小さな手が目の前にあった。思考が全く追いつかない。
これって…赤ちゃんの手?
かつて施設にいたときに預けられてきた弟妹のことを思い出した。そういえばこんな小さな手をしていたはずだ。かわいかったなぁ。
って待て。待って待って待って待って!!!!!!
私赤ちゃんなんだけど!?どうして?なんで?
混乱する頭の中に、ふと自分のものとは違う記憶が埋もれていることに気付いた。あまりに朧げで儚い、物心付く前の思い出のような記憶。京子として生きた記憶はそのままなのに、その朧気な記憶から一つのキーワードが思い浮かんだ。
転生?
すると急かされるかのような強迫観念にも似た感覚。転生ポイントを稼がないといけない、ただそれだけ。
転生ポイントって何?っていうか何故稼がないといけないかもわからないし、何をしたら稼げるかもわからない。ちょっとその辺はっきりしてほしい。
しかし、私のそんな願いは誰かに届くこともなく虚しく消えていく。
とりあえず、冷静に整理しよう。
現在私は赤ちゃんになっている。転生した?と思う。高校生の頃に友だちから借りたファンタジー小説に異世界転生物があったし、多分そういう類のものだと思う。自分がそうなるとは思わなかったけど。
問題は転生した場所は不明ということ。地球かもしれないし、どこか知らない世界かもしれない。視線が届く範囲しか見れないので判断のつけようがない。
赤ちゃんと言っても恐らく生後2~3か月くらいだろうか?首がうまく動かなかったのはまだ寝返りすら打てないからだと思うし、視界がぼやけていたのもそれなら頷ける。
さっきから多分とか恐らくとか思うとか、全部推測の域を出ないからであって肯定してくれる意見がとても欲しいです。
部屋の中は明るいので今は昼だと思う。とても静かで時折遠くで鳥の鳴き声のようなものが聞こえるがそれだけだ。人が動くような音は今のところ聞こえないし、気配も感じない。
さすがにとても不安になってくる。自分の今の状況がわからなすぎる。あまりに心細いと泣くよ?もう大人だけど、私だってまだ女の子って言っても良いくらいの歳だったはずよ?
そんなちょっとした感情の落ち込みを自分の中でコントロールし辛くなってきた。今までこんなことはなかったはずの感情の波に晒されて慌てるが、それでも不安と焦り、寂しさから感情を抑えられなくなった。
「ふぇ…ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…ぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
泣くつもりはなかったのに抑えきれず口から声が出た。同時に目にも涙が浮かんでくる。どうしようもない感覚に戸惑いながら、泣き声は激しくなるしごちゃまぜになった感情が更に私を支配してくる。
そのとき、遠くからバタバタと音がしてガチャと部屋のドアが開く音がした。
「~~~~~~。~~~~~~~~~~~~」
部屋に入ってきた女性は私をすぐに抱き上げると背中に手を回して優しく叩いてくれた。
それだけで安心して私の泣き声も抑えることができた。
「~~~~~~~~?~~~~~~~」
私を抱き上げた女性が何かを言っているのだが、全く理解できない言葉だった。学生の頃に勉強したのは英語だけでもどこかで聞いたことがあるような言語ならなんとなくわかるつもりだ。それがないということは、私の、京子の知らない国なのか、はたまた本当に異世界なのか、だ。
---スキル「言語理解」を獲得しました---
は?
突然頭の中に響いた声にびっくりして今向いてる方とは別の方向を向いた。
あ、首動いた。じゃなくて。何、今の?
「~~~~濡れてない。お腹~~~?」
あれ?何言ってるかわかるようになってきた?
---スキル「言語理解」の経験値が規定値を超えました。レベルが上がりました---
スキル「言語理解」1→4
今度は音声の後に空中に浮かぶように文字が現れた。私が理解できる文字で、日本語で表示されている。
どうやら言語理解というスキルを覚えて、今の話を聞いただけでレベルが上がったらしい。
えぇぇぇぇ…どうやったら聞くだけで理解できるっていうの?英語を覚えるのにどれだけ勉強したと…。
昔、英語の成績が上がらず必死に勉強したことを思い出して軽くショックを受けていると私を抱いてる女性が再び話しかけてきた。
「お腹空いてるわけじゃなさそうだし…寂しかったのかな?じゃあママと一緒にご飯作ろうねー」
おぉ!?今度は話してる内容が全部わかる!なんて便利なスキルなんだ!
感動して驚いてると女性は紐を取り出して自分の背中に私を背負ってくれた。そして紐で私を固定すると少し跳ねるような足取りで部屋の中を歩き始めた。
「ほらほらー。もう寂しくないよー。ママと一緒だよー」
跳ねるように歩くせいかさっきから女性の後ろ髪が顔をくすぐる。
淡い金髪を紐で縛って纏めているが、ちゃんとシャンプーをしていないのか少しベットリしているように見える。結婚してオシャレに気を使わなくなったのか、それとも私と同じように元々あまり気にしないのか。
いや、私だって身嗜みはちゃんとしていたし清潔には気を付けていたよ?いくらなんでも臭いとか言われたくないしね?
泣き声が止まったせいか、女性は私を背負ったまま隣の部屋へ移動した。
まだ目がぼやけているせいではっきりとは見えないがリビングダイニングキッチンのようだ。竃と洗い場、その横に大きな水瓶がある。洗い場はステンレスなどではなく石だった。まるでテレビやネットで見た昭和初期の台所のようだ。その後ろで食事をするようなテーブルがあり、壁際には作業台のようなものがある。
しかしどこを見ても家電製品の類は見当たらない。
これって、かなり文明の遅れてる国なのかな?それとも本当に異世界?
さっき頭に浮かんだスキルのことがあるので異世界寄りに回答が出そうだがまだ保留だ。ひょっとしたら転生したことで何かしらの超能力が手に入った可能性だってあるわけだし?
しきりに首を動かしてあちこちを見ていると私を背負ってる女性から声がかかった。
「セシルちゃんきょろきょろしてどうしたの?パパ探してるの?パパはまだお仕事から帰ってないよ」
セシルちゃん?せしる?それが私の名前?
やだ、なんかかわいい名前。私がそんなかわいい名前でいいのかな?えぇぇ…いや、良いのではないでしょか。えぇ、良いですよ!セシル!いいじゃん、かわいい名前だよ私!!
フランスとかヨーロッパあたりで呼ばれそうな名前を付けられていて悶えそうになる。が。
いや?待て。発音だけでセシルと呼ばれただけだよね?漢字は?
日本人の習慣だろうか、どうしても漢字が気になる。部屋の中の様子や、目の前の女性の髪の色などから日本でないことは間違いなさそうだが、気になり出すと考えるのをやめられない。
瀬知?世詩瑠?雪子留?刹死涙…?
様々な当て字を作りながらもどれもこれも絶望的で全力で拒否したい気持ちが膨れ上がってくる。気持ちが膨れ上がれば感情が不安定になる。不安定になると泣きたくなる。泣きたくなると、止まらない。
「ふゃぁぁぁぁぁぁぁぁ…あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
「あららら!?セシルちゃん、どうしたの?パパならもうすぐ帰ってくるから、もう少し待ってね」
女性が私を背負ったまま再び跳ねるように歩き出す。衝撃が心地良いが絶望的な当て字のキラキラネームなのではと思うとなかなか気持ちが収まらない。
「お腹空いたのかなー?ちょっと待ってね」
少し慌てた様子で女性が先ほどの部屋に戻っていく。当然背負われている私も一緒に行くことになる。
女性がベッドに座りおんぶ紐を解いて私を下すと左腕で私の頭を支えながら自分の体を押し付けてきた。
そのまま右手で服を捲り上げると女性の乳房がぽろんと出てきた。
…負けた……。
突然の行動にぎょっとしたのはほんのわずか。私の素直な感想である。どうして私は育たなかったの?
いや、でも私は転生したんだし今回はこの女性のようになるのではないだろうか?先ほどからの話から察するにこの女性はどうやら私の母親で間違いなさそうだ。
私が無意味な敗北感に苛まれていることとは知らず、母親は私の唇に自分の胸を押し当ててくる。
ほぼ本能的にそれを咥えて吸い始めると甘いような柔らかい匂いが流れこんできた。美味しいとかではなく安心する味。柔らかい。温かい。心地良い。
これが母親というもの?
碌でもない母親しか知らない前世の私の記憶とは大きく違う。どこまでも優しく温かくて柔らかいものを感じられる全てで味わっていると私の意識は徐々に落ちてくる。前世から含めて味わったことのない安心感に酔ったまま私は意識を手放した。
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