第279話 カーバンクル
アルマリノ王国王都の道は碁盤の目になっている。
上空から町全体を見れば四角ではなく歪な形をしているが道自体はとてもわかりやすい。
また歪な形をしているのは何度も繰り返された王都拡張計画のせいであり、元は四角い町だったと記録されている。
私が住むジュエルエース元大公の屋敷は最も北西に位置しており、屋敷のすぐ近くは城壁があるので景観はあまりよくなかったりするのだけど、屋敷を守るという意味ではとてもやりやすいので城壁を勝手に改造して簡単には壊せないようにしておいた。
ぱっと見は他の城壁と変わらないのだけど、中を掘ることが出来れば金属が出てくる。中心部にはユアちゃんのダンジョンから拝借してきたアダマンタイトが入っており、これが屋敷から二千メテル離れたところまで繋がっている。その周辺は廃墟しかなかったので最近全部更地にしたところだ。
その元廃墟地帯、現在更地のエリアから東へ行くと国民学校の敷地となり、更に東、つまり王都の最も真北にあるのが王宮でその隣にアカデミー、貴族院と繋がっているわけだ。
北は主に貴族や大商会、富豪の平民が屋敷や店舗を構えていて南に進むほど平民の割合が増えていく。
なのでユーニャと貴族院時代によく通った少女の夢は王都の北東エリアにあるものの、南寄りである。
逆に北西エリアは南に進むと貴族の婦人達が愛用する逢引き専用の宿がある。以前ニーヤを連れていった宿もその辺りにある。
東西の大通りを挟んで南には平民しかおらず住宅も質素なものが増えていくが、南門の近くと南大通り近辺は商店や宿が中心に栄えているのと冒険者ギルドがあるせいか酒場や武具屋、薬屋なんかが多い。
西側には職人が多く集まるため、柄の悪いのも多いし治安も良くない場所がいくつかあったりする。
これは北側も南側もほぼ変わらない。
そして南西エリアには大きめの色町がある。
影ギルドの本拠地があるのはここだ。
「ということでザガン、頼むよ」
「は、はぁ…。い、いえ…ランディルナ閣下」
「私のことはセシルでいいよ」
「…さすがに貴族様を呼び捨てには…セシーリア様」
別に気にしないんだけどね。
とりあえず話が進まないのでそれでいいとして頷いておいた。
屋敷内の仕事はひと段落しているのでザガン率いる影ギルドの拠点にミオラと共にやってきて仕事を頼んでいるところだ。
影ギルドはこういう情報収集に関してはプロフェッショナルだからね。
拠点のある場所が色町ということで私達みたいな若い女は歩いてるだけで声をかけられて面倒なんだけど、仕方ない。
「で、セシーリア様。儂らも仕事は喜んでさせてもらうが、さすがにちと時間はかかるぜ」
「問題ないよ。国内のディルグレイル殿下、所謂第二王子派と呼ばれる者達の調査。平行してザッカンブルグ王国にいるオナイギュラ伯爵と繋がっている貴族の洗い出し、王弟、第二王女の情報を探ってほしい」
「こりゃぁなかなかの大仕事になる。その分金はかかるが…」
「大丈夫だ」
「でしょうな」
「ついでにこれを渡しておく」
お供として連れてきたミオラに持たせていた鞄を受け取るとその中身をテーブルの上にぶち撒けた。
と言っても全部鞄だけど。
「なんですかい、こいつは?」
「魔法の鞄くらい知ってるでしょ」
「なっ?! 魔法の鞄を…こんなに?」
「それを密偵に持たせれば仕事も少しはやりやすくなるかと思ってね」
私がザガンに持ってきた魔法の鞄は全部で十五個。
そこまで性能は良くなく、内部の時間は外部と同じだけ進むし容量も荷馬車一台分くらいだ。ユーニャの店にも置く予定だけど、買おうとすれば白金貨二十枚近い値段がしたはず。
私からすれば全部合わせても原価で金貨一枚くらいなので痛くも痒くもない。
「私の商会でも取り扱う予定だけど、店の開店はまだ先だから今の内にどこかに売って資金に変えておいてもいい。それはもうあげたものだからどう取り扱ってもらっても構わない」
「…つまり前金で白金貨三百枚相当のものを払ってもらったわけかい。こいつはたまげたな…。まさかあの村からこんなとんでもねぇ女傑が現れるとは」
「情報は月単位でまとめて渡すようにして。但し緊急性の高い案件、もしくは重要な情報だと思ったらすぐに知らせること。礼金は月に白金貨十枚。当然役に立てば追加で報酬を払うことも考える」
「これだけの報酬だ。絶対にやり遂げてみせようじゃねぇか!」
「やり方は任せるよ」
依頼はこれで終わりと思い立ち上がり帰るために上着の襟を立てた。
場所が場所だけにあまり顔を見られるのも良くない。
そして速やかに屋敷へと帰ると、色町の雰囲気に中てられてしまい地下室で大いに励むことになってしまった。
ふぅ。
それからしばらく。
シャルラーン様からお願いされたことでより一層この国から出ていけなくなっちゃったけど、準備だけは進めていた。
特にユアちゃんのダンジョンでの活動はずっと継続していたおかげでようやく目的の物を受け取れることになった。
「これが『時空理術の魔導書』…」
「うむ。セシルなら大丈夫だろうが、決して時間を操ることを簡単に、そして大きく扱っては駄目なのだ」
「んー…。この魔導書にはそういうの載ってないよ。『転移』『通信』『転送』『結界』『断絶』がほとんどで、後は細かい応用みたいだよ」
「ふむ。それなら良いのだ」
「そもそも英人種になって時間だけはたくさんあるんだし、わざわざ時間をどうこうなんてする必要ないよ」
「…それもそうなのだ。セシルはそれで良いのだ」
後で知ったことだけど、本当は魔導書には書いてあった。
数分くらい過去に行くことが出来ることと数秒先の未来を見ること。
どのみち、死んでしまった村の人達を生き返らせるようなものじゃないし、惨劇を食い止めることが出来るものでもない。
莫大なMPと引き換えにしてまでやるようなことじゃないので、私がそれらの魔法に手をつけることはずっと無かった。
「とりあえずこれで私が王都から離れても大丈夫なようにするための準備が出来たね。後は魔道具を作ればいいだけだよ」
「あ、ああの…。つつ通信の、魔道具、我も欲しい…」
「うん。完成したら当然ユアちゃんにも持ってくるからね」
そうすれば前回のようにずっと来れなくてユアちゃんが拗ねることもない。遊びに来て欲しい時は素直に言うようにだけ約束しておけば良い。言えると、いいなぁ…。
それから最近の出来事をメルと言い合いしながらユアちゃんに報告していた私達は六の鐘が鳴ろうとする頃を見計らって屋敷へと戻ることにした。
魔導書を受け取ってからすぐに魔道具を作ろう!
という話になるわけもなく。
それは当然で、組み込む魔法がどういうものかわからないのに組み込めるわけがない。
ただのお呪いの類や付与魔法に予め組み込まれているようなものならともかく、この世界でも知る者がほとんどいないような魔法を組み込むのだから必然的にかなり習熟する必要がある。
なので時間を見ては魔導書を読み込み、ユアちゃんのダンジョンで実践。理解を深めるための考察。更に発展させ魔石に組み込むための魔法陣の考案。他の魔法との組み合わせなど、使いたい魔法は山ほどあるのに誰でも使えるようにするのは誰でも出来ることじゃない。
そんな日々を過ごしている間に気が付けば冬の寒さも過ぎ去り、暖かな日差しが降り注ぐ春の陽気になっていた。貴族になってから既に半年。慣れてはいないけれど、それなりに落ち着いてきたと思えるようにはなってきた。
今日はロジンとオズマを連れて東大通りにやってきている。
二人ともクドーに作ってもらった槍と剣を持ってから訓練にも力が入っており、最近めきめきと実力を伸ばしてきている。
名目上は護衛ということになっているけど、今日はただのお手伝いをしてもらうつもりだ。
「ユーニャ、そっちの準備はどう?」
「うん、もう大丈夫。お店はモルモさん一家にお任せしてるから」
そう! 今日は待ちに待ったユーニャのお店の開店日!
ヴィンセント商会を退職する際に引き止めがあったけど、ランディルナ家の息がかかってる人物となれば強く言えるはずもなく。ユーニャだけでなくカンファさんも妹のベルーゼさんも、カボスさんや他にも何人かは問題無くランディルナ家の商会に加わることとなった。
そしてそれと並行して屋敷の使用人であるモルモさんの両親にもユーニャの店で働く承諾を得られた。
こっちはこっちで退職するなら借金の完済を求められたけど、それは当然私が立て替えている。白金貨五十枚ほどだったのでブリーチさんに代理で行ってもらい、戻ってくる時には一緒に連れてきてくれた。
今はこの店舗に住み込みで雇っている。
それなりに高額な商品もあるので防犯の意味も込めてね。
実際に強盗に押し入られたら大変だから、ちゃんと防衛用のゴーレムは配置済である。普段は武器を持ったフルプレートメイルの鎧が飾ってあるようにしか見えないからカモフラージュもばっちり。
「それより、お店の外、見た?」
「うん。すごいね。まさかこんなに効果があるとは思わなかったよ」
実は冒険者ギルドにいた吟遊詩人にお店の宣伝を依頼しておいた。
二メテルくらいの大きさの看板を置き、町の至る所で宣伝するという仕事をギルドに出したところちょうどその場にいた吟遊詩人が引き受けてくれたのだ。
ちなみに今日は店の前で宣伝していた店がここだと伝えるために一日声を出してもらっている。
そのおかげでまだ開店前だというのにお店の前にはすごい人だかりが出来ており、その整理のためにロジンとオズマを連れてきた。護衛なんて名目上でしかないというのはこういうことだ。
あの吟遊詩人もだけど、ロジンとオズマにも特別ボーナスを出してあげよう。
「セシーリア様、もういつでもお店を開けます」
「ありがとう。初日からすごく忙しくなりそうだけど大丈夫?」
「勿体ないお言葉です。ですが私どもも商人の端くれ。目が回りそうなほど忙しいなど楽しみで仕方がありません」
とても前向きですごいな。
でも倒れたりしないようにしっかり休憩は取るように伝えるとオーナーである私は店の奥、所謂バックヤードに引っ込むことにした。
「それじゃユーニャも頑張ってね!」
「うん! あ、セシル!」
すぐにでもバックヤードに下がろうとしたけど、ユーニャに声を掛けられて足を止めた。
「ありがとう。お店をしたいっていう私の夢を叶えてくれて」
「ふふっ、違うでしょ。『私達の』でしょ?」
「…うんっ! 本当にありがとう!」
「どういたしまして。私も頑張ったけど、ユーニャだって頑張ったんだから…だから私の方こそありがとう、ユーニャ」
こうして私達の夢の一つだったユーニャと私のお店『カーバンクル』はアルマリノ王国で最初の店舗を持つことになった。
今日もありがとうございました。
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