第266話 一蹴以下
「さて、この会場ですぐにお相手して差し上げてもよろしいのですが皆様のご迷惑になってしまいますから移動なさいませんか?」
さっきまでの偉そうな態度とは一変、私に近付きたいと企んでいるお馬鹿な貴族のお坊ちゃん達はプライドを逆撫でされて随分視野が狭くなっている様子。
彼等に対して中庭の方に向けて顎をしゃくると全員が殺気立って勢いよく会場を出ていく。
一部出遅れたような者もいたようだけどどうでもいいか。
念の為と思い壇上にいる陛下の方を見てみるとどうやら完全に気付いていた様子。しかもニコニコしながらコクリと顎を引いた。
どうやら黙認してやるから好きにしていいということみたいだ。
そうこうしている内に中庭の方が賑やかになってきた。
窓から階下を見下ろすとそこには貴族の子達が十数人集まって騒いでおり、誰が最初にやるかで言い合いをしているようだ。
全く無駄なことだけどね。
「じゃあミルル、ちょっと行ってくるね」
「もうセシルは相変わらずですわね」
ミルルとお互いに耳元で会話すると苦笑いを浮かべながらもちゃんと送り出してくれた。
嵌め殺しになっていない窓を開けると夜の風が会場内に吹き込んできた。
そろそろ秋も深まってきたので少し肌寒いくらいか。私にはわからないけど。
そしてヒールのままトンっと床を蹴るとドレスが捲れないように自分の周りの空間だけを固定して飛び降りた。
後ろから「キャァァッ」とか「うわっ」とか聞こえたけど、こんな高さから下りたところでかすり傷すら負わないよ。冒険者舐めんな。
ゆっくりと地面に降り立つとナイフを持つ手とは別の手でスカートを摘まんでお辞儀した。
「お待たせ致しました。私セシーリア・ランディルナの伴侶となるべく勇敢にも立ち上がった皆様には敬意を表します」
そして姿勢を元に戻すとさっきと同じようにナイフを彼等に突きつけた。
夜の王宮、夜会のために灯りはふんだんに用意されているのでかなりの明るさがある。
昼のようとまではいかないけど、十分すぎるほどの光量だ。
上を見上げると夜会会場の窓からこちらの様子を窺う人でごった返している。
陛下や王妃様なんかは一番見やすい場所を占領してしまっている。
さて。今後同じような輩が続出しないようにここは圧倒的に蹴散らした方がいいか、相手の立場を重んじて手加減するか…。
ふふ、愚問だね。
再びナイフに魔力を通すと金色の刃が短剣と同じくらいの長さまで伸びる。
「さぁお坊ちゃん達、どうせ誰も指一本触れられないから全員でかかっておいで」
殺意スキルは使わないものの、武器を持ったことで私の中で戦闘状態と認識された。
溢れ出す魔力と闘気。
私のドレスだけがまるで靡かないので違和感はするものの、そのことに気付いている者は少ない。
(おいセシル。こんな奴らにお前が本気を出したら塵すら残らないのだ。ちゃんと手加減するのだ)
(わかってるって。私だって馬鹿じゃないんだから)
(本当なのだ? 相当手加減しないとこの町ごと壊滅するかもしれないのだ)
…そう言われてみればそうだ。全力で動いたらそれこそ衝撃波だけでも建物に被害が出そうだもんね。
仕方なく溢れる闘気や魔力をかなり抑え目にしていく。あまりやりすぎると戦闘状態を解除されてしまうかもしれないので進化前の私と同じくらいの能力をなんとか維持することにした。
それでも圧倒的な迫力に怖じ気づいてくれた者が数人いただけでほとんどの男達は「見掛け倒し」だの「見た目に騙されない」だの言っている。
なので。
「閃亢剣」
ナイフを横に一薙ぎ。
キィンと甲高い音と共に飛び出した金色に光る刃は彼等の足下へと着弾し、地面に一本の線を引いた。
魔法以外で攻撃を飛ばすのが珍しいのか一様に驚いた顔をしているが、このくらいのことは貴族院従者クラス上位なら何人かは出来るし、騎士団にも使える者はいると聞いている。
「私は冒険者だからいちいち口上を述べるつもりもないし、鼓舞するために強い言葉を使うつもりもない。どうせ負けるんだからガタガタ言わずにその線越えてかかってきなさい」
しかし私がかなり力を抜いて放った閃亢剣を大した威力のない攻撃と罵倒した者達が全員を扇動し始めた。
いけるぞ、とかやるぞ、とか言ってる。
というか面倒だから早くかかってこいっての。
「「うおぉぉぉぉっ!」」
そしてようやく四人の男達が私に向かって殴りかかってきた。
テーブルナイフとはいえ、武器を持ってる相手に素手で挑もうっていう気概は認めるけど明らかに無謀でしょ。
(そのナイフで斬ったら駄目なのだ。輪切りになるのだ)
メルに言われた通り、やりすぎないようにナイフの柄で彼等のこめかみにトンと軽く当てる。
十分すぎるほどの魔力が通った武器。それだけで男達の意識をあっさりと刈り取って地面に倒れ伏していく。
他はどうするの? と視線だけを残りの集団に向けると彼等は破れかぶれのように私に向かってきた。
「芸がないね」
先に倒した四人の男達と同じようにナイフを軽く当てて打ち倒していく。
しかしここでようやくまともな教育を受けたと思われる者が火魔法を撃ってきた。
どうやら最初の四人が向かってきた時から詠唱していたようだ。
それにしてもこんなに人が倒れてる状況、しかも王宮で火魔法なんて使うとか馬鹿なの?
「遅いし弱いし状況判断が最低」
向かってくる火の玉は小火だろう。軟式野球のボールくらいの大きさでしかないが、普通の人が当たれば火傷くらいする。
脅しのつもり?
下手に避けて建物に火がついたら困る。
殴りかかってきている男達をいなしながらナイフを持った手の人差し指をその火の玉に向け。
「水玉」
パシャ
ほぼ同じ大きさの水玉を当てると火の玉と相殺されてその場に水蒸気が上がって霧散していった。
「そっ、そんな馬鹿なっ! 私の獄炎弾がっ?!」
って、あれ獄炎弾だったの?
小っちゃ過ぎて小火かと思っちゃったよ。
「まぁっ。失礼致しました。まさかそのように粗末なモノではどんな淑女にも夢のような一夜を見させるに至りませんわよ」
「ぐっぬぬっ……っ!」
とりあえず煽っておいたけど、あれじゃ次の魔法を撃てるのかな?
男性はとにかく『粗末』って言われるのが嫌だってアイカに聞いてたから、煽る時は言うようにしてたんだけど、ちょっとはしたなかったかな?
そんなことを考えている間に男達を全て昏倒させた私は集団に残って詠唱している残り三人の男達に向けてピンポン玉サイズの水玉を連射した。
但しさっき小火と勘違いした獄炎弾を消したのとは違い、相応の速度で撃ち出したのでそれを数発から十数発受けた男達はあっという間に倒れてしまった。
私に向かおうとしてきた貴族の子弟達を一蹴…いや、そんなに力も入れてないから一蹴以下の一撫でくらいなものだけど、あっという間に誰も立っている者がいなくなってしまった。
これで貴族院を卒業したの?
いくらなんでも弱すぎると思うんだけど。
「残念ながら皆様では私に一撃加えること叶いませんでした。これは決闘相手への手向けにございます」
私は持っていたナイフに鉱物操作を使うと銀で出来た百合の花を作り上げ、倒れ伏す彼等へと放り投げた。
最近ではあまり行われないらしいけど、かつては決闘相手に対して勝者が花を手向けることがあったという。蘭は相手を称賛して、薔薇は相手を憎悪して、そして百合は相手に対し何も思うところなくとてもつまらないものだったと罵倒するために。
本当に、相手をすること自体馬鹿らしいよね。
そして下りてきた時と同じようにドレス周りの空間を固定して飛び上がると、同じ窓へと戻った。
ヒールに少し土がついてしまったので洗浄で綺麗にした上で絨毯へと降り立つと、ギャラリーが見守る中その場でカーテシーをして頭を下げた。
「お見苦しい姿をお見せ致しました。…私セシーリア・ランディルナの余興と思っていただければ僥倖にてございます」
ちょっと無理矢理すぎたかな、と思っていると近くからパチパチパチパチと手を叩く音が聞こえてきた。
見るとミルルが一人すごい勢いで拍手をしており、すごく目が輝いている。心なしか頬も紅潮しているようだけど、この子も相変わらずだね。
そしてそれに釣られるようにもう一人からも拍手が。そちらはネイニルヤ嬢でなんだかとても勝ち誇った顔をしている。何故貴女がドヤ顔をしているのか私には理解出来ません。
やがて二人に遅れていくつもの拍手が巻き起こっていく。
(上手く手加減出来ていて安心したのだ。今後のこともあるからさっき程度の力をいつでも再現出来るように訓練した方が良いのだ)
(…今度時間が出来たらダンジョンで訓練するよ…)
そんな時間いつになったら取れるんだろうなぁ…。
私がメルと話している間にあちこちでヒソヒソと話す姿が目に入ったので聞き耳を立てれば、
「さすがSランク冒険者だ。あの程度の若者では歯牙にもかけん」
「魔物数万匹を屠ったというのは大げさでもなんでもないということか」
「ふん…あんなものBランク冒険者でも出来るだろう。つまらん」
「やはり、囲い込むなら策を講じねばならんな」
って、ちょっと最後の?!
その話をしていた人物へ視線を送る。
私に知らない人物だったけど、何とか顔はしっかり覚えた。
帰ったらセドリックに聞いてみよう。
パンパンッ
未だに喧噪が続く会場内に壇上からひと際大きな柏手が響いた。
全員がそちらを向いてみれば陛下が席に戻っており、立ち上がって私の方を見ていた。
「ランディルナ伯の余興、実に面白いものを見せてもらった。だが皆の者、まだ夜会は途中だ。少し落ち着いて続きを楽しんでくれ」
…やばい。陛下に気を遣わせてしまった…。
はぁ…これって絶対何か見返りを要求されるよね…面倒臭いなぁ…。
それから何人かの使用人や宮廷魔道士が中庭で寝ている若者達へと駆け寄り治療を施していた。
そんなことする必要もないはずだけどね。
外傷を負わないような攻撃しかしていないのだから。
その様子をミルルとネイニルヤ嬢と一緒に見下ろしながら見物しつつ歓談していた。
他には数人の侯爵、一人の公爵と話をしているうちにダンスの時間になった。
私の嫌いなダンスだ…。
「セシーリア様、お顔に出てらっしゃいますわよ?」
「ミルリファーナ嬢…。ご存知でしょう?」
「あら? セシーリア様はダンスが苦手でらっしゃるの?」
皆が皆疑問系のセリフなので話が一向に終わらないけど、ネイニルヤ嬢の言葉に首肯すると彼女は楽しそうに微笑んだ。
「セシーリア様にも苦手な物がございますのね」
「私は…苦手なものの方が多いと自覚してます。ネイニルヤ嬢はダンスがお好きなので?」
「嫌いですわ。理由はセシーリア様もよくご存知でしょう?」
「私もダンスはあまり好きではありませんわ。あまり存じ上げない殿方に近寄られてしまうのは…」
…そういえばこの二人はそっち方面の人か。
いやミルルは確定してないけど。ネイニルヤ嬢は間違いなく同性愛者だ。
かく言う私だってあんまり知らない人と踊るのはちょっと避けたい。
けれどミルルもネイニルヤ嬢もかなり評判の美少女、美女だからさっきから遠目にこちらをチラチラと窺うような視線を感じる。大方さっき大立ち回りをした私が近くにいるものだからダンスに誘おうにも誘いにくいのだろう。
若者達よ、頑張れよ!
望みは薄いけど。
「とは言え、流石に婚約者とは一度くらい踊っておきますわ。ではセシーリア様、また後ほど」
優雅に礼をして立ち去っていくネイニルヤ嬢。
そういえば以前婚約者がいるって聞いたことはあったっけ。
従者のウェミー殿と恋人関係になった今でもその話が生きてるのは、やっぱり彼女も貴族家の娘として自覚しているからなのかもしれない。
「ミルリファーナ嬢に婚約者はおられるのですか?」
「はい、あちらにいらっしゃるディルグレイル第二王子殿下です。殿下もあまりダンスがお好きではないのですが、こういう時くらいは周りへのアピールのために踊っておいた方が良いのでしょうね」
さっきあまり知らない相手とは踊りたくないって言ってたけど、婚約者なら知らない相手でもないか。
っていうかミルルに婚約者がいるって初めて聞いたんだけど?!
わざわざ私に言うことでもないだろうけどさ。というか五年前までカイザックに熱を上げてたのにいつからの婚約者なんだろう?
そしてまたも一人になった私だけど、当然誰もダンスに誘ってくるはずもないのでとても気楽に会場中央で行われているダンスを見物していた。
そして曲が終わり、次の曲の前にまたもダンスの相手探しの時間となる。あちこちで行われている男女の悲喜交々を見ているのもなかなか面白いものがある。
しかしどこにでも変わり者というのはいるわけで。
「セシル。次の曲、私と踊ってもらえるかい?」
周りが怖がって声をかけないでいる中、そんなもの気にもせずに誘ってきた。
それは貴族院でも何度か話したことがある、唯一と言っていいほど面識のある王族。
「レンブラント殿下?」
今日もありがとうございました。
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