第265話 僕ちゃん達
テュイーレ侯、ゴルドオード侯、ベルギリウス公と挨拶を交わしたので私は配膳係のもつトレイからグラスを受け取って一人壁の花になるようにしていた。
しかも時空理術に統合された隠密スキルを用いた魔法まで使ってだ。
まだスキルレベルが低いからイマイチの効果ではあるけど、私のすぐ前に認識出来ない透明の壁を作ってそこに身を隠すというシンプルな使い方。
そのうちスキルレベルが上がったら空間的に断絶したようなとんでない性能の隠密が使えるようになるかもしれないけど、今のこれでも普通の人相手なら十分すぎるほど効果がある。
ほとんどの貴族達は自分と繋がりの強いグループで一緒になっているけど、一部では人脈を築こうとより上位の人に頼みながら挨拶回りをしていたり、子女の中でも幼い子達は食べ物に夢中だったり、貴族と言ってもいろんな人がいるものだね。
「貴公は見かけたか?」
「いや私も声を掛けようと思ったらいつの間にか見失っていた」
「さすがはSランク冒険者、いきなり伯爵と同じ地位に就くのも頷ける」
「しかしそれも本当に連鎖襲撃を撃退したものであるのか…」
「しっ! 下手なことは口にせぬ方が良い。それに撃退ではなく殲滅だったと」
「…力ずくでどうにかなるような相手ではないのは厄介な相手じゃの」
(なんか、私の話してる?)
(今王国で良くも悪くも最も注目されている人物なのだから仕方ないのだ)
ある程度は予想していたけどこうまであからさまだとは思わなかった。
でも結局私の姿が見えないからかみんながみんな噂話に花を咲かせている。実際のところ搦め手だろうと力ずくだろうと私をどうにか出来ると思ってる人がそれなりにいるのであれば早い内に手を打っておかないと使用人達やディックの身にも危険が及ぶ可能性がある。
ザワッ
壁際に立ちながら今後のことに思案していると会場内にどよめきが走った。
彼等は一様に入り口を見ていたので、私もその視線の先を追うとようやく主催者である王族が入場してきたところだった。
陛下はいつも羽織っているマントを脱ぎ白や灰色を用いたかなり落ち着いた礼服に身を包んでいる。それに従うように入ってきた王妃、王子、王女の殿下らはそれぞれ華やかな衣装を纏っているのだが、陛下よりもかなり華美な格好をしている。
それはいいのかな?
そして貴族達の人垣を割って会場奥の一段高い場所へと立つとざわつく会場を鎮めるために片手を上げた。
「諸君、今宵はよく集まってくれた」
陛下はそんな挨拶から、昨今の状況、今日の夜会の趣旨を話した後に王太子殿下からグラスを受け取った。
「それでは今後の我がアルマリノ王国の発展と繁栄を願って、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
この世界にも乾杯なんてものがあるんだね。
というか、大昔に別の転生者か転移者によって広められたものかもしれないけど。
乾杯も済み、爵位の高い順から王族へ挨拶へ向かい始めた。
そういえばこういうことしないといけないってセドリックから聞いてたっけ。
とりあえず二十番目くらいに挨拶しておけばいいかな?
未だに壁に溶け込んだまま挨拶の列が進むのを待ち、ネイニルヤ嬢の挨拶が済んだ後に彼女へ声を掛けた。
「ネイニルヤ嬢」
「あら、セシーリア様? そろそろ伯爵の番ですわよ?」
「えぇ、まぁ……遮音結界」
私はネイニルヤ嬢のすぐ近くまで寄ると直径一メテルくらいの音をシャットアウトした。
「なんですの? 周りの音が…」
「ちょっと聞かれたくない話だからね。えっと陛下にどんな挨拶したらいいのかなって」
「…ふふ、貴族家当主と言ってもまだ成り立てですものね。いいわ、恩人でもあり可愛い後輩でもある貴女に教えて差し上げますわ」
あまり時間は取れなかったけど、ネイニルヤ嬢から挨拶の基本を聞き出した後王族達が待つ壇上へと重い足を引き摺りながら向かった。
好き好んで王族と仲良くなりたいとは思ってないからね。
そして数人の挨拶が終わるまで待つと陛下の近くで控えていたレンブラント王子に促されて壇上へと上がった。
「先日の叙爵の儀式以来でございます。本日はお招きくださいまして感謝の念に絶えません」
「うむ。ランディルナ伯よ、楽しんでくれておるか?」
「はい。先日まで平民であった私には眩しすぎる世界でございますが、堪能させていただいております」
お世辞くらいは私だって言えるのです。
眩しい?
貴族達の身に着けている宝石はどれもちゃんと処理されていないしカットもされていない。見ていて宝石達が可哀相に思えてくるほどだよ。
堪能とは料理かな?
ステラの料理ほどじゃないけど、まぁまぁ美味しいとは思う。
もう一度言うけどステラの料理ほどじゃない。
なので一言で言えば、早く終わらないかな、だ。
「くっ…くく…。セシルよ、思ってもいないことを言う時はもう少しマシな演技をするのだな」
ちゃんと言えたと思っていたのだけど、レンブラント王子にはバレバレだったみたいで彼は思い切り吹き出しそうになるのを必死に我慢しているようだった。
むぅ? そんなにバレバレだったかな。
「ふははは。ランディルナ伯は面白いのぅ。まぁ退屈かもしれんがこれも貴族の責務と思ってくれ。あぁそれと私の妻を紹介しよう」
陛下は拳を口元に当てながらくつくつと笑うと、自分の左手側に座る女性へと視線を送った。
「はじめまして、ランディルナ伯。私がアルガニール・ヴォル・ディガノ・アルマリノの妻、シャルラーンです」
「お初にお目にかかります。先日陛下より至宝伯の爵位を賜りましたセシーリア・ランディルナと申します。お見知り置き下さい」
「ふふ、若いのに大したものね。陛下が気に入るのもわかるわ」
王妃様は私を見てニコニコと微笑んでいるけど、何か得体の知れないものを感じる。
貴族とか王族ってこういう腹芸をするから好きになれないんだよね。
「お母様、例の件…」
「あぁ、そうでした」
そこへ年上の王女殿下が王妃様へ呼び掛けると彼女は一通の手紙を取り出し渡してきた。
さすがに今ここで開封するわけにはいかない。
こうして手紙を認めて渡してきたは何か聞かれたくない話があるからだ。
すごく受け取りたくなかったけど王妃様から直接渡された以上受け取らないわけにはいかない。
「…さて、まだ話したいこともあるが次の者も控えている。ランディルナ伯よ、短い時間だが楽しんでいきたまえ」
「はい、お心遣い痛み入ります」
去り際にレンブラント王子に目礼すると王族達の前をそのまま辞した。
ちょっと予想外のことはあったけど何とか無事に挨拶を終わらせることが出来た。
無駄に気を使って疲れてしまったので配膳係から新しいグラスを受け取って再び壁の花になるべく歩いていく。
これ以上の厄介事は御免だからね。
「セシーリア様」
と思ったらミルルに捕まってしまった。
流石五年の付き合いなだけあるね。
「随分長く話してらしたようですが、王妃様とは?」
「えぇ。新興貴族だけあっていろいろ気に掛けていただいているようで恐縮してしまいました」
「そうでしたか。それはそうと、お住まいの方はどうなさいまして?」
そういえばまだミルルを屋敷に招待してなかったっけ。
ちょうどいい。ネイニルヤ嬢も一緒に招待して親睦をもう少し深めておくのもいいかもしれない。
「やっと落ち着いてきたところです。使用人達も私も慣れない仕事に大忙しですよ」
「…あの、大公家で、ですか…?」
どうしたんだろう?
ミルルはさっきから質問ばかりしてくる。あまり質問責めしてくるような子じゃなかったはずなんだけど。
あ、そういえば大公家って元々呪われた家って言われてたんだっけ。
でも王宮にも人員募集のお願いに行ってるからミルルの耳にもはいってるはずなのに。
「今度ご招待させていただけませんか? 貴族院時代からの交友を深める意味も含めテュイーレ侯爵令嬢にもお声掛けさせていただこうと思っておりますので」
「そう、ですわね。えぇ是非とも」
「では後日家の者に招待状を届けさせます。ミルリファーナ嬢も気に入ってくださるようなお茶とお菓子をご用意しておきますね」
「ふふっ、では楽しみにしておりますわ」
ミルルと壁際に移動しながらの会話し、お互いに壁を背にするとようやく一息つけた。
周囲を他の貴族の目に囲まれているとどうしても落ち着かないからね。
本当はそこで音を消すか二人揃って気配を消すかしたいところだったけど、逆に目立ってしまうのでそれは避けたのだがそれが裏目に出てしまった。
「お話中失礼」
落ち着いてミルルと女子トークでもしようとしたところにずっと私を遠くから見ていた男達が十人ほど寄ってきた。
どの顔も貴族然とした面構えで上から見下ろすような詰まらない男達だ。
「ランディルナ伯、お初にお目にかかる。私はケーニーダン伯爵家長男ファブリカという」
先頭に立っていた男が挨拶をすると次々に後ろの面々と名乗りを上げていく。
その様子をミルルと二人で呆然と見ていたのだけど、彼女は途中ではっとして私に耳打ちしてきた。
「セシーリア様、彼等は貴女とお近付きになり求婚しようと企む者達でございます」
「…えぇ…まぁ、恐らくそうなのでしょうね…」
偉そうな態度と面構えさえ無ければそれなりにみんなイケメンの類だとは思う。
けれどどいつもこいつもひょろひょろで貴族院をちゃんと卒業したのかすら怪しい者達ばかりだ。しかも伯爵家長男がトップということはそれより高位の者がいないので私に対して偉そうに振る舞うのはとても礼儀に欠けることだと気付いていない。
こっちは伯爵家と同じ立場で、しかも当主なんだけど?
「ランディルナ伯?」
「…失礼。皆さんあまりにたくさん自己紹介なさるので覚えきれませんでした。それで私達に何か?」
まるで興味無い雰囲気を醸し出すように、それでいてミルルを守れるように彼女の方へ向き直して答える。
こんなのベルギリウス公に見られたら貴方達ただで済まされないだろうに…って、向こうで見てる?!
あ、目が合った。なんか口が動いてる。
お・し・お・き・し・て?
…丸投げかいっ!
盛大に溜め息をつきたくなる心を必死に抑えていると彼等の代表と思わしき伯爵家長男が一歩進み出た。
「貴女達、ではなくランディルナ伯と話がしたい者達を連れてきた。少し時間をいただきたい」
どこまでも無礼だね!
ナンパにしたってもう少しマシな言い方があると思うよ!
されたことないけどさ!
「…私には貴方方と話すことはございません。改めてくださる?」
「なっ?! 無礼な!」
「待て! …そう邪険にされなくてもよろしいではありませんか。皆美しい貴女とお近付きになりたいと思う者ばかりなのです」
ミルルの言う通り、最終的には私に求婚したいのかな。
すごく面倒臭い。
いきなりだけどやらかしていいよね?
「皆さん私とお近付きになりたいということは結婚されたいということでしょうか?」
「早い話がそうだ」
「そうですか…では」
ミルルの後ろにあったテーブルのカトラリーから一本のテーブルナイフを手に取ると優雅に見えるように、そして挑発的に彼等へと向けた。
「私と結婚する条件はご存知なのでしょう? 今でしたらこれ一本でお相手して差し上げますわ、僕ちゃん達?」
テーブルナイフは銀製なので鉄よりは魔力を通すものの、ミスリルに比べると遥かに減衰が高く扱いにくいのだが、それを有り余る魔力を持って無理矢理通していく。
ヴィン
大量に流された魔力が金色の刃となってナイフから伸びたのを見て、ようやく彼等は何を言われているか悟ったようで顔を赤くして怒り出した。
「きっ、貴様…我々を侮辱するかっ…!」
「侮辱しているのは貴方達ですわよ。セシーリア様は歴とした伯爵家当主。対等な立場ですらない貴方達の言葉は隣で聞いていても不愉快ですわ」
「ミルリファーナ嬢。貴女は黙っていていただきたい」
ミルルが横で私を擁護してくれたけど、それを伯爵家長男の後ろにいた男が制してくる。
それもここでするようなことじゃないのがわからないのかな。
あ、ベルギリウス公の目がすごく笑ってる。あれは物凄く怒ってる目だ。
でも私としてもミルルにそんなこと言う相手には遠慮しなくてよさそうだし、本気でおしおきしようかな。
今日もありがとうございました。
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