第264話 夜会当日
夜会当日。
屋敷に呼んだ馬車に乗りミオラと二人で王宮までやってきた。
昼に来た時とは違い、漏れる灯りや照らし出される建物のせいかとても華やかに見える。昼間に見る王宮はとても荘厳な装いなのに。
ミオラにエスコートされて馬車から降りる。
男装に近い格好のミオラだけどちゃんとスカートは履いてるのですぐに女性とわかるはず。
王宮のロータリーで私とミオラの二人で並んでいると周囲からヒソヒソと話す声が聞こえてきたので少しだけ耳を傾けてみることにした。
万が一悪評だったり良からぬ企みをされていたら面倒だからね。
「ほぉ…あれはランディルナ伯ではないか。さすがに美しいな」
「彼女の身に着けている宝石はなんだ? あのように輝く物など見たことも聞いたこともない」
「隣に立つ麗人は彼女の従者か? 従者もアクセサリーと同じで美しいものを選ぶようだな」
「はぁ…素敵…。お姉様とお呼びしたい…」
「わかりますわ…私は従者の方と一緒に踊っていただきたいですわ」
あー…。
大凡好意的なものが殆どかな。
一人、ミオラをアクセサリー呼ばわりしたのは横と額が広くなった中年の男性だった。誰だか知らないけどミオラは従者だけど大事な友だちなんだから侮辱するのは許さないよ?
(おいセシル。いちいちあのような者の言葉に反応するものではないのだ。持たぬ者の僻みくらい受け止めてやるのだ)
メルからありがたいアドバイスがあったおかけで表情を変えることなく少しだけ苛ついた気持ちは溜め息と共に吐き出すことにした。
「ふぅ…。ここにいても仕方ないわ。ミオラ、行くわよ」
「はっ」
周りにいるのは全て貴族とその従者。後は出会い目的の子女達だ。
ちゃんとした言葉を使っておかないと後で揚げ足取られちゃうかもしれない。至宝伯は伯爵と同じ立場なのでかなりの人数である子爵以下の貴族へはかなり軽い気持ちで話せるからマシだけどね。
入り口に立つ衛兵に招待状を渡し王宮へと入ると専属の案内役がついて控え室へと通された。
案内役はその時点で部屋の外で待機して会場に呼ばれるまで私達も部屋からは出ないようにと言われた。
伯爵以上の者は個室だけど、子爵以下は何組か同室になるようで王宮の控え室はかなりの部屋数があったのにほとんどいっぱいになっている。
とりあえず呼ばれるまでは暇なので控え室の窓辺に立って中庭へと視線を移した。
魔法の灯りで照らされた中庭は幻想的な装いで、どこからか妖精でも現れそうな雰囲気さえある。そこに誰もいないことが演出に拍車をかけているのかもしれない。
ミオラは一息つくためにソファーへと腰を下ろしてテーブルの上に置かれた水挿しから喉を潤すために二杯も水を飲んでいた。
「はぁ…。セシル、貴女よくこんなところで平然としてられるわね」
「そう? これでも結構緊張してるんだけどね。どっちかというも面倒くさいっていう気持ちの方が大きいよ」
「ばっ! 貴女ここでそんなこと口に出しちゃ駄目よ!」
私の本音にミオラは声を潜めて諫めてきた。
そんなこと言っても面倒なものは面倒だもん。従者も連れてこれそうのはミオラしかいなかったから来てもらってるけど、これがセドリックだったらもっと小言を言われそうだね。
彼は元伯爵という立場から参加しないし、ステラは屋敷から離れられないし、ユーニャは貴族に囲まれたら情緒不安定になる上にガントレットを外せないからドレスを着ることも出来ない。
アイカはお得意様に会うかもしれないから無理と言われ、インギスも親族に会いたくないからと言われている。
他はみんな礼儀作法スキルがないから無理!
「はぁ…これ毎回私が来るのも大変だし、そのうちリーアにも礼儀作法身に着けてもらって代わってもらわないと…」
「いいね、それ。近い内に弟を屋敷に連れてきてセドリックに家庭教師をしてもらうから一緒に習ってもらおうかな」
「お願いするわ。けど、貴女もそんなに夜会とか出るつもりないんでしょう?」
「夜会はそうだけど年に一回は王宮に来ないといけないし、それなりに機会はあるからちょうどいいよ」
ミオラの嘆息を聞き流し、再び視線を外へ向ける。
呼ばれるまで暇だけど仕方ない。
窓に映るドレス姿の自分に違和感を覚えつつも、美しい宝石に彩られた自分を見て頬が紅潮するのは抑えられそうになかった。
私達が会場入りしたのはそれから更に一時間以上が経過してからだった。
既に子爵以下の貴族とその家族がいて、それだけでもかなりの人数である。
ちなみに従者は別室でここのものより数段グレードの落ちる料理を出されている。
ミオラは気楽でいいと言ってたけど、どっちも似たようなものだと思うけどなぁ。
「ランディルナ伯。…ランディルナ伯?」
「え、あ、はい」
声を掛けられていたことに気付かずに振り返ると一人の少女と中年で神経質そうな男性が立っており、少女の方は私を見るや否や綺麗なカーテシーを見せてくれた。
「…ネイニルヤさ…嬢。ご無沙汰しております。ドレス姿は初めて拝見しましたがとてもお美しいですね」
「ありがとう存じます、ランディルナ伯。閣下のドレスもお付けになってらっしゃる装飾品もとても綺麗で憧れてしまいますわ」
「ふふ、ありがとうございます」
私に声を掛けてきたのは以前淫魔に取り憑かれて困っていたテュイーレ侯爵令嬢のネイニルヤ嬢だった。
淫魔の問題を解決して彼女と従者との間を取り持ったのはもう二年も前のこと。あれからあまり会う機会はなかったけど、淫魔に取り憑かれていた時のような刺々しい雰囲気は今の彼女からは見受けられない。
そういえばネイニルヤ嬢もユーニャと同じ同性愛者だったっけ。貴族には多いらしいし偏見もないけど、なんか周りに多い気がする。
私は宝石愛者だよ、間違い無く。
それにしても家名で呼ばれることなんてあんまりないからすぐに反応出来なかったけど早く慣れないといけないね。
「ネイニルヤ嬢、よろしければ以前のように名前で呼んでいただけると嬉しい。私もこのような場で友人もいないので…」
「ふふ、承知しましたわセシーリア様。あ、それと紹介致しますわ。こちら私のお父様です」
ネイニルヤ嬢に促されて斜め後ろにいた男性が前に出てきた。
彼女の父親ということはテュイーレ侯爵、ということよね?
「ネイニルヤの父、ノーレンザック・テュイーレだ。以前娘を助けてくれた礼を言う。ありがとう、ランディルナ伯」
「勿体ないお言葉です、テュイーレ侯爵閣下。改めまして、セシーリア・ランディルナです。先日の儀式の際、Sランク冒険者への承認をいただきましたことをお礼申し上げます」
「それこそ勿体ない言葉だ。貴女の力は王国の皆に認められるべきもの。ましてやSランク冒険者だ。それを後押しするのは王国貴族としての義務というものだ」
神経質そうな顔に似合わずべた褒めしてくるテュイーレ侯に恐縮していたけど、次の挨拶先があるのかすぐに話は終わった。
それでも去り際に小声で。
「貴族になったとしてもネイニルヤの交わした約束を違えるつもりはない。何かあれば遠慮なく頼れ」
と言ってくれた。
追加でネイニルヤ嬢とも仲良くしてくれと頼まれたのは言わずもがな。
テュイーレ侯が入ってきたので入り口を見ていたけれどクアバーデス侯が入ってくることはなかった。
こういう集まりが嫌いなのは相変わらずで欠席したのだと勝手に思うことにした。
そして。
「こんばんはセシーリア様」
「こんばんはミルリファーナ嬢」
ネイニルヤ嬢に続いて私に声を掛けてくれたのはミルルだ。
すぐ後ろにはベルギリウス公もいて、隣に柔らかそうな銀髪をふわりと編み込んだものすごい美人が立っていた。
「しばらくぶりだねランディルナ伯」
「ご無沙汰しております、ベルギリウス公爵閣下」
「紹介しよう。私の妻でミルリファーナの母親でもあるソイマルターナだ」
ベルギリウス公の紹介に合わせて彼女は一歩踏み出し片手で優雅にカーテシーをした。
「お初にお目にかかりますわ。ミルリファーナの母でソイマルターナと申します。いつも娘によくしていただいて感謝しております」
「セシーリア・ランディルナです。ミルリファーナ嬢とは貴族院時代からの友人としてこれからも良きお付き合いをさせていただきたく存じます」
お互いに自己紹介が終わると鈴の鳴るような柔らかな声でコロコロと笑うベルギリウス公爵夫人は私の耳元へ口を寄せると私にだけ聞こえる声で呟いた。
「何かあればいつでも頼って良いわ。ミルリファーナの友だちなら娘も同然ですからね」
さっきまでの穏やかそうな表情から打って変わって狡猾な、獲物を狙う肉食獣のような眼をした粘着質そうな雰囲気を醸し出す女性に早変わりしていた。
本当にもう、貴族社会ってこういうことがあるから面倒くさいんだよね。
その言葉を適当な言葉で流しながら微笑んでいると彼女も離れていき、一家揃って会場の前の方へと移動していった。
やれやれ…。ミルルとの付き合いは続けていきたいけど、あの母親はちょっと苦手だなぁ。
ベルギリウス公だけは「我が家の女性は強いだろう?」なんて言ってた自嘲的な苦笑いを浮かべていたけど、あれはあれで彼の幸せの形なんだろうね。
「おぉっ! ランディルナ伯ではないかっ!」
後ろから大きな声で私を呼んだのはゴルドオード侯とババンゴーア卿だった。
「これはゴルドオード侯爵閣下。叙爵の儀式以来です」
「うむっ。貴女の強さは存じているのだが、そのような美しい姿を見ると勘違いであってほしいとも思えるな! ふははははっ!」
相変わらず豪快な性格のゴルドオード侯だけど、後ろに控えているババンゴーア卿は居心地が悪そうだ。
「ババンゴーア卿。貴族院の卒業式以来です。ご壮健そうで何よりです」
「あ、あぁ。しかしセシ…ーリア様は本当に貴族家の当主になられたのだな」
「えぇ。それもババンゴーア卿のお父様のご尽力あればこそです」
少しばかり有り難迷惑だったとは言えないけど、遠回しに皮肉を言うくらいは許してほしい。
「しかしそれほど美しいのであればババンゴーアの妻に迎えたかったがな。それだけが残念でならぬ」
「閣下はお上手ですね。でしたら私を打ち倒した上で陛下に奏上なさったらいかがです?」
ゴルドオード侯と話しながらババンゴーア卿へと視線を向けると彼はそれだけで青い顔をしてしまった。
別に殺意スキルも使ってないのに。
ちょっと視線に力を込めたけど。
「ランディルナ伯は、先の連鎖襲撃殲滅の際に本気を出していたのですか?」
「そう、ですね。あの時の本気は出していたと思います」
今は進化したからもう少しうまくやれる気がする。
多分丸一日もあれば十分殲滅は出来るはず。素材のことを考えないなら高威力の新奇魔法連発で鐘二つ分ってところだろう。
「…どう考えても普通の人間には勝てぬだろう…」
「そうですか。ババンゴーア卿、もし身体が鈍るようなことがあればいつでも仰って下さい。以前のような訓練をいつでもして差し上げますので」
好意で言ったつもりだったけど、ババンゴーア卿は昔を思い出したのか口元に手を当てていきなり場を辞していった。
「なんだあいつは…。まぁいい。ではな、ランディルナ伯」
駆けていった息子のことを心配することなくゴルドオード侯も私のそばから離れていった。
多分私に声をかけてきそうな貴族はこのくらいだと思うし、しばらくはお酒でも飲みながら王族が来るのを待つことにしよう。
今日もありがとうございました。
評価、感想、レビューなどいただけましたら作者のやる気が出ます!




