第258話 採用面談3
ステラがお坊ちゃんを捨てて戻った後、ミオラが連れてきたのは私が知ってる名前の最後の一人。
私とユーニャの知ってる人だ。
ユーニャは私よりも先に面接しているからその時点で少し話をしたみたいだけど、手元の資料に書いてあるのは「本人で間違いない」とだけ。
ユーニャも優秀だけど、商人としての仕事以外だとこういうところで甘さが出ちゃうのかもしれない。
「久し振りだねミック」
「ようセシル! だいたい十年振りだな! 元気…すぎるみてぇで嬉しいぜ」
そう、現れたのは子どもの頃村で一緒に遊んでいたミックだ。
いつだったか村に帰った時にキャリーから聞いた話じゃ大人を騙して村を家族ごと追い出されたって話だったはず。
「しかし話を聞いた時にゃ驚いたぜ。まさかあのセシルが貴族様になっちまうとはな」
「おい貴様! セシーリア様に無礼だぞ!」
「ミオラ、いいから」
敬語なんて全く使うつもりのないミックは言いたいように話していてそのことがミオラの琴線に触れてしまったようだ。
子どもの頃に比べたら随分可愛げのない話し方になっているけど、あれからいろいろあったのだろうしそのくらいのこと気にしない。
「私自身もびっくりなんだけどね」
「へへっ…まぁ、そうだよな。…ハウルとキャリー、それからお前の親父さんやお袋さんは残念だったな」
「…うん…。でも仇はちゃんと討ったから」
二人とも寂しそうな顔をして苦笑いを浮かべただろうことは鏡を見なくてもわかった。
ミックだってハウルやキャリーとは友だちだったんだから、寂しくないわけがない。
「それはそうと、なんでウチに?」
部屋に流れたしんみりした空気を払拭するために無理矢理本題に切り替えるとミックも表情を一変させて笑顔になった。
「そりゃ今王都で一番話題の『至宝伯』様が使用人や従者を募集してるってんだから乗らねえわけにはいかねぇだろ」
「あー…話題なのは間違いないだろうけど。でもそれだけじゃないよね?」
「…昔の誼で雇ってくれねぇかなぁって…」
「という建て前は置いといて、本音は?」
彼の話を悉く横に置く動作をしながら本当の話を引き出そうとすると、ある程度のところでようやく話が途切れた。
そろそろ本当のことを話してくれるかな?
だって本当に食べるのも困ってるくらいならミックは冒険者にでもなるべきだからね。
ミック
年齢:16歳
種族:人間/男
LV:29
HP:361
MP:54
スキル
言語理解 4
投擲 6
弓 3
身体強化 1
威圧 2
小剣 3
格闘 3
算術 4
交渉 5
馬術 1
礼儀作法 7
気配察知 4
罠察知 5
罠解除 4
道具鑑定 2
道具知識 3
弁明 8
詐術 9
ユニークスキル
隠蔽 2
タレント
剣士
狩人
盗賊
スカウト
詐欺師
うん。
斥候役としては優秀すぎるくらいだよ。
単独でCランク相当の実力があるのに斥候役?
どこのパーティーでも引く手数多になるのは間違いないでしょ。
「お前は昔っから馬鹿みたいに強かったし、変に言い訳も嘘も通じなかったからなぁ」
「それはどうも。今ならミックが本気を出したら騙せちゃうかもよ?」
「へっ。いくら俺でもお前相手に詐欺働こうなんて思いやしねぇよ」
両手を上に上げて降参とでも言うのか、肩に入っていた力が抜けたらしくようやく本当のことを話してくれるみたいで真面目な顔になった。
「…セシーリア様、我々をお使いくださいませんか」
膝に手を置いて頭を下げるミック。
しかもさっきまでのくだけた話し方じゃなく、彼の持っている礼儀作法のスキルが後押しするような丁寧な言葉だった。
「ミックの言う『我々』っていうのは?」
「…それを説明するにはまず王都にあるギルドについて説明する必要があります。セシーリア様は現在王都にはいくつのギルドがあるかお分かりで?」
「ギルドって…冒険者ギルドくらいじゃないの?」
「違います。この国独自のものを含めて十五のギルドがあります。冒険者、鍛冶、薬師、錬金、魔法、魔道具など。そしてそれに含まれないギルドがございます」
なんだかわかりますか、と問われているようだった。
アルマリノ王国には商業ギルドがないからそこには入ってないけど他の国にはあると聞いたことがある。
勿論非公式にはこの国にもあるけれど、それは商人同士の情報交換の場としてのギルドであって組織ではない。
そしてミックの言っているそれらに含まれないギルドを私は知らない。
首を横に振るとミックは指を三本立てた。
「一つは裏ギルド。盗み、脅し、密輸、誘拐から違法奴隷売買まで手掛ける犯罪ギルド。ゼッケルン公爵家のお取り潰しで急速に影響力を失っています」
「…あぁ…あれってそんなところにも影響あったんだね」
「はい。そして二つ目が我々の影ギルド。情報収集、影武者、色町の管理と依頼により多少の盗みはやっています」
あぁ…じゃあひょっとしたらネイニルヤ嬢の件で使った宿にも影ギルドの管理下にあったのかもしれないね。
「最後が暗殺ギルド。名前の通り、殺しを主な生業にしています。こいつらは殺ししかしない代わりにそれに必要なことならなんでもやります」
「逆に依頼が無ければ動かない?」
「仲間が不当に殺されれば報復には動きますが、基本的には」
ふむ、と顎に指を当てて考える。
最初と最後のギルドには私自身用はない。けれどミックの言う影ギルドは確かに使えそうではある。
「それで?」
「…それで、とは?」
「だから、なんでミックは私に自分達を使え、なんて言ってきたの?」
「勿論、セシーリア様が今後貴族として活動するのに困らぬように…」
「ミック、建て前はもういいってさっき言ったよね?」
殺意にならない程度にスキルを使うとミックは「ひっ」と小さく息を飲んだ。
お互いに小さな子どもじゃないんだし、取引したいなら腹を割って話して貰わないと。
「ミック。セシルなら大丈夫だから」
ミックの後ろでユーニャが声を掛けた。
どうやら先の面接で彼女には少し話したのかもしれない。
「…お、俺は…影ギルドの副長だ…。それで、掴んだんだ…俺達の村を魔物に襲わせた奴の、こと…」
「……なに、を、言ってる、の…?」
「あ、あれはっ! 偶然発生した連鎖襲撃なんかじゃねぇんだっ! 裏でそう仕向けた奴がいるんだ!」
ブワッ
次の瞬間溢れ出した魔力と闘気で家具が吹き飛び、窓に亀裂が入る。
ミオラはなんとか耐えたけどミックは私の魔力に当てられて失神してしまった。
勿論ステラは全然平気な顔をしているし、ユーニャも訓練でたまに見ているからだいじょ……ばなかった。その場にへたり込んでしまっていた。
ミオラよりレベル高いけど元々が戦闘要員じゃないから無理もないか。
体の力を抜くと溢れ出ていた力がピタリと止まり、室内で荒れ狂っていた力の奔流も無くなったのでステラがその時点で家具を元に戻し、割れた窓ガラスも修復してくれた。
私はミオラに彼の合格を告げるとこのままソファーで寝かせておいてもらうように頼んで席を立った。
この後は合格者にいろいろ説明しないといけないのだけど、それはステラやミオラに任せてしまっても問題はない。
本来の予定では私もそれに立ち会う予定だったけど、それどころじゃなくなった。
屋敷内を急ぎ足で歩いて裏庭の奥にある離れへと向かう。
ちょうど二人は今そこにいる。
ばんっ
勢い良くドアを開けるとアイカとクドーはテーブルについてお茶を飲んでいるところだった。
「なんやねん。ドアっちゅうのはもっとこう静かに開け閉めするもんやって習わへんかってん?」
「何かあったのか?」
二人とも目を点にしていたけど、私がこういう突発的なことをするのに慣れたのか多少の小言くらいしか言ってこなかった。
二人は向かい合って座っており、私は二人の間に椅子を寄せて座るとアイカが飲んでいたお茶を奪ってそのまま口を付けた。
「あっ! あぁ…あ……。折角完成したばっかりの乾燥ハーブやったのに………。もう、なんなん?!」
「ぷはぁっ。…この前の魔物の大群のことなんだけど」
すっかりお茶が殻になったカップをアイカの前に置くと私は一呼吸置いてから話し始めた。
「ほぉん…。あの連鎖襲撃がなぁ」
私がミックから聞いた話をアイカに伝えると彼女は平然と答えた。クドーはクドーで腕を組んで目を閉じたまま黙っている。
「なんでそんな落ち着いてられるの?! あんなの人間が起こしていいものじゃないよ!」
「あの黒い魔物おったやろ? あれ見た時にな、『こいつら元は人間やったんちゃうかな』思たんや」
「…人、間…?」
「せや。いつやったかセシルが話してくれたことあったやろ? なんたらいうSランク冒険者が薬飲んで強うなった…」
「ゴランガ…? え、黒い薬飲んで…すごく強くなって…殺して…」
パリンとガラスが割れるような音が頭の中でした気がする。
それと同時にゴランガと戦った時のことと先日の黒い魔物達との戦いがいろんなところで結びついていく。
真っ黒い体で薬を飲んだら物凄く強くなったこと。
黒い魔物達の戦い方が妙に人間臭かったところ。
ドロドロした臭い液体で構築されていて、それを武器に変えてしまうところ。
倒したら地面に吸い込まれて消えてしまったところ。
そして思い出す。
「ありゃ前にどっかの貴族の使いが寄越したもんだ。死にそうになった時に使えば今よりもっと強くなれるってなぁ!」
そんなことをゴランガは言っていた。
つまり、あの黒い魔物達は死にかけた元人間の達人とかそういう人達の成れの果てだということになる?
「貴族の使い…? …え、じゃあゴランガが飲んだ薬と同じものを?」
「多分な。しかもそれを作ったんはそのSランク冒険者やのうて、他の人間っちゅうことになるわな」
「どこの貴族かはわからんが、その上でeggを持った魔物と戦わせて所有者にしたんだろう。人を人とも思わぬ外道の所業だ」
いつの間にか目を開けたクドーはテーブルを凝視しながら噛み締めるように言葉を漏らした。
「あんな危ない薬使うような連中がまともなわけあらへん。どうやって魔物を誘導して連鎖襲撃起こしたかは知らんけど、頭のネジが何本もぶっ飛んどるわ」
「そのうち情報を纏めてからお前に伝えるつもりだった。黙っているつもりはなかった。しかしまだ心の整理もついてないだろうセシルに伝えるのは偲びなかった、と言えば言い訳になるかもしれんが…すまなかったな」
アイカ達は知っていたんだ。
今の私がそれでもまだ正常でいられるのは忙しさにかまけていたり、少なくともディックが無事だったからというのもある。けど進化してから両親や友だちを亡くしたことを悲しむ感情が薄れている気がしていた。
私の中の人間らしい心がちょっとずつ薄れてしまっていってるような、そんな薄ら寒い感覚に襲われてくる。
「あの『魔人薬』やったっけ? あんなもん量産されてあちこちの人間に飲まされたらたまらんし、魔物にでも使われたらそれこそシャレにならん」
「俺達は俺達の目的のために、俺達が好きに生きるためにもそんなものを野放しにしておくわけにはいかんな」
二人の言いたいことは私も同意する。
私だってたくさんの宝石に囲まれて毎日過ごしたい。
だから頑張ってるんだ。貴族になっちゃったのは予想外だったけど。
でも私達の目的と仇とは話が別だ。
「…見つけ出してみんなの仇を討たなきゃ……」
ぐっと強く握りしめた拳の隙間からぴたりぴたりと床に赤い雫と落としていく。
今は我慢。
私が怒るのは、今じゃない。
「今度こそ…今度こそ絶対! …絶対に、見つけ出して……殺してやるっ!」
この怒りはそのために、今は大事に取っておこう。
その誰だかわからない相手にぶつけるために。
「そいつは…絶対、許さないっ!」
今日もありがとうございました。
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