第257話 採用面談2
「はじめましてセドリックさん。私がランディルナ至宝伯家当主のセシーリアだ。掛けてくれ」
「は。では失礼致します」
彼は腰掛ける姿までもが優雅で洗練されており、一通りの礼儀作法どころかその道の教師にすらなれそうな能力があるようだ。
…なんか気になる。
私は久し振りに人に対して鑑定を使ってみることにした。
セドリック・アンジュイム
年齢:56歳
種族:人間/男
LV:36
HP:519
MP:272
スキル
言語理解 8
魔力感知 3
身体操作 7
片手剣 4
小剣 3
槍術 1
格闘 4
火魔法 1
水魔法 2
算術 5
交渉 5
統括 6
統治 2
馬術 9
礼儀作法 MAX
宮廷作法 7
タレント
領主
騎士
大商人
鉄壁
…なんかリードの上位互換って感じの人だよ。
明らかに領主が出来るくらいの能力。代官くらいは余裕で務まると思う。
そしてその名前である。
彼は家名まで名乗っていなかったけど、進化した私の目にははっきりと彼のフルネームが見えている。
そしてその名前には貴族院時代に見覚えがある。
一時期貴族のAクラスにもいたことがあったけどだいたいBクラス上位だった人がこの家名だった。
確か…。
「アンジュイム伯爵…」
「…ほっほっ…。さすがにバレてしまいましたか…。ですが、『元』伯爵ですな。だいぶ前に息子に家督を継ぎまして、今は申し上げた通り隠居していたじじいです」
「いやいや…。そんなに卑下なさらなくても。まだまだ十分現役で通せるでしょう?」
私はステラに向けて手を上げるとお茶を入れてくれるように頼んだ。
さすがに『元』とは言え貴族家当主だった人だ。
いかにこちらが審査する側とは言え、無作法は出来ない。
「家督を息子に譲り、孫も貴族院でなかなかの成績だったと聞き、最早私の出る幕は無いと思っていたのです」
「…年長者の経験と話はそれだけで十分な意味と価値があります。勿論そうでないものもあるでしょうが、貴方のそれは違いますよね?」
「嬉しいことを仰いますな」
セドリックさんはステラの入れたお茶を一口飲むと片方の眉をピクリと上げた。
「これは…いや、良い入れ方をしてらっしゃる。お若いのに大した物です」
セドリックさんが紅茶を褒めるとステラは私の後ろで何も言わず頭を下げた。
こういう時にお礼の言葉を言うのは二流だと貴族院でも習っている。
「彼女は私の自慢ですから。勿論貴方の後ろに控える彼女達も、ここにはいませんが屋敷にいる私の仲間達もですが」
「良いご友人、使用人も持たれているようですな」
彼は終始ニコニコしながら私の話を程良く相槌を打ちながら聞いてくれている。
これは話す方もとても気持ちよく話せる技法だ。
前世では中途半端に技術だけ押し付けられたサービス業の人達が適当に使っているのをよく見かけたけど、彼のそれは一味違う。
このまま私だけ気持ちよく話しているわけにはいかない。
「さて。そろそろ本題に入りましょう。セドリックさん、貴方は何故ウチに?」
私も軽く微笑んでいた顔を引き締めると彼のことを真っ直ぐ見つめた。
とても有能な人なので来てくれるのは嬉しいけど。
「先ほども申し上げましたが…今のアンジュイム伯爵家に私の役目はもうありません。そこへ新しい貴族家が興り、その当主はまだ成人間もない少女だと言う。どうせ息子達の金で余命を無為に使うのであれば、自らが稼いだ金で好きなように生きたいと思ったわけです」
「それは…とても立派なことだと思います。セドリックさんの言う『好きなように』とはどんな生き方ですか?」
「私の今までの経験や知識を若い者に引き継ぎたい、またそれを引き継ぎ続けてもらいたいという…とても傲慢なものです」
唖然とした。
私だけでなく、彼の後ろに立つユーニャもだ。
本来その経験や知識は私達ではなく、現アンジュイム伯が引き継ぐべきだろう。
しかしそのことを彼に聞けば「息子はもう年寄りの話など聞きませんので」としか言わない。
なんて勿体ない!
私達は新興貴族だし、魑魅魍魎が跋扈するような貴族社会に関する知識は絶対的に不足している。
彼が本当に私達にその知識や経験を与えてくれるのなら、願ってもないことだ。
どこかの貴族の息が掛かっていて私達に取り入ろうとしている可能性がないわけじゃないけど、最悪そうであったとしても力業でなんとでもしてみせる。
「わかりました。セドリックさん、これからよろしくお願いします」
私が立ち上がって手を差し出すと彼は目を丸くして私の手を見つめていた。
「…驚きましたな…。まさか今の話を本当に信じたので?」
「騙されたのだとしても、それもまた勉強です」
「…若いのに、ご立派だ…。この老骨、土に返るその日まで貴女に仕えさせていただきましょう」
そしてセドリックさんは私の手をしっかりと握って立ち上がった。
ちなみに、彼はやっぱり執事として雇うことに。
屋敷内の管理はステラ一人で十分だけど、来客に対応するのは彼のような人がいた方が良いからね。
ミオラに従って入ってきたのはいかにも貴族のお坊ちゃんという感じの人だった。
偉そうな態度、無駄に高そうな服、平民とは明らかに違う肌も髪も栄養が行き渡って艶々している。
年齢は十九歳。
この歳まで士官先もなくプラプラしていたのだとすればまともな人じゃないと思うんだけど、あの三人が面接を通したということは見た目じゃない評価点があるということかな?
「こんにちは。私がセシーリア・ランディルナ至宝伯だ。早速貴方のことを教えてほしい」
私が話し掛けると貴族のお坊ちゃんはその偉そうな態度を変えることなく…いや更に足を組んで話し始めた。
「私はエンダミオ子爵家の三男、パンフカット。今回新しい伯爵家が興ると聞いて来てやった。聞けば当主はまだ成人したての女子だというので経験豊富な私が手取り足取り教えてやろうと思ったのだ。光栄に思うがいい」
…何、この人?
人は見た目じゃないかもと思ったけど、とんでもない。
見た目通りのお坊ちゃんじゃん。しかも三男だから跡継ぎにもなれず、予備にすらなれず、この歳まで士官もしない穀潰しでしかないよね?
なんでこんな人通したのか、とミオラとユーニャに視線を送ると彼女達もこめかみをピクピクさせながら怒り出すのを我慢しているみたい。
ざっと資料を見てみると…。
うん、文官としてはそこそこに能力はあるみたい。インギスほどじゃないし、ユーニャと比べてもちょっと見劣りするくらい。
貴族院で言えばBクラス下位でCクラス上位と入れ替わりの境目くらいだろう。
よく言えばまぁまぁ。はっきり言えば凡庸。人間性を加味したら余裕で不合格。
貴族の息子で一応の合格ラインに達したから面接に通したけど「当主以外に話すことはない」としか言わなかったらしい。
さっきセドリックさんと話したばかりだから尚更見劣りする上にこのキャラクターじゃ『お祈り』くらいしか出来ることないけど、とりあえず形だけでも話を聞いてみよう、
「では貴方は経験豊富ということね? 今まで経験した士官先での業務を教えてくれる?」
「ふっ…今までは私に相応しい士官先が無かったのだ。今回私のような有能な、極めて希少な人材が入ってやろうというのだから光栄に思うがいい」
不思議だ。
言葉は通じるのに話が通じません。
「つまり、士官経験は無く文官として働いた経験もないということ?」
「違う。私に相応しい士官先が無いと言ったのだ。平民の成り上がりは耳も悪いのか」
面接受ける方の身がここまでマウントを取りに来るのもある意味すごいと思う。
「では質問。平民の商人と貴族の息が掛かった商人がいる。平民の商人は金額は高くも安くもないけど公平に正直に取引をしてくれる。対して貴族の息が掛かった商人は見栄だけは張っているが商品の品質も悪く見返りばかりを求めてくる。貴方ならどちらと取引する?」
「無論、平民だな」
お? 選民思想に汚れていないのかな?
「平民であればもっと買い叩けば安くさせることが出来る。取引中止をチラつかせれば勝手に怯えて金額を下げてこよう。貴族として当たり前の方法だな」
…やっぱり貴族第一主義というか、選民思想に塗れた人だった。
これじゃ駄目だね。
王宮ならともかく、ここでは平民であるミオラやユーニャと話し合う必要があるのにここまで選民思想に毒された人じゃやっていけない。
別に選民思想が悪いとは言わないけど、私の近くにいる人にそんな思想の者を置きたくない。
「よくわかった。結果は後日追って知らせるから今日は帰っていい」
「何?! 今この場で採用と言えば済む話だろう?! 私のどこに悩む要素があるというのだ!」
そういうところだよ。
それに何もこのお坊ちゃんだけが不合格になったわけじゃない。リーアとインギスは私の知り合いで優秀だったし、平民の女の子や冒険者の少年達も将来有望そうな感じはした。セドリックさんは言うまでもなくだ。
けどそれ以外に『使用人』希望で私の下まで辿り着いた女性やかなりイケメンな男性がいたけどあれは駄目。確実にどこかの貴族の息が掛かっていたからこのお坊ちゃんと同じように後日結果を知らせると言って帰ってもらっている。
今のところ採用決定した人はみんな屋敷の別室で待機してもらってるからね。
「何を言われようとも、後日は後日だ。それともこの場で不合格を言い渡されたいのか?」
「くっ……平民の成り上がりの分際で生意気な…っ!」
さっきからこればっかりだね。
あぁ…しかもあまりにも私を下に見るものだから後ろに立ってるステラから殺気に近いほどの気配が漂ってきてる。
成り上がりなのは事実だし、私には過分な地位だと思ってるから気にしてないんだけどなぁ。
さて、お坊ちゃんもステラの気配を感じ取って顔が青褪めてきたことだし、ステラが本気で威圧する前にそろそろ釘を刺しておこう。
「ステラ、抑えなさい」
「は。申し訳ございませんセシーリア様」
「ふ、ふん! 使用人の癖に私に向ける目はなんだ! おいっ、即刻こいつの首を刎ねろ!」
お坊ちゃんが言いたいように喚いているけど、当然ここに彼の言うことを聞く者なんているはずもない。
「あー…えっと、名前なんだったっけ」
「貴様…私を侮辱しているのかっ?!」
「…侮辱しているのは貴様の方だ。私は至宝伯だ。たかだか子爵の三男程度が随分偉そうなことを言ってくれるじゃないか。我が家の使用人の首を刎ねろだと? 面白いじゃないか、貴様の首をこの場で刎ねて何とかという子爵の下で踏み潰してやろう」
基本的に伯爵と子爵の間には大きな隔たりがある。
領主であればまた違うが、彼の親は法衣貴族。上位の貴族には逆らえないのだけど…よほど甘やかされて育ったのだろう。
私はミオラに視線を送ると彼女は槍ではなく、屋敷内にいる間身に着けておくように言っておいた装飾過多な儀礼剣を抜き放った。
「主の命なのでご容赦下さい。目を閉じていてくだされば痛みもなく済みます故ご安心を」
「ひっ?! おっ、おいっ! じょじょ、じょ、冗談だろ?! わっ私にてっ、手を出せばちちち父上が、だっ、だまっ…」
おぉ、いいね。
ミオラのセリフがとても緊張感も臨場感もあって雰囲気ばっちりだ。
何とかって子爵の坊やがかなり慌てているけど馬鹿なことをした自分を省みるくらいのことは出来そうかな。
それにしてもミオラってば歴戦の冒険者らしくスキルになる前の威圧を出してるところもグッドだよ!
しかし貴族の坊やはミオラの抜いた剣を見た後、白目をむいてその場に崩れ落ちてしまった。
「ステラ」
「はい」
「これ門の外に捨てておいて」
「承知致しました」
床に倒れたお坊ちゃんを指さしてステラに指示すると剣を鞘に納めたミオラに最後の人を連れてくるように指示した。
今日もありがとうございました。
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