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第256話 採用面談1

 ミオラが従者や使用人の募集をしてから十日ほど経ったある日のこと。

 屋敷の整備や王宮へ提出する書類の作成で頭がいっぱいですっかり忘れていた私の元へミオラとユーニャが二人でやってきた。


「セシル、準備は…って」

「セシル…貴女何してるの?」


 二人は揃って呆れた顔をしていたけど、私は何のことか解らずに首を傾げた。

 今は王宮に提出する毎月の収支報告書を作成中だ。

 クアバーデス侯爵の領主館ではナージュさんが作っていたけど、貴族に対しては王国から手当てが出ているのでそれを何にいくら使ったのかを報告する義務がある。

 前世でも事務員をしていたし、事務仕事は嫌いじゃないけど出来る時にやっておかないとどんどん仕事が溜まりそうなので取りかかっていた。


「今日は応募してきた人達の面接とか試験をするから開けておいてって言っておいたでしょう?」

「あれ…今日だったっけ?」

「セシル、もう応募してきた人達は裏庭に集めているからそろそろ来てほしいんだけど」


 やれやれ…。

 どうやら仕事は溜まっていくことになりそうだ。




 裏庭に行くとそこには老若男女合わせて数十人もの人が集まっていた。

 冒険者風の人から育ちの良さそうないかにもボンボンみたいなお坊ちゃん、色香を出しながらも猛者の雰囲気を醸し出している女戦士……あれ? どっかで見たことあるような?


「皆様! お待たせ致しました! これよりランディルナ至宝伯家当主セシーリア様よりご挨拶していただきます」


 って挨拶?!

 そんなの聴いてないんだけど!

 私が非難じみた視線を送るもユーニャとミオラは気付かない振りをして完全に無視していた。

 絶対許さないからね? 後で覚えときなよ。

 私はいつの間にか作ってあった土の台に上がると数十人全てを見渡せる高さになっていた。

 こうして見るとなかなか壮観だ。

 一通り見渡した後、声が震えたりしないよう注意しつつ、挨拶を始める前に息を大きく吸った。


「えーっと…私がランディルナ至宝伯家当主セシーリアです。まずは今回の募集に集まっていただいたことに感謝する。知っているとは思うがランディルナ至宝伯家は新興貴族故、未だに使用人は足りていない。諸君らの実力を見せてもらいなるべく多くの者を雇い入れたいと思う。期待している」


 一気に言い放つと疎らに拍手が巻き起こったのでその方向を見るとさっきの女戦士やとても見覚えのある男性文官がいた。

 思わずその場で頭を抱えたくなったけど、そんな姿を見せるわけにもいかず何とか自制して台から下りると私は屋敷の中へと入った。

 この後はそれぞれの役割ごとに別れて試験が行われ、ミオラとユーニャ、ステラの三人との面接が行われる。

 私が会うのはそれを全てクリアした人達だけだ。

 最終的にそこで私が合格かどうかを判断することになる。

 というか挨拶だけなら私が最初に出ていく必要なんてなかったんじゃない?

 しばらく執務室で棚の整理をしたり、事務作業をしながら試験が終わるのを待っていたけど、誰も部屋に来なかったのでユーニャから渡されていた書類を見ている間にうたた寝をしていた。


「セシーリア様。試験が終わりました」


 優しく肩を揺すられた私はうっすらと目を開けた。

 居眠りしていた私の前にはステラが一人立っており、ミオラとユーニャの姿は無かった。


「あれ…二人は?」

「応接間でお待ちです。先に試験をクリアした者達の情報をお渡ししてほしいと言われましたので私が」


 ステラから渡された書類は全部で十枚くらい。

 ひとまず最初に雇う人員としてはこのくらいがちょうどいいのかもしれない。

 それをパラパラと捲っていると知った名前が三つ出てきた。

 彼らの思惑はわからないけど会って話してみないことにはわからない。

 私は脱いでいた上着を羽織るとステラを従えて応接間へと向かった。


ガチャ


「お待たせ」


 ノックもせず私が中に入るとユーニャとミオラは壁際に立っており、いつでも受験者を呼び出せる状況になっていた。


「試験お疲れ様。問題は無かった?」

「えぇ、私兵団の方は問題なかったわ。思ったよりも実力のある人がいてびっくりしたくらいかしら」

「私も。頭の良い人が多かったかな」


 なるほど。

 実力は申し分ない。面接でも彼女達の眼鏡に適うくらいの人柄ってことよね。


「それじゃ早速始めるから一人目から呼んで」


 私一人だけソファーに腰掛けるとミオラが頷いて部屋から出ていく。そしてすぐに一人目の受験者を連れて戻ってきた。

 一人目である彼女は私の前に来ると緊張した表情から一変、とても大人っぽい笑顔を見せた。

 ステラから渡された書類に書かれた名前を見て驚いた。

 まさか彼女が応募してくるとは思ってもみなかったから。


「久し振りだね、リーア」

「えぇ…っ、あ、いえ! 至宝伯様におかれましてはごそんご? ごそん…」

「『ご尊顔』ね。話し方は気にしないでいいよ。それより元気だった?」

「…えぇ、勿論よ。セシ…ーリア様も相変わらず凄いみたいで」


 リーアはプイトーンの町で起こった事件で知り合った女性だ。

 Sランク冒険者だったゴランガの一味に攫われて町の近くの洞窟で盗賊達の慰み者にされていたところを私が助け出した。

 町の復興に際してベオファウムから呼びつけたブルーノさんと協力していたはずの彼女が何故ここにいるかは聞くまでもない。


「あ、そういえばこれ返す…します」

「難しいなら無理に敬語なんか使わなくていいよ」

「え…けど」


 リーアはキョロキョロと周りに視線を走らせた。

 彼女の後ろにはミオラとユーニャが。私の後ろにはステラが立っているけど、彼女達も私がそういうことを気にしないことは十分承知している。


「それとその剣は改めて私に仕えてくれるリーアにあげるよ。今この屋敷にはその剣を作った人もいるからメンテナンスもしてもらえるしね」

「セシーリア様…」

「仕えてくれるんだよね?」

「はっ、はいっ! 勿論!」

「じゃあ私のことは前みたいに『セシル』でいいよ。公式の場は困るけどね」

「いっ、いや! 敬語は無理だけど、呼び方はちゃんとさせてもらうわ。貴女は私の恩人なんだから」


 あんまり堅苦しく考えなくていいんだけどね。

 恩人って言われても、私はギルドからの依頼を片付けただけに過ぎないのだし。


「それにしても…セシーリア様はあの時貴族じゃないって言ってたのに、再会したら貴族様になっててびっくりしたわ」


 それからしばらくリーアと近況の話をしていたけど、ユーニャから時間を気にするようにと注意を受けたので、彼女には屋敷内に残っているように伝えて退室してもらった。

 結果? 勿論採用に決まってるよ。

 そして今度はユーニャは部屋から出ていくと一人の男性文官を連れてきた。

 私もとてもよく知る人物だ。


「セシ…」

「はい、ちょっと待つ。…何してるの、インギスさん」


 彼はクアバーデス侯爵家の下級文官の一人だったはずだ。

 なのになんでこんな成り立て貴族の使用人に応募してくるの?


「セシーリア様、それには深い理由がございます!」

「…まぁとりあえず聞くだけ聞くから話してくれます?」

「畏まりました。その前に、僭越ながら…。セシーリア様は貴族になられたのですから私のように爵位のない者に敬語はお使いになられませんよう」


 そういえばそうだった。

 レンブラント王子からも注意されてたし、ユーニャも額に指を当てて溜め息をついていた。

 仕方ないじゃんか。昔の癖なんだから。

 そして彼は話し始めた。


「私インギスはっ! セシーリア様のことを大変尊敬しております! ですので貴女様が使用人を募集していると聞いて居ても立ってもいられずにこうして馳せ参じた訳にございます!」


 …おぅ。

 ステラから渡された書類にもそれ書いてあったよ。

 昔からなんか崇拝されてるような感じはあったけれど、七年という月日で彼の中の私は相当に美化されて有能になっているみたいだった。

 というかそんなこと聞いてないから。


「それでクアバーデス侯やナージュさん、他の二人はなんて?」

「はっ。『好きにしろ』と私を見送ってくださいました!」


 これ絶対このテンションで説得しようとしてみんなに呆れられたパターンだよね。

 そして体よく私に押し付けたと考えるべきだろう。

 とは言え、私がクアバーデス侯の領主館でリードの家庭教師を始めた時に比べたら彼は成長したし、今後の書類仕事を丸投げ出来るくらいの能力があるのは間違い無い。


「わかったよ。じゃあインギスさ…インギスも採用。しっかりこき使うからね!」

「ははぁっ! 貴女様の元で働けることを恐悦至極にございます!」


 …やっぱりこの人信者だ…。

 今度クアバーデス侯に手土産の一つも持ってお詫びに行かないと…。

 そしてインギスも退室していき、私は次の人を呼ぶように指示した。

 続いてユーニャに従って入ってきたのは平民の少女で名前をモルモと言った。

 この子については特筆することはなく優秀で素直な子だったのでインギスかユーニャに任せることにする。

 その後、冒険者らしい少年ロジンとオズマはミオラに一任。

 戦闘能力としてはギリギリくらいの能力だったけどまだ鍛えれば伸びしろはありそうだったし、前向きで安定志向なのは良いことだからね。

 ただ。


「いつかセシーリア様と同じSランク冒険者になってやるんだ!」


 と言っていたけど、ここにいたら冒険者ランク上がらないけどいいのかな?

 まぁ仕事以外は何をしてもいいし、休みに冒険者として活動することに問題はない。

 泊まりの仕事は出来なくなるかもしれないけどね。

 その後不合格者二名を出したところで残り三人となりユーニャに案内されて入ってきたのはこの世界中では初老と言って差し支えないくらいとても渋いおじさんだった。

 視線だけ落として資料を読むと名前はセドリック、とだけ書かれており年齢は五十六歳。

 特技は文官仕事と一通りの礼儀作法、多少の剣も使えるとのこと。

 なんでこんな人がウチに?


「はじめましてランディルナ伯。私はセドリックと申すしがない年寄りです。ご尊顔を拝し光栄に存じます」


 セドリックさんは外見通りのとても渋い声で優雅に一礼すると他の者達と違い着座を薦めるまで立ったままだった。

 どこかで使用人、しかも執事とかの経験がある人なんじゃないかな。

今日もありがとうございました。

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