第237話 殲滅戦5 二人の戦い
閑話じゃないのですが、今回はセシル視点無しです。
アイカとクドー視点での戦闘になります。
<アイカ>
まさか、ホンマに「まさか」やで。
いくらあの子が無鉄砲で大馬鹿やとしても数万の魔物の大群に突っ込んでったりはせんやろ、と思っとったんや。
それが、なぁ?
「閃亢剣!」
まさに今セシルが必殺技使うて真っ黒い魔物の一体を倒した。
クドーの作った新しい剣は絶好調のようやな。
それにしても化け物みたいな強さのセシルがここまで苦戦するっちゅうんがまず驚きなんやけどな。
ウチらとダンジョンに行った時よりも更にレベルも上がってどこの魔王やねんってくらい強くなったはずなんやけどな。
まぁええわ。
ウチはウチで割り当てられた分はしっかりお勤めせなな。
セシルが一体倒したから、残りは五体。そのうちのローブを着た魔法使いみたいなんと武道家っぽいのがウチの担当や。
「ほな、とっとと始めよやないか?」
ウチが声を掛けると武道家の方はすぐに動いた。
スピードだけやったらセシルと同じかちょっと速いくらいやな。
迫ってくる武道家に合わせてウチも貫手を突き出すと、相手は避けることもなくそれを受けながらも拳の連打を放った。
「うおったたたたっ?! あっぶないわぁ…なんやホンマに格闘技の心得があるんか。魔物のくせに珍しいやっちゃなっ!」
拳の連打は慌てて避けたせいで大きく後ろに下がってもうたけど、それだけで相手の技量のほどもわかった。
驚くことに普通の人間やったら格闘技の天才レベルやな。
どこで習ったもんかはわからへんけど、型みたいなんもあるし連打に見せてしっかり急所狙ってきてるとこなんかきっちり訓練しとったんとちゃう?
「けど、そんなんでウチを倒そう思うんはちょっとばかし舐めプ過ぎやで?」
相手の左肩に刺さった赤い棘を指差してケタケタと笑う。
アカンな。こんなんしてたらウチもあっちのこと舐めプとか言えへんやん。
まぁなんもご丁寧に教えたる必要もないんやし、このまま終わらせたるわ。
夜人族の力を出して魔力を両手に集める。
さっき武道家に刺した棘はウチの爪や。夜人族っちゅうんは極端に数が少のうてあんま能力知られてへんからな。
そのまま知らんで死んでくれてえぇけど。
景色がうっすら躑躅色に変わってくる。こうなってようやく夜人族の力が十分に発揮された状態になる。
セシルやクドーと一緒にダンジョン回った甲斐もあってウチのレベルも五百を超えて脅威度Sの魔物でも余裕を持って一人で対処出来るようになったし、こないな魔物に苦戦なんかしてられへん。
飛び出して殴り合っている内に武道家の身体のあちこちにウチの爪が刺さっていく。
既にその数は七つ。
ここでようやく相手の動きにも変化が出てきた。
さっきからフラフラしてまともに立ってられへんようになってる。
それでも十分すごいんやけどな。
一つ刺すごとに相手のHPとMPを奪っていくんやから。
全部で十刺すと全部吸い取って殺す。
セシルやクドーみたいな高いレベルの相手や上位種族には効かへんけど、こいつらくらいならまぁ問題あらへんやろ。
そしてここへ来てローブを着た魔物が動き始めた。
随分と濃縮された魔力を込めた魔法を用意して放とうとしとるんやけど、さっきから手元に魔法を作り出してから数秒は経過していた。
まさか…詠唱しとるんか?
「そないな遅い魔法でウチとやり合おうなんて五十年早いわっ!アイシクルランサー!」
魔法名を言えば直後に発動する数本の氷の槍。
それらは高速で飛翔し、ローブの魔物へと突き刺さる。
詠唱しとったんは間違い無さそうやな。してへんかったらいくらアイシクルランサーが速いいうても真っ直ぐ飛んでくるだけやし、避けるくらい出来たはずや。
そうこうしている間もローブの魔物はビクンビクンと動いてて、まだ死んでへんようやった。
しばらく無視してもえぇんやけど、武道家とやりあってる時に横から茶々入れられるのも嫌やし、とっとと止め刺しておかなな。
ローブから武道家へと視線を戻すとなんとか身体に刺さった爪を抜こうとしている。
けどあれは魔力で刺した爪やから力で抜こうとしても無理な話や。
そんなことするくらいやったらウチを倒す方がえぇと気付くと思うんやけど…まぁどのみち無理やろうな。
「なんやなんやどしたんや。さっきの勢いで掛かってきぃや!」
煽ってみれば武道家はフラフラしながらも構えを取った。
あの構えどっかで見たことある気がする。
さっきまでは構えもなんもあらへんかったんやけど、こうして追い詰められたことで身体に染み付いたんが勝手に出たんやろうな。
…うん? てことは…こいつら魔物やのうて、人間?
…アカンな。セシルが人間殺したとわかったら動揺する…ことないか。割と最近はそういうこともあったみたいやしな。
考え事をしてる間にも武道家はウチに拳で打ち込んできて、時折素早い肘打ちまで入れてくる。
とはいえ、ウチかてただ安穏とこの歳まで生きてきたわけやないしな。
それらの攻撃を全て受けながら追加で爪を刺していく。これで九本。
ついでに途中でローブへファイヤーボールも放っておいた。
もう名も無き武道家は立っているのもきつそうやし、ローブの方は死ぬ寸前やろうな。
「さて…。もし元に戻ることが出来るんやったら助けてやりたいところやけど、多分無理なんやろ?」
ウチの問い掛けに武道家は腕を必死に上げようとしているが最早プルプル震えるだけでまともに動くことも出来なさそうや。
「ほんなら、これで終いや」
そう言うと、両手を上に掲げて魔力を集め出した。
<クドー>
アイカと二人でセシルの元に救援に向かって現在に至る。
ユーニャが突然店に来たかと思えば「セシルを助けて!」などと叫ぶものだから何事かと思ったがな。
話を聞いてみれば連鎖襲撃が起こったベオファウムに主人であるあの男と共に向かったという。そしてセシルのことだから絶対に無茶をして魔物の群に向かっているに違いないと。
話を聞けば俺もアイカも同じ意見だったし、実際に来てみればその通りだったわけだが。
ともかくベオファウムに向かおうとする俺達についてこようとするユーニャを押し留めておくのが面倒だったな。
あいつの攻撃力は当たりさえすれば脅威度Aの魔物くらい一撃で屠ることも出来るが、如何せんまだまだ技術不足が否めないから連れていくわけにはいかなかった。
そしてベオファウムに着いた俺達は領主館に行き、あの男から話を聞いた。
「セシルは一人で連鎖襲撃に向かっていった。ここからでも時折凄まじい魔法の攻撃が聞こえる。セシルはまだ、一人で戦っている…」
拳を握りこみ、手のひらから血を流しているというのにこの男はそれでも自分のやるべきことをきちんと考えてここに残っている…わけではなく、セシルに邪魔だと言われて強制的に戻されたらしい。
いかにもあいつらしいと思った。
話だけ聞いた俺達はあの男に何も言うことなくその足で戦場へと向かった。
戦闘が始まってからほぼ一日経過していることを考えれば大半は殲滅していると思われたが、あのセシルが苦戦するような相手がいる可能性もある。
少し前に頼まれて作っておいたセシル用の新しい武器もまだ渡していなかったからちょうどいい。
そう思って駆けつけたが戦場に残っていたのはセシルと真っ黒い六体の魔物のみ。
異様な雰囲気を纏うそれらをセシルは一人で相手しており、しかも俺が作った武器も折られて使えなくなったというじゃないか。
面白い。
それしか思いつかなかった。
そしてアイカと獲物を分け合って、今対峙している。
「いくぞ」
余計なことを話す必要はない。
魔物だろうが人だろうが関係もない。
ただ俺の前に立ち、相対するという時点で倒すべき標的だ。
俺の相手はセシルの短剣を折ったオーガような魔物と両腕が剣のような棘になった魔物だ。
どちらも接近戦を望むであろうことはわかるが得意な戦い方は正反対であろう。
魔法の鞄に手を入れて一本の斧を取り出した。
それは斧というには歪な、先端に巨大なハンマーのようなもので片方は槌の先に刃物がついている。
「大鎚斧『バルドル』」
俺の身長の倍ほどもある大きさのバルドルを片手で構えるとそのままオーガへと走り出した。
武具自在というスキルのおかげで俺自身にはこの武器の重さは伝わらないが、本来は持ち上げることが出来ないような重さである。身体強化したセシルは除くが。
しかし重さが俺に伝わらないだけで相手には十分な威力を伝えられる。
まるで小枝を振るうように魔物へとバルドルを叩きつける。
しかし。
ガキィィィィィィン
「…ちっ」
オーガのような魔物はどこからか取り出した金棒で俺のバルドルを受け止めた。
さすがに片手とはいかないようだったがあれを受け止める魔物がダンジョン下層以外にいることが驚きだな。
「これならどうだ? 『断』!」
気合いを入れてもう一度斬り掛かる。
レッドドラゴンの身体をも断ち切る一撃だ。そうそう防げるものではあるまい。
しかしオーガのような魔物…もうオーガでいいか。
奴は更にもう一本の金棒を取り出して交差させるとまたも俺の攻撃を防いでみせた。
ギャリン
「なに?!」
まさかとは思ったが、奴は俺の攻撃を受け止めただけでなくバルドルの刃を欠けさせたのだ。
奴の金棒もその衝撃で砕け散ったものの、俺の武器をこうも簡単に破壊するとはな。
さっきの黒い金棒にそれほどの強度があるとは思えんが、舐めてかかると痛い目を見るのは俺の方かもしれん。
だが、だからこそ面白い。
俺の武器が使い物にならない、或いは自分には効かないと判断したのかオーガは受けの姿勢から攻めに転じてきた。その矢鱈に太い腕を振り回して硬い拳を俺のバルドルへと叩きつけてくる。
ガキンガキンと凡そ肉体と武器がぶつかっているとは思えない音がしてバルドルはその刃を更に欠けさせていた。
悪いことにそこに棘の魔物も加わってきてその損耗は徐々に広がっていき、遂には。
ガキャン
魔物達の猛攻の前にバルドルの刃部分が完全に砕けてしまった。
なるほど。これなら確かにセシルの武器を折ったのも、苦戦していたのも納得だな。
砕けて使い物にならなくなったバルドルを持って大きく後ろに下がると魔物達は追撃してくることなくこちらを窺っている。
妙に人間臭い奴等だ。
砕けて使い物にならなくなったバルドルを魔法の鞄に収納すると今度は別の武器を取り出した。
今まで使っていた武器もそれなりの出来だったがセシルのお陰で迷宮金を手に入れたから、当然俺自身の武器もより強力な物を作ってある。それでもちゃんと完成したのはまだ三つほどだが。
「真爪『オオグチマカミ』」
新たに取り出した武器は二組の鉤爪のついた手甲のようなもの。但しサイズは俺の手にまるで合ってない。
それは当たり前で、ヒトの姿をした俺のために作ったものじゃないからな。
「終わりにしてやるぞ。魔獣化!」
その言葉を唱えるだけでビキビキと全身に力が漲っていく感覚が走る。魔人化とは違って魔力の消費はない代わりにその姿は産まれた時のものに戻る。
筋肉がどんどん膨張して盛り上がり、白銀の体毛がそれを覆っていく。
骨格自体が変わっていく不快感。
抑え込まれていた野生が解き放たれる高揚感。
全身を満たしていく力の絶対感。
それら全てが目の前の敵に向けられる。
グオォォォォォォォォォォォォォォォォォッ
響き渡る遠吠えにアイカとセシルの視線を感じた。
変化が終わって自分の身体を見回せば、白銀の毛に覆われた姿を久し振りに見て愉悦に浸る。見た目は白銀の狼。フェンリル類と同じ姿だが、あんなただの獣と同じではない。
但しこの姿でいられるのはあまり長い時間ではない。放置すると人型の姿でいる時の感覚を忘れてしまうので戻った時にうまく歩けなかったり、言葉を出せなかったりする。
時間をかけるつもりはない。
そしてそれは敵も同じようだ。
オーガは両手に金棒を取り出して振り上げ迫ってくる。棘の魔物は両手だけでなく全身から数え切れないほどの棘を出して走ってきた。
前足に身に着けた「オオグチマカミ」はこの姿の俺に合わせて作ったのでとてもしっくりくる。
迫る魔物に向けて久々に動かす筋肉に力を込める。
戦帝化を使ったセシルに及ぶほどの速度で走り抜ければ、棘の魔物は硬質化していた棘を全てバラバラに砕かれた上で俺の爪によって身体を引き裂かれて四つに分かれていた。
さて、オーガの方は俺の剣をへし折ってくれた礼もせねばな。
そう思うと、走り抜けた姿勢を立て直しゆっくり歩いてオーガの元へ向かった。
今日もありがとうございました。
本日より年末年始毎日投稿やりますよw




