第235話 殲滅戦3 黒い魔物
MP:812,675k
少し魔物との距離を開けた私が見た自分のステータスに示された残りMP。
大体残り一割強。
本来ならここまで減ったら一度魔人化も魔闘術も解除してMPの回復に努めるしかない。
けど目の前にいる真っ黒い魔物達がそれを許してくれない。
さっきも一度魔人化を解除したらすごい勢いで攻めてきて、オークキングやオーガロードの攻撃ですらユアちゃんのダンジョン九十九層にいるドラゴンと遜色ない一撃だった。
受け止める私の身体を中心に地面にクレーターが広がっていく様はさすがに寒気が走った。
そんなわけでよほど距離を取って離れないことにはMPの回復は望めない。
更に。
バキィィィィン
「なっ?!…あがっ!」
突然前に出てきた筋肉質な人型の魔物の一撃を受けて、数年前にクドーに打ってもらったミスリル合金の短剣が折られてしまい、その隙にオーガロードの金棒を受けて大きく弾き飛ばされてしまった。
真っ黒い魔物達が持っている武器は普通のものも多いが、黒い靄で再生された体から生えてる武器はとても頑丈で攻撃力も高い。
魔闘術とミスリルの武器の相性はオリハルコンに次いで高く、硬度も相当高くなるのに何度も打ち合ってる間に折られてしまった。
単純な金属疲労もあっただろうけど私の魔力が残り少なくなってきたことも原因だろう。
しかしこれで少しは魔力を回復出来…。
「えっ?」
吹き飛ばされてすぐに顔を上げたのに目の前に大きなトカゲの口が見えた。
認識した瞬間には真後ろへ飛び退いていた。
さっきまで私がいた場所では黒いトカゲの大きな口が閉じられていた。
他の魔物達と同じような攻撃力があのトカゲにもあったら、噛まれて痛いじゃ済まないんだろうね。
他の集団からは距離を取れたものの、目の前にいる二足歩行のトカゲのせいで魔力の回復に努めることは出来そうにない。
地面に膝をついたままトカゲを睨みつけていたけど、立ち上がろうとしたところで指先に何かが当たった。
それはさっき倒した黒くない普通の魔物達が持っていた鉄製の槍だった。どんな魔物が持っていたのか覚えてないけど、そんなものが地面のいたるところに散らばっている。
それを二本手に取ると猛スピードで迫ってくるトカゲに向けて魔闘術で強化して突き出した。
ドシュ
二本の槍は相手の勢いも合わさったおかげでトカゲの頭に刺さって黒いドロドロを吹き出した後、地面に倒れて溶けていった。
---スキル「槍術」の経験値が規定値を超えました。レベルが上がりました---
スキル「槍術」8→9
---スキル「二槍術」を獲得しました---
---スキル「二槍術」の経験値が規定値を超えました。レベルが上がりました---
スキル「二槍術」1→4
二槍術って、そんなスキルあったんだね。知らなかったよ。
というか、普通槍を二本も振り回したりなんかしないもんね。
トカゲを倒したおかげで魔物達との距離を少しだけ稼ぐことが出来た。
その間に魔闘術も魔人化も解除して僅かな時間でもMPの回復に集中することが出来る。
魔力闊達のおかげで私のMP回復速度は常人の千倍以上あるけど、魔人化と魔闘術を組み合わせた時の消費は回復速度を上回ってしまうし、魔法の一つ一つが一般的な魔法使い全MPの十倍以上という燃費の悪さだ。
こんなに長時間、しかも強力で大量の魔物を相手にしたことはない。
ユアちゃんのダンジョン百階で迷宮金を採集した時ですらここまで魔物は強くなかったし、時間も今の半分以下だったもんね。
ここにきて自分の弱点がようやく浮き彫りになったことに気付けたのは僥倖だろうか。
しばらく回復しているとなんとかMPも三分の一くらいまで回復することが出来た。
けれどここで時間切れだ。もう目の前まで魔物が迫ってきている。
「…いくよっ!」
再び魔人化と魔闘術を使うと槍を振り回して片っ端から攻撃を繰り出していく。
オークキングの槍をいなして跳ね上げ、がら空きになった胴体に石突きで滅多打ちにする。
それを視界の端で行いながら隣のドラゴニュートに鋭い突きを放ち頭を吹き飛ばす。
どちらも身体がドロドロに溶けていったのですぐさま次の魔物へと攻撃していく。
---スキル「槍術」の経験値が規定値を超えました。レベルが上がりました---
スキル「槍術」9→MAX
---スキル「棒術」の経験値が規定値を超えました。レベルが上がりました---
スキル「棒術」7→8
---スキル「二槍術」の経験値が規定値を超えました。レベルが上がりました---
スキル「二槍術」4→7
頭の中でスキルレベルがどんどん上がっていく音が聞こえる。
魔物達の数も少しずつ減っていくものの、私のMPもそれに比例して減り続けていく。
しばらく二本の槍で戦っている間に槍術も棒術もMAXになり、二槍術も9まで上がった。
ピシッ
しかしいくら魔闘術で強化していても普通の鉄製の槍でしかない。武器の耐久力を超えての使用に遂には全体に亀裂が走った。
「くっ…そぉぉぉぉっ!」
両手の槍を投擲して遠くから魔法攻撃をしようとしていたバイコーンを仕留めたところで槍は粉々に砕け散った。
---スキル「二槍術」の経験値が規定値を超えました。レベルが上がりました---
スキル「二槍術」9→MAX
---条件を満たしました。スキル「槍術」「棒術」「二槍術」はユニークスキル「超槍術」へ統合、融合進化しました---
「はぁっはぁっ…負けない…絶対お前たちになんか負けないっ!」
---条件を満たしました。タレント「突撃者」が進化します---
---タレント「突撃者」を糧に、新たなタレント「立チ向カウ者」が開花しました---
ユアちゃんのダンジョンに入ってる時よりやたらとスキルやらタレントやらの獲得が多い。
頭の中に響く声を無視しているけど今日はやけに耳につく。
ははっ…頭の中に響いているのに耳につくってのも変なの。
ワーウルフから仕掛けられている格闘での攻撃を防ぎながらそんなことを考えていたけど、一瞬の隙をついて強い掌底が私の胸を打った。
「がはっ!」
その一撃は強化された私の防御力を抜いて内部、肺に大きなダメージを与えてきた。
慌てて震える手で自分の胸に触れて大治癒を使えば痛みはすぐに消えていくも、肺からせり上がってきた血の臭いにむせて咳き込んだ。
「げほっ! がっ…はぁはぁ…。くそ…」
思えば、こんなにしんどい思いをするのってこの世界に来てから初めてかもしれない。
寄ってたかって大勢に、いいように暴力を振るわれて。
こういうのも理不尽だよね。
「でも……絶対理不尽になんか負けてやらないんだからっ!」
迫り来る魔物を前に立ち上がると頭に響くアナウンス。
---新たなタレント「七転び八起き」が開花しました---
ふふっ、今の私にピッタリだね。
うん、何回倒れたってこいつら全部倒すまで何回だって立ち上がってやる!
近くにあった斧を持って魔物の集団に投げつけると三体くらいを巻き込んで砕け散ったのが見えた。
---スキル「戦斧」を獲得しました---
---スキル「戦斧」の経験値が規定値を超えました。レベルが上がりました---
スキル「戦斧」1→4
数はちゃんと減ってる。
終わりは見えてるんだから、絶対に負けない!
拳を握りこんで、再び走り出す。
復讐とか町を守るとか考えられないくらい、こいつらに負けたくなかった。
太陽は真上を通り越してやや傾きかけていた。
私の戦いはまだ終わっていない。
「だあぁぁぁっ!」
血塗れになった拳が黒いサーベルタイガーの胴体を貫き、中で炎魔法を使って内側から焼き尽くした。
肉の焼ける臭いではなく、腐敗臭が漂ってえずきがこみ上げてくる。
私の全身はあちこちから血が流れていて、血塗れの拳も私自身の血で濡れている。
回復魔法は使っているのですぐに止血はされているもののかなり傷が増えてきた。服もボロボロで貴族院の制服だった名残はもうスカートくらいしかなく、ブラウスも袖が千切れボタンは弾け飛んでいるのでアイカに作ってもらったブラジャーもほとんど丸見えになっている。
なのにまだ目の前には敵がいる。
途中で何度も吹き飛ばされたので最初に地魔法を使った場所まで戻されてしまったけど、おかげでMPはまだ切れずに戦うことが出来ている。
あと六体なのにさっきからこいつらだけ別格の強さを誇っている。
そのうちの一体がまた前に出てきた。
残っているのは全て人間と同じ大きさの人型の魔物だけど、黒い鱗や長い牙、背鰭、不揃いの角などが生えていてどんな魔物なのか全くわからない。わからないけど魔物らしくなく、高いステータスと格闘術で私を翻弄してくる厄介な相手だ。
踏み込みからの恐ろしく速い手刀突き。
それを見切って右手でガードするとそこから下段蹴り、と見せかけて中段蹴り。膝を上げて防げばそのまま角度を変えて上段、下段と連続で蹴りを放ってくるので一つ一つ対処していく。
合間に入ってくる死角からのパンチも避けようとしたところ…。
ゴッ
「ぎゃっ?!」
曲げた肘が私の顔面に直撃してついたたらを踏んでしまった。
そんな隙を見逃してくれるはずもなく、両手の平を突き出して私の胸を激しく突いた。
強力な一撃で地面を転がされた私ははっきりと聞いてしまった。
バキバキバキ
耳の奥に響く乾いた木をへし折ったような音。
それは間違い無く私の胸から聞こえた音であり、肋骨を纏めて数本折られたことを痛みとともに嫌でも理解してしまった。
「し、しん……がっ…あぁぁ…」
い、痛い…よぉ…。
こんなの、死んじゃうよ…。
初めて感じる激痛に声がうまく出せない。
新奇魔法は声を出さないと上手く使えないことが最大の欠点。普段はそれを補って余りある恩恵があるけど、ここまで追い詰められてしまった状況では使いにくいことこの上ない。
仕方なく無詠唱でも使える聖魔法で回復していき、多少痛みがマシになったところで聖光癒で全快させた。
未だに地面に這いつくばったまま立ち上がることが出来ないでいると、六体の魔物は動くこともなくその場で私を見下ろしていた。
今日もありがとうございました。




