第222話 それぞれの事後
前回の続きです。
ちょっとだけいたたまれないシーンがある、かも…。
珍しくフラフラしながら寮への道を歩いている。
ここまで励んでしまったのは初めてかもしれない。
ムースが見せる宝石の川はやばかった。
聖魔法の光灯を小さくいくつか浮かべただけでその光を反射してより妖艶で狂暴な輝きを生み出す宝石達。
それがベッド以外の全てを覆いつくしているんだよ?
私の興奮が百%をあっさりぶち抜いていったのは仕方のないことだと思うんだよね。
おかげでお昼も食べずに…しかももうすぐ寮の門限。驚くべきことに集中していた…いや、欲望を抑えきれなくて鐘二つ分もの時間続けてしまった。ちゃんと使った宝石達は洗浄で綺麗にしたし、部屋に匂いが染み付かないように脱臭も使ったので後片付けもバッチリだ。
まぁその後片付けに取り掛かるまで宝石達を見て触って触られてとしていたらループが止まらなくなって、しばらく立ち上がれなくなるほど消耗してこんな時間になっちゃったんだけどさ。
やりすぎた…けど、とても満足…。今後も休日はあそこに通うことになりそうだけど、溺れてしまわないように多少の自粛は必要だよね…頑張ろう。
家から立ち去る際にムースにはここから出ないように言い聞かせたのと食事についての確認をした。
最初にかなりの魔力を与えたので次の食事は一か月後でも良いらしい。
いやぁ…ユアちゃんには良いことを教えてもらったし、ムースは可愛くて便利だし、何より最近いろいろ溜まっていたいろんなものを吐き出せた気がして今日はとっても満足しました!
「…セシル、今日何かあったのか?」
寮に戻って夕飯を食べているとリードから話しかけられた。
心なしか顔が赤いような、目線を逸らし気味にしているような?
「え? 特に思い当たることはないけど…少し町をブラブラしてただけよ?」
「そう、か? …何やらいつもより少し…」
少しばかり言い淀むとチラチラと私に視線を送ってくる。
「少し?」
一体何なんだろう?
「いっいや! 何でもない! 少しトレーニングしたいから湯浴みは遅めにしてくれ。それと部屋には入らないようにな!」
「うん? わかったよ」
「何なら先にセシルが済ませておいてくれ」
「ふふっ、いくら私でも主人より先にお湯を使うわけないよ。待ってるから納得するまでやりなさい」
ガツガツと夕飯を食べるリードを眺めながら私は自分の分をゆっくり食べ進めた。
食事が終わった後、二人分の片付けをして自室に戻ると必修講義の予習を済ませておく。
五年次になったので必修講義は週に二つだけ。戦術応用学と経済学のみ。経済学は私の場合前世の短大で履修していたし、その時ほど高度なものではないのであまり勉強する必要はないけど戦術応用学は難しく、法律や戦略論まで入ってくるのでしっかり予習と前年までに履修した内容の復習が必要になる。
こんなの必要になるのは貴族家に仕える筆頭の家臣くらいだろうけど、必修なので仕方ない。
選択出来る講義も私にとってはあまり必要のないものが大半なので今年も空き時間はかなり多くなりそうだ。
なので去年と同じで研究室通いがメインになるかな。
リードも領主になるための講義は多いものの、去年のうちにかなり講義を取ってもらったので今年は訓練に費やす時間を多く取れるはず。
明日も朝一の講義が終わったらババンゴーア様と私とで訓練の予定が入っているので、しごき過ぎて吐かないように昼食は軽めにしておいてあげよう。
予習も一段落したところで時間を確認すると既に七の鐘が鳴ろうとしている。
「あれ? リードはまだお風呂入らないのかな?」
私は自室の勉強机から立ち上がると居間を通ってリードの部屋の前に行く。
コンコンコン
「リード? まだ湯浴みしないの?」
私がノックすると中でバタンバタンと騒がしい音がした。
…私が気付かない内に何かトラブルが?
「リード?! 何かあったの?!」
「いっいいや! 何もない! 気にするな!」
リードからの返事はあった。
しかしかなり慌てている様子。これは本格的にヤバいのかもしれない。
中には入らないように言われていたけど主人がトラブルを抱えているなら駆けつけないわけにはいかない。
私は中に入ろうとドアノブに手を掛けた。
ガチャガチャッ
しかしドアには鍵が掛かっていて開けることが出来ない。
普段は鍵なんか掛けないのに…これってひょっとして従者がすぐに入れないように時間稼ぎをしてる?
一刻の猶予もないと見た。
「リード! ドア開けるよ!」
「あっ、開けなくていい! 本当に何でもない!」
私はリードの従者なんだから困った時にはちゃんと声を掛けてって言っておいたのに…全く。
私はリードの言い分を聞かずにドアノブの鍵を破壊するためにもう一度手を伸ばした。
ガチャ
「な、なんなんだ…。なんでもないと言っただろう」
出てきたリードは上半身に薄いシャツだけを着て、下半身も動きやすいパンツを穿いていた。
筋トレするようなことを言っていたし確かに間違いはない。
部屋の中には汗を拭いたと思われるタオルが無造作に床に投げ捨てられており、かなり励んだようだ。
「あぁ…ゴメン。なかなか湯浴みの支度を言われなかったし、随分焦ってたみたいだから何かあったんじゃないかと」
「なっ?! …ぼ、僕は別に焦ってなんかいない」
「……あぁ…。ゴメンね、そうだね。でももう遅いからそろそろお湯の用意をしておくね」
顔を真っ赤にして出てきたリードは確かにかなりトレーニングをしたのだろう。
シャツも汗だくでしっとりしていたしね。でもパンツは前と後ろが逆だったよ。
彼も年頃なんだし、そういうことくらいするよね。私だって今日はかなり励んだんだしね。
すぐ気が付かなくてごめんね。
よくよく匂いを嗅いでみると部屋からは汗とは別の、少し生臭いようなものも感じられる。
ユーニャを助けた時のことを思い出してしまうけど、その時の不快感をリードにぶつけてはいけない。
彼だって貴族家当主になるからにはちゃんと世継ぎを作らないといけないから、下手なことを言って将来夫婦の行為に嫌悪感を感じてしまうようなトラウマを植え付けちゃいけないよね。
うん。これは男の子には普通の、当たり前のことなんだから。
「…なんでそんな優しそうな目で笑っている?」
「なんでもないよ。それじゃお湯の用意してくるから、準備が出来たら声掛けるね」
リードは少し動揺しながらも落ち着いた声で返事をすると部屋のドアを閉め、再び鍵を掛けた。
そんなことしなくてもちゃんと後片付けする間は部屋に入らないのに。
でもお風呂入ってる間にリードの寝室には脱臭を掛けておいた方がいいかもしれないね。
この世界にはティッシュなんて便利な物はないからきっとアレを拭ったのもタオルだろうから洗浄で綺麗にしておくのも忘れちゃ駄目かな?
主人の後片付けも従者の仕事…ではないけど、気遣いくらい出来なきゃいけないね。
そして翌朝、何やら気まずい顔で起きてきたリードは私の顔をしばらく見れないでいたのだった。
「どアホ」
「なんでよ」
「いたいけな少年の繊細な心をいたぶるんやないわ」
次の休み、私はアイカの店を訪れて先日起こったことを話していた。
「そもそもウチにそないな相談することが間違いやろ。その少年が知ったら悶絶するわ」
「むぅ…」
「『むぅ』やないわ! セシルがしっかり処理してやるんやのうてただ見なかったことにして後処理だけするとかどんな羞恥プレイや」
「しょ、処理って…私がそんなこと出来るわけないでしょ?!」
「だからどアホ言うたんや」
くそぅ…言い返せない。
私と違ってアイカは経験豊富みたいだし、こういうことではちっとも勝てる気がしないよ。
多分普段からクドーとそういうことしてるんだろうし…。
「今しょうもないこと考えたやろ? セシルの思っとるようなことはないからな」
「えぇ…」
「あんな…ウチとクドーはお互い近い立場やから一緒にいるやで? そんな恋愛脳でなんでもかんでも一括りにされたらたまらんわ」
さすが夜人族。こっち方面の話じゃ私が口を挟む隙もないや。
アイカはまだ朝だと言うのに蒸留酒をチビチビと飲みながらたまに私へと視線を突き刺してくる。
美男美女が一つ屋根の下にいるんだし、そういうこと思っても不思議はないと思うのにさ。そんなに睨まなくてもいいのにね?
「ほんで? 今日は何の用や?」
会話が途切れたのをいいことにアイカは話題を変えて、私の用事を尋ねてきた。
用が無くてもここに来たことはあるはずだけど。
「あのお嬢さんの特訓なら今日は休みのはずやろ」
「今日はユーニャのことじゃないよ。クドーに頼んでた新しい武器のこと聞きに来たの」
「あー…アレかぁ」
アイカは私から目線を逸らしてお店の壁を見つめた。
そっち見ても何もないからちゃんとこっちを見なさい。
「アイカ?」
「ク、クドーならまだ寝てんで? ゆ、夕方には起きてくるんとちゃう?」
「…何したの…」
「や、今日は何も用事なかったしウチもたまにはな」
「…さっき言ってたこと覚えてる?」
「さて、なんやったかなぁ」
このっ…。
なるほど、さっきのは壁を見てたわけじゃなくてクドーの部屋の方を見てたわけか。
夜人族のアイカがやりすぎることはないだろうけど張り切ってしまったのならいかに高レベルのクドーと言えども今日一日は動けなくなってしまっても仕方ない。
事後の一服ならぬ、一杯をやってたから朝からお酒に手を出してたわけか。明るいウチから飲むなんて珍しいとは思ってたけど、そういうことね。
というか、やっぱり爛れた関係になってるんじゃない!
「ま、まぁそない怖い顔せんでも…」
「…別に急いでるわけじゃないからいいけどね」
以前にクドーから貰った武器はまだまだ使えるから、今すぐ新しい武器が必要になるわけじゃない。
単純にエイガンと勝負するまでに出来ることをしておきたかっただけだし。
「仕方ないかぁ」
「悪いなぁ」
「本当だよもう…」
いきなり予定が狂っちゃったなぁ。どうしようか。
しばらく腕を組んで考えていたけど、ふと思いついたのでその場でアイカに背を向けた。
「お? 何するんか決めたん?」
「うん、ちょっと冒険者ギルドに行ってくるよ」
「最近行かんようにしてたんちゃうん?」
「だから、久々に顔を出そうと思ったんだよ。じゃあね」
「ほなな」
背中越しにアイカに手を振ると、彼女もまた椅子に座ったままケラケラと笑いながら手を振っていた。
元はと言えばアイカのせいなんだけどねっ。
でもまぁ…憎めないんだよねぇ。
何とも複雑な思いをしながらも私はアイカの店を後にした。
今日もありがとうございました。




