第221話 秘密の部屋
ちょっとした日常…みたいなもの。
ユアちゃんに有用なスキルを探して貰っている間のこと。
あれから月に一回くらいのペースで彼女の元へ訪れては進捗を確認していた。
いくつかの有用なスキルやタレントを教えてもらってはいたけれど、なかなか私が取得出来ずにしばらくの時間が経過していたそんなある日。
「セシル。スキルやタレントじゃないけど、なんか変なの見つけた」
「変なの?」
「うん。ミューズスライムっていうんだけど、すごく弱くて懐きやすいんだけど何も溶かさないんだって」
スライムと言えば、近寄った物を取り込んで体内でどんどん消化していく魔物。
某有名RPGの可愛いイメージが強いけど、本当はかなり厄介でランクの低い冒険者なんかは近寄ることすら憚られるような魔物だ。
確かカイトがまだEランクだった頃に湿原で遭遇して武器を取り込まれて半泣きになっていた時、どこかで拾った鉄の剣をあげたことがあったっけ。
後日お礼だって言ってご飯を奢ってくれることになったけど、自分が食べ過ぎてお金が足りなくなって私からお金を借りるという恥の上塗りをしたことも懐かしい思い出だ。
しかしそのスライムが何も溶かさないというのはどういうことだろう?
しかもそんな弱くて懐きやすいと言われてもペットにでもすればいいのかな?
私の懐疑的な表情からその意図を読んだユアちゃんは話を続けてくれる。
「なんでも魔力さえあげておけばすぐに懐いてくれるスライムみたい。自分の身体の中が空間的に拡張されてるみたいで自分の体積以上に物を取り込めるって」
「ふぅん…なんだか便利な倉庫みたいなものなんだね。でも魔法の鞄があればそこまで便利とは思えないけど…」
普通の魔法の鞄は私のものみたいに経過時間遅延なんかついてないけど。
「セシルの魔法の鞄と同じかそれ以上みたいだよ。五十年前のパンが普通に食べられたって書いてある」
「よく食べようと思ったねそんなパン!」
「あと、ほぼ無色透明だから中に入れたものが丸見えだって」
「へぇ…それじゃ中に何が入ってるかすぐにわか…る…」
うん?
中に入れた物が丸見えで、経年劣化しなくて、体積以上に入れられて、魔力さえあげれば良くて、何も溶かさない…?
「気付いた?」
「うん。それって…コレクターにはすごく貴重なんじゃ?!」
「魔力も並みの魔法使い一人分あげておけば一カ月は補充しなくていいみたい」
並みの魔法使い一人分って、私のMPからすれば誤差みたいなものだね。
名前も的を射ているよね。ミューズといえばギリシア神話の芸術を司る女神だし、博物館の英訳であるミュージアムの語源だって何かで聞いたことがある。
かなり興味が出てきたよ、そのスライム!
「で、そのミューズスライムってどこにいるのかわかる? 近くならなんとか捕まえたいんだけど」
「そう思って見つけておいたよ。セシルが欲しいなら今すぐ百層のボス前に出してあげる」
「ホントにっ?! ユアちゃん大好き!」
「う、うわぁぁぁっ?! セッセシル、落ち着いて! す、すぐ出すから、ちょっと離れてってば!」
ソファーに座っていたけど衝動的にユアちゃんに抱きついて頬ずりをすると彼女はさすがにちょっと引き気味だった。
「ゴメンゴメン。ちょっと興奮しちゃって」
「は、はふぅ…。と、友だちだもんね。ちょっと過剰なスキンシップだってあるよね、うん…」
何やら呟いているけど、今私の興味はミューズスライムにしかない。
ユアちゃんが目の前の何もない空間を操作する。
ダンジョンマスターにしか使えない、見えないタブレットのようなものを操作しているのだと思うけど、便利で良いよね。
そして彼女が小さく頷くと私は早速立ち上がった。
「じゃあ早速行ってくるね!」
「うん。また今度感想教えてね」
「勿論! またねユアちゃん」
ソファーから立ち上がり私に手を振る彼女へ挨拶すると転移の指輪で百層の入り口まで向かうのだった。
なるほど、これか。
ボス部屋に続く迷宮金の壁と天井、アダマンタイトで出来た床の通路。その途中にそれはいた。
無色透明で大きさはバスケットボールくらいだろうか。周囲の景色に完全に溶け込んでいるので、いることがわかっていて更にこんな通路だからこそ見つけられたけど、ここが森や岩山だったら見つけられないかもしれない。
魔物には変わりないので確かに魔力も持っているけどほんの僅かでしかない。
「さて…魔力を餌にするってどうやったらいいんだろ?」
そういえばそこのところをユアちゃんから聞くのを忘れてた。
魔道具を扱うみたいに魔力を流してあげたらいいかな。
どうせわからないんだしユアちゃんに聞きに行くのも手間だもんね、やってみよう。
私はミューズスライムに近付いて両手を差し出すと、おずおずといった様子であちらからも近寄ってきた。
そのまま両手をミューズスライムのひんやりとした身体に当てると小さな魔道具を起動出来るくらいの魔力を流してみた。
今の私のMPからすれば誤差以下の魔力だったけど、ミューズスライムは喜んでくれたようでその身体をプルプルと震えさせた。
「ふふっ、なんか思ったより可愛いね。もっといる?」
こちらの話していることがわかるとは思えないけど、それでも問い掛けてみるとミューズスライムはまたもやプルプルと震え出した。
「…まさか、ね。じゃあしばらく魔力を流していくからもういらないって思ったらまたプルプルしてね」
ミューズスライムに話し掛けると今度は大きく身体を上に伸ばしてポヨンと跳ねた。
これは了承の合図だとおもっていいのかな。
よくわからないし、とりあえずこのまま魔力を流していくことにした。
最初はゆっくり流していたけど、まだまだ余裕がありそうだったので普通に魔法を使うのと同じくらいの勢いで魔力を込めていく。
どのくらいそうしていたかわからないけど、だいたいステータスで表示されているMPの下一桁が三くらい減ったところでようやくミューズスライムがプルプルと震え出したので魔力を流すのを止めた。
私のステータス上のMPは多すぎるせいで数字四桁にMと記載されている。つまり三百万ものMPを吸収したことになる。
一般的な魔法使いのMPは一万から三万と言われているので実に百人以上分。何も知らない人がうっかり魔力を流したらあっという間に魔渇卒倒してしまうに違いないね。
まぁ私にとっては誤差程度だし、既に魔力闊達のおかげでMPは全快している。
そしてミューズスライムは手を放した私のすぐ近くで嬉しそうにプルプル震えている。
「君、私と一緒に来てくれる?」
なんとか私のコレクション保護のために一緒に来てほしいけど、何よりなんか可愛くて情が移ってしまったのかもしれない。
ミューズスライムは大きく伸びてポヨンと跳ねた。
どうやらこれは肯定を表しているみたいで、何度も同じことをしているところを見ると喜んでくれていると思いたい。
「ありがと。じゃあ『君』とか『ミューズスライム』っていつまでも呼ぶのも味気ないし、名前付けようか」
するとプルプルと震え出したので、多分これは喜んでいる…と思う。
さて、なんて名前にしようか。
スライムだからスラリ…ってダメダメ。それは付けちゃいけない名前だ。僕は悪いスライムじゃないよって言いそうだよね。プルプルしてるからプルちゃんっていうのもなんか単純だしなぁ。
博物館…ミュージアム……あ。
「ムーセイオン…ムース。うん、ムース! 今から君の名前はムースだよ!」
名前を決めた瞬間、僅かに頭がクラっとした。
この感覚は一気にMPを失った時のものよね?
---ユニークスキル「捕獲」を獲得しました---
うん?
これってひょっとして…魔物を仲間にしたから、なのかな?
確か冒険者ギルドにも魔物を捕獲、調教して戦わせるって職業の人が多少はいる。そういう人達はテイマーって呼ばれてて一部の冒険者達からは非難の対象になってると聞いたことがある。
まぁ町の中に魔物を入れてるんだし、そう思いたくなる気持ちはわかるけど。
で名前を付けたせいか目の前のムースがちょっと…いやだいぶ変わってしまった。
というかどうしよう…この大きさ。
さっきまでバスケットボール大だったのに、今や村にあった家と同じくらいのサイズになってしまっている。
さすがにこれじゃ町まで連れていくのは無理かなぁ。
私がそう考えてるとムースはその思いを汲んでくれたのかしゅるしゅると縮んでいき、最終的にはソフトボール大まで小さくなった。
「ありがとムース。これで町の外に行けるよ。じゃあ早速行こう!」
私はムースを抱えると誰かに見つからないようにそっと服の中に入れた。
あっ…こらちょっと動くなってば。
「や、そこは……んん…。はぅっ!」
まずい、これ以上悪戯される前にさっさとダンジョンから出よう…。
ダンジョンを出た私はすぐに町に戻り、アイカの店からそこまで離れていない西通りの奥にある一軒家に来た。
実はここ、私が買った家だ。と言っても住むためじゃない。いい加減私のコレクションが腰ベルトの魔法の鞄内を圧迫し始めてきていたので去年こっそり購入した。
ちなみに空間魔法で認識阻害掛けているのでよほど魔法に長けた人じゃないと見破ることは出来ないと思う。
それだけでなく私の新奇魔法で結界を貼ってあるし鍵も私自ら製作した魔道具なのでセキュリティは完璧だよ!
そして内部は遮音結界を施しているので私が中でナニをしようと決して気付かれることはない。おかげでここにいる時は捗って仕方ないほどだよ!
もう一度言う。ナニをしても決して気付かれない!
認識阻害を解除することなく家の敷地を潜ると魔道具の鍵を解除して家の中に入る。
ここには私が今まで散々集めてきた宝石や魔石が大量に置かれている。
こっそり時間を見つけては棚を作って母岩付き原石から、普通の原石、加工したルースなどをそれぞれ分けて飾ってある。
原石やルースは水晶から文字通りのクリスタルガラスを作って小さな枠を組んだ物を用意したので、とても見やすく整理されていてこれを眺めているだけで昂ってくるし一日ずっと見ていられる自信がある。いや自信しかない。
そしてその棚で囲まれたベッドは貴族にも納品しているような家具店で購入した最高級品を金額を惜しまずに購入してどの方向を向いても宝石が見えるようになっている。
最高、寧ろ最強の隠れ家を作ったんだよ!
「さぁ…ムースの出番だよ!」
服の中からムースを取り出すと私は早速母岩付きではない原石を渡して取り込ませた。
…確かに溶ける様子はない。
私もムースの中に手を入れてみたけど、この子は私の手を溶かすことなくただ優しく包み込んでくれるだけだった。感触はひんやりしていて粘り気や水気の無いジェルの中に手を入れたような感じ。
念のためしばらく待って様子を見ていたけど、原石の様子は変わらないことがわかったので他にもどんどん投入していく。棚に飾ってあるものだけでなく腰ベルトに収納されたままになっているものや母岩付きも投入すると流石に量が多すぎたのかムースのサイズはベッドを除くほとんどの体積を占めることとなった。
ルースだけはコレクションケースに入れておきたいので投入はしない。折角なので腰ベルトに入れていつでも鑑賞出来るようにしておこうかな?
そして棚も全て撤去し終わる頃には壁だけでなく天井も床もムースに囲まれたベッドだけが置かれた状態に。
「…これは…想像以上かもしれない…」
例えるなら和菓子の水菓子や、レジンアクセサリーのよう。無色透明な空間の中に宝石がポンと浮いてるように見える。
「ムース。これ中に入れたものって動かせる?」
私が問いかけるとムースは中に入れた宝石をゆっくりを動かし始めた。しかもご丁寧に見やすいように宝石一つ一つを回しながらだ。
この子は私のしてほしいことを完全に把握している気がするんだけど捕獲ってそんな便利なスキルじゃないはずよね?
まぁいいか。
私はベッドに腰かけて、ムースが見せる宝石の川をゆっくりと眺めることにした。
このあと滅茶苦茶○○○○した、かも?
今日もありがとうございました。




