第219話 新装備は拘束具?
ユーニャを救出してから一カ月が経過した。
休みの度にユーニャの様子を確認していたけど精神的にも肉体的にも問題はないみたいだ。
まぁ力の加減がなかなか難しいみたいでよく物を壊すようになったことが悩みだと言っていた。
ちなみに私が鉱物操作や地魔法で作った簡易なブレスレットとアンクレットになんとか「過重操作」という付与をすることが出来たので、最近はようやくそれも減ってきたと聞いた。
ただ何も出来ずに殴る蹴るの暴行を受けたという記憶にすり替えられているせいか、たまに街中で喧嘩を見かけると怯えたようになってしまうのが気になっていた。
そのことを一度ユーニャを連れた上でアイカにも相談したんだけど。
「そんなん、今のあの子なら実力でどうとでもなるやろ? いっぺん外に連れ出して魔物と戦わせてみるとか、人間同士の模擬戦でもやらせてみたらええんやないの?」
とかなり投げやりな様子。
まぁ私も考えていたことだからその通りにしてみるつもりなんだけどさ。
で、当然その時にクドーにも会わせてある。
防具かアクセサリーの注文をしていたので実際クドーにユーニャを見てもらったのだ。
「ふむ…。レベルのせいでかなり肉体は頑丈になっている。あとは攻撃を補助出来るような武具があれば盗賊やそこらの騎士程度問題にもなるまい」
と言って私からいくつかの素材を受け取って工房に籠もってしまった。
それが今から一週間前のこと。
今日はそのクドーが作った武具を取りにユーニャと一緒にアイカの店を訪れたところだ。
「待たせたな」
クドーが店の奥から出てくると同時にいつものテーブルの下に一抱えもある木箱をドンと置き椅子に座った。
音から察するにかなりの重量がありそうだ。
「それがクドーの作ったユーニャの防具?」
「防具…でもあるが、武器でもあるな」
クドーの言うことに首を傾げていると「見た方が早い」と言われ、早速その木箱を開けた。
「おぉ…これって、ガントレット?」
「それとグリーブだな」
箱から出てきたのは真っ黒なガントレットとグリーブ。
手と足に身に着ける防具だけど、ゴテゴテした動きを阻害するようなものではなく掌や足の裏なんかは金属のメッシュで出来ている。また施された彫刻は祈りを捧げるような少女が描かれており、美術品としての価値も高いのではないだろうか。
そしてこの黒い金属。
「これって…アダマンタイトよね?」
「あぁ。魔力の伝導率は悪いが非常に硬く重い金属だな」
「これに魔石を付けてもちゃんと効果って出るの?」
「当たり前だ。それぞれの武具に魔石を取り付けられるようにしてある。よほど相性の悪い付与でなければ問題なく効果は出る。試してみればいい」
そう言われて私はユーニャと頷き合うと、彼女に渡しておいたブレスレットから魔石を取り外してガントレットに取り付けた。
それをそのままユーニャに渡すと彼女も自分の右手にガントレットを着ける。
ちなみにアダマンタイトだからそれだけでもかなりの重量がある。あぁ見えて成人男性と同じくらいの重量と見ていいはずなのに、ユーニャはまるで手袋を着けるみたいに軽々と扱っている。
私でさえちょっと重く感じたのに。クドーは自身の武具自在ってスキルのおかげで重さを感じないらしい。
「じゃあ魔石を起動するよ」
あの魔石は効果のオンオフが出来るようにしてある。ほとんど魔道具と同じようなもので付与するものさえ決まればその技術自体は難しくない。
魔道具研究室に入ってて本当に良かったと思うよ。
ユーニャが自分の魔力で魔石の過重操作を起動するとガントレットを装備した右手がいきなりガクンと下がった。
「ユーニャ?!」
「だっ大丈夫! …びっくりした…いきなりものすごく重くなったから」
過重操作の付与は重さを加算するわけではなく、その魔石が装着されているものの重量を乗算する。その段階は二から十倍で、どうやらユーニャはいきなり十倍にしてしまったようだ。
いや…待って。十倍ってことは今あのガントレットは成人男性十人分くらいの重さがあるってこと、よね?
それを普通に動かしているってことはユーニャの腕力は魔人化してる私と同じかそれ以上ってことになるんじゃない?
「…それで、どうなの?」
「うん、これならかなり動きが抑えられるからかなり楽になると思うよ!」
動きが制限されるってことはそれだけユーニャにかかる重量が信じられないものに…。それが両手足、つまり多分乗用車二台分くらいの重さを常に持ってることになるはず。
暴力のユニークスキルをちゃんとコントロール出来るようになるまではグリーブに理力魔法の障壁を付与しないと普通の建物くらいじゃ床をぶち抜いてしまう恐れがある。
幸い、それぞれの武具には魔石をいくつか装着出来るようにしてくれているみたいなので早速今から取り掛かろう。
けどこれって装備品というよりも拘束具なんじゃないか、という疑問は口に出さず飲み込んだ。
そんなこと言ったらアイカから前世の一世を風靡したアニメのセリフが山のように出てくるのはわかっているしね。
魔石への付与が終わりそれらを全て防具に取り付けてあげるとユーニャは喜んで体の動きを確認している。
軽々と動いているけどあれが何かに当たったら巨大なハンマーで殴られたのと同じくらいの破壊力を生んでしまうのでクドーがしっかり目を光らせている。
精密で莫大な魔力を使っての付与をしたためぐったりしているとアイカがお茶を入れてくれて私の前に置いた。
「セシルも大変やな」
「そんなことないよ。私がやりたくてやってることだからね」
「さよか。…んで、あの子も旅に同行させるん?」
卒業後のことをアイカは言ってるのだと思う。
心配しているような顔ではなく、ただ興味本位で聞いてきているみたいだ。
「ユーニャは連れていくつもりはないよ。あの子は自分のお店を持つって夢があるんだし、それに向けて頑張ってほしいよ」
「さよか。ならえぇんや」
さすがに私達三人と一緒に旅に出るのはユーニャではきついと思うしね。
「でも少ししたら一緒にユアちゃんのダンジョンに行こうかなって。その時は一緒に来てくれない?」
「…えぇけど、ウチらのことどうするん?」
「ステータスまでは見せないけど、ちゃんと話すしかないかなって。それに今じゃユーニャもこっち側に片足突っ込んでるようなものでしょ?」
アイカの入れてくれた紅茶を一口飲んで笑うと、彼女も一緒になって笑ってくれた。
「間違いないな」
その日はひとまずユーニャの武具の受け取りだけを済ませて私達はそれぞれの寮へと戻ることにした。
最近は休みの度にユーニャのことを気にしているので、そろそろ従者としての仕事もしないとリードのイライラが爆発しそうだからね。
寮に戻るとリードはソファーに座って書類に目を通していた。
多分報告されてきた情報を整理しているのだと思う。
最近はよくこういう姿を見かける。
「セシル、戻ったか」
「…うん。なんとかユーニャの方も目処が立ったからね」
「それは良かったな。ふむ…タイミングは良かったと言うべきか?」
「タイミング?」
リードは持っていた書類をバサリとテーブルに放り投げると両手を組んで何やら考え始めた。
なんのことを言ってるんだろ?
私は放り出された書類を手に取るとざっと文字の羅列に目を流した。
そこに書かれていたのは闇奴隷商人と貴族との癒着の報告。その後に続くとある貴族の名前と取引内容的の数々。
「これって…ゼッケルン公爵家の?」
「あぁ。現当主と長男の調査結果だ」
「…よくこんなの調べられたね」
「お前の成果だろう?」
聞けばこれは私が潰したゴランガの盗賊団が持っていた資料から発覚した事実とのこと。
いやまぁ実は知ってたんだけどね。
資料を発見した時に私も取引相手を確認していて、その中にゼッケルン公爵の名前もあった。
資料を見つけた時にはリードに報告しなきゃなと思っていたはずなのに、ユーニャの一件でバタバタしていてすっかり忘れていた。
「僕のところに報告が来たのがセシルからでないのは残念だが、ようやく弱みを見せてくれた」
リードの顔が黒い笑顔で塗り潰される。
あぁもう本当に親によく似てきたなぁ。
「けどその資料はギルドマスターが宰相に提出するって言ってたよ?」
「あぁ。当然このことは父様も存じているだろうし、公爵家の取り潰しさえ視野に入ることとなるだろう。だがここにあの次男の名前がない以上は当主と長男以外はせいぜいが国外追放処分程度だろう?」
「え…。それでいいんじゃないの? リードの目的は貴族会議で負けない組織を作ることでしょ」
国外追放になればちょっかいは出されないだろうし、公爵の一つが無くなればそれだけでリードの目標にはまた一歩近付くはず。
「いいわけあるか。キラビーノム卿は国外追放に出たとしてもエイガンがいる以上憂いを絶つことが出来ないだろう。奴ならいつか王国に戻り僕らを暗殺することも考えるだろうし、帝国にでも行かれたらそれこそ上り詰めて戦争でも仕掛けてくるかもしれん」
「つまり結局は去年話してた予定通り、どこかで決闘することになるの?」
「そうするつもりだ」
まぁそのくらいのことは別にいい。
けどそこまでする必要ってあるのかな?
馬鹿みたいにしつこい性格だから下手に野放しにすると厄介なことこの上ないのは間違いないのだろうけど…。
「その場でエイガンを殺すのが最善だが…セシル」
リードは私の意志を確認するようにこちらを見上げてきた。
私も聞いておきたいことがある。
「一つ、確認なんだけど」
「なんだ?」
「エイガン殿はゴランガの盗賊団と関わりはあったの?」
「…基本的に取引は当主か長男が行っていたようだが…エイガンが引き取りに行くことが多く、道中でかなり非道な行いや当主や長男が不要となった奴隷の処分も行っているらしい」
「そう」
ゴランガを殺しただけじゃ駄目だったんだ。
アレが生きてる限り、またリーアやユーニャみたいな酷い目に遭う女の子が出てくるんだ。
貴族院を卒業する前に、どうしてもやらなきゃいけないことが出来た。
あの時のユーニャの姿を思い出すだけで憎悪が溢れ出す。
「わかった。エイガン殿は私に任せて。だからキラビーノム卿はリードに任せるよ」
「…あ、あぁ」
私から溢れた憎しみが殺意スキルの発動を促してしまい、目の前にいるリードにさえ向けられる。
かなりコントロール出来るようになってきたけど、ふとした時にスイッチが入ってしまう。
その対象になってしまったリードには申し訳ないけど、明確な目標ができたことは嬉しい。
ゼッケルン公爵家はリードや領主様に任せる。
けど…エイガン。
絶対に許さないんだからっ。
今日もありがとうございました。




