第218話 後始末終わり!
領主様からは実質お咎め無しとなったので、私はリードが訓練しているであろう中庭へと向かっていた。
本来私はここに来るのはもう数日は後になるはずだったけど、領主様にだけ会って本来の主人であるリードに会わないわけにもいかない。
夏の終わり。幾分か柔らかくなってきた日差しを浴びながら中庭に行くとリードは一人で剣の素振りをしていた。
彼が一振りするたびにその切っ先から少し先で空気を裂く音がする。
ベオファウムに帰省中は実力の近いゼグディナスさんとの模擬戦を中心に訓練するように言っておいたけど、それが良い方向へ進んでいるようだ。
剣の型も崩れが減ってきているし無意識かもしれないけど魔闘術を使っての訓練をしている。これなら剣だけでなくMPを伸ばすことも出来るだろうし、なかなか効率の良い訓練方法だ。
…ただつい最近トンデモ強化されてしまったユーニャを見たせいか、どうも強くなるのが緩やかすぎるように感じてしまう。
多分これが普通なんだけどね。
わかってるんだけどね。
でもなぁ…。
「うん? セシル、何故ここにいる? 迎えに来るのは明後日のはずだろう?」
「あー、うん。ちょっとこの近くで依頼があったからついでに寄ってみたんだよ」
「ほう…このあたりで? セシルを駆り出さねばならんような依頼があるとは聞いていないがな」
「ベオファウムの南の森はオナイギュラ伯爵領にも繋がってるんだよ?」
「あぁ…なるほど。Sランク冒険者崩れを倒したのはセシルだったのか」
さすがに耳が早い。
実家に戻ったから少しは情報が遅れるかと思ったけどそんなことないみたいだ。
ついでに言うならリードが知ってるということは、当然領主様も知ってるということ。多分このことを踏まえてさっき「お願いを一つだけ聞いてくれ」なんて条件出してきたんだろうなぁ…。
でも実はユーニャの件で立ち寄ったとは知られてないようなので良しとしておこう。
「迎えにはまた明後日来るからそれまでちゃんと訓練しておくようにね」
「あぁ。今年こそ、セシルに一撃入れてやらねばな」
私に対して言ったわけではなく、独り言のように呟くとリードは素振りに戻っていった。
このまま見ていても仕方ないので私は模擬戦をお願いしておいたゼグディナスさんの所へ行くことにしてその場を立ち去った。
中庭から少し離れて騎士団の訓練場へと行くと、そこは完全に男の世界になっていた。
何故男の世界かと言うと、彼等は今休憩中だからだ。
つまり先日渡した新しい訓練メニューで鎧を着たまま走ったり筋トレしたりするように指示したため、今はそれらを完全に脱ぎ去っているわけで。
「どうだ俺のこの筋肉は!」
「馬鹿を言え。俺の筋肉こそが最高だ!」
「どいつもこいつも…みんな最高の筋肉だ!」
あっつ苦しいぃ…。
私も鍛えられた男性の筋肉はとても素敵だとは思うけど、それを見せびらかしたりするのはどうかと思うんだ。
ボディービルダーみたいにそれを生業にするならともかく、貴方達は騎士団。戦うことが本分でしょうに…。
「セシル嬢!」
「セッセシル嬢だっ! お、お前ら整列!」
私の姿を見た騎士団の面々は明らかに焦った顔、青褪めた顔をさせながら全力で走ってきて私の前に整列した。
ムキムキに盛り上がった筋肉の集団が全力疾走で私の前に迫ってくるこの絵面。
明らかに通報モノだと思うのだけど?
「別に整列とかしなくていいんですけど…。それよりゼグディナスさんはどちらに?」
「はっ! 団長は本日周回任務のためベオファウムから離れております!」
「…私貴方達の上司じゃないんで普通に話していいんだけど…。でも、そっか。ゼグディナスさんいないんなら仕方ないね」
私の用事は済んだ、と思った騎士団の面々は安堵の表情を隠しきれていないようだ。
どうせすぐに私が立ち去ると思ったんでしょ。ひどくない?
ちょっとくらいお仕置きしておこう。
いくら今の私がリードの従者をしていると言っても以前は騎士団に訓練させることも許可されていたし、今日久々にやったところでお咎めを受けることもない。
そうでなければ毎回ベオファウムに訪れた際に文官三人組のところで仕事したりアドバイスしたりなんかしないからね。
「…折角だから、今日は久しぶりに私自ら訓練つけてあげるね」
私から放たれた一言に騎士団の面々の表情が真っ青になるのにたいして時間は掛からなかった。
私を一体の強力な魔物に見立てた戦闘訓練で全員がボロボロになるのもそう多くの時間を要しなかったのも、言うまでもない。
王都の巡る大空の宿でユーニャ、アイカと一緒に夕飯を食べる頃には何とか帰ることが出来た。
アイカのことは既に宿に伝えてあるので堂々と滞在してるし好きなように飲み食いしているみたい。
ユーニャも既に身体の調子は戻ったようで聞くと今日はずっと勉強していたらしい。
時折ペンや食器を意図せずに壊してしまうようなので身に着けられるもので何かしらの制限がかかるアクセサリーをユーニャに渡しておこう。
そんな二人と一緒にやたら広いお風呂を堪能して、相変わらずとても広いベッドで川の字になって寝る。なんで私が真ん中なのかはわからないけど。
私自身もうとうとと微睡み出し、ユーニャが穏やかな寝息を立て始めた頃、隣のアイカから小声で話しかけられた。
「セシル、ウチ明日には帰るで」
「…ユーニャの治療って終わったの?」
「今日調子良さそうやったからな。これでその子は盗賊達にただ酷い暴力を受けただけて記憶になっとるはずや。乱暴まではされとらんてな」
これもアイカの持つ夜人族の能力の一つ。
吸血族とサキュバスの能力の両方を持っているからこそ出来ることらしい。
身体的な病気は薬で、精神的な病気は夜人族の能力で。アイカって…便利だよね。
「そっか。…けど他の子達の記憶は改竄してないのにユーニャが何か言われて思い出したりしないの?」
「ウチの力を舐めたらアカンよ。仮に周りから言われても、その子が『そんなことはなかった』て言うだけで周りの人を洗脳していくんや」
「…どんなチート洗脳よ…」
「そこまで強いもんやあらへん。ちょっとずつ勘違いやと思わされていくだけのもんやからな。まぁセシルの心配するようなことにはならんちゅうことだけ覚えとき」
アイカがここまで言うなら間違いないのだろう。
なら明日一日宿でゆっくりした後、ユーニャを国民学校の宿舎に送ってそのままの足でリードを迎えに行けばいいか。
明日からの予定を考えてる内に徐々に眠気が強くなってきて、気付いた時には朝になっていた。
そして隣で寝ていたはずのアイカもいつの間にはいなくなっており、テーブルの上には一枚のメモが置いてあったのですぐに目を走らせる。
そこには今回の仕事に対する報酬の要求だけが書かれていたが、どれもすぐに手に入るようなものではないので貴族院が始まるまでの数日間でなるべく外に採取に行かなければならなくなった。
でもアイカのおかげでユーニャは元気になったのだし、彼女の仕事に対する報酬ならばキチンと用意しなきゃね。
「おはようセシル。…あれ? アイカさんは?」
「おはようユーニャ。もう治療は終わったから帰るってさ」
「そっかぁ。いろんなこと知ってて勉強になったからもう少し話してみたかったんだけどなぁ」
「まぁまたその内会うこともあるだろうし、慌てなくてもいいんじゃない? それより朝食にしようよ」
ユーニャと朝の挨拶を交わしつつ、部屋に置かれているハンドベルを鳴らすと数分の間があってから部屋付きのメイドさんが朝食を持ってきてくれた。
ちゃんとアイカの分が抜かれているところを見ると、彼女は窓からじゃなくちゃんとチェックアウトしていったらしい。
勿論この部屋に滞在していたので支払いは全部私なわけだけど。
治療における必要経費ってことでしょうね! 別にいいけど!
ユーニャと二人で食事を済ませた後はリハビリを兼ねて彼女を部屋の中で動いてもらった。
昨日も軽い運動はしていたようなので歩行したり多少走ったりするくらいは何の問題も無く、これなら明日宿舎に戻る分には問題ないだろう。
「明日には国民学校の宿舎に送っていくね」
「…うん。またセシルと離れちゃうのは寂しいけど、ちゃんと勉強もしなきゃいけないからね」
私も貴族院にいられるのは後一年。
出来れば在学中に携帯電話の魔道具を完成させたい。そうすればユーニャの寂しさも少しは紛れると思うんだよね。
最近ようやく糸口が掴めてきたから頑張ろう。
離れたところにいる人と通話が出来るというだけでその利便性は計り知れない。
特にこの世界ではまだそんな技術は確立されていないのだしね。…戦争とか使われないようにあんまり大っぴらに使うことだけは避けなきゃいけないか。
そしてリハビリをして軽く汗を掻いたので二人でお風呂に入っている時のこと。
「ユーニャの髪は水色で綺麗だよねぇ」
「え? どうしたの突然?」
「んー…私の髪の色って割とよくある色じゃない? 珍しくていいなぁって」
前世の記憶があるので金髪自体も私にとっては珍しいものではあるけども、水色なんて染めないとあり得ない。
でもこの世界ではいろんな髪色の人がいて、ユーニャの水色やランドールの緑色もたまに見かける。
折角だからそんな変わった色になってみるのも良かったけどこればっかりは生まれ持った物だしね。
「そうは言うけど、セシルの金髪だっていつもキラキラして綺麗じゃない。私は大好きだよ」
「むー…。なんかユーニャばっかりどんどん綺麗になっていくみたいでさ。私なんていつまで経っても子どもみたいで」
そう言って自分の胸に両手を当てる。
確かに膨らみはあるけれど、ユーニャのように強く主張するようなものでもない。
…ただあれのせいで盗賊達に目をつけられちゃったから、手放しで羨ましいとは言えないけれど。
その後お互いに背中を流したり、湯船でゆっくり話していたりしたんだけど時折ユーニャの目が潤んだようになっていたのは見なかったことにした。
どうやら昨日はアイカがいて自粛していたのかもしれない。
いくらなんでも襲われることはないだろうけど変な気持ちになる前にさっさと上がってしまうことにした。
結局勉強したり魔法の訓練をしているうちに夕飯も済ませ、夜もあっさり眠ってしまったので何事もなかったけど国民学校の宿舎にユーニャを送っていった際に軽く泣かれてしまったので周囲の目線が痛かった。
本当にこの子はガチ百合さんなんだね…。
今日もありがとうございました。




