第217話 事後処理が一番面倒くさい
ユーニャを宿でしっかり休ませている間、私は放置していた様々な手続きに奔走していた。
本当ならユーニャが元気になるまでずっとそばに居てあげたかったんだけど。
「セシル、私のことを大事にしてくれるのは嬉しいけど他の人の迷惑になることはやっちゃ駄目。私はちゃんとここで休んでるからやらなきゃいけないことを済ませてきて」
って言われたら行かなきゃいけないよね。
それとユーニャのステータスは確認したけど、それ以外にも身体や精神の不調がないかをアイカに尋ねておいた。
「なぁんも問題あらへん。ちょっとばかり男性恐怖症になってもうてるけど、そこらの男じゃあの子をどうにかするんは無理やろ。あと、セシルの新奇魔法で回復させたせいで欠損まで治ってるで。何の欠損かて? おこちゃまなセシルには残っとるもんに決まってるやろ」
だそうで。
なんでアイカはことある毎に私を子ども扱いするのか本当にわからない。
とりあえず盗賊達にされたことはなかったことになってることはわかった。
男性恐怖症についてはユーニャが宿を出るまでにアイカが治療してくれるそうなので、これでカンファさんのところで修業が出来ないということはなくなりそう。
で、私は冒険者ギルドでギルドマスターとお話中なわけで。
「とりあえず、事情はわかった…。ユーニャさんが回復したのは僥倖、とでも言えばいいのかね」
「えっと…」
「盗賊団は壊滅。けれど生き残りはいないし、死体は全部埋める、挙げ句一人を優先したなどと…私は国民学校の校長になんと説明すればいいのかねぇ…」
「…依頼内容は行方不明になった生徒の救出だし、依頼は成功でしょ?」
「『依頼は』ね」
ギルドマスターは「依頼は」の部分をやたら強調していた。
そりゃまぁブチ切れて皆殺しにはしたし?
全員拷問にかけて埋めたし?
ユーニャは私の親友だから優先的に助けたのは事実だし?
盗賊団がどこかの闇奴隷商人と繋がりがあったかどうかは全くわからなくなったけど…あ。
「そういえばゴランガのアジトで手に入れた書類があったっけ」
腰ベルトから書類の束を取り出してギルドマスターに渡すと彼はパラパラとそれを捲って内容を確認し始めた。
あれの内容は私も見ているのでわかるけど、どこでどんな奴隷を手に入れたかを事細かに記してあった。
ゴランガはあんな奴だったけど意外にも几帳面だったらしい。
「なるほど…。確かにここに今回壊滅させた『血荒族』からの仕入れも記載されている」
血荒族とは今回私が皆殺しにした盗賊団の名前らしい。
大層な名前を付けてるけど、どいつもこいつも冒険者ランクCにも満たない雑魚ばかりだった。
「ま、これがあれば何とか説明はつく、か…。他にも見なかったことにしたい名前がいくつか…やれやれ」
彼の言う見なかったことにしたい名前とはこの国の貴族の名前だろう。
私も驚くような名前があったけど、恐らくゴランガ達が壊滅したことで証拠は全て隠蔽されていると思われる。
「これは宰相殿にお渡しすることにしよう。冒険者ギルドマスターと言っても、しがない準男爵でしかない私の手には余る」
レイアーノさんは準男爵の地位をお金で買ったため元々の貴族達からの受けが非常に悪い。それに貴族位としても最下位の準男爵とあれば高位貴族には手が出せないのも頷ける。
「じゃ、じゃあ私の用件はこれで…」
「セシル。私の愚痴を聞くのはそんなに嫌かい?」
「えっと……ちょっと嫌、かなぁ…」
私が正直に答えると彼は大きく溜め息をつき、手をヒラヒラとさせた。
さっさとどこかへ行ってしまえ、ということらしい。
私はそれを見て素早くソファーから立ち上がると「失礼しましたー」の声を残して執務室から立ち去った。
次に訪れたのはユーニャ以外のメンバーが運び込まれた部屋だ。
ここに残る四人がいるのだけど、目が覚めて精神的に安定しているのは誰もいない。特に女の子は酷いもので、未だに虚ろな目でどこかを見ているだけだ。
現在この部屋に男性の立ち入りは禁止されている。
男の子達も大人の男性が入ってくるだけで発狂しそうなほど怯えると聞いている。私は女なので普通に入っていいらしい。
「失礼します」
私が部屋に入るとベッドから起き上がっていた男の子二人の視線が同時に注がれた。
一人はたこ焼きの屋台をやった時に焼く係をしてくれた子だけど、もう一人は見たことのない子だった。
「あ、アンタは……確かユーニャの友だちの…」
「うん、久しぶり。セシルだよ」
軽く手を上げて彼のベッド脇に置かれていた椅子に座る。
なるべく警戒させないように努めて笑顔でいるよう心掛けていると、俯いていた男の子は意を決したように顔を上げた。
「ユーニャは…ユーニャはどうなったんだ?」
「ユーニャは…一番酷い状態だったから私の知り合いに治療してもらってるよ。明後日には宿舎に戻れると思う」
実際にはかなり回復しているので明日には帰っても大丈夫なんだけど、私が不安なのでもう一日一緒にいることにしている。
「…こいつらは目を覚ますかどうかもわかんないのに、ユーニャはいいよな…」
目の前の男の子は恨みがましい目を私に向けることなく、ただその言葉を呟いて拳を握りしめた。
私やアイカが力を貸せば回復する可能性はあるけど、残念ながら心の中に入る以上はいろんな意味で危険だし、私は彼女達の人生まで背負うことは出来ない。
だからユーニャと同じ治療をするつもりはない。
世の中は不平等だし、理不尽に溢れている。
理不尽には負けたくない。でも私は私の手の届く範囲にしかその手を伸ばすことが出来ないから、この子達の治療に手を貸すつもりはない。
その後、彼等に気休め程度でしかないけど大治癒を使い傷を治してあげると私は次の用事を済ませるためにその部屋を出ることにした。
後ろから憎しみを持った目で睨まれていることに気付きながらも無視して。
その後カンファさんのいるヴィンセント商会でユーニャの復帰について考慮してもらえるようにお願いをした。
カンファさんとしてもかなり気になっていたようなのでユーニャがしばらくしたら復帰出来ることを喜んでくれた。詳しく聞いてこないところはさすがだけど、ベルーゼさんは既に情報を手に入れていたようで珍しく私に気を使った言葉を掛けてくれた。
ヴィンセント商会を出た私は主人不在のアイカの店でクドーに相談することに。また何か作っていたみたいで相当寝不足の様子。
ひとまずユーニャに身につけさせるアクセサリーか防具を作ってもらうように依頼することに。
今度こそ居場所がすぐわかるようにするために魔石も躊躇なくダイヤモンドを選び限界まで魔力を注ぎ込んだものを用意してある。単純に位置登録だけなら百年以上は内包魔力が無くならないけど、他にもいろいろと付与したので念の為一年に一回は補充した方がいいかもしれない。
「とりあえずお前の友だちに会っていろいろ見てからだ。どうしても今すぐ必要じゃないんだろ?」
「早い方がいいけど、私もしばらくは王都にいるし多分大丈夫」
「なら身体がよくなったら今度二人でここに来い。その時に見てやる」
そう言うクドーだけど、さっき情報共有で私がユーニャの心の中で格闘戦をしたことは既に伝わっているので、彼の中には構想が練り上がりつつあると思う。
最後に訪れたのは言うまでもなく。
私は目の前の人に深く頭を下げていた。
土下座しているわけではないけど、気分的にはそんなものかもしれない。腰を直角に折り、ただ謝罪しているのみ。
「頭を上げろセシル」
「…はい」
執務室の椅子に座り手を組んだまま私の謝罪には何も言わなかった。
彼の後ろには二人の男性が立っている。
この屋敷で執事長をしているクラトスさん。そして政務を実質的に担っているナージュさん。
つまり椅子に座っているのは領主であるザイオルディ・クアバーデス侯爵である。
「セシル、君の手紙は今朝受け取ったばかりなのでリードルディ様にはまだ何も伝えていない。だからこれは私達が見なかったことにすれば済む」
ナージュさんは私が書いた手紙を懐から出すとヒラヒラさせながら、今にも破り捨てそうな雰囲気だ。
「ですが…」
「ナージュの言う通りですよ、セシル様。リードルディ様に何か危害があったわけでもありませぬ。よろしいですよね、旦那様?」
クラトスさんが領主様の方を向き返事を促す。
しかし領主様はニヤリと不敵に笑うとナージュさんから手紙を奪い取ってそれを開いた。
「セシル、ここに書いてあるな。『友人を助けるために主人の迎えに行けない可能性がある。契約不履行による損失が出た場合はいかなる処分も受ける』と」
「…はい」
ユーニャを助けたばかりで頭が上手く回っていなかったとはいえ、領主様相手に厄介な言質を与えてしまったと言わざるを得ない。
まぁ今更だけど。
これでリードと結婚しろ、なんて条件を出されたら従うしかない。すごくすごく嫌だけど。
「ふ…。安心しろ、何もリードルディと婚約しろと言うつもりはない。ただ私の『お願い』を一つ聞いてほしいだけだ」
領主様のお願いとか、それが一番怖いんだけどっ。
顔に出さないように試みたけど、どうやら苦笑いが浮かんでいたらしく、領主様はより一層悪い笑顔を浮かべた。
「私のことをよくわかってくれているようで嬉しいよ、セシル。さっきも言った通り、リードルディと婚約しろとは言わない。それと決してセシルにとって不利になるようなものを頼むこともない」
「はぁ…。となると、一体何を?」
「今はまだない。ただお前は私が『お願い』をしたときにただ首を縦に振ってくれさえすればいい」
むぅ。
これってすごく怖いね。
でも私に不利になるようなことはしないって言ってるんだし、大丈夫かな?
領主様は腹黒いし嘘をつくけど、こういう約束はちゃんと守ってくれる。貴族らしくないと言えばそうだけど、だからこそこの人は領民からも評判が良い。
「わかりました。その時はまた仰っていただければ」
「あぁ。それと何回も『お願い』するつもりはないから安心していい。私が『お願い』するのは一回だけだ。貴族と話す時はそういうところも気を付けるように」
…危ない。
そういうところもちゃんと確認しておかないといけないんだ?
私がギクリとした顔を浮かべていると領主様だけでなく後ろにいる二人も苦笑いを浮かべていた。
危なっかしい。
そう思われたに違いない。
今日もありがとうございました。




