第21話 魔法の鞄を魔法で?
異世界転生ものの定番といえばこれですよね。
7/30 題名追加
私とリードはしばらく普段やってる訓練の話をして盛り上がった。彼は普段家庭教師の先生がやってきて剣術を教わっているらしいが、その先生よりも私の方が強いと思ったようだ。
確かに私はそこらの剣士に後れを取るとは思えないけど、私の比較対象はランドールか自衛団のメンバーくらいのものなので、実は比べられたこと自体が初めての経験だったりする。
更に他の勉強にも家庭教師がついてるらしいのだが、そっちはあまり好きではないというか嫌いのようでほとんど逃げ回っているとのこと。
折角の学ぶ機会なのに勿体ないと思わない?私なら全部大歓迎なのにさ。
「リードはいいね。そうやって教えてくれる先生がいてさ」
「良くない。あんな勉強してもつまらないし強くなれないじゃないか。それよりも剣を一回でも多く振って強くなりたい」
ダメだ、この子完全に脳筋だ。
あぁ、いや。このくらいの歳の男の子ならこんなものかな?園の弟たちも勉強嫌いだったしね。でも私達は後ろ盾が何もない孤児みたいなものだったから、ちゃんと勉強して少しでも何かを身につけておかないといけなかった。そういうことをちゃんと説明することで弟たちも最終的にはちゃんと勉強したっけ。
ただリードは多分違うよね。
後ろ盾もあるからきっとなかなか勉強しない上に周りも甘やかしてるんじゃないかな?尤も、私には彼の背景がわからないので口出しするつもりはないけどね。
「僕は剣で誰もが認める男になりたいんだ。そのためにはセシルよりも強くならないとな」
なんだろ?ヒーローに憧れるようなものなのかな?何かしら決意のようなものを感じる。
彼の決意に水を差すのも悪いし、黙っておくことにする。
「で、それはそうと。約束、忘れてないよね?」
「約束?なんだそれは」
「私が勝ったら魔法の鞄くれるって賭けをしたでしょ?」
「…あ、いや。あれは…」
「まさか、剣だけで認められる男を目指す人が約束を破ったりなんかしないよねー」
「ぐ…だ、だがしかしあれは先日の僕の誕生日に父様からもらった大事なもので…」
あら。なんだ、そういう子どもらしいところもちゃんとあるんだね。それに家族からの贈り物なら無理に私が取り上げるわけにはいかないよね。
「わかった。じゃああれは無かったことにしてあげるよ」
「ほ、本当かっ?助かる。実は父様にかなり無理を言って手に入れてもらった物だからいきなり無くしてしまっては大変な不興を買ってしまうのだ」
だったら最初から賭けなんてしなきゃいいのに!
とは言え、私もただそのまま引き下がったんじゃ面白くない。何よりやっぱりあの鞄は気になる。
「その代わり、あの鞄見せてっていうか出したり入れたりしてみたい」
「あぁ、そのくらいなら何でもない。ほら」
リードは私の前に魔法の鞄を出して渡してくれた。それを受け取るとまずは外側からじっくりと観察してみる。特に変わった感じはしない。どこにでもありそうな皮の鞄にしか見えない。この世界の感覚で言えば ちょっと作りが丁寧でそこそこ良い物のように見えるがそれだけだ。
今度は中を開けて覗いてみるが、鞄の蓋を開けて覗き込んでも何も見えない。底すら見えない。
「これ、何も見えないね」
「魔法の鞄だからな。しかし奥は相当広くて僕の剣と食料、いらなかったけど勉強道具や傷薬なんかも入ってるぞ」
「えぇ…そんなに?」
「取り出したいものを思い浮かべて鞄に手を入れるとそれを掴むことが出来て引っ張り出せるのだ」
おぉ…それこそ正しく未来のお腹につけるポケットのようだね。感心する私の目の前でリードは鞄に手を入れると中から緑色の液体が入った瓶を取り出した。私でも作れる下級のポーションだ。少し振って中の液体を揺らした後、再度鞄に手首まで入れて収納すると彼の手には何も握られていなかった。
「へぇー!すごいね!私もやってみたい!」
「あぁ、それならセシルのレイピアを入れてみたらどうだ?取り出すときも自分のものなら思い浮かべ易いだろう」
なかなか気が利くね。私の中でリードの評価を少し上方修正する必要があるかな。
私は胸の前で留めていたベルトを外してレイピアを鞘ごと背中から下ろすとリードの鞄へ先端から入れていく。実際の鞄の深さはレイピアの刀身よりかなり短いはずなのに突き抜けることもなく飲み込んでいき、私は手首まで入れてしまうと手を放して引き抜いた。
私の手には何も握られていない。レイピアが鞄を突き抜けていることもない。
「おぉ」と感嘆の声を上げると同時に今度は取り出そうと再び手を入れると、取り出したいもの、先程入れたばかりの私のレイピアを思い浮かべる。そのまま握ると私の手に何かが掴まされた感じがしてゆっくりと手を引き抜くとそこには私のレイピアが握られていた。
---ユニークスキル「空間魔法」を獲得しました---
え?何ですと!?
手に入れたスキルの名前からすると…この魔法の鞄の能力を使える魔法だったりするのかな…?ありがたいけど相変わらずの人外具合だね!?
「どうだ?素晴らしいだろう?」
手に入れたスキルに呆気に取られている様をリードは「驚いて声も出ない」と都合よく解釈してくれたようだったので、私は彼にそのまま鞄を返した。
「もういいのか?なら、僕はそろそろ帰るとしよう」
「あ、うん。お疲れ様でした」
「うん?疲れなら今休んでしっかり抜いたぞ?」
「あ、うん。気にしないで。挨拶みたいなものだから」
「変な奴だな。まぁいい。ではな」
練習用の剣を鞄にしまうとリードは立ち上がり、軽く手を上げてみせたまま振り返らずに丘から下りていった。
リードが去った後の丘で私は一人で先程手に入れたばかりのスキルの確認をしていた。
空間魔法:魔力で空間を操作する魔法。任意の空間を開くことができる。一度閉じると開けた本人にしか開くことができない。展開場所、空間容量、空間内時間経過はスキルレベルに依存する。
うん、やっぱりこれ魔法の鞄と同じみたいだね。それにしても最後の「空間内時間経過」ってなんだろう?とりあえず、折角久しぶりに手に入ったスキルだし成長させないと勿体ないよね。
慣れていない魔法のため魔力を通常の魔法よりも多めに使って右手の前に集中すると握り拳二つ分程度の黒い穴が開いた。スキルの説明では私しか開閉できないそうだったので、今度は閉じるように念じると渦を巻くように黒い穴が閉じていった。
これでなんとなく感覚は掴めたのでもう少し大きめの穴を開けるとリードの鞄でやったようにレイピアの出し入れも試してみると問題無く出来た。
続いて気になったことを試してみる。
再び魔力を集中して10メテル先に穴を開けてことを試みるとこれも問題無かった。
続いて再度レイピアを入れて50メテルほど移動、その上でもう一度穴を開けてレイピアを取り出そうとしてみる。これも問題無い。
その後いくつか試してみてわかったことがある。
まずどこで穴を開けて入れても取り出すのはどこでもできること。これなら遠くで大きな獲物を捕ったときでも持ち運びが楽になる。武器を数種類入れておいてそのとき必要なものを取り出すってこともできるね。
それと穴より大きなものでも私が触ってさえいれば入れられること。なんかいろんな物理法則が無視されてるけど魔法があるこの世界なら今更だよね。穴自体は開けた後でも動かすことができたので私が動かせないようなものでも入れられるだろうけどあまりに巨大なものが入るかどうかは解らない。
もう一つ。生きてるものは入れられない。これは前世で読んだ異世界転生物の本にもあった内容だったので予想はできたけどちょっと残念。植物も土ごと入れようとしても入らなかったけど、土を取り除けば入れることができた。
また中に入れても少しずつ時間の経過があったけど、これは今後のスキルレベル次第でどうなるか、かな?ちなみに水や土は入ったものの、火や風は入らなかった。形や物として私が認識できるものでないと入れられないのかもしれない。
ざっとこんなところかな。かなり便利な魔法なのでもっと検証してしっかりスキルレベルを上げていきたいね。
これならもしそのうち晶洞を見つけた時でも持ち帰ることができるし、容量次第ではかなりの数の宝石や原石を入れることもできる。
想像するだけで夢が膨らむ。
膨らみすぎて顔がニヤけていた。家に帰ってこの顔しないようにかなり注意しないと…。
なんだかんだと空間魔法の検証をしてるうちにいい時間になったのでさっき生き物が入るかどうか検証に使った魚を持って家に帰ることにした。
家に入るとイルーナとディックが二人してベッドで寝ていたので起こさないように静かにしながら台所で夕飯の支度を始めた。
夕飯はイルーナの焼いたパンと野菜のスープ、それと川魚の香草焼きだ。簡単に作れるからランドールが帰ってくるまでには間に合うだろう。
私は食料庫からいくつかの野菜を取ってきてざっと水で洗うとテーブルの上に転がした。使うのはじゃがいも、人参、玉葱、それとしばらく前に私が捕ってきた獣肉の薫製。野菜の名前は前世と一緒だったおかげで馴染むのも早かったが、実際使ってみると味や歯応えなんかはちょっとずつ違っていて面白い。
ささっと野菜の皮むきをして適当な大きさに切るとそのまま鍋に入れて火をかける。ガスコンロではないもののこの魔法式の調理台のおかげで前世と同じように料理ができるのはありがたい。
更に薫製肉を細かく切ってフライパンで軽く炒めた後、野菜と同じ鍋に入れて更に煮込んでいく。
その間に魚の鱗を剥がして腸を出し身に包丁で切り込みを入れると、取り出した腸の代わりに庭で育てているハーブを詰め込む。このあたりの川魚は泥臭い感じがしないので塩焼きでも十分食べられるものの少しでもおいしく仕上げたい。
下拵えの終わった魚を目の粗い網に置いて火にかけると、しばらくしてハーブのいい香りが部屋中に広がって食欲をそそってくる。摘まみ食いなんかしないよ?
魚を火にかけたら鍋のアクを取り出しつつ片面が焼き上がったのを確認するとひっくり返して更に待つ。
出来上がった料理を木のプレートに置き、アスパラを適度な長さに切って火で炙って付け合わせとして添える。スープも出来上がってきたので塩とハーブを使って味を整えた後、火を止めて蓋をしておいた。
その後4個ほど煮込んだ野菜を取り出して小さく刻んで別の器に入れると完成だ。
ちなみに最後のはディック用のご飯。離乳食くらい作れないとお姉ちゃんやってられませんよ。
今日もありがとうございました。




