第190話 リッチ討伐戦
六人の臨時パーティを組んで町を出てから鐘一つ分は進んだ。
そろそろリッチが現れる地域に差し掛かるということで、私達は一旦休憩を取ることにした。
特に魔術師の青年はあまり体力がないようでちょっと疲れの色が濃い。
怪我をしているわけではないので回復魔法を使ってもあまり効果が無く、彼の体力が回復するまで待つことになった。
私としてはさっさと片付けて東の洞窟調査に向かいたいところだけど、無理をさせて彼に何かあってもいけない。
仕方なく私は火を熾して腰ベルトから食材を取り出すと簡単なスープを作った。
豚肉のベーコンと根野菜を使い、塩とハーブ、山椒を使ったものだ。これなら体も温まるし、お腹にも貯まるのでこれから始まる戦闘を思えばちょうどいいだろう。
「はい、どうぞ」
スープの入った器を魔術師の青年に渡すと他のメンバーにも順番に渡していく。
「おおっ! まさか野営で温かい飯が食えるとは思わなかったぜ!」
大剣使いの彼が嬉しそうに口笛を吹きつつ受け取ると早速スプーンを手にスープを飲み始めた。
「おぉ…うめぇなぁ…。それに温まる…」
「あぁ、いい味だ。これだけでもお嬢さんを連れてきた甲斐がある」
別に私は貴方達に連れてきてもらってると思ってないんだけど。しかし全員が私の作ったスープを美味しそうに食べているので余計なことは言わないことにした。
意外だったのはおばさんまでも「お嬢さんはいい女房になるよ」とか言って褒めてくれたことだ。
相変わらず予定は全くないけれど。
スープ自体はあまりたくさん作っていないため一人一杯ずつ入れたら無くなってしまったけど、男性陣は物足りなかったのか自前で持ってきていた携帯食を食べていた。
私はさっきのスープで満足したので鍋を洗浄で綺麗にしてから腰ベルトに収納すると、一人立ち上がり周囲の警戒を始めた。
今のところ私の探知に引っかかるような反応はない。
アンデッドは普通の魔物とは違って生命としての反応はないものの、魔力も感知出来るので今見つからないということは近くにはいないのだと思う。
「どうしたセシル」
「カイト。んー、今のところ近くにはリッチどころか魔物の反応もないなぁって」
「…斥候のスキルまであるのかお前は…」
問題はリッチやゴーストなど実体を消すことが出来る魔物の場合は突然現れることもあるので油断は出来ない。
リッチが目撃された場所はすぐ近くなのであれば、今いる場所まで来れないことはないのだ。
「俺が聞いた話じゃ頻繁にリッチが現れるのはもう少し先ってことだぞ?」
「でもこの場所でも目撃されたことがあるんでしょ? だったら注意していてしすぎるってことはないよ」
カイトはしばらく会わない内に冒険者ランクをCまで上げたのにあまりにも暢気なことを言ってるので私は不安になる。
こんなんでリリアを守れるのかな?
変な油断をして命を落としてしまっては何にもならないっていうのに。
しかし私が警戒している間にリッチが現れることもなく、魔術師の青年の体力も回復したところで私達は全員で進むことになった。
夜の暗闇の中を頼りない灯りを二つ揺らしながら歩いていく。
遠くに見える山の稜線がうっすらと浮かび上がっているが、それ以外はほとんど何も見えないほどの暗闇。よりにもよって今日は新月のため灯りと言えば天上に瞬く星とカイトと片手剣が持っているランプだけだ。
そして夏から秋になろうという時期のせいか、夜は冷えるようになってきた。それもまた体力を失わせる要因の一つだと思う。
そのせいかあれからあまり進んでないけど、夜の移動は思った以上に精神的な負担が大きいのか魔術師の青年が再び休憩を申し出た。
「おい、そんな何度も休憩してたらリッチが出てくるところに着く頃には夜が明けちまう」
「す、すみません。で、ですが、さっきからなんだか妙に力が抜けるような感じがしてて」
「ちっ…。かと言ってリッチ相手に魔術師無しってのはあり得ないからな」
「坊やは私が面倒見てあげるわ。こっちで少し休みましょう」
おばさんは魔術師の青年を連れて街道から少し離れたところへ向かっていった。
その様子を他の男性三人は変な顔をして見送っていた。多分、おばさんの本当の年齢を知ってるからかもしれないね。
何するのは知らないけど、逆に体力使わせることにならなきゃいいけど。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
私が街道の先に目を向けた瞬間、おばさんと魔術師の青年が向かっていった先から悲鳴が聞こえてきた。
瞬間、男性三人はそれを聞いてそちらへと走っていったが私は探知を使って周囲の状況を確認した。
「この魔力…。いつの間にかリッチから攻撃されてたってこと?」
さっき青年が感じていた力が抜ける感じがするというのは、恐らくリッチやゴーストが使うエナジードレインと呼ばれる生命力を吸い取る攻撃のようだ。
しかもごく弱く使われていたため、魔術師以外のメンバーは気付かなかったらしい。彼のように体力のない人間だからこそやたら疲れやすいと感じてしまったに違いない。
そして私の探知スキルに反応が出ている。
おばさんと青年の向かった先からリッチと思われる反応が一つ。そこにある人間の反応は既に一つしかない。
加えて街道沿いに七つ。カイト達が走り出した先に一つ。
全部で九体。私の周りに一番多く現れたのは正しい判断と言えばいいのか、それとも自殺志願か。
あ、リッチは既に死んでるんだっけ?
「セシル!」
「私はいいから! そっちは?!」
「一体くらいなら三人で何とかしてやる! あのおばちゃんと坊主は駄目だ!」
くそ…。
やっぱり余計な犠牲なんか出さないためにも私一人で来るんだった!
周りから怨念を凝縮したようなリッチの唸り声が聞こえてくる。
低レベルの冒険者だとこの声を聞いただけで恐慌状態になるらしいけど、私にはそんなの効かない。
「聖浄化!」
右手から放たれた金色の光はリッチの一体を捕らえ、そのまま浄化の光で消滅させた。
リッチすら消滅させられるこの魔法もこれだけの威力を出そうとするなら指向性を持たせないといけないので倒せるのは一体ずつだ。
「獄炎弾」
「岩弾砲」
「昏乱香」
一体のリッチを倒したと思ったら残り六体のリッチが立て続けに魔法を撃ってきた。
一つ一つは大したことはないけど、当たればちょっとくらいは痛い。
回避も出来るけど私の後ろではカイト達が戦っているので、あちらに被害を出しかねない。
「剣魔法 光縛剣!」
私の放った光の小剣がリッチ達と放たれた魔法に降り注ぎ、その姿を地面に縫い付けた。リッチ達が放った魔法はかき消されてその残滓のみが漂っている。
聖魔法も組み合わせたこの魔法なら実体を消すことの出来るリッチと言えども避けることは出来ない。
その隙に後ろのカイト達を見てみると、大剣使いと片手剣使いがお互いに剣でぶつかり合っていた。
「ちょっと、何してんの?!」
「セシル! こいつらリッチに混乱させられてるんだ!」
そういえばさっき闇魔法使ってきてたっけ。
闇魔法は状態異常を引き起こす魔法が多いので、こういう乱戦になった時ほど効力を発揮する。
けど、やられる方の身からしたら最悪以外の何物でもない。
「カイト、もう少し耐えられる?」
「…なんとか、やってみるさ」
ちょっとやばいかな。
というかカイトも混乱しててくれたら遠慮なく暴れられるんだけどなっ!
腰ベルトから短剣を引き抜いて魔闘術で魔力を纏わせると地面に縛られているリッチの群れに駆けていく。さすがにカイトの前で戦帝化のオマケである魔人化を使うわけにもいかないけど、私の今のレベルなら何もしなくても十分すぎるほどの身体能力がある。
「金閃迅!」
理力魔法でいくつかの壁をリッチ達の周りに作り出した後、自分の足元に最後の一つを設置した。
私の踏み込みで地面を粉砕しないための配慮だけど、それによって爆発的な加速でリッチ達に斬りかかった。
ザザザザザザザザザッ
次の瞬間には駆け抜けた私が地面を滑る音だけが響き、リッチ達は私の金色の斬撃をそれぞれ数発以上受けて文字通り八つ裂きにされた後、影も残さずに消滅した。
聖魔法が付与された武器じゃなくてもこれだけ魔力を込めた攻撃でバラバラにしてしまえばいかにリッチでも復活は出来ない。
だから私一人で来るべきだったんだ。
そしてカイト達の様子を見ると、今度は大剣使いがカイトに襲い掛かっておりリッチはカイトの後ろから火魔法を使って攻撃していた。
「カイトオオォォォォッ!!」
私が叫ぶも、カイトはこちらを見ることも出来ないでいた。
アイカ達と違って距離を取ることすら出来ていない。
「聖浄化!」
走って大剣使いを蹴り飛ばすことも一瞬頭をよぎったけど、そんなことをしたら彼の身体が地面に落としたスイカのようになってしまうので新奇魔法を放った。
大剣使いに向かって。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
そして金色の浄化の光に包まれた大剣使いは悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。
その様子を見てカイトが僅かに硬直してしまい、リッチが更に魔法を唱えようとしているところに私が走りこむのが間に合った。
「もう一発! 聖浄化!」
そして今度こそリッチに浄化の光を放つと掠れた怨嗟の声を上げながらリッチは消滅していった。
「た、助かったよセシル」
カイトが礼を言ってくるが、私は外れたところに向かったおばさん達の方へ探知を使い様子を探る。
しかし既に二人の反応はなく、リッチのものも消えてなくなっていた。
「…とりあえずリッチは消えたみたい」
「あ、あぁ…けど、この人達は…」
カイトは自分の足元で倒れている大剣使いに視線を向けたが、私は一つ息を吐くと彼に手を翳して回復魔法を使う。
「小治癒」
正直怪我は大したことないけど、気付けくらいにはなる。
回復魔法の柔らかい光を浴びせてしばらくすると大剣使いの男性はうめき声を上げて目を開いた。
「う…、俺は…」
「大丈夫? ほら、水飲める?」
「あ、あぁ…」
私は彼に水筒を渡すと近くに倒れているもう一人、片手剣使いの男性の元へ近寄った。
しゃがみこんで彼の状態を確認しているとカイトもすぐ後ろにやってきた。
「そ、そいつはどうなんだ?」
「……残念だけど…」
大剣使いの攻撃を受けきれずに剣は折れ、その刃が肩から食い込み心臓まで達してしまっているようだった。彼の周りには夥しいほどの血が比喩ではなく海となって広がっていた。
せめてこんな薄着じゃなくてまともな鎧を着ていたら多少は違ったかもしれないのに。
「う、嘘だろ? だってこの人だってBランクの冒険者だって…」
「私だってBランクだよ。でも、この人は運が悪かったとしか」
「運って…そんな言葉で!」
カイトが私の胸倉を掴んで自分に引き寄せてきた。
彼の言葉を正面から受け止める気にもなれず私は顔を背けて聞き流した。
鎧があれば、状態異常攻撃に対する準備をしっかりしていれば、最初からもっと警戒していれば、そもそも青年が休憩を申し出た時におかしいと思うべきだったとか反省すべき点はたくさんあるけど、終わってしまった以上はどうにもならない。
この世界に来て命を散らす瞬間を何回も見てきたせいか、私の感覚もだいぶおかしくなってきていた。
人が死んだところを見ても、動揺しないで済むくらいには。
これが最初というわけでもないし、最初だってそこまで動揺しなかった。
でも、さっきまで普通に話してた人がいきなり何も話せない死体に変わってしまうのは…私だってちょっとだけ辛い。
今日もありがとうございました。




