第188話 オナイギュラ伯爵領へ
ちょうど200話分目の投稿です。
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深夜まで依頼書を読み込んでいたせいか翌朝目が覚めたのは二の鐘と三の鐘の間くらいだった。
巡る大空の宿で部屋を取っていた私は慌てて飛び起きて着替えると急いでホールへと向かう。
「あ、やっと起きてきた。おはよう、セシル」
ホールのテーブルで朝食を食べている人達の中に私の待ち合わせの相手も一人飲み物だけをテーブルに置いたまま待っていてくれたようだ。
「おはようユーニャ。ごめんね、昨日ちょっとやることがあって」
「セシルは相変わらず忙しそうね」
「休みの間にしか出来ないことをやっておこうと思ってね。あ、すみませーん。ここ朝食セット二つ」
ユーニャと同じテーブルについた私は店員さんに声を掛けて朝ご飯を頼む。多分ユーニャも食べてないだろうと思ってのことだ。
「あ、私はいいよ?」
「駄目。ユーニャ朝ご飯食べてないでしょ?明日から野外訓練なんだから体力つけなきゃ」
「そうなんだけど……ううん、ありがとうセシル。ご馳走になるね」
私を説得しようにも今回はユーニャに非があるので彼女も諦めて私に奢られることにしたようだ。
国民学校の宿舎では長期休暇中は夕飯しか用意されない。
ヴィンセント商会で見習いをやるようになってからはお店でお昼は出るので食べられるようになったものの、それまでは長期休暇の間は一日一食の生活をしていたらしい。
それはよくないよね。
今日は私が昼から冒険者ギルドの依頼に向かうのでそれまで時間はユーニャと過ごすことにしていた。
「野外訓練の準備は大丈夫?」
「うん。もう宿舎の鞄に必要な物は入れたから」
「そんなに魔物が出るような場所じゃないけど十分気をつけてね」
「もう…セシル、その話何回も聞かされたよ。『道を外れるな』『一人で行動するな』『危なかったらすぐ逃げる』『絶対無理はしない』だっけ」
「…だって心配なんだもん。私がついていけたら絶対大丈夫なのに…」
ユーニャ達国民学校の五年生が向かうのは王都から南東に行った先に小さな山だ。
そこでキャンプをして、グループごとに決められた道を辿ってゴールするという訓練。
地図しかない状況でも安全に配慮して行動するための訓練とのこと。
それだけ聞くと貴族院二年次の野外演習はかなりハードル高いね。その分貴族に求められる能力の高さが違うということだろう。
この野外訓練が行われるに当たって見習いの仕事を一時的に休みにしてくれているカンファさんは偉いと思う。他のところでは前日どころか当日の早朝まで仕事をさせるところが多いらしい。
「あと一年で卒業だもん。ちゃんと無事に帰ってくるってば。それよりセシルはどこに行くの?」
「私はこれからオナイギュラ伯爵領にね。多分ユーニャが野外訓練から帰ってくるのと同じ日になるんじゃないかな」
「えっと…普通はオナイギュラ伯爵領に行くだけで半月くらいかかるんだけどね?」
「え? 森を通っていけば一日くらいだよ?」
首を傾げながら答えるけどユーニャの顔には「駄目だこりゃ」と書いてある。
なんなんだろう?
「お待たせしました」
二人で話してる内に料理が運ばれてきた。
ベーコンのステーキとサラダ、スープとパンがついたセットなんだけど、朝からステーキはなかなか重い。
とは言え、この体はまだ十四歳なのでそんな重い朝食でもフォークが止まることなく口に運ばれていく。
「ふわ…。ここのパン真っ白で柔らかいね」
「うん。いい小麦粉使ってるし、作り方もいいんだろうね」
私やアイカが作った前世と同じパンと違って天然酵母までは使われていないので柔らかいと言っても、軽いわけじゃない。
どちらかというともっちりとしたパンだけど、お腹の満足度は非常に高い。
私達は朝ののんびりした時間を過ごした後、ユーニャは宿舎へ、私は町の外へ向けて歩き出した。
町から出た私はオナイギュラ伯爵領を目指すためにとりあえず南下していく。
まずはまたベオファウムに行き、そこから更に南下して森を抜ければオナイギュラ伯爵領に入ることが出来る。普通に森を抜けるとなると一般的な冒険者で約六日かかると言われるほど広大な森、もはや樹海と言っていいだろう。それもあくまで直線距離を進んだ場合なので、本来なら危険地帯を避けると十日程度は覚悟しなければならない。
私はそこまで馬鹿正直に森を進んだりしないけど。
ちなみに森の薄いところを通る場合はかなり迂回しなければならない為、オナイギュラ伯爵領都インベンスまで辿り着くのは王都から十二日程の旅程になるそうだ。私みたいに森を直進したとしても三日はかかるけど、その四倍ともなればその広大さがわかる。
季節は秋、午後のよく晴れた日なのでのんびり一人旅と洒落込みたいところだけどさっきユーニャと話した通り、彼女の野外訓練が終わるまでには王都に戻りたいのでとっとと進むことにしよう。
街道から外れて林の中に入ると探知スキルを使い周囲に人がいないことを確認して上空へ飛び上がる。
私自身がいくつもの魔法を使って編み出した飛行方法ではなく、アドロノトス先生から渡された魔法書に書いてあったちゃんとした飛行魔法だ。ちなみにこれは分類としては空間魔法に入る。通常の空間に作用して自分に掛かる重力を操作することで可能になる、ということを非常に回りくどく魔法書に書いてあった。おかげで私の新奇魔法の一つ、重力魔法も空間魔法を合わせることでより強力になってくれた。思わぬ副産物に歓喜したものだ。
「さてと…ベオファウムはあれだから、向こうに見えるのが森か」
確認する意味も含めて独り言を呟きながら向かおうとする方向を見据える。
さすがに広大な森なので大分高いところにいるのに森の反対側までは見えない。
けど、あまり関係ない。
どうせすぐに見えてくるだろうしね。
早速飛行魔法で自分の身体を飛ばしていけば、徐々に加速していく。以前使っていた飛行方法と違い、空間魔法を使っているせいか風圧を気にする必要もない。
いくつもの魔法を使わなくて済むようになったけれど、消費MPは逆に増えていたりする。それこそかつての魔人化と同じくらいの勢いでMPが減っていくので今の私のMPといえど、半日も飛んでいられない。
そこまで時間を掛けるつもりもないけどね。
あくまでも森を直進して一日というのは地上を進んだ場合なのだから。
気付けばベオファウムの上空に辿り着いており、領主館の庭先を見ればリードとゼグディナスさんと思わしき二人が向かい合っているようだ。折角の訓練を邪魔してもいけないし、その様子に満足そうに頷くと更に南下して森を目指して進んでいった。
しかしずっと緑だけが続く景色を退屈に思ったところで、ふと思い立って飛行しつつも探知スキルを使ってみた。
「うわ…これ全部魔物? すごい数だね」
探知スキルに引っ掛かった魔物の数はそれこそ数えきれないほどいる。
以前から魔物の多い森ではあったけど、これはその時以上かもしれない。去年帰省した時にベオファウムの冒険者ギルドに森の調査と魔物の討伐を依頼しておいたけどこれでも減ってる方なのだろうか?
私が探知出来る範囲は最大で半径一万メテルなので、飛行している私の現在の高さから見える範囲ほぼ全てと言える。その中に強弱含め数千から万単位の魔物がいる。
かなり森の深いところまで来ているせいか魔物以外の反応は特に無さそうだが、以前のようにオリハルコンの塊を見つけたりすることもあるのでそれだけは慎重に見ていくことにした。
再び飛行し始め、時々森に下りつつ鐘一つ分位経った頃、ようやく反対側の森の切れ目が視界に入ってきた。
そこで一度滞空すると、腰ベルトから地図を取り出して現在地を確認する。
「んーっと…ベオファウムから真っすぐ南に向かってきたんだから…ここから東に行った先の洞窟の調査か西に行って国境近くでリッチの討伐か。どっちを先にしようか?」
出てくるのがリッチとわかっているなら対処も楽だし、リッチの出現は夜がほとんどのはずだから今からならちょうどいいかもしれない。
そう思った私は身体を西に向けて飛ばしていく。目指すのはオナイギュラ伯爵領都インベンスより更に西にある国境すぐ近くの町、交易都市ワンバ。
そして、飛行し続けているうちに段々日が傾いてきて私がワンバに着いた時にはもう日没間近となっていた。
「次!」
町の近くで下に下り、歩いてワンバの門に辿り着くと門番が町に入る人をチェックしているようだ。
さすがに大きな都市だし、管理は厳重なようだ。
「次!」
既に日没近いこともあってか人も少なくなっており、思ったより早く人が流れてあっという間に私の番になる。
「こんばんは。はい、ギルドカードです」
「Bランク冒険者? その若さで?」
「はい、何か?」
「ひょっとしてリッチ討伐の依頼を受けてきたのか?」
「えっと…そういうのって話しちゃいけないんじゃないですか?」
「どうせあちこちで知られていることだからな。ちょうど今日も門の近くで臨時パーティを募ってる連中がいたはずだ。そこでいろいろ聞いてみるといい」
「わかりました。ご親切にありがとうございます」
「こっちとしても早いとこリッチにいなくなってほしいからな。よし、では通れ」
冒険者ギルドに顔を出して情報を集めようと思ったけど、思わぬところで良いことが聞けた。
けど、門番があんな風に冒険者に言ってくるってことはよほど深刻な事態になっているのかもしれない。
リッチは戦士や騎士の剣などでは倒せない。物理攻撃がほとんど効かないせいだ。アンデッドである以上、その身体は既に死んでいるためよほどバラバラにでもしない限り復活してしまう。
聖なる力を施した武器や教会の神官による攻撃、もしくは高火力の火魔法で焼き尽くす必要がある。上位光魔法程度では効果はないし、聖魔法を使える人なんてほとんどいないからね。
門を抜けた私は門番に聞いた臨時パーティを募っているという冒険者を探して周囲を見渡すと、もう日没になるというのに今から外に出ようとしている数人の冒険者パーティを見つけた。多分彼らのことだろう。
「すみません」
私は彼らの近くへ行くと、一番背が高い男性へと声を掛けた。
「なんだ? リッチ討伐パーティに入り……あれ? もしかして…セシルか?」
「え? ……カイト?」
その背の高い男性はずっと前にベオファウムで活動していた時に知り合ったカイトだった。
今日もありがとうございました。




