第2話 無かったことにしてって言ったけど!
書き溜めがあるうちは更新タイミングを密にしていこうと思います。
7/25 題名追加
私は思い出した。
全てと言ったら言いすぎだけど、ここにいる理由とかさっきまでのこととか。
目の前には10歳ほどの見た目の男の子。とてもにこやかな表情でこちらを何も言わずに見ている。
あ、いや。「男の子」なんて言い方自体がそもそも無礼極まりないんだけど…とりあえず置いておこう。
周囲はうっすらピンクや黄色がところどころ混じった雲のようなスモークに覆われた空間。
自分の姿は京子としての生を終えたときから変わっていないが、刺された傷や血は無くなっている。
私は自然と跪き、混乱がおさまってきた私に目の前の彼が話しかけてきた。
「さて、そろそろ落ち着いてきたよね?」
「えぇ、まぁ」
つい先ほどまで私は和美ちゃんと一緒に暴漢に襲われており、その際に命を落としたはずだった。
もちろんそれは間違いではない。私は死んだのだ。今回は。
「それじゃあ僕が誰で、ここがどこだか思い出せているかな?」
「貴方様は創生神の一柱であらせられるインヴィー様です。ここはインヴィー様の支配空間で、この中で各世界の管理者を育成しております。また現在は管理者選定試験中です」
「はい、問題ないね。自分のことはどこまで思い出せてるかな?」
目の前の男の子改めインヴィー様に問われ、自分の過去と今までの実績を振り返る。
「私は管理者選定試験受験資格を得て、今回まで100回転生を繰り返し転生ポイントを貯めてきました。今回の転生で転生ポイントが規定値に達し、先ほどまでいた世界の管理者権限が私に譲渡されるものだった。と記憶しております」
跪き、頭を垂れたまま思い出したことをそのままインヴィー様に申し上げると嬉しそうに頷いてるのがわかる。私も内心ガッツポーズを取っている。
そう、長かった転生ポイントを貯める期間も終わった。
これでようやく私の転生の旅も終わる。そして私は管理者に…いわゆる神になる。
なる、はずだった。
「でもさ、キミさっき死ぬ直前に言ったこと覚えてる?」
「は…?先の転生時のですか?」
「うん。キミはこう言ったよ?『私の今まで得てきたもの全部、これから得るはずだったもの全部使っていいから、あの子を守ってほしい』って」
……………い、言った。
言いました。ま、まさか…?
「た、確かに言った覚えは御座います。ま、まさか…?」
「はい、そのまさかだよーーーー!キミが今まで稼いできた転生ポイント全部!キミが得るはずだったあの世界の管理者譲渡の資格!管理者選定試験受験資格!全部貰っちゃった!」
明るい笑顔を私に向けてくるインヴィー様。だがいつもは感じる包み込むような優しさを今は感じない。
いつも明るく朗らかで優しくそれでいて絶対的な力を持つ。私にとって憧れの神の一柱。私自身もインヴィー様には目をかけていただいていたという自負もある。
そんなインヴィー様からこのような突き放された気配を感じることになるなんて…。
「ま、さか…冗談、ですよね?」
「神様が嘘吐くと思う?」
笑顔が一瞬で消え、真顔でおっしゃられた。
どうやら事実らしい。心にとても重い絶望という名の重りが落ちてくる。
先の転生でも深い絶望の中で死んだが、インヴィー様に突き放される絶望に比べたら飼い犬に吠えられた程度のものだ。
しかし、私の青ざめた表情を見てインヴィー様は再び微笑む。
「でも、さすがにキミくらい優秀な管理者の資格持ちをいきなり無資格にしちゃうのは僕としても気が引けるんだ」
「と、おっしゃいますと?」
勤めて冷静に問いかけるとインヴィー様は手を突出し指を3本立てた。
「キミの選択肢は3つ。一つは多分無理だけど、もう一度あの世界へ転生して何度か繰り返す内に得られるかもしれない管理者としての資格を得て、再度転生ポイントを貯めていく方法。キミ以外にもあの世界の管理者になりたがってる資格者は多いし、トップからいきなりビリに落ちたんだから巻き返しはよほどのことがない限り無理。というか、あと3回くらいで転生ポイントが規定値になりそうなのもいるから資格を得た頃には試験が終わってる可能性が高い」
それってもう無理ゲーじゃないでしょうか…。
がっくりと肩を落とした私をスルーしてインヴィー様の言葉は更に続く。
「もう一つは何もかも諦めて忘れて、ただの一個の魂として転生の輪に入る。もしくは魂としての死を迎える」
魂としての死とは完全に無に帰することになる絶対的な死のことだ。通常死んでも次の転生に入るまでは今までの転生で得た知識や思い出は保持されており、再び転生するまでは忘れることはない。転生すると同時に忘れ、死すると同時に思い出すことになるわけだ。
無論この選択肢も無しだ。ただの生を迎え、輪廻の輪に組み込まれるだけの魂になるなど私には考えられない。完全なる死?そんなものは論外だ。
「最後はこの世界じゃないところで転生して管理者になること。今回の試験では人気が集中しちゃって、僕の支配する世界でも管理者を当てられそうにないところがいくつかあるんだよ。そのうちの一つに転生して転生ポイントを貯めてきてもらう方法」
「…ですが、私は管理者資格を失っておりますが…」
「そこは僕の権限で付与してあげる。僕としてはその世界には一刻も早く管理者を据えたいと思ってるんだ」
な、るほど…これが一番良いだろう、というかこれしかない。
管理者資格も喪失しないで済むし、何よりインヴィー様に頼られてのことだ。覚えもよくなり管理者となった暁には再びお目に掛けていただけることになりそうだ。
結論は出ているものの、悩む素振りをしているとインヴィー様から再び声がかかる。
「何よりさっきまでの世界よりも転生ポイントが貯まりやすいから、ひょっとしたら一回の転生でポイントが貯まっちゃうかもね」
「やります」
即答した。
だって、転生1回だよ?
私さっきまでいた世界では100回も転生したんだよ?
しかも人間だけじゃなくて虫になったり動物になったり。地球以外のどこかの星で発生したばかりの微生物なんてこともあった。そうなると次の転生まで尾を引くほど魂を消耗することがある。
「あはは。気持ちいいくらいの返事だね。それとさっきも言ったけど早く管理者を据えたいのは本当だから特別に少しだけここの記憶を保持できるようにしておくし、何かしら一つ特別な能力を渡しておくよ」
「記憶と特別な能力、ですか?」
「そう。もちろん管理者になるための試験中、なんて記憶は残せない。でも転生ポイントを稼ぐ行動をしなきゃいけない意識とかを保持させておくのさ。あとはさっきの世界の知識はかなり役に立つと思うからその記憶は丸々残してあげようと思う。能力は餞別みたいなものだと思ってよ」
「餞別?インヴィー様からのですか?」
「うーん。実はさ。さっき貰った転生ポイントなんだけど、実際管理者になれるだけのポイントは貯まってたんだ。それを一回の奇跡に全部使っちゃうなんてさすがにできないというか、とっても余ってるの」
「じゃあその余ったの下さい」
「それはダメ」
元は私が貯めたポイントなのに…。
間違ってケチとか言わないよ?思ってもないよ?
転生には本来厳密なルールがある。それを曲げて、管理者を早く据えるための特別措置を取ってくださるんだから文句などあろうはずもない。
さて。とは言ったもののどうしようかな。特別な能力。先の転生中に読んだ本には転生するとチートというトンデモ能力が神から与えられたりする、という物語があったっけ。
一番よく見かけたのは鑑定能力だったと思う。確かに便利かもしれないけど、攻略本片手にゲームしてる感じじゃない?それって作り手に対して失礼じゃないかと思うのよ。それに、次の世界もインヴィー様が作られた世界なんだから最初から何でも知ってたら楽しんだり発見する楽しみがなくなってしまう。
先の転生した京子としてならたくさんの宝石に囲まれた生活を送りたいなどという俗っぽいことを言うかもしれないが、ここに戻ってきた私にとってはあの星の宝石などただの綺麗な石でしかない。
後は、すごい魔力だったり魔法だったり?最初から勇者だったり魔王だったり?
うーん?欲しいと思えないし、何より勇者も魔王も必要ない世界かもしれない。魔法自体発展してないとかね。
私がそんなことで悩んでるのは理由がある。次に転生する世界の事前情報は教えてもらえない。転生者には教えてはいけないルールだ。そんなことしたらそこには転生したくないと言い出すものばかりになって魂のバランスが狂ってしまう。
誰でも平等に輪廻の輪の中で巡ってくる世界に魂を向かわせることになる。
話を戻そう。欲しい能力。それは臨機応変。そのときそのとき最善の行動が取れるような能力。つまり、どんな世界であれ、万能と呼べるものが一番良い。とは言え万能な能力なんてものは無く、結局行った先の世界でその世界に適応するように育たなきゃならな……い?
「…インヴィー様、それでは『経験値1000倍』でお願いします」
「うん?なにそれ?」
「は。最も早く、且つインヴィー様のお役に立てるような管理者となるために必要な能力です。一回しかやっていないことでも1000回行ったことと同じだけの経験を積むための能力です」
「ふーん?そんなのが早く管理者になるために必要だっていうの?僕にはちょっと理解できないんだけど?」
「私には確信がございます。それがあれば通常の人の身で転生したとしても限りなく早く転生ポイントを貯めることができると」
「そっか。それじゃそれにするよ。キミを信じるからね?」
「ははっ!勿体なきお言葉に御座います!必ずインヴィー様のお役に立ってご覧に入れます!」
「うん、期待半分、面白いもの見たさ半分ってところだよ。それじゃすぐにでも転生してもらうけどいいよね?」
「…最後に、その…」
インヴィー様が直々に転生を行うための力を使おうとしたところでストップをかけた。
どうしても気になっていることがある。こんなことは転生を続けてきて初めてかもしれない。
「和美ちゃんは無事だったのでしょうか…?」
懇願するようにインヴィー様を見上げると先の転生が終わってから今までで一番の笑顔を見せてくださった。
「大丈夫、キミの力を使ったんだから。無事だしケガも治しておいたよ。キミのことは記憶から消して辻褄を合わせるために別の記憶にしておいた」
「ありがとうございます。これで心置きなく次の生でも使命を続けられます」
「うん、じゃあいくよ。
『新たなる管理者となるために今こそ旅立て。大いなる実りを持て。より強き魂の輝きを放て』
さぁ、いってらっしゃい」
インヴィー様から光の粒が渦となって私を取り囲むと私の体も光と同一化していく。
別のどこかへ飛ばされていく感覚。
体の自由も効かなくなっていく。
意識も徐々に薄れていき、やがて完全に闇に飲まれる。
その前に確かに聞いた。
---神の祝福<経験値1000倍>を入手しました---
次回から異世界です。