第183話 ユアちゃんと
ユアゾキネヌの外見表記が誤っていたので修正。
幼女→少女
背の高さと胸の薄さはセシルと同じくらい。
ソファーに座って考え込んでいる。
あの腹の立つエイガン殿のこと、ではなく自分のこと。
「どうしたの?」
声を掛けてきたのはこのダンジョンのマスターであるユアちゃんことユアゾキネヌ。相変わらず発音のしにくい名前だけど、私がここに来るのはもう何回目か。
彼女は今私が持ち込んだお土産である食べ物を満喫中。
ユーニャとも関わりの深いたこ焼きやいろんな肉串、果物、そして私の焼いたクッキーやパウンドケーキをテーブルの上に積んでご満悦顔だ。
「ユアちゃんのおかげでいろいろ魔石も集まって助かってるんだけど、最近偏ってきたなぁって思って」
「えぇっ?! 我、セシルを満足させてない?」
「満足はしてるよ。でもたまにはちょっと変わったものがあってもいいのかなぁって」
「変わったもの?」
ユアちゃんは私の言葉に何やら考え込んでしまった。
元々考え込んでいたのは私だったのにね。
ユアちゃんのいる王都管理ダンジョンにやってきたのは一月振りくらいになる。リードの訓練に付き合っているので私がこうしてダンジョンにやってきたり、一人で冒険者としての活動をする機会はかなり減っているからだ。
でも今日は久々に少し暴れたい気分だったので…というのも全てあのエイガン殿のせいなんだけど、こうして一人でダンジョンまで来た。
訓練してても話し掛けてくるし、冒険者として町の外に出てもたまに出会うことすらある。もうストーカーかよって思うほど彼とのエンカウント率は高い。
だからダンジョンに入ってすぐに九十階層まで来たし、その後ユアちゃんと話すことでストレス解消しようと思ったのだ。
「あっ、これなんていいかも!」
私がもやもやとストレスの渦にハマっていたところへユアちゃんが声を上げた。
ダンジョンポイントを使って召喚出来る魔物の中から良さそうなものを見つけたようだ。
「どんなの?」
「これ! エクシードレオン! 今日もセシルがたくさん魔物狩ってくれたからだいぶポイントに余裕があるし、我からのプレゼントだ!」
ダンジョンマスターのいるダンジョンでは中にいる魔物を倒してダンジョンに吸収されるとダンジョンポイントとしてダンジョンマスターに還元される。
八十階層以降の魔物は召喚する時より討伐した時に回収されるポイントの方が高いらしく、私がダンジョンに来るとユアちゃんは喜んで魔物を設置してくれる。
ストレス解消にはちょうどいいけど私以外にやると大変なことになる。
「そのエクシードレオンってどんな魔物なの?」
「んー…だいたい三千年くらい前にこことは違う大陸で暴れてた魔物だよ。突然消えてしまったと言われてるけど、当時の管理者があまりにも目に余って消してしまったんだって」
「消したって…管理者ってそんなことまで出来るの?」
「管理者だしね」
私の中の管理者のイメージが変わってくる。
てっきり空の上で下界を見下ろしていて、干渉しないのかと思ってたよ。
「でもそんな強い魔物だったら私でも倒せないんじゃない?」
「そんなことないよ。我の作ったクリスタルドラゴンくらいだよ」
この少女は簡単にそんなこと言ってくれるけど、クリスタルドラゴンだって私一人だったら結構な時間がかかるほどの強さがある。竜王種と同じだけの強さを持つあのドラゴンを倒した時に手に入る魔石は魅力的なので何度か討伐しているけども。
「セシルさえ良ければすぐにでも八十九層に出すよ」
「はぁ…でもやってみようかな」
「りょーかーい。ぽちっとな」
その言葉はどこで習ったの?
前世のかなり古いアニメでやってた気がするんだけど…今度アイカに聞いてみよう。というかアイカから仕入れたネタなのかもしれないね。
「…あ。出したらすぐに暴れ始めちゃった!」
「え? 大丈夫なの?」
「うーん…あんまり。魔物にダンジョン壊されたら直すのは全部自腹で払わなきゃならないから」
ユアちゃんが困った顔して自分の前に出ているモニターを見ていると思われる。あれはダンジョンマスター専用のボードなので私どころかアイカですら見ることが出来ないらしい。
神の眼と言えどダンジョンマスターの権限には干渉出来ないってことなのかもね。
さて、そのユアちゃんが困ったことにならないように出てきたエクシードレオンはすぐにでも倒してこなきゃね。
エクシードレオンはユアちゃんが言ってた通りクリスタルドラゴンと同じくらいの強さだった。さすがダンジョンマスター、言ってるとこが正確だね!
その姿は足が六本ある漆黒のライオン。大きさは全長十メテルくらいで全ての足に鋼鉄でも切り裂けるほどの爪を備えており、それすら一つの美術品と見紛うほどの輝きだった。
ただクリスタルドラゴンと同じくらいの強さということは、やっぱり相応な強さということでもあり一人で倒すのには結構な時間がかかってしまった。
ドラゴン系の魔物は全てのステータスが他の魔物に比べてずば抜けて高いけど、クリスタルドラゴンはその中でも防御力と魔力が高かった。
エクシードレオンはクリスタルドラゴンよりも高い攻撃力と素早さで結構苦戦させられた。こっちの攻撃も当たるんだけど向こうの攻撃もかなり受けることになったので最終的には戦帝化を一分だけ使って倒すことになったんだよね。
終わったものは仕方ないので割り切るしかない。
そしてエクシードレオンから手に入れた魔石。
大きさはクリスタルドラゴンの魔石とほぼ同じ大きさでビー玉くらいのサイズで、これまた同じように虹色に輝くライオンの形を模した紋章が浮かんでいる。
どちらの魔石もサイズは小さいがとても綺麗でいつまでも見ていられるほどの魅力に溢れている。
「ということで、ユアちゃんありがとう!」
「うぅん、我もセシルが喜んでくれて嬉しい。それにしても魔石をそんなに集めて眷族でも作るの?」
私がエクシードレオンの魔石を見つめたまま礼を言っているのに嫌な顔一つしないユアちゃんからそんな質問が飛んできた。
「眷族? 私そんなスキルないよ?」
「え、えぇぇ…。擬似生命創造スキル持ってるのに」
「え?」
「ふぇ?」
お互いの話が噛み合っていないらしい。
よし、落ち着こう。
私も魔石を腰ベルトに収納して改めて擬似生命創造スキルを鑑定してみた。
擬似生命創造:MPを消費して擬似生命体を作り出す。素材によって作り出される擬似生命体の強さは変わる。
以前見た時と何も変わらない。
MPで擬似生命体を作れて、素材で強さが変わるという説明のみだ。
「このスキルに眷族を作るとか書いてないよ?」
「スキル鑑定だけだとそうだけど、本人がとても思い入れの強い素材を使うことで自我すら持つ眷族を作り出せるのは有名な話だよ」
「どこで有名なのよっ?!」
「え?…えぇっと…ダン連協で…」
「ダンレンキョウ?」
「ダンジョンマスター連合協同組合」
いや、もういいです。
どこから突っ込んでいいかわからないくらいいろいろ思うところがあるけど、そういうものがあるという事実だけ受け止めることにしよう。
「セ、セシル?」
「はぁ…それで、思い入れの強い素材って?」
「ちょ、ちょっと待ってね」
ユアちゃんは再びモニターを出して何やら見ているようだ。
一生懸命タブレット端末をスワイプしているような仕草をしており、前世でいうところのサイト検索をしているかのようだ。
「あ、あった。それを使ったことのあるダンマスの話なんだけど」
違った。
どうやら他のダンジョンマスターのブログか何かを見ていたようだ。寧ろそっちの方が驚きだけど。
しかし地上の文明よりもダンジョンマスター達が使っているシステムはかなり進んでいるみたいだけど、なんでこういうのが一般に出回らないんだろう?
「その人はゼンマイを素材にしたみたいだけど、そうしたら石とか金属で作るよりも強い擬似生命体が生まれたって。その中には自我が芽生えて自分達と同じように生活しているみたい。あと一度作ると素材を破壊されない限りは素材の姿と擬似生命体の姿を自由に変えられるって」
「ふぅん…それで眷族ってことなんだ。というかユアちゃんはよくそんなことまで知ってたね」
「う、うぅ…。だ、だって誰もここまで来なくて暇だったんだもん…」
私がちょっとからかうくらいの気持ちで発した言葉にユアちゃんのトラウマが引き出されてしまった。
彼女は生粋の寂しがり屋だから一人でいることが苦痛でたまらないらしい。それこそ擬似生命創造はユアちゃんにこそ相応しいスキルのような気がする。
「ユアちゃんもこのスキル取れないの?」
「わ、我はそこまでお、思い入れの強い道具がない…」
「ダンジョンコアとか?」
「あれに手を入れたら我死んでしまう!」
「だよねぇ…」
しかしこの子は私が来てると本当によく喋る。
私としては雑談だけでもいいのだけど、彼女はダンジョンから出られないこともあって話のネタが無いのでいろんなことを教えてくれる。
本来普通の人間では知ることもないようなダンジョンマスター由来の知識を惜しげもなく提供してくる。
私にとってはありがたいけど、これってダンジョンマスターのルールには抵触しないのかな?
「ところでユアちゃんっていつも私にいろいろ教えてくれるけど、こういうのってさっき言ってたダン連協から怒られたりしないの?」
「わ、我達は嘘がつけないから、質問されたら皆素直に答える。ほと、ほとんどの人はダンマスにそんなのきき、聞いてこないし」
さっきの私が軽くからかったような言葉がずっと後を引いてるようで彼女の言葉がやたらつっかえるようになってしまった。
ちょっと反省。
「いつもありがとうユアちゃん。私が知らないことたくさん教えてくれて本当に助かってるよ」
「ほ、ほほ本当に?!」
「勿論。私もついいろいろ聞いちゃってるから悪いんだけど、普通にお喋りするだけでもいいんだからね?」
「お、おぉ…普通のお喋り…。な、なんか友だちっぽい…」
「友だちっぽいっていうか…友だちでしょ?」
「とっ、友だち! わ、わわわ我と?!」
ユアちゃんは珍しく身を乗り出して私に掴み掛かりそうな勢いで接近してきた。というか既に懇願するかのような顔で私のジャケットを握り締めながら上目遣いで見上げてきている。
小動物みたいで可愛いけど、さすがにすごく年上の人にそれは失礼かな。
私はジャケットを握る彼女の手を取って微笑み掛けた。
「私とユアちゃんは友だち。あんまり私からお返し出来ないのが心苦しいけど」
「友だち……は、初めて出来ちゃった…。む、むふふ、ふふふふ…」
友だちという言葉に完全にトリップしてしまったユアちゃんは意識が飛びかかってしまっている。
ぼっちを数百年も拗らせるとこうなるのね…。
でも面白い子だし私は好きだ。
何より嘘がつけないから表裏が絶対になくて好印象以外のものが今はないほどだ。
そしてお花畑に行ってしまったユアちゃんを待っていると、私の帰宅時間になってしまったので無理矢理彼女に気付けをした。
「じゃあ今日はそろそろ帰るね」
「う、うん! セセ、セシル!」
「何?」
彼女の青い肌がそれとわからなくなるくらい真っ赤になって、羊のような角から何故か湯気が出ているが小さく手を上げて呟いた。
「ま、またねセシル」
そんな友だち同士の当たり前の挨拶をするために達人ぼっちのユアちゃんが必死にひねり出した勇気だったのだろう。
そんな彼女に私も出来る限り全力の笑顔を見せた。
「うん、また遊びにくるからね! またねユアちゃん!」
今日もありがとうございました。




