第180話 貴族院はやっぱり厄介事がいっぱい
私の所属している魔道具研究室にはあまり人がいない。
魔道具職人といえば地味だし平民の成り上がりとしては十分だけど、ここにいる生徒は既に貴族から目を掛けられていることもあるので将来の仕事に不安を持つこともあまりない。
私のように完全に趣味でやっているか、自分の工房を持ちたいと思う人くらいしかやってこない。
ミルルのように私に付き合って入ることも十分珍しいんだけどね。
そしてそれとはまた別に珍しい人物もいたりする。
「セシル先輩!」
「ダグノ君、どうしたの?」
「ここなんですけど、どうしてもうまくいかなくて」
後輩であるダグノ君は今年からこの研究室に入ってきた二年次の男の子だ。
彼はベオファウムとは違う町にいるクアバーデス侯爵領キシタ男爵長男の従者としてここ貴族院に入ってきた。年齢は私と同じなのだが、私より遅れて入ってきたからとこうして先輩と呼んでくる。
「どれどれ…。あぁこれはね、二つ目の魔法陣の出力が足りないからだよ。一つ目の魔法陣の起動に容量を使いすぎててそっちに回す魔力が足りなくなってるね」
「えぇ…。でもこれ以上一つ目の魔法陣の起動に使う魔力を減らすことなんて出来ないですよね?」
「今使ってる起動の魔法陣は一番基本的なものでしょう? もっとシンプルで使いやすい魔法陣もあるからあそこの本棚を探してみるといいよ」
「先輩、教えてくれないんですか?」
「ちゃんと調べなさい。出来るでしょう?」
そうやって言い聞かせると彼は「はぁい」と返事をして私が指し示した本棚へと向かっていった。
やけに素直に聞いてくれるのは自分の主人の寄り親に仕えているからというのもあるだろうけど、歳も近く同じ平民だし同じ領から来ているというのも大きいようだ。
魔道具に興味があるわけではなく、ただ単に私に近付きたくてこの研究室に来たと自分で言っていた。素直なのは美徳だけど、そういう下心を馬鹿正直に暴露するのはどうかと思う。
「ふふ、セシルは本当に面倒見が良いのですね」
「えぇ…どう見ても普通に突き放してたでしょ?」
「こういう所ですし、普通は邪魔者扱いして何も教えないか、口先だけで教えて終わりに致しますわ。それを自分で調べさせるように仕向けるのですから」
ミルルはこうしてことあるごとに私を持ち上げようとするけど、褒めても何も出ないよ?
彼女は現在古い魔道具の研究をしていて、それこそ遺跡から発掘されたような魔道具の修復をテーマにしている。そういう古い物は単純に魔石の魔力が切れているだけでなく回路が破損していたり、魔法陣が欠けてしまっていて起動出来ないことが多い。
古代の強力な魔道具がアーティファクトと呼ばれるような物だったりするけど、そんな保存状態が良い物なんてほとんど出土しないから修復できるようになればアーティファクトももっと増えていくだろう。
そして私は相変わらず携帯電話の製作に掛かりっきり。
どうしてもお互いの場所を特定した上で声を届ける魔法陣、いや魔法の作成が出来ない。
その魔法さえ作れれば後は魔法陣にしてしまうだけ…まぁそれはそれで大変な作業なんだけど。
居場所を調べるための位置登録と位置探査はあるし、声を遠くに届けるための遠話という魔法もある。しかし遠話は届けられてもせいぜい一万メテルくらいのものだからこれじゃ使えない。最低でも同じ国内の端から端まで使えるくらいじゃないと私の望む性能にはならないのだから。
新奇魔法作成なんてレジェンドスキルを持っていてもちゃんと魔法としての枠組みを作らないと登録出来ない以上、こうして新しい魔法の研究からやらないといけないなんてね。
「セシル先輩!」
そうして思考の海に沈んでいた私の意識を再び浮かび上がらせてきたのはやっぱりダグノ君。
彼はさっき私が指し示した本棚から一冊の本を取り出してきていて、またもや教えてくれとせがんできた。
私も頼られるのは嫌いじゃないので彼に説明してあげるとにっこりと笑って読書を再開した。
そこまで難しいことが書いてあるわけじゃないけど、確かにミルルも最初の頃はそこで苦戦していたし、その様子を見る彼女も微笑ましく私達を見ていた。
しばらく研究に没頭しているとすっかり夕方になっていてここの研究室を開いているリスキュール先生に声を掛けられるまで私もミルルも気付かなかった、
そしてダグノ君は先に帰っていたらしい。
私は特に用事もないから問題無い。
私達はミルルの護衛をしていることにして研究室から寮へと戻り、ミルルの部屋でカイザックに彼女を任せると私も自分の部屋へと戻った。
「ただいま」
「おかえりっ、ふっ、ふっ」
リードは私が帰っても声は掛けてくるものの、今日も訓練を続けている。
今は腕立て伏せの最中だ。
邪魔にならないように私も挨拶だけすると鞄を置いて夕飯の支度をすることに。
以前ネイニルヤ様の依頼の後に湖へ出掛けたことがあったけど、あれ以来リードの訓練はかなりハードになっている。
クドーと何かあったのかリードに聞いても答えないし、かと言ってクドーに聞いてもやっぱり教えてくれない。
それに訓練だけでなく、休みの日も冒険者としての活動に取り組むことが多くなった。二人で出掛けて魔物を狩ってくるのだけど、戦闘は可能な限りリードに任せていて私はあんまり動いてない。
私の本来の仕事はリードの従者なのだし、それはいい。
けどユーニャと最近あまり会ってないし、アイカやクドーとダンジョンに行くこともない。まぁ一人ではたまに行くけど。
なんとなくもやもやしながらも夕食を作り上げるとリードに声を掛けてリビングのテーブルに並べた。
リードも最近筋肉をつけようとしているのでなるべく高蛋白な食事にしてある。とは言え魔闘術の訓練もしているから相応に炭水化物も摂らせないといけない。そのため彼の食事量は最近ちょっと多めだ。
私の作ったご飯を貴族らしい作法で食べているけど、その速度はかなり早い。よほどお腹が空いていたみたいでリードのお皿からはみるみるうちに食べ物が無くなっていく。
「リード足りない? もう少し作ろうか?」
「んぐ。いや、この後は勉強する時間だからこれでいい」
「そう。じゃあ勉強しながらでも摘まめるようなもの作っておくね」
「あぁ、それは助かるな」
クドーのように短く答えると再び食事に没頭していく。
さすが育ち盛りだね。作ったものをここまで見事に食べてもらえるとちょっと嬉しい気持ちになる。
私は夕食後のおやつを何にしようかと考えながら自分の皿へフォークを向けた。
四年次になってから既に半年ほどの月日が経過していた。
季節は春。
前世でもそうだったけど、暖かくなると花が咲いて暗い冬の終わりを生き物たちが謳歌する。
地下に眠っていた虫や小さな動物が地上に出てきて元気に飛び回るのだ。
そしてそれは人間も同じことが言える。
「セシル殿はおられるかっ!」
必修の講義を終えミオラといつものように雑談をしていると講義室の入り口で私の名前を大声で叫ぶ男性が現れた。
私はミオラと顔を見合わせて「行かなきゃ駄目?」と目で訴えてみたけど、「いいから行きなさい」と同じように目で脅された。でも一人ではさすがに面倒だしまた余計なトラブルを呼びそうだったので目の前にいたミオラの腕を掴むと一緒に講義室の入り口へと向かう。
「ちょ、ちょっと私は関係ないじゃないっ?!」
「いいでしょ! たまには付き合ってよ!」
「なんで私が貴女のトラブルに巻き込まれないといけないのよー!」
行きたくないと口に出しながらも全力で抵抗してこないのはミオラの人の良さだろう。
そして二人でその男性の前に着くと私は騎士の礼を取った。
相手が貴族でないのは制服を見たら判るものの、主人によっては彼も騎士だったり貴族家の三男くらいだったりするからだ。
その彼はミオラよりも背が高く、私は見上げないとその顔を見ることが出来ないほど。しかし顔を下に向けるでもなくただ視線だけを下に向けてきた。なんというか明らかに見下してきている態度も鼻につくけど、濃い茶色の長髪を整えてあるが騎士という割には視界が遮られるために相応しくない。
細い垂れ目も優しそうな雰囲気は一切無く、それなりの場数は踏んでいることはわかる。
「大変お待たせ致しました。私がセシルです」
「ふむ…そちらは?」
相手の男性はミオラへ視線を向け、訝しそうに聞いてくる。
一人を呼び出して二人現れたのだから仕方ないかもしれないけど、そっちも自分の名前をまだ名乗ってんだけどね。
「私はセシルの付き添いでミオラと申します」
「付き添いか。ふん…一人で来ることも出来ない臆病者とは思わなかったな」
さっきからなんでこの人こんなに上から目線なんだろうねっ?! なんか腹が立ってきた。
「自分の名前すら名乗らない礼儀知らずに臆病者呼ばわりされる覚えはありませんが?」
「臆病者に言われたところで痛くも痒くもないが仕方ないな。私はゼッケルン公爵家が次男キラビーノム様に使える騎士エイガンだ」
ゼッケルン公爵の名前は知っている。
四年次になる時にナージュさんに渡された新入生の資料の中にその名前があった。
この国に四家ある公爵家の次男が入ってくると。長男は既に成人していて貴族院にはいないが、当時もなかなかに我が儘な人物だったらしい。但し同じ学年に第三王子がいたせいでそこまで悪目立ちはしていなかったそうな。
それで今回次男入学の際に従者として入ってきたのがこのエイガン。確かカイザックと同じでどこかの伯爵家出身だったはず。六男だったかな、確か戦闘能力だけを買われてゼッケルン公爵家に取り立てられたという話だ。
だからと言って私に関係することは何もないし、こうして呼び出される謂われはないはずだ。
「それで、そのエイガン殿は私に何か用事が?」
「私エイガンはセシル殿に決闘を申し込む!」
なんか言い出したぞこの若者は。
私は意味がわからずミオラへ視線を送るが、彼女は彼女で「やっぱり巻き込まれた」と言わんばかりに表情を歪めて頭を押さえていた。
今日もありがとうございました。




