閑話 リードとクドー 2
ちょっと遅れました。
8/14 指摘のありましたクドーの前世のついて触れている部分を修正加筆しました。
セシルに薬草採取を頼んだ後、彼女の主人の護衛を引き受けたのだが煽りすぎたため何故か模擬戦をすることになった。
しかし実力差が有りすぎるため、俺の攻撃を全く受けきれない男。対して彼の攻撃は全く俺に掠りもしない。
作業のように何十回と彼を倒し、その度に軽い打撃を与えてようやく起き上がらなくなった。かなりの傷を受けた彼は荒い息と呻き声を上げながらそれでも立ち上がろうとして力を込めているがどうやら限界らしい。
俺が回復魔法でも使えれば良いのだが、生憎ポーションすら持ち合わせていない。
しばらくすればセシルも戻るだろうから、怒られついでに彼女に頼めば済むだろう。
「お、おい…」
「なんだ」
地面に大の字になって倒れている男が掠れた声で話し掛けてきた。その声から察するにもう戦う力はないようだ。
「…お前はセシルに模擬戦で勝てるんだったな…」
「あぁ」
首肯しても良かったが、倒れている彼からは俺の姿は見えないと思い声を出して返事をしてやる。
「僕は…セシルに挑んで一撃入れられるだろうか…」
「無理だな」
「ふん…はっきり、言いすぎだ…」
俺は彼の視界に入る位置に移動すると、倒れている彼に対して当たり前の事実を教えてやることにした。
「まず、お前はセシルの本気を見たことがあるのか?」
「セシルは…いつでも余裕だからな…。どこからが本気かまるでわからん」
「セシルは甘そうだからな」
俺がこの男と戦って得た印象からそう答えると「あの地獄が甘いのか」と呟いていた。
普段の様子からは全く想像出来ないが、訓練の時には相応に厳しくしているのだろうか?
もしそうならこいつはかなり期待されているのかもしれない。この男がどうしようもない弱者ならセシルはただ守ることしかしないだろうからな。
「…俺がセシルと模擬戦をする時は魔法も身体強化も無しだ。それで十回中七回しか勝てない。もしセシルが本当に本気になったら万に一つも勝ち目はないだろうな」
「…本当に、化け物だな…」
瞬間的に殺意が湧いてきた。
俺達の能力を疎んで自身を鍛え続けている者が異端扱いするならまだいい。しかしまだその域にも達していないものが理解の外にいるというだけで化け物扱いしてくるのは我慢ならん。
だが、言葉と裏腹に嬉しそうな表情を浮かべる男。
吹き出しそうになった怒気が霞のように消えていくのを感じると同時に、少しだけ口出ししてやろうと思った。
「戦っている間、たまに魔力をしっかり込めた攻撃をしてきていた。普段の訓練からそれを行うようにすればもっと自然な動作で魔闘術を使うことが出来るようになるはずだ」
剣を二十回振れば一回は魔力を剣に通すことが出来ていた。
さっき鞘にしまった剣もこの模擬剣も魔力を通しにくい普通の剣だ。魔石を付けた剣やミスリルを使った剣で普段から訓練しているだけでもコツは掴みやすくなるだろう。
「加えて身体強化が疎かだ。もっと意識して使えるように日常生活でも使いっ放しにしておくといい」
「…いいのか、そんなこと僕に教えて」
「それでもセシルに一撃入れられるかと言えば無理だがな」
「…どいつもこいつも…」
嬉しそうな笑顔で悪態をつかれても困るんだがな。
そんなことを話していると上空に強い魔力の気配を感じた。
見上げるとセシルが戻ってきていて、下りてきているところだった。うつ伏せになって上体を僅かに下にしているためか履いているスカートが捲れることもなさそうだ。
そして最後、着地する寸前に上昇気流を発生させてくるりと前回りしてから地面に足をついた。
「ただいま…?」
「おかえり。薬草は?」
「あ、うん。これだよ」
「助かった」
俺はセシルから薬草の入った袋を受け取ると念の為中身を確認する。アイカから指示された分には十分足りる量が入っていることを確認した俺は魔法の鞄に袋を収納した。
「…それで、状況を説明してほしいんだけど?」
「こいつが俺と模擬戦をしたいと言うから相手をしていた」
「えっと…もう少し詳しく…」
分かりやすく答えたはずだが、何故か頭を抱えたセシルは主人である男に近付いていく。回復魔法を使ってやってほしいものだ。
「き、気にするな…。僕が申し出て相手をしてもらっただけだ」
「はぁ…リードは貴族なのにクドーも無茶だよ…。リードも私が『強さは保証する』って言っておいたのに…」
「…うるさい…」
セシルに支えられながら回復魔法を受けた男はようやく傷が塞がり穏やかな表情になった。
それでも消耗した体力が戻るにはまだ時間がかかりそうで、今も地面に座ったままだ。
「少しはマシな強さだった。だがまだまだだ。それとあまり詳しく話を聞いてやるな」
「珍しいね、クドーがそんなこと言うなんて」
「そうか? …そうだな、そうかもしれない」
確かに普段なら興味無い、で全て済ませてしまう俺にしては珍しいことだろう。まぁ好きな女を手に入れたいと思う気持ちだけはわからんでもない。
「お前がどうしようと、どう生きようと勝手だが叶えたい目標があるなら強くなるのだな」
「僕は…僕にどうしろっていうんだ…僕は…」
さっき言ったセシルの全力をまだ見ていないことに怖じ気づいたか、それとも絶望したか。圧倒的な実力差の前にはそうなることもよくある話だ。
まぁ…もう少し肩入れしてやるのも悪くはないか。
俺は魔法の鞄に手を入れるとかなり前に打ったミスリルを芯に入れた鋼鉄製の剣を彼の前に放り投げた。
「少しはマシに打てた剣だ。それを使いこなせるくらいには死ぬ気でやってみろ」
男の眼を見ると多少の迷いが見て取れたが、力の籠もった燃えるような瞳はその髪と相まって炎のように燃え盛っているようだった。
まだ闘志は枯れていないようだ。
何となく嬉しくなり、これ以上語る言葉もないのでセシルに対して軽く手を上げて礼を述べると王都に戻るべく林へと戻ることにした。
後ろからまだ悪態をつく男の声や未だに戸惑っているセシルの声が聞こえたが、振り返ることもなく真っ直ぐ店に戻るのだった。
店に戻った俺はカウンターの奥で慌てているアイカにセシルから受け取った皮袋を放り投げた。
アイカもこちらを見るでもなく受け取ると「おおきに!」と答え、再び調合に没頭してしまった。
全く…。
俺とアイカはよく似ている。
自分の好きなこと、目的のために没頭するところは本当にそっくりだ。俺は剣に、アイカは薬に。
それが金を稼ぐ手段になっているとしても、自分の目的に少しずつでも近付いている実感はある。
調合に没頭しているアイカを横目に、俺はほぼ丸一日何も食べていなかったことを思い出し台所へ行って適当に食べられそうなものを摘まむことにした。
食料庫から薫製肉の塊と酒の入った瓶を抱えて出てくると台所で火の魔石に魔力を通して発火させ、薫製肉を炙る。適当に塩を振って包丁で切り分けるとそれを肴に晩酌を始めた。
この世界に来て五十年ほどしてから覚えた酒の味だが、普段から飲むわけではない。いいことや悪いことがあったときに自分への褒美や慰労を兼ねて飲むことにしているだけだ。
どうせこの身体ではほとんど酔うことも出来ないしな。
しばらくそうやって杯を傾け、いつの間にか瞼を閉じて眠っていたようだ。太陽も沈み部屋の中は暗闇に包まれていたが、アイカがランプを灯したことで目を覚ました。
「悪かったなぁ、突然採取頼んだりして」
「構わんさ。それで依頼は済んだのか?」
「勿論。バッチリやったで」
何の薬を作っていたのか知らないが、アイカが調合したのなら間違いはないだろう。
「けど思うとったより早う戻ってきたから足りんかな思たけど、随分仰山採ってきてくれたんやな。ホンマおおきに」
「あぁ…。採取に行った先にセシルがいてな」
「なんやあの子、どこにでも現れるなぁ」
「そう言うな。おかげで俺もお前も助かっているのは事実だ」
「せやな。それに持ちつ持たれつや」
アイカは薬を届けた際にどこかで買ってきたのだろう、調理済の肉串を大量にテーブルの上に並べて噛り付いている。一本食べ終わるごとに自分の酒を飲み、そしてまた肉串に食らいつく。
「ぷはぁ…。クドーもそんなまずい酒飲まんでもウチの作った蒸留酒飲めばえぇのに」
「…俺はこの味に慣れているからな」
アイカの作る酒は何種類もあるが、どれも酒精がきつい。決して酔うわけではないが口に入れると舌がビリビリするし、やたら鼻につくので避けている。
そのあたりの店で酒を買ってきて蒸留したものをアイカはよく作っており、今飲んでいるのもその一つだ。
「それで、炉の方は順調なん?」
アイカは肉が一つもついていない串で俺を指しながら自分の酒が入った小さな猪口で酒を煽りながら聞いてきた。
「あとひと月もあれば実用まで持っていけるだろう」
「そか。だいぶ頑張ったんやな」
「あぁ、これで俺の目標までかなり近づくことが出来る」
「それもこれもセシルが協力してくれたおかげやな。ホンマあの子には感謝せなな」
「その割には先日随分言い合っていたじゃないか」
「あんなえぇ子が貴族のいいようにされるとこなんて見たくないやん」
「…今日あいつの主人を見たが、このままあそこにいたら飼殺されてしまうかもしれんな」
あんな弱い子どもの面倒を見ているなんて俺には耐えられん。
弱い子どもなど…大人でも弱者であってはならない。年老いて動くこともままならない生き恥など以ての外。
かつての自分の姿を重ねてしまい、グラスを握る手に力が籠る。
焼け落ちる家、斬り殺される家族、何も出来ずにそれをただ見ているだけの自分。
この手に武器があれば、この手にそれを振るえるだけの力があれば。
何度も夢に見る自身の前世での終局。
俺はもうあんな無様は晒さない。
この世界での寿命はありがたいことに千年を超える。俺にはやらねばならないことがある。
「クドー、顔が怖なってんで」
「…すまん」
アイカに無駄な心配をかけさせてしまったことを素直に詫びると彼女も「えぇけどな」と言ってまた黙って猪口を煽った。
復讐することはどうせ叶わないのだから、せめて今度はどんな理不尽だろうと跳ね返せるだけの力を。それを叶えるための武器を、俺は絶対に手にしてみせる。
今日もありがとうございました。
また次回作から本編に戻ります。




