閑話 リードとクドー 1
前の話でクドーとリードが何をしてたかっていう話。
クドーだ。
俺は今とても面倒くさいことをアイカに言われて王都近くの湖までやってきている。
元を正せばアイカが依頼を受けたまま忘れていたことが原因なのだが、最近鍛冶炉の改良に掛かり切りになっていたしアイカの機嫌を取っておかないと後が面倒だ。
凡そ一月くらい前だったか、アイカとセシルと共に王都管理ダンジョンへ入って迷宮金を採取してきたのは。
本来なら八十層程度まで行き、壁を破壊しつつその場で抽出する予定だった。しかし最近俺達と同様に転移転生した仲間としてアイカが連れてきたセシルのおかげで最終百層まで攻略した上、純粋な迷宮金で覆われたダンジョンの壁を破壊して集めるだけの作業になった。
無論、その間もダンジョンが攻撃されたとして大量の魔物に襲われることになったのだが、これもセシルが単独で撃破し尽くしてしまった。
正直に言うとあの戦闘能力は異常を通り越している。
俺やアイカも普通の人間とは比べ物にならないレベルだが、セシルのそれは俺達と比べても遥かに高い。
俺やアイカに敵対するとは考えられないが、味方で良かったと心底思ったな。
とにかく宝石が大好きな娘で、それさえ与えておけば独り言以外は静かなものだ。
俺の技術のおかげでセシルもかなり満足しているようだし、今後もこのまま良い関係でいたいものだ。
さて、それはともかく俺も早く戻って鍛冶炉の改良に戻りたい。
アイカから頼まれた薬草は水辺の近くに生えていると言われたのであちこち探しているが未だに十本程度しか見つかっていない。
なんの薬かは知らないが、完成させるのにだいたい百本くらい集めてこいと言われたのだが…見つかる気がしない。
「いい加減このあたりも一回りしたか」
湖に来てから鐘三つほどの時間が経ち、粗方探し回ってみたが全く見つからなくなっていた。
このままではアイカの依頼も達成出来なくなってしまう。
何より探しているだけでは眠くてたまらない。鍛冶炉の改良をしている時は何日か眠らなくても平気だったのだが、薬草の採取は俺には向かないな。
何か良い方法が無いものかと思案に耽っていると少し離れたところから聞き覚えのある声がしてきた。
元々普通の人間だったはずの俺だが、今は転生して神狼族となったせいか五感がかつてよりも遥かに鋭くなっている。
今も千メテルは離れているはずの声を拾い、そちらへと足を向けた。
待ち合わせなどしているはずもないので彼女がここにいるのは全くの偶然なのだが、戦闘能力以外にも彼女のスキルならばこの薬草採取もすぐに終わるかもしれない。
林の中から湖の方へ歩いていくとやはり見覚えのある制服を着た女が見たことのない男とともに湖畔で寛いでいる。
いや男の方は剣を振って鍛錬している。まだ雑ではあるが鍛えればそれなりの強さになるだろう。彼女が共にいるということは仕えている貴族か冒険者仲間といったところだろうが、あの戦闘能力についてこれる冒険者などそうそういるものでもあるまい。
気配を絶つことなく彼等に近付くと彼女は既に気付いているようで俺の方へと視線を送ってきている。男の方はまだ気付いていないところを見るとやはりまだ鍛錬が足りない。
「セシルか。奇遇だな」
「奇遇っていうか、こんなところにどうしたの?」
いつもの調子で声を掛けるとセシルは座っていた岩から下りて俺の方へ近寄ってくる。宝石を与えずに黙っていればかなり見目も良いので引く手数多のはずだが、自分より弱い貴族なんかに仕えたくはないのだとか。本当に残念な女だとつくづく思うが、それ以上に面白い女だ。
どのみち俺としてはこんな子どもにしか見えないセシルに変な気を起こすことなど有り得ないのであまり関係ない。
やはり女はアイカのように美しく相応に出るところは出た女が良い。尤も、あれはあれで種族の問題もあってかなりややこしいことになっているのだが。
「それで、結局ここへは何をしに?」
俺はアイカから薬草採取を頼まれたことを説明するとセシルもこめかみを押さえながら目を瞑って「なるほどね」と呟いている。
「おいセシル。そいつは誰だ」
するとセシルと共にいた貴族の子どもが声を出した。
黙ったままだったらこのまま完全に忘れていただろう。
そこそこ背は伸びているようだが、貴族院に通っているセシルの主人なのだとすれば彼女と同い年でまだ成人もしていない子どもということになる。
「クドーと言う。セシルには世話になっている」
「…『私』はリードルディ・クアバーデスだ。次期クアバーデス侯爵であり現在のセシルの主人でもある」
「そうか。よろしく頼む」
この男のことはどうでもいいので簡単に俺のことを話し、セシルに薬草について尋ねることにした。
結論から言えばセシルも知らない薬草だと言う。それでも手伝いを申し出てくれたセシルだったが、彼女の主人からは待てが掛かった。
この男の護衛としての役割もセシルは担っているため、ここを離れることは許さないという。
「じゃあ護衛としてクドーを置いていくよ。クドーの代わりに私が採取してくるから、クドーは私の代わりにリードの護衛をしてくれない?」
「俺は構わんが、いいのか?」
「アイカには昨日こっちのお願い聞いてもらったし、それにこのくらい何でもないよ」
「おい、何を勝手に…」
「リードは護衛がいないと不安なんでしょ? クドーの薬草採取は私がやれば早く済む。貴方の護衛はクドーがつく。彼の強さは私が保証する。それに、昨日の件を手伝ってくれた人が困ってるみたいだから手を貸したいの」
どうやら昨日アイカがセシルから受けていた依頼はこの男にとっても何かしらの縁があったことのようだ。
セシルからの申し出は俺にとって否はない。寧ろ彼女の方が採取は得意だろうし、それはこのアイカの手伝いが早く終わることになる。
セシルに俺が採取していた薬草を渡すと彼女は探知のスキルを使って周辺を探ってくれた。どうやら湖近くにはもう残っていないらしく、ここから上流にある湿地帯まで行けばあるとのこと。
レジェンドスキル情報共有で確認することも出来たが俺も一緒に行くわけではないので何もせず見守っているとセシルは自分の主人には有無を言わさず飛んでいってしまった。
一瞬飛行魔法かと思ったがそうではないらしい。ただ跳ねただけであの跳躍は俺の魔獣化を使っても無理だ。あいつは本当にとんでもない女だ。
セシルに採取を任せた以上、俺もセシルに任された仕事を全うしなくてはならない。しかし目の前にいる男は俺のことを睨むだけで何も話そうとはしない。
俺自身話すことが得意ではないのでそれで構わないのだが、普通は気まずいと思うものらしい。今更「普通」というものを気にすることもないがな。
「おい」
そう思っていたが、やはりこの男は多少気になったようで俺に話し掛けてきた。
「なんだ」
「…貴様はセシルのなんなんだ?」
なんなんだ、ときたか。
普通に答えるならば「同じように別の世界から転移転生した者」ということになるのだが、そんなことを口にしたところでこいつに聞こえるとは思えない。…何よりもこいつの態度が気に入らない。
「それはお前に関係あるのか? 弱者は黙って俺に守られているがいい」
「なんだとっ?!」
頭に血が上りやすい男だ。
こんな安い挑発に乗るようではセシルの普段の苦労が手に取るようにわかる。
「セシルは僕の従者だ、貴様ら平民が気安く声を掛けていい相手ではない!」
「彼女は平民だろう? お前のような貴族ならまだしも従者ならば特に問題あるまい」
女としての魅力は全く感じないが、こんなやつのところにいるセシルが浮かばれない。
あいつはいい奴だ。
「そ、それは…セッ、セシルは僕の婚約者だ!」
「…その件は彼女から聞いている。全力のセシル相手に一撃入れたら認められるんだったな。つまり俺なら認められるということか」
「…どういう意味だ」
「セシルと模擬戦をすれば十回に七回は勝てるからな」
なるべく勝ち誇ったような顔が出来るように苦労しつつ、男を挑発しているとどんどん顔が赤くなってきていた。
「冗談でも笑えないな」
「まぁどうでもいいがな。それで…」
「どうでもよくないっ! 貴様っ、僕と戦え!」
煽りすぎたか?
目の前にいるセシルの主人はさっきから持っていた剣は鞘に納め、刃を潰した模擬剣を構えて俺に突きつけてきた。
やれやれ。これはセシルが帰ってきたらかなり怒られそうだな。
決して好戦的ではない俺だが、ここ一年でかなり世話にもなっているセシルに対する態度が我慢ならなかったらしい。
男に対して向き直ると魔法の鞄から木剣を取り出した。
「貴様っ…僕を馬鹿にしているのか?」
「俺とお前の実力差ではこれでもやりすぎだろうな」
俺のその言葉を皮切りに、男は俺に突進してきた。
遅すぎる。こいつが迷宮に潜っても四十階層程度が関の山だろう。
手に持った木剣に魔闘術で魔力を通すと男の模擬剣の腹を通すように切っ先を逸らせる。
たったそれだけでこいつは俺の横を通り過ぎて地面へと倒れ込んだ。そしてその倒れた男の首へと木剣を添える。
「弱すぎる。剣が泣くぞ」
「だっ…黙れぇっ!」
男は立ち上がってやたらに剣を振り回してきた。その軌跡を相手の間合いの中で避け続けているとよくわかる。
この国の騎士達がよく使う剣術だがまだまだ荒い。よほどセシルが甘やかして育てているのだろう、型が崩れているし何よりも身体能力がまるで足りていない。
魔力を通した木剣で模擬剣を受け止め、軽く男の胸を掌で突く。それだけで再び地面に転がる。
弱いだけでなく剣も上手く使えない。
何故こんな奴にセシルは仕えているんだ?
「くそっ! くそぉぉっ!」
「吠えるだけでは俺に剣は届かん」
起き上がりかけた男へ魔力を切った木剣で殴りつければまたも地面に転がる。
そしてそれは何度となく続くことになる。
いい加減うんざりしてきた。
今日もありがとうございました。
もう一回だけ閑話が入ります。




