第179話 男同士の話?
タイトルを変えようか悩み中です。
最初に投稿する際に「とりあえず」でつけたのですが、あまり目に止まらないのかなと最近思うようになりました。
まだ全然決まってないですけどね。
湖の畔でリードの訓練を眺めていた私達の元へ前触れもなく突然やってきたのはクドーだった。
自分で使う炉の改造に勤しんでいるはずの彼が何故こんなところへやってきたのか聞くために腰かけていた岩から降りて彼の近くへ寄っていく。
「それで、結局ここへは何をしに?」
私が問いかけるとクドーは少しだけ表情を和らげて周囲を見渡した。
「昨日アイカがお前の依頼を終えて戻ったのだが…その時に以前受けた薬品の調合依頼を完全に忘れていたことを思い出したのだ」
「珍しいね、アイカが忘れるなんて」
「貴族からの依頼のようだったからな。気乗りしなかったのだろう。それで今も調合しているのだが、足りない薬草があるということでこうして俺が採取に駆り出されたというわけだ」
「なるほどね」
「おいセシル。そいつは誰だ」
クドーと話している間リードのことをすっかり忘れていた。
というか平民であるクドーのことをリードが気にするとは思わなかったので紹介しようと思うことすら失念していた。
「リード、この人はクドー。最近私が冒険者活動するときにパーティを組んでる人だよ」
「セシルがパーティだと?…聞いてないぞ」
「え? そう言われてもそこまで報告の義務は無いはずだけど?」
そう言うとリードはいきなり臍を曲げてしまい明らかに不機嫌な顔になる。
こういうところはまだまだ子どもだね。
背も伸びて平均的な日本人の身長くらいにはなっているし、顔もだいぶ大人っぽくなってきた。貴族らしい振る舞いも出来るようになってちょっと見直したのに結局これだ。
少し上がっていたリードの評価がまた急転直下してしまった。
「クドーと言う。セシルには世話になっている」
「…『私』はリードルディ・クアバーデスだ。次期クアバーデス侯爵であり現在のセシルの主人でもある」
「そうか。よろしく頼む」
普段から貴族と相対することのないクドーはこういう礼儀作法は心得ていないので話し方が普通の冒険者然としているため、そのことが再びリードの機嫌を悪化させる。
尤も、クドーはそんなこと気にすることはないので彼の中ではお互いに自己紹介は済んだという認識だろう。
リードから「なんだコイツは」という視線がさっきからザクザクと私に刺さっているけど、私も気にしないことにする。
「それよりセシル、こんな薬草を見掛けなかったか?」
クドーは自身の魔法の鞄から一本の薬草を取り出して私に見せた。
鈴蘭に似た花で一本の茎から先端に向けて花がいくつかついており、根は採取されていなかった。
「うーん…私は見たことないなぁ。アイカの薬はちょっと変わった薬草使うから」
「そうか。しばらく探しているのだがなかなか必要な量が見つからない」
「しばらくっていつから探してるの?」
「昨日の八の鐘が鳴った頃からだな」
それって深夜よね?
今は三の鐘が鳴って少し経ったくらいなのでかれこれ鐘三つ分は探してるということだ。かと言ってクドーにはアイカのような神の眼もなければ私のような探知スキルもないのでこうして手当たり次第に探すしかないのだけど。
「手伝おうか?」
私が申し出るとクドーが何か言う前にリードがすごい勢いで噛みついてきた。
「おい! セシルは今日僕と出掛ける約束だろう! 何故そいつと行動しようとするんだ?!」
「…セシル、お前の主人もあぁ言ってることだし無理しなくていい」
「無理ってわけじゃないんだけど…リード、そんなに長い時間じゃないから」
「…お前は僕の護衛だろう、勝手に離れるな」
ここまでくると本当にただの駄々っ子にしか見えない。
頭痛がしてきたかのようにおでこを指で押さえると、突然思いついた。
「じゃあ護衛としてクドーを置いていくよ。クドーの代わりに私が採取してくるから、クドーは私の代わりにリードの護衛をしてくれない?」
「俺は構わんが、いいのか?」
「アイカには昨日こっちのお願い聞いてもらったし、それにこのくらい何でもないよ」
「おい、何を勝手に…」
「リードは護衛がいないと不安なんでしょ? クドーの薬草採取は私がやれば早く済む。貴方の護衛はクドーがつく。彼の強さは私が保証する。それに、昨日の件を手伝ってくれた人が困ってるみたいだから手を貸したいの」
リードがまだ何か言いたそうにしていたけど、言葉を被せ気味にした上で昨日のネイニルヤ様の依頼を達成したのはその薬草を欲している人だと遠回しに説明することで無理矢理納得させた。
本当に面倒くさい性格してるよ、まったく。
「というわけで、クドー。その薬草ちょっと貸してくれる?」
「ん、あぁ」
クドーから薬草を受け取ると私は探知を使いその薬草と同じ反応を探っていく。
すぐ近くには存在しない。範囲を五千メテルまで広げるとようやく反応を掴むことが出来た。
「思ったより離れたところにあるね」
「…アイカからは水辺の近くにあると聞いたんだがな…」
アイカが間違えるのは珍しいね。
よほど焦ってたのかな?
仕方ない、リードがいる手前飛ぶわけにはいかないので戦帝化の能力で魔人化もMP消費無しで使えるようになっている。戦帝化のスキルレベルが上がったおかげでこうして下位互換とも言える魔人化を使えるようになった。
「じゃあ今から採ってくるけど四の鐘が鳴る頃には帰ってこれるはずだから」
「わかった。すまんがよろしく頼む」
「てことでリードもちょっと待っててね」
「お、おい、セシ…」
リードの言葉が終わるより早く理力魔法を足元に展開するとうっすら地面が光る。物理的に踏むことが出来、力を加えると同じだけの力で反発する障壁である。
他にもサイコキネシスのようなことも出来るようになっているし、私の人外具合もかなり進んできているようだ。
そして更にその力を示すが如く魔人化で身体を強化する。そして同時に自分の周囲に天魔法で風の防壁を張っておく。
ドンッ
そのまま地面を強く踏むと私自身の踏み込みと障壁の反発力で爆発的な瞬発力が生まれ私の体は大地と空の間に投げ出された。
さっきまでリードといた湖の畔は数秒で豆粒程度にしか見えなくなる。
私が彼等と別れて一分も経たないくらいで薬草の反応があった場所まで到達した。
そこはさっきの湖の上流にある湿地帯。確かにここも「水辺」に当たるしアイカの言う通りなんだけど…クドーはここを思い当たらなかったのかな。それこそ私より長く王都で暮らしているだろうに。
理力魔法で反発のない障壁を作り出し、自分の正面に設置するとそこに足を着き地面へと降りていく。
それにしてもジャンプ一回でここまで跳べるようになっていたのは本当に驚きだけど、外で採取する時には便利でいいかもね。
降り立った場所は湿地帯なので地面がぬかるんでいるものの足下に障壁を作りながら進めば泥に足を取られることもない。反応を探りながら薬草を一本一本丁寧に採取していけばなんとか採り尽くすことなく目標数まで集めることが出来た。
途中ポンドサーペントという大型の蛇の魔物と出くわしたけど、あっさりと首を切り落として腰ベルトへ収納した。結構前にカイト達とパーティを組んで依頼をしたことがあったけど、その時に出会った種類と同じだったはず。
もう随分会ってないけど、元気でやってるかなぁ。
そうして採取していると思ったよりも時間が経過していて気付けば四の鐘が鳴る少し前になっていた。リードとクドーも男同士だしあんまり会話も無さそうなので早めに戻った方が良さそうだと考えた私は元来た方向を定めると再び理力魔法で障壁を作り出してその場を飛び出した。
湿地帯を出て一分もすればさっきまでいた湖まで戻ってくることが出来た。リードとクドーを探して上空から周囲を見回すと二人の男性がいる湖畔を見つけたのでそちらへと下りていく。
しかし下りていく途中で気付いたのだけど、リードが寝そべっているようだ。あまりに退屈で昼寝でも始めたのだろうか…あの訓練馬鹿のリードが?
着地寸前で上昇気流を起こしてふわりと地面に降り立つと状況が尚更わからなくなる。
立っているクドーは訓練用の木剣を、倒れているリードも訓練用ではあるが刃を潰した模擬剣をそれぞれ手にしているのだけど、リードは全身が泥や草の汁で汚れている。それに対してクドーは涼しい顔をしたままだ。
「ただいま…?」
「おかえり。薬草は?」
首を傾げながら尋ねる私に対してクドーは相変わらずマイペースな様子で自分の目的だけを告げてくる。
皮の袋に入れた薬草を腰ベルトから取り出して「これだよ」と渡すとクドーは「助かった」とだけ言い自分の魔法の鞄へと収納した。
「…それで、状況を説明してほしいんだけど?」
「こいつが俺と模擬戦をしたいと言うから相手をしていた」
そうでしょうね。
見たら解るよ!
「えっと…もう少し詳しく…」
頭を抱えながらリードに近付いていくとクドーは木剣を仕舞いながら顎に指を添えて考えているようだ。
何をそんな考えることがあるんでしょうか。
「き、気にするな…。僕が申し出て相手をしてもらっただけだ」
私が回復魔法を使うより早くリードは上半身を起こした。
倒れて頭を打たないように私はリードの背中を支えながら回復魔法を使う。
「はぁ…リードは貴族なのにクドーも無茶だよ…。リードも私が『強さは保証する』って言っておいたのに…」
「…うるさい…」
やれやれ。
どうやら詳しく説明を聞き出すのは時間が掛かりそうだ。
「少しはマシだった。だがまだまだだ。それとあまり詳しく話を聞いてやるな」
「珍しいね、クドーがそんなこと言うなんて」
「そうか? …そうだな、そうかもしれない」
自分が何を言ったかよくわかってないようでクドーは湖の方へ視線を向けると改まってリードへと話し掛けた。
「お前がどうしようと、どう生きようと勝手だが叶えたい目標があるなら強くなるのだな」
「僕は…僕にどうしろっていうんだ…僕は…」
そしてクドーは魔法の鞄から鞘に入った一本の剣を取り出すとリードの前に放り投げた。
「少しはマシに打てた剣だ。それを使いこなせるくらいには死ぬ気でやってみろ」
そしてそのままクドーは振り返ることなく湖から林の中へと進み、姿が見えなくなるまで振り返ることはなかった。
「えっと…話についていけないんだけど…」
「…なんでもない。…くそっ…」
なんでもないと言いながら悪態をつくリードに洗浄を使って体の汚れを落とすと、私はクドーが置いていった剣を拾い鞘から少しだけ抜いてみた。
剣の芯にミスリルを使った鋼鉄の剣でリードが使っている剣と似ている。私の持つ短剣の倍以上の長さがあるけど、ずっとこのサイズで訓練してきたリードにはちょうどいいだろう。
鍔の部分に炎を象ったようなレリーフが彫り込まれていて、柄頭にはわかりにくいけど真っ赤なガーネットがはめ込まれている。
私も貴族院の訓練で使っていたし、ユニークスキルの超剣技があるので並みの実力以上には振ることが出来るけど短剣よりは使い慣れていないせいか少し敬遠気味だ。
またミスリルを使っている分、魔闘術で魔力を込めるのもスムーズになるだろうし、リードの戦闘能力向上にはかなり役に立つ。
私は何も言わずにリードへその剣を渡すと、彼も黙って受け取り自身の剣帯へと掛けた。
「…よし。昼食の時間は過ぎてしまったが、そろそろ戻るとするか」
こちらへ振り返ったリードはさっきまでの苦々しい表情は無くなり、明るく振る舞っていた。
空元気なのは間違いないけど、あえてそこを指摘することもない。
リードなりに何か思うところはあったのだろうし、私としても男同士の話に口を挟むような野暮はしたくない。
この子どもっぽさが抜けない主人に対して軽い調子で「りょーかいっ」と元気よく言ってあげると、同じように元気な声で「町まで競争だ」ととても良い笑顔で走り出したのだった。
今日もありがとうございました。




