第178話 リードの目論見
ちょっとリアルでトラブルがあってしばらく筆が進んでおりません。
なんとか今のペースは守っていくつもりです……。
リードとネイニルヤ様が部屋にいて私への褒美の件で無言の争いをしている。
二人の視線が如実に私へとプレッシャーをかけてきていて空気が痺れるような感覚になって感じられる。
助けを求めるわけでもないけどウェミー殿を見やると彼女は彼女でネイニルヤ様と同じ目をしていた。
この場に私の味方はいないようだ。
「…恐れ入ります。ですが主人に黙ってこのようなことをして褒美をいただこうなどと考えておりません」
そう無難な答えを返してみるが、当然そんなことで二人…もとい三人が納得するはずもない。
「いいえ、テュイーレ侯爵家の名にかけて、感謝を言葉だけで表すなど致しかねますわ」
むー。
私も困ってしまいリードを見ると、彼も断っただけで解決しないことはわかっていたのかニッコリと微笑んだ。
あれは面倒くさいと思ったときに出る笑顔だ。
貴族同士の話なのだから表情はなるべく出さない方がいいだろうに、何故ここで笑うかな。
「セシル、ネイニルヤ嬢がここまで仰ってくださっているのだから望むものを言ってみるといい」
え、まさかの丸投げ?!
さすがに少し焦った顔をリードに向けると彼は一瞬だけ真顔になったところを私に見せた。あれはいつもの三人で話し合うとき、何か企みをしようとしている顔だ。
そうなるとリードの望む答えは…。
「でしたら、私が困った時に今度はネイニルヤ様が助けてはいただけないでしょうか」
「私が…セシル殿を、ですの?」
「はい。私はしがない平民の従者でございますので」
「…そう、ですわね。かしこまりました、お引き受け致しますの」
身分を出すことによって何とかネイニルヤ様もこれで満足してくれたようだ。
「今後いかなる立場のセシル殿であってもテュイーレ侯爵家の名に誓って最大限の援助を行うとお約束致しますわ」
いやいやいやいや!
ちょっと待って! なんでそうなるの?!
笑顔を貼り付けたまま冷や汗を流す私を見てリードはくつくつと笑っているが、そんな場合じゃない。
そもそもそんな援助求めてないから!
「ふふ…セシル。冒険者に戻っても今後はクアバーデス侯爵家とテュイーレ侯爵家がお前の活動を支援する。勿論このままクアバーデス侯爵家に仕える場合でもそれは変わらない」
うん?
わかってないのは私だけなのだろうか?
リードもネイニルヤ様も同じような笑顔をしている。
つまり私の援助という建て前の下で両家が協力関係になる、という意味なのだろうか。
あとでリードに詳しく話を聞いてみないと。
「それと冒険者ギルドへはこれから依頼達成の報告を出しておきますわ」
「ありがとうございます」
そこまで話したところでちょうど彼女のカップが空になる。
気付けばネイニルヤ様達が訪ねてきてから三十分近くが経過していた。
「本日はセシル殿へきちんとお礼も出来ましたし、リードルディ卿ともお話が出来ましたし、大変有意義なお時間でしたわ」
「僕もネイニルヤ嬢と話せたことを大変嬉しく思います。今後は有意義な関係を築いていきたいと存じます」
「私も左様に存じます。今後ともよろしくお願い致しますわ」
そして彼女は立ち上がりウェミー殿を従えてドアへと向かう。
リードもすぐに立ち上がって後を追うので私もそれに付き従う。
「本日はありがとう存じます。ではごきげんようリードルディ卿、セシル殿」
「ごきげんようネイニルヤ嬢、ウェミー殿」
「失礼致します、リードルディ様」
優雅に一礼して去ろうとする二人の背中に一言だけ送らせてもらう。
「よかったですね、ネイニルヤ様。おめでとうございます」
「……ありがとう存じます…」
振り返ることなくそれだけを呟いたネイニルヤ様だけど、きっと顔は真っ赤になっていただろう。
ちゃんとアイカにも報告しなきゃね。
彼女達が部屋から出て行き、しばらく見送った後ゆっくりとドアを閉めた。
そしてリビングへと戻ると万が一も考えて遮音結界を使って周囲への音漏れをカットした。
「はぁぁぁぁ…」
「おい、情けない声を出すな」
「だって…最後のあれでまさか支援するとか言われるなんて思わなかったもん」
「いや、あれで上出来だ。少なくとも貴族院にいる間、彼女と敵対することはなくなった。将来的にもセシルを矢面に立たせることで味方に出来たと思っていいだろう」
「えぇ…? そんな単純なことなの?」
「ネイニルヤ嬢は『テュイーレ侯爵家の名に誓って』と言っただろう。僕達貴族が家の名において誓ったものは名誉をかけて守るということだ」
むー?
それは勿論講義でも聞いたけど、実際そんな場面に出くわすことなんてなかったから全然実感がない。
必修の講義でも貴族側と従者側では若干違うと聞いたのは、こういうところがまさにそうなのかもしれない。
「セシル、よくやってくれた」
「うん、どういたしまして?」
「よくわかっていないようだな。このアルマリノ王国には公爵と侯爵は何人いるか知っているか?」
「四公八侯でしょ?そのくらい知ってるよ」
「王国の貴族会議で可決を採るのに必要なのは?」
「そのうちの八人以上……あぁ、なるほど」
「そう、つまりあと一人味方に付けられれば勝てなくても負けない組織が作れることになる」
思ってた以上にリードが貴族をしていてびっくりした。
そんな先のことまでもう考えてたなんてね。
十分鍛えてきたつもりだけど。まだまだだと思ってたけど、なんだか随分大人になってきたんだね。
「…なんだ?」
「成長したんだなぁってしみじみ思っただけだよ」
「ふん…僕だっていつまでも子どもでいられるわけじゃないからな」
ならそろそろその「僕」って一人称をやめさせる時期だろう。
今後はそのあたりを細かく指摘していってあげよう。
「とりあえずあと二年間でもう一人味方につけられればな」
「そのあたりはリードの情報網でなんとかするしかないね。私じゃ役に立てそうにないし」
「セシルはそのままでいい。僕の傍にいていつも通りにしていれば最良の結果がついてくるのだからな」
「なにそれ?」
リードの言葉に首を傾げるも彼は不敵に笑うだけで何も答えることはなかった。
「でもさ、講義で習ったけど貴族会議で可決されても王族会議で否決されたら意味ないんだよね?」
「あんなものは飾りさ。建前上王族が承認したということにしておけば良いのだからな」
それ王族に聞かれたら不敬罪で処分されるやつだから!
しかし王政制度の意味無いんじゃないのかな? 有力貴族が可決したものを王族が否決出来ないって。
「…基本的に王と王妃、アルフォンス王子、レンブラント王子が承認すれば良しとされている」
アルフォンス王子とは第一王子のこと。法とか規律には厳しい人だと聞いているのでよほどなことがなければ無茶な法律が制定されることもないわけか。
「難しいこといろいろ考えてそうだね」
「まぁ、いろいろとな」
そう言うとリードはどかっとソファーへと腰を下ろした。
何をいろいろと考えているのかわからないけど、貴族院にいる間は私も力になれるところは協力するつもりだ。
しばらくそうしていると大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した彼は「さて」と立ち上がった。
「訓練でもしようかと思ったが…たまにはセシルに付き合って冒険者ギルドで依頼を受けて魔物の討伐にでも行くとしよう」
「ふふ、それじゃ訓練と変わらないじゃない」
「いい気分転換になるからな。それじゃ支度してくる」
「はーい」
リードが自室へと入ると同時に遮音結界から出てしまったことで魔法の効果が切れる。
朝から降り続いていた雨はもう止んでいた。
冒険者ギルドを覗きに行った私とリードだったけど今は大した依頼もなく、二人で湖へとやってきた。
ここはキングレイクロブスターが出てくるので、依頼にはなかったけどギルドに買い取ってもらえばそれなりのお小遣いにはなる。
ただ相変わらずというか、折角のロブスターだというのに殻を防具の素材にするだけで中身は食べないらしい。海にいたエビほど旨味は強くないけど食べ応えのある身ですごく美味しいのに、どうしても水の中に住んでる虫というイメージで食べる気にならないのだとか。
実際今日は私達だけじゃなくて他に二パーティほどこの湖にやってきている。と言うのもキングレイクロブスターは普段湖の底に生息しているが雨上がりになると水面近くまで上がってくるという習性がある。
うまくすればあまり傷付けないで仕留めることが出来、買取額も上がってみんながWIN-WINになれる素晴らしい獲物だ。
でもみんな食べないんだよね。美味しいのにさ。
ちなみに私が捕獲する場合は湖に電撃魔法を使って仮死状態にした後、岸で集めてしめて腰ベルト行きとなる。
さて、じゃあリードはというと。
ブォン ブォン
大上段に構えた剣を勢い良く振り下ろしては戻し、また振り下ろす。そんな素振りをずっと繰り返している。
キングレイクロブスターを狩ろうとか思っているわけではなく、単純に自身の鍛錬を行っているだけだ。
「リード、狩りはしないの?」
「ふっ!…近くに魔物はいないだろう?」
「いないわけじゃないよ。湖の中だけどね」
但しこの場合キングレイクロブスターではなく脅威度Dくらいの魔物であるキングレイクリザードやエビルフィッシュ程度のものだけど。どちらも毒を持っているため食用にもならず冒険者としても対処のし辛い魔物として嫌われている。
冒険者なら好き嫌いせずしっかり討伐してほしいものだよね。
「それならまだこうして素振りをしていても変わらないだろう」
「…なんか目の前に来た敵だけをばっさり斬るだけみたいに聞こえるんだけど?」
「違わないだろう?」
あれ…さっきは貴族らしくてしかも父親である領主様に似てきたなぁと思ってたけどこうして剣を握らせると昔と全然変わってない気がするのはなんでだろう?
リードが素振りしている横で探知を使いつつ周囲の魔物や冒険者たちの気配を感じていると知った魔力の反応が近付いてきたのがわかった。
その反応が歩いてくる方向へ視線を向けると私が一方向だけをずっと見ていることに気付いたリードも素振りを中断して同じ方向に注意を向けた。
「セシルか。奇遇だな」
「奇遇っていうか、こんなところにどうしたの?」
やってきたのは眠そうな目の下にくっきり濃いクマを作ったクドーだった。
そしてクドーを見たリードは実に面白くなさそうな顔をしているのだった。
今日もありがとうございました。
頑張れるように応援いただけると気合い入ります。゜(゜´Д`゜)゜。




