第177話 貴族同士の話
貴族の企みって書くの難しいですね(_ _)
翌日、昨夜かなり励んでしまったせいもあり当然のように寝不足に陥ってしまった。
これは私が若さを持て余したからとかそういうことじゃなくて、絶対アイカのせいだと思う。
うん、私は絶対に悪くない。
「セシル。……おいセシル!」
「うん…。…っはっはい!」
「…何を呆けているんだ? 体調管理もお前の仕事のうちだろう?」
「あ、あぁごめんなさい。それでどうかした?」
いけないいけない。
いくら寝不足だからって心配させちゃいけないし、貴族院という学校に通っていること自体が私にとっては仕事なのだからしっかりしないとね。
「…少し小耳に挟んだのだがな。テュイーレ侯爵の令嬢から何やら頼まれごとをされているとな」
「…さすがに耳が早いね。もう領主様にひけを取らないんじゃない?」
「そんなわけがあるか。父様の工作員はこの国だけでなく他国にもいると聞いている。僕の情報網等せいぜいがこの貴族院の中と王都を中心とした出来事の把握くらいなものだな」
それをこの貴族院の中にいながらに行うことが出来るようになったことに私は驚きだよ。
一体いつの間に…というか、以前ユーニャのお手伝いで国民学校へ行った際にかなりスカウトしていたようだし、順調に人脈を広げてる。
私が把握してるだけでも四人。勿論それぞれの人物については私も調べているのでリードに危害が加わることはないし、卒業後はクアバーデス侯爵家に仕えることになっている。
それとは別に貴族院でも下級貴族を何人か思うように使えるようになっているとか。派閥とかそういうの面倒だけどこれも貴族の仕事なんだってさ。
とは言えまだ子どもなので集められる情報には限りがある。貴族院に入っていない大人の従者ならば酒場のようなところへ行って情報収集も出来るんだろうけど…それは今後も成長してもらうってことで。
「それで何を頼まれたんだ?」
「上級生から下級生に用事を言われたわけじゃなくて冒険者として依頼されたことだから例えリードでも話すわけにはいかないよ」
「何…? 僕はお前の主人なのだがな?」
「それはそれ、これはこれ」
早朝の自室なのにいきなり険悪なムードに包まれる。
今日は朝から雨が降っているせいかリードも機嫌が悪い。
「ふん…。随分偉そうな従者もいたものだな」
「褒め言葉として受け取っておくよ。何を言われても私から話すつもりはないから」
どうせ私から話さなくてもすぐにわかることになるのだしね。
ほら。
コンコンコン
私達がソファーで向かい合っているところへドアがノックされた。
寮内で誰かが訪ねてくることはあまりないのでリードは少し驚いた様子。特にここは高位貴族ためのフロアなので人通りも少ない。また下級貴族から高位貴族を訪ねるのは不敬に当たるので来るとすれば同じ侯爵か一つ上の公爵ということになる。王族は寮にいないからね。
ちなみに探知を使っていた私はそのことに気付いていたけど話す必要もないので黙っていた。
私はソファーから立ち上がり入り口へと向かうと誰何することなくドアを開けた。
「おはようございますセシル殿」
そこにいたのは昨日宿で別れたウェミー殿。その後ろにはネイニルヤ様もいるが昨日あんなことをしてたとは思えないほど、いつも通りの落ち着いた雰囲気を纏っている。
「おはようございますウェミー殿。ごきげんようネイニルヤ様」
「ごきげんよう、セシル殿。朝早くに誠に失礼かと存じますがリードルディ卿はいらっしゃいまして?」
訪ねてくるだろうとは思っていたし、その行動も把握していたけどまさかリードに直球勝負してくるとは思わなかった。
「お待ちくださいませ」
丁寧に礼をして一度ドアを閉めるとそのままリードが寛いでいるリビングへと向かう。
私が戻ると彼もすぐに誰何してきた。
「ネイニルヤ・テュイーレ様と従者ウェミー殿がお見えです。リードルディ様との面会をご希望ですがいかがなさいますか?」
万が一ドアの向こうで聞き耳を立てられていても困るので従者らしい発言をしておくと訪ね人とも相まってリードは眉をひそめた。
「彼女が?まさか直接こちらに出向くとはな」
「左様ですね」
「いいだろう、通せ。紅茶は先日バッガン男爵領産のものを手に入れてただろう」
「はい。お茶受けはスコーンとクッキーを用意致します」
「十分だ」
それだけ確認すると私はドアへと向かい、ゆっくりと開いた。
先ほどと寸分変わらぬ姿勢のままネイニルヤ様とウェミー殿はそこに立っていた。
「お待たせ致しました。リードルディ様がお会いになるとのことです。どうぞお入りください」
「ありがとう存じます」
「失礼する」
二人の前に立ちリビングへ通すとリードも立ち上がって二人を迎えた。
「これはネイニルヤ嬢、ごきげんよう」
「リードルディ卿、ごきげんよう。最後にお話し致しましたのは一昨年前、オイツェント殿下のご卒業パーティかしら」
「えぇ、お間違いありません。さぁお掛けいただきたい。セシル、お茶の用意を」
「はっ」
最近リードも貴族らしい貫禄が身についてきているようで、こんな言い回しも問題なくこなせるようになってきた。
彼等本物の貴族の礼も危なげな様子は一切無く、優雅で洗練されている。
そんな彼等に背中を向けながら私は魔道具でお湯を沸かす。
いくらなんでも客人に魔法で作ったお湯を飲ませるわけにはいかないからね。
但しこの魔道具は私が自作したものなので見た目はとても珍しく見えるので来客の際によく使用している。完全に趣味の産物でしかないのだけど。
茶葉と水をセットして魔道具下部にある魔石に触れたところでリードとネイニルヤ様の分のみをテーブルへと運ぶ。
「…セシル殿、こちらは?」
「はい、私の製作致しました魔道具にございます。見ていて楽しめるようになっておりますので、是非ご覧下さい」
リードは既に何度も見ているのだけど、相変わらずこれを使うときは無言で見つめている。
前世ではよく見かけるサイフォン式の抽出器なんだけど貴族の部屋に一つあっても不似合いではないだろうと思い製作した。
四則魔法(上級)になったことでかなり細かな、それでいて自由に鉱石を扱うことが出来るようになったおかげだ。必要になるのは加熱させるための魔道具だけなのでそれなりの魔石を用意すれば平気で年単位の使用が可能だ。
尤も今のところこれを持ってるのは私とミルルだけだったりする。ごくシンプルなサイフォンでしかないのだけど、金属部分は僅かに発見していたプラチナを用い、取っ手部分はアゲートを取り付けて更に水晶でコーティングしてある。上下のボール部分は紅茶が抽出される様がよく見えるように透明感の高いガラスを用意した。
という、私の趣味全開なんです。作ってる時楽しくて仕方なかったよ。全部で三つしか作れなかったけどね。これはあくまで私の私物なのでリードにあげたものじゃない。卒業したあかつきにはちゃんと返却してもらいます。
私以外の三人がサイフォンに夢中になって目が離れている間に腰ベルトからスコーンとクッキーを取り出してお皿に並べる。取り皿も用意しテーブルへ運んだ時にはちょうどよく抽出も終わっていたのでリードとネイニルヤ様のカップへと紅茶を注ぎ、私はリードの後ろへと控えた。
「折角のお茶が冷めてはいけない。どうぞ」
「えぇ、いただくわ」
ネイニルヤ様が私の入れた紅茶を飲むのは今日が初めてではないけど、昨日入れたものより茶葉が良いせいかとても満足そうな表情をしていた。
「セシルの作った菓子は当家では評判でして…ネイニルヤ嬢も試していただきたい」
そう言うとリードはまず自分がクッキーを一つ摘み自分の口へ放り込む。後ろで聞いていてもちゃんと焼けているのがわかるほどの音が聞こえてくる。
そしてネイニルヤ様も同じようにクッキーを摘まみ自分の口へと入れる。ちゃんと彼女の口でも一口で食べられるサイズのものを出したので問題ない。
お嬢様らしく口元を押さえながら咀嚼して飲み込むとニッコリと微笑んでくれた。
「これは素晴らしいお味ですこと…。柔らかな甘味とバターの香り、そして紅茶と一緒にいただくことでより芳醇な味わいを表現してらっしゃいますわ」
「お喜びいただき恐縮でございます」
ネイニルヤ様に褒めていただいたので私もしっかりと一礼しておく。
「さて…。それで本日はどういった御用向きでしょう?」
二人がそれぞれお茶もお菓子も摘まんだことでリードがようやく切り出した。
本当なら最初から問いただしたいところだったのだろうが、いつも一緒にいるミルルやババンゴーア様とは違うので遠回りでも貴族らしく振る舞っていたのだろう。
「まずはそちらのセシル殿に。昨日ははしたないところをお見せしたことをお詫び致しますわ」
ネイニルヤ様はソファーから立ち上がりウェミー殿と揃って私へと頭を下げた。貴族の令嬢らしく静かな佇まいでありながらも美しい所作。これこそが本物のお嬢様だ。
が、貴族の令嬢に頭を下げられる従者なんてまずい。
私が青ざめながら手で制しようとしたところ、リードから待てがかかる。
「それはどういう立場での礼だろうか? 僕の従者たるセシルに頭を下げるというのは僕に頭を下げるも同義だと知らぬわけではありませんでしょう?」
ネイニルヤ様は頭を上げるとはっきりと首肯してリードの目を見つめ返す。
「私は昨日セシル殿に救っていただきました。詳しくは申し上げられませんが、大変感謝していましてよ。誠にありがとう存じます」
そう言うとネイニルヤ様は再び頭を下げる。
今度こそリードも少し困った顔をした。さすがに多少の言い訳をされると思っていたに違いない。
「当初は『冒険者』としてのセシル殿に依頼したことではございますの。ですが…私の心も身体も救っていただいた今となってはどんなセシル殿であっても、感謝の意を伝えずにはいられませんでしたの。それがクアバーデス侯爵家に仕える者であったとしても、ですわ」
「…左様ですか。僕も詳しくは存じ上げませんが…貴女にとっての救いになったのならクアバーデス侯爵家もテュイーレ侯爵家も関係ありません」
…それって、私から何も聞いてないから詳しくは知らないし聞かないけど何かあったら自分に手を貸せってこと、よね?
「ありがとう存じます。それでセシル殿へ何かご褒美を差し上げたいのですがよろしくて?」
ネイニルヤ様の目が獲物を狙うような目つきに、そしてリードの目は「勿論断るよな?」と訴えかけてくる。
なんで人助けしたのにこんな厄介なことになってるの?
今日もありがとうございました。




