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第172話 侯爵令嬢の秘密

累計ユニーク5万超えました!

いつもありがとうございます!

 いい加減こんな茶番に付き合ってるのも時間が勿体ない。

 かと言って相手は貴族である以上私から勝手に退室するような真似は出来ない。

 私の主人がリード…侯爵子息なので伯爵以下の貴族はこんなことしてこないんだろうけど、ネイニルヤ様は侯爵令嬢。困ったことにどうやらなかなかの我が儘娘のよう。

 今ほど彼女から卒業後に護衛として仕えろと言われ、即答でお断りしたのだけど完全にフリーズしてしまっている。

 そしてその後ろでは主人よりもいち早く解凍されたウェミー殿の香りがどんどん赤くなってきていた。


「貴様ぁっ! ネイニルヤ様のお誘いを断るというのかっ!」

「はい」

「ばっ…馬鹿か貴様はっ! 侯爵令嬢たるネイニルヤ様が直接お声を掛けて下さったというのにその態度!」


 ウェミー殿は今にも斬り掛からんほどの迫力で私に迫るが、残念なことに訓練の時間ではないので貴女の腰に剣はない。

 彼女の綺麗に束ねられたサイドテールがピョコピョコと動いているのは可愛いが、吐き出す言葉はさっきから全く可愛げがない。


「ウェミー、下がりなさい」

「ですがっ?!」

「下がりなさい」


 ネイニルヤ様から二度も同じ命令をされたウェミー殿は渋々といった様子で踏み出した一歩を下げた。

 しかしまた私が何か言えばすぐにでも飛びかかろうとでも思っているのか、殺気を飛ばしすぎている。

 レンブラント王子の従者をしていたオッズニスと同じくらい短気な性格みたいだ。


「…セシル殿。貴女は卒業後はリードルディ卿の従者を辞めると存じてましてよ。男性の貴族ですもの、何か面白くないことがあったのではなくて?」

「いえ、リードルディ様はそのようなことを為さったことはございません」


 押し倒されたことはあるけど、それ以上の展開はなかったしね。


「では理由をお伺いしてもよろしくて?」

「簡単なことです。私は冒険者ですので卒業後は本来の稼業に戻りたいと思っておりますので」

「侯爵家の護衛ともなれば将来は安定致しますのよ? 冒険者のように危険と隣り合わせの仕事などせずとも。貴女はそれでも根無し草のような冒険者を続けると仰いまして?」

「左様にございます」


 完全な拒絶の意思を持って彼女の目を見据えると、溜め息とともに「わかりましたわ」と漏らして身体ごと横を向いた。


「男性なら貴女を手に入れるためには決闘なさると存じてましてよ。同じ女性ならばとこうしてお声を掛けたのですが…残念でなりません」


 話せばわかってくれると思っていなかったけど、かなり聞き分けの良い人だったようだ。

 私は安心して彼女へ頭を下げた。

 話はそれで終わりかと思い、辞去する許可を貰おうと口を開きかけた時後ろに控えていたウェミー殿が再び声を上げた。


「おいっ!……い、いや。なぁ…頼む、少しの間だけでもいいんだ。ネイニルヤ様に力を貸してはもらえないだろうか」

「ウェミー。余計なことは仰らないで」

「ですがっ!」


 うん?なんだか話の流れがおかしな方向に進んでいるような気がするんだけど?

 貴族として傲慢に自分に仕えろと言ってきたり、少しの間でもいいから手を貸せと言ってみたり。何か本当に困ってることがあるのかもしれない。


「話くらいなら聞きますけど?」

「…遠慮致しますわ。クアバーデス侯爵家に借りを作るようなことなどテュイーレ侯爵家の者として許されることではありませんの」


 ツンと横を向いてしまったネイニルヤ様に対し、頭から疑問符が大量に飛び出る私。そんな私へウェミー殿が小声で耳打ちしてきた。


「テュイーレ侯爵家とクアバーデス侯爵家は仲が悪いんだ。テュイーレ侯爵は清廉潔白な方だが、クアバーデス侯爵はその…アレなので…」

「あぁ……。確かに腹黒いですからね」


 ウェミー殿がボカしたことを私があまりにストレートに言ってしまったことに彼女も複雑な顔をしたが、当の私が平然としているからか続く言葉を飲み込んだようだ。

 それならそれでやりようがないわけじゃない。


「でしたら、冒険者ギルドへ私への指名依頼として出して下さい。そうすればクアバーデス侯爵も口を出したりしません」


 それでもバレたら貸し一つとして格好のネタにはなるのだけど、この場の進まない話でモヤモヤした空気を一掃させる一つの手段になればと思い咄嗟に提案してみた。

 勿論、「バレたら」なんて言ったところで間違い無く「バレる」のは確定事項なのだが。


「…承知致しました。私個人から冒険者セシル殿への指名依頼として、お願いがございますの」


 しかしどうやら効果覿面だったらしい。

 するとウェミー殿はすぐに私の後ろへと回り、部屋の鍵を掛けた。魔道具でも何でもないただの鍵だけど、他の人がこの部屋に入らないようにするには十分ということだろう。


「これを、見てくださる?」


 そう言うとネイニルヤ様は自ら白いブレザーを脱ぎ、制服のリボンを解くとブラウスのボタンを上から外していった。

 上から三つ目までのボタンを外し、胸につけているコルセットのような下着まで外すと私に背を向けてからブラウスをはだけ、その背中を露出させた。


「…それは…」

「…存じません…」


 彼女の背中の上半分。ラベンダー色の長髪を手で引き寄せたところへそれはあった。

 そこには濃い赤紫色とマゼンダのような躑躅色で描かれた何やら悍ましい模様が浮かび上がっていた。炎と魔法陣、それと魔法陣の真ん中から手のような物が見える。


「最初は痣なのだと思い気に止めなかったのですわ…。ですが…っ…き、気付いた、時にはっ…」


 背中を見せながら震えていたネイニルヤ様にウェミー殿がすかさずブレザーを羽織らせた。

 そのまま座り込み、嗚咽を上げながら震える主人の背中をウェミー殿が優しく撫でている。

 この二人はただの主人と従者よりももっとちゃんとした繋がりがあるように思える。言ったら悪いが、私とリードとは比べ物にならないだろう。カイザックならミルルを甲斐甲斐しく介抱するくらい当然だけど、私なら多分厳しくしてしまいそうだ。

 こちら側の仮定の話はともかく。


「ウェミー殿、貴女はいつから気付いていたのですか?」

「…最初は私も痣かなと思っていたんだ。貴族院で訓練をしていればちょっとした怪我や痣など日常茶飯事だから」


 彼女の言葉に同意を示すように私も首肯する。

 リードもババンゴーア様もいつも生傷が耐えない。私は例外。


「『おや?』と思ったのはその痣がいつまでも消えないことに気付いたからなんだ。そして前の日よりも広がっているのではと確信した」

「魔法陣が完成したのはいつか覚えていますか?」

「我々が進級した直後だった。そしてつい二日間前に、この手が…」


 そこまでウェミー殿が話したところでネイニルヤ様の嗚咽は完全に泣き声に変わってしまった。

 年頃の女の子の背中にこんなものが突然現れたら悲しみと絶望で命を絶ってしまったとしてもおかしくないだろう。前世では普通の学生ですらニキビ一つで大騒ぎするのだから。私も前世の今くらいの年齢では両親から受けた暴力の後遺症で右手の薬指と小指が上手く曲げられず、少し歪んだ形になっていたのを必死に隠していたっけ。

 だからこそ、こんなの許せない。

 自分のせいじゃなく、他人からいつの間にか勝手に与えられたもののせいでこんな悲しみを受けさせられるなんて。

 そんな理不尽、絶対に許せない。許さない。


「何かしら対処してみたことはあるのですか?」

「…教会でお祈りをしたり、解呪の魔法を受けたりはしましたの。勿論お医者様にも相談致しましたし、宮廷魔術師の方にもお伺いを立ててみましたが…」


 彼女達の暗く沈んだ顔からすれば、そのどれもがうまく行かなかったことは想像に容易い。

 どういった物なのかすらわからなければ対処のしようもないだろうしね。

 けど私はこれを知っている。


「『淫魔の求婚』…だったかな…」

「セシル殿はこれが何かご存知なのかっ?!」


 私が呟いた言葉に即座に反応したウェミー殿は血相を変えて私に掴み掛かってきた。


「確定じゃないけど…多分」

「何でもいい!知ってることを教えてくれ!もうっ…もう、私達には……っ」


 滑り落ちるように膝から崩れたウェミー殿は縋るように私の制服を掴んで教室の床に雫を零した。

 私はウェミー殿ではなくネイニルヤ様の手を握り締めると顔を上げた彼女に微笑みかけた。


「ウェミー殿の主人を想う気持ちもネイニルヤ様の悲しい気持ちもこのセシル、しかと受け止めました」

「では…」

「はい、この指名依頼お受け致します」

「あっ…あぁ…っ! あり、がとうっ存じます…」


 絞り出すように紡がれた言葉はまるで柔らかなムーンストーンのよう。

 私の手を握り締める両手の力強さは誓いを意味するラピスラズリのよう。

 そして零した涙の一つ一つがダイヤモンドのように輝いている。

 そんな綺麗なものを見せられて、何もしなかったら私はこれから素直に宝石を愛でることが出来ないじゃない。


「少しだけお時間をいただきたく存じます。明日のこの時間にここで待ち合わせは可能でしょうか?」

「…えぇ。この同好会の会長は私ですもの。何とでもしますわ」


 …ネイニルヤ様がこの同好会の会長なのね…。

 個人の趣味のことは私もとやかく言えないからいいんだけどさ。


「では、調べ物もしたいので私はこれで……あ」


 立ち去ろうとしたところで思い直し、私は未だに座り込んでいるネイニルヤ様へ近付くとその手を取って親指ほどのサイズがある薄灰色のスモーキークォーツを握らせた。


「これは…?」

「スモーキークォーツと呼ばれる水晶の一種です。普通の水晶と違って薄く灰色がかっているのが特徴なのです」


 灰色の他に茶色や黒もあるのだけど、この発色の原因ははっきりと解明されていない。

 地中で受けた放射線量によって変化するのだけど、水晶中のケイ素からアルミニウムイオンに置き換わったことが原因なのではないかと言われている。

 ネイニルヤ様に渡したものはカボスさんから購入したクラスターや原石の中から選んだものだけど、彼女が持っていてもおかしくないよう高品質のものだ。


「スモーキークォーツには『諦めない心』という意味があるのです」

「諦めない心…」

「はい。不安や迷いを打ち消して前向きに生きようとする思いを後押ししてくれる、そんな力があります」

「これを、私に?」

「だから一緒に頑張りましょう。誰か知らないけど、勝手にネイニルヤ様に不幸を押し付けるような理不尽なんか私が許しませんから」


 スモーキークォーツを彼女の手ごと握り締めると、今度こそ私は立ち上がって大魔法研究同好会の部屋を後にした。

今日もありがとうございました。

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