第171話 貴族の面倒事
前回更新に4日かけてしまったので今回は早くしました!
お昼の時間の少し前にリードを迎えに行って中庭で一緒に昼食を摂る。
いつものことだけど、さっきまでレンブラント王子と話していたせいか何となく上の空になっていた。
そんな私の様子を訝しげに眺めるリードだったけど、近くに寄ってきていたミルルとカイザックに気付き立ち上がった。
「ごきげんようミルリファーナ嬢」
「ごきげんようリードルディ卿」
二人はお互いにボウアンドスクレープとカーテシーを行い、そのままベンチに腰掛けた。
そろそろ涼しくなってくる頃だが、今日は残暑も厳しい。
ミルルとリードの前に冷たい紅茶を用意するとカイザックと同じく主人の後ろに控えた。
「ありがとうセシル殿。リードルディ卿、またいつもの場所でお茶会をしたく思っておりますの」
「ミルリファーナ嬢にそう仰られてしまわれて断る者などおりませんでしょう。早速ババンゴーア卿にもお声を掛けておきましょう」
「ありがとう存じます。私先日お父様より帝国産の豆茶というものを手に入れまして、皆様にもご馳走したいと思っておりますの」
「それは楽しみですね」
いつもの場所でお茶会をする、とは例によって何かしらの話し合いを行いたいということ。
その後の話がお茶なら国外情勢、お菓子なら国内情勢、装飾品なら学園内のこととちょっとした暗号のようなものである。
今までミルルから誘われた中で国外情勢についての話は出たことがないのでこれは少し気になるところだ。
そのままリードとミルルだけが話をして「また後程研究室にてお会いしましょう」と私に言うとミルル達は去っていった。
「さすがミルリファーナ様は好奇心旺盛でらっしゃいますね」
「そうだな。だが確かに僕も屋敷にいた時に帝国の豆茶については小耳に挟んだことがある。ババンにも話して早々に相談した方がいいだろうな」
先程のミルルとリードの会話が不自然にならない程度に話すと私も一瞬で周囲を確認する。
昼休みの騒がしい中なので私達の会話を誰かに聞かれたということはないだろうけど、念の為不自然な行動をしている者がいないかチェックは怠らない。
リードは少し温くなった紅茶を飲み干すと立ち上がって教室の方へと向かっていく。
私は使い終わったカップを宙に浮かべた水球で洗うと片付けてからリードの後を追う。
「僕はこのままババンと少し話してくる」
「承知致しました」
レンブラント王子のことは部屋に戻ったときにでも話しておこう。
それにしても学年が変わったばっかりだっていうのにいろんなことが起こるものだね。
私はこの時まだ気付いていなかった。
そのトラブルが本当の意味でまだ始まったばかりだということに。
そしてそれは思ったよりも早く訪れることになる。
午後の最初の講義は必修のため講義室で大人しく講師の話を聞いている。
尤も、既にティオニン先生から習ったことや図書館で予習済みなので目新しいこともない。王国周辺国家についての地理を学んでいるのだ。
王国は東側は海に面しているが、西側は帝国と呼ばれる国に面している。また北部は一部海に面しているものの、大半は神聖国との国境になっている。南部にはザッカンブルグ王国があるが、アルマリノ王国に比べるとそこまで巨大な国家ではない。
オナイギュラ伯爵領とは交易をしているようだけど、クアバーデス侯爵領とは広大な森がある関係でほとんど交易品が入ってくることはない。
時折きな臭い話を一番聞くのがこの南にあるザッカンブルグ王国なのだが、先日あちらの第一王女がアルマリノ王国の第一王子と婚約したという発表があったくらいなので現在表面上は友好的な関係になっている、
ちなみにミミット子爵領から出ている船で海を渡った先にある小さな島がいくつも連なった小国群や別の大陸とは交易のみの関係となっているものの、こっちもこっちで妙な噂は聞こえてくる。
国王陛下が法を敷き取り締まろうとしたところで抜け道からそういう嫌な話題は無くなることがない。
需要があるから供給もある。
それだけ悪意ある商売が成り立つくらい貧富には差があるし、求められれば『商品』は用意されてしまうのだ。
講義でそんなことまで話すことはないが、他国とは上手に付き合うようにと締められて今日の講義は終わった。
「セシル」
「ミオラ。お疲れさまぁ」
「…どうかした?何か疲れてない?」
「うん、最近ちょっとやることが多くてさぁ」
「へぇ…セシルも新しい主人探しでもしてるの?」
ミオラは現在仕えているジンライル伯爵とは次男のリュージュ様が卒業した時点で契約を切ることで話を付けたらしくいろんな人脈を辿って仕官先を探している。
私もリードが卒業し次第出ていくつもりなので、ミオラなら後釜として申し分ないと思っているのだけど、リードとしては色よい返事をしていないらしい。
ミオラは桃色の髪がやたら目立つけど美人と言えるほどの顔立ちだし、槍を使わせたら貴族院の中でも相当高い実力を持っていることを私は知っている。
多分単純な武器戦闘だけで言えば十本の指には入る。魔法が不得手なので魔闘術を使えれば総合戦闘力でもリードを上回るだろう。本人から申し出があれば私もいろいろ教えたり出来るけど、彼女からそう言われたこともない。
友だちとして応援はするけど余計なお節介まで働くのはちょっと違うしね。
私はミオラに貴族院を卒業したらしばらく貴族仕えをせずに自由にしたいと言うと彼女からは信じられないという眼で見られた。
「でも、それなら他に何かあるの?一昨年みたいに『俺のものになれー』って誰かに言われたとか?」
「今更そんなこと言う勇者が貴族院にいるわけないでしょ。……新入生ならわかんないけど」
「まぁセシルの強さは常識の外にあるものね。理不尽とか規格外とか、酷かったのは化け物とか魔王とまで言われてたっけ?」
魔王は初耳ですがっ?!
口角を震わせながら苦笑いを浮かべた私に講義室の入り口から声が掛かった。
「セシル殿!お客様です!」
呼ばれた方を見るとクラスメートの男性が手を上げており、そこにはミルルと同じ白い制服に身を包んだ貴族が従者と共に立っていた。
「なんというか、トラブルの予感だねぇ」
「他人事だと思って笑ってるミオラが憎たらしい…はぁ」
「頑張ってねぇ」
ヒラヒラを片手を振る仕草と一緒にミオラの桃色の髪もユラユラと揺れていて、やっぱり小憎たらしいから極小さな地魔法の弾丸をミオラに撃ち込んだ。
「いたっ?!」
ふん。今度町でご飯奢らせてやるもん。
入り口で待ち続けている貴族の元へと向かうと礼の形を取り待たせたことへの詫びの口上を述べた。
「貴女がセシル殿ね。こちらは私の主人であるテュイーレ侯爵令嬢のネイニルヤ様よ。私はネイニルヤ様の従者をしているウェミー」
「初めてお目にかかりますセシル殿。ここでは人目もありますのでついてきてくださる?」
そう言うと私の返事など最初から聞く気がない様子でスタスタと歩き始めてしまった。
…これってやっぱり行かないと駄目だよね…?
念の為クラスメートの方を振り返ってみると全員が全員首を横に振った。もう目だけで強く伝えてくる。
「行かないという選択肢は無い」
私は盛大に溜め息を吐き出しながら二人が歩いていった方へと足を向けるのだった。
二人が入っていったのは大魔法研究同好会が使用している部屋だった。
同好会は趣味の領域を出ないものも多く、貴族院の講師達ですら全貌を把握していないところばかりだったこともあり見学すら来ていない。
仮に見学していたとしても目の前にあるような怪しげな同好会を見ることは無かったと思う。
部屋に入る前にもう一度盛大に溜め息をつくと意を決してドアを開けて中に入った。
「失礼します」
部屋の中は割と普通でいくつも並んだ机にいくつもの本が並んでいる。
本は魔道書や研究を纏めたものや歴史書などが置いてあり、それこそ強力な魔法を生み出すためにいろんな方向へ手を伸ばした結果なのだろう。
「来ましたわね」
その部屋の真ん中で腕組みをしたネイニルヤ様が立っており、従者のウェミー殿はその後ろで控えていた。
「それで私にどういったご用件でしょうか?」
私から話を切り出したことに従者のウェミー殿が口を出そうと一歩踏み込んできたが、それをネイニルヤ様が手で制す。
本来ならば立場が下、それも平民である私から話を切り出すなど無礼極まりない。
でも私としてもいつまでも付き合うつもりはない。やることはいくらでもあるのでこういう柵があるのはある程度は仕方ないけど、時間を無駄にしたくない。
「貴女の噂は貴族院の中では有名ですもの。繋がりを持ちたいと思う者は多いのでなくって?」
えぇ、ついさっきも王族からそんなこと言われましたよ。
実に有り難いけど、とっても迷惑でもあるけどね!
「過分な評価をいただいているようで恐縮です」
「謙遜する必要はなくてよ。事実貴女の座学の成績は学年トップクラス。訓練でも上手く負けてあげているようですが、明らかに他とは一線を画するほどの実力。何より二年次の実地演習では脅威度A以上と思われるオーガキングを実質単独撃破。これで評価しないほど私の目は節穴ではなくてよ」
…言われてみると、やりすぎというかわかりやすいほどの成果だった。
それでも二年次の時は確かに頑張ったけど、去年はほとんど何もしていないはずだけど。
「加えて、冒険者ギルドでの活動。ギルドマスター直々の高難易度の依頼を次々と達成なさっているとか。しかも多数の依頼をこなしながらも失敗数は未だにゼロ。これは驚異的な記録と存じておりましてよ」
ネイニルヤ様は思った以上に私のことを調べているみたいだ。
だとすれば尚更呼ばれた理由は見当がつく。
面倒なことこの上ないけど、早いこと用事を言ってもらいたい。
「そこまで私のことをお調べいただいているのですね。その上での評価ということであればありがたくお受け致します」
「えぇ、そうしてくださる? そして今後は私の護衛としての役目をしていただきたいと存じます」
「申し訳ございませんがお断りさせていただきます」
間髪容れずに即答した私に彼女達が固まってしまったのは言うまでもない。
。
今日もありがとうございました。




