第168話 貴族院四年次
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すれ違うメイドさん達使用人の皆さんに挨拶しながら屋敷内を歩き二階の奥へと向かう。
そこがこのクアバーデス侯爵領主家の方々の個室がある。
私に用意されている部屋もこの近くにあるのは私がリードの護衛も兼ねているためだ。無論クラトスさんやナージュさんの部屋もすぐ近くにある。
そしてノックもせず徐にドアを開ける。
ガチャ シュッ
部屋の中へ入ろうとしたところ私の首へと剣の切っ先が突きつけられた。
ピタッと止められたその切っ先は震えることもなく、彼の研鑽のほどが窺える。
その剣を片手で退けると、それが嬉しくてリードに笑顔を向けた。
「成長してるね」
「当たり前だ。誰に鍛えられていると思っている?」
リードは剣を引き鞘へと納めるとさっきまで座っていたと思われる椅子の脇に立てかけてから自分も椅子に座った。
それを見届けると私はブレザーのポケットからポットとカップを取り出し、お茶をいれてリードの前に置いた。
「この魔法を使った入れ方をするのはセシルくらいなものだな…。それで明日には貴族院へ戻るが準備はいいのか?」
「あとはファムさんとか文官三人とかくらいだね。領主様にはこれから挨拶に行ってくるよ」
「そうか。ならば僕も付き合おう」
そう言うとリードはカップを持ち上げて口につけた。
領主様との話はほとんど無いようなものだった。
つまり「今後も頼む」と言われただけという。その場にいたクラトスさんとナージュさんにも挨拶をしたけど、今回長期休暇で自由にさせてもらったことに関しては特に何も言われることはなかった。
ということで私は下位文官三人組のところへやってきた。ここも基本的には挨拶だけなんだけどね。
今回は少し別の用事がある。
「ご無沙汰してます」
「「「お疲れ様です!」」」
「……これ、いつまでやるの?」
毎回やられているけど、私がこの領主館にいた時からずっと継続してこの挨拶をされている。
何度もナージュさんと同じようにしなくていいって言ってるんだけど、この体育会系の挨拶をやめようとはしなかった。
「ギザニアさん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なになに?インギスじゃなくて俺でいいのかよ?」
「ギッ、ギザニア!」
「はは、冗談だって」
ロ○コン疑惑のあるインギスさんはさて置き。というか、もう中学生くらいになってるんだからロ○コンの範疇から抜けてるよね。そろそろ安心かも?
私はギザニアさんの机の前に行くと彼の前に積まれている書類の量を見て驚いた。
三年前この部屋によく出入りしていたけど、ここまで書類が積み重なることなどなかったはずだ。比較すると当時よりざっと十倍はあると思う。
「なかなか忙しいみたいだね」
「そうなんだよな…。あんまりにも数が多いから最近じゃ騎士団に相談してもうまく回らないこともザラにあるんだ」
「こんなに増えたのは最近?」
「あぁ、大体半年くらい前だったと思うぜ」
「そっか、ありがと」
「…なんかあるのか?」
「わかんないから調べてるんだよ。それと冒険者ギルドのブルーノさんにも調査と討伐の依頼は出してあるからそっちと連携して領内の魔物退治を進めてみるといいよ」
「…さすが、セシルは仕事が早いな…」
ギザニアさんが私を持ち上げるような話をすると突然インギスさんが立ち上がった。
彼は右手を握り締め、自分の胸の内を熱く語り始めた。
「そう! セシル様は素晴らしい! 私達とは次元が違うのだ!」
「それは…さすがに言い過ぎだよ。事実があればナージュさんも領主様もちゃんと動く。だから私達はその事実をどれだけ早く掴めるかも仕事の内よ」
「はっ! セシル様の仰る通りです!」
なに?しばらく離れてる間に私は彼の中で神格化されてるの?
もうこの感じは尊敬してるとかじゃなくて崇拝してるっていうレベルだよ。
どんどん危ない人になってきてるのである程度のところで駄目なところを見せて多少失望させないと、彼の中の私が完璧な超人になってしまいそうだ。でもマスクは集めないよ。
「そんなわけで、ギザニアさんだけじゃなくてインギスさんもシャンパさんも仕事中に何か情報を掴んだら三人で共有した上でナージュさんへ報告するようにして下さい」
「「「はいっ!」」」
だからそういう返事はしなくていいからっ。
その後ファムさんといつも通り姉妹のようなやり取りをし、一緒にお風呂に入った。
あのたわわな二つの果実は彼女の年齢がまだ若いこともあって健在だったのは言うまでもない。
「で、結局王都に残ってまでやりたかったことというのは終わったのか?」
「あー…うん。なんとか目途はついたよ。一応」
「一応、な…。まぁいいさ、僕も折角の休みをまたセシルの地獄の特訓で潰されずに済んだのだからな」
今私とリードは王都へ向かう馬車の中にいる。
今回同行する騎士団は断っている。理由は昨日ギザニアさんに話した件が絡んでいるのは言うまでもない。さすがに昨日あんな相談をしたばかりでクアバーデス侯爵領騎士団長である彼を同行させるのは申し訳ないしね。
それにそこらへんの盗賊や魔物程度ならリード自身でも対応出来るし、私がいる以上近付けることすらさせない。
「それより今年から専門教科が増えるんだったか」
「そうそう。来週の風の日までに選択する講義や訓練を記入したものを提出することになってるからね」
「…それで、僕は何を選んだらいいんだ?」
「…リードルディ様の必要と思われるものをご自分で選ばれてはいかがでしょうか?」
わざと意地悪に従者らしい言葉遣いで話してあげるとリードは臍を曲げてしまったようで、馬車の窓を開けて外の風を入れてきた。
「どうせお前のことだから既に講義は選んであるのだろう?回りくどいことをせずにさっさと言え」
「はいはい。えーっと…」
私はリードから言われるままに既に選んである講義と訓練について説明をした。
結局のところ、彼の戦闘技術は現時点でもかなり高いレベルになっているのは間違いない。
それも従者クラスを交えた上でだ。
多分貴族院の中でも上級生含め十番目くらいには入るだろう。なので戦闘系の訓練は一つも入れないことにしてある。
必修の講義は仕方ないとしても、それ以外では礼儀作法や馬術、魔法が実技訓練に入ってるだけでそれ以外は全て講義だ。
講義も経済学、執政、法律など領主になるべく必要なものを取り、芸術なども排除してある。
これはクアバーデス侯爵やナージュさんとも相談して決めてあるので今更変更することも出来ない。
私に関して言えば必修以外はほぼ取得していない。全ての講義の説明を受けた上で大半が必要ないと判断した。
本来なら訓練もそれなりに入れて今後も自分の主人に仕えると思ってもらえるようにするのが一番なのだけど、私は卒業と同時にリードの元から去る予定だ。無論、彼が全力の私に一撃を入れることが出来れば今後も仕えるか、彼の奥さんになることを選ぶだろうけど現状ではまるっきり見込みはない。
参考までにクドーは私に魔法、戦帝化無しで勝率七割。アイカは半径三十メテル以内に近付かないことを条件にして勝率三割。
あの二人ですらそんなものだ。特に最近のリードを見てると既に私に勝つことを諦めてるようにも見える。
どのみちこの子に付き合うのもあと二年だ。
進化して英人種になれば私の寿命は遥かに延びるのだし、そのうちの二年と考えれば大したことはない。
「ふむ。随分余裕のあるスケジュールだな?」
「空いた時間にお望みなら訓練に付き合うからね」
「それは願ってもない。せいぜいセシルの自由時間を奪ってやることにしよう」
しかし苦笑いを浮かべる私にリードは意地悪く微笑むと今度は唐突に真面目な顔になった。
「ところで文官達となにやら不穏な話をしていたらしいな?」
「…不穏というか、領内の魔物の活動が活発になってきたかも、っていう話だよ」
「それを不穏というのだろう」
「今はまだそこまでじゃないよ。それを調査するために今回ゼグディナスさんの同行も断ったのは確かだけどね」
「魔物達の動きがか…。連鎖襲撃にならなければ良いがな」
「…それは…考え過ぎじゃないかな。話が飛躍しすぎというか」
「…それもそうだな」
「一応調査が済んだら私にも連絡をもらえるようにしてあるから、届いたら報告するね」
リードは「あぁ」と窓の外を眺めながら返事をした。
気のない返事のようだったけど、彼なりにクアバーデス侯爵領のことを思っているのは知っている。
後は何もないことを祈るくらいしか今の私達に出来ることはないだろう。
そんな話をしながらも馬車は王都を目指し進んでいた。
新年度になり、講義や訓練が始まればまた忙しい日々になる。
尤も、私ではなくリードが、だけど。
彼は低学年ではなかった講義を取得していることもあって勉強ではかなり苦戦している模様だ。それでも間を縫っては私に訓練の申し出をしてくるので私としても暇なわけではない。
こうして自分の必修もなくリードから訓練の申し出がない日は週に一度くらいしか確保していない。私が空いた時間に何をしているかと言えば大体図書館で自習するか、魔道具研究室にいる。
自分の訓練の時間を全く取っていないのは週末にユアちゃんのダンジョンの最下層で行った方が効率が良いからね。
おかげで現時点でリードと私のレベル差が五十倍くらい離れてしまい、彼にとっては絶望的な実力差となっている。
それを伝えていないのは私の優しさだろうか、それとも意地悪だろうか。
まぁどっちでもいい。
ここ最近図書館に入り浸っているのは理由がある。
王国内のことや魔道具のこと、講義でもやっているけど魔物のことを調べている。
リードの言っていた連鎖襲撃についても調べようとしているけど、そちらはまだ手付かずだ。
現状私自身に起きている問題について。
そして。
ポケットから取り出した一通の手紙。
表には私の名前だけで、裏に宛名はない。
うっすら埃が舞う人気のない図書館でガサガサと紙の擦れる音を立てて手紙を開く。
「アドロノトス先生…」
今日もありがとうございました。




