第167話 ベオファウムへ
翌日の朝、私はベオファウムへ向かうために村の門にいた。
前回と同様に私を見送るために家族とキャリー、そして今回はハウルも一緒にいる。
「それじゃ行ってきます。また時間が出来たら帰って……あ、違う。ハウルとキャリーが結婚するときには帰ってくるから絶対教えてね!」
「ふふ、それは成人してからだよ。でも、待ってるね」
「そんときゃユーニャとコールも連れてこいよな!」
コール…。
そういえば王都ではまだ会ってない。
ユーニャもコールのことについては触れてないので私も意図的に避けていたんだけど、さすがにそろそろ聞いた方が良いかもしれない。
心のメモ帳に書き留めるとハウルにはそれとなく返事をしておいた。
「セシルちゃん、頑張ってね。またいつでも帰ってきていいんだからね」
「ねえね、僕すごくいっぱい勉強する。ねえねに褒めてもらえるくらいいっぱい」
「うん、頑張ってねディック。また次に来る時には魔石たくさん持ってくるから。母さんも元気でね。ディックをお願い」
私があまりに真剣に頼むものだからイルーナは「はいはい」と軽く返事をして手を振った。
むぅ…。これでも私は真面目なのに。
ちなみに昨夜のうちにディックには新しい魔石のお守りを渡しておいた。
以前に渡したものもあるのだけど、今回は自重無しの完全チート仕様だ。
ダイヤモンドを魔石にしたので内包魔力は億に近い数値を叩き出した上で不可侵結界と位置登録を付与したもの。
これなら自分で解除するか内包魔力が切れるまで直径一メテルほどの不可侵結界を張ることが出来る。ちなみに九千八百万もの内包魔力であれば起動後凡そ五日間は張り続けられる。それまでには世界中のどこにいても絶対に駆けつけてみせる。例えどんなことをしても。
「セシル、父さんも母さんも毎日お前のことを話しているんだ。帰ってこれる時には帰ってくるんだぞ」
「うん、わかってる。それと父さんに話しておくことがあるんだった」
「なんだ?」
私はランドールをみんなの輪から少し離れたところへと誘うと遮音結界を使い、他の人に声が聞こえないように配慮した。
「…お前、こんなことまで出来るようになったのか」
「まぁ頑張ってますから。それより聞いてほしいんだけど」
私は探知で探った村の周りのことをランドールへと伝えることにしたのだ。
昨夜みんなが寝静まった後、憂いを無くしておくために徒歩一日圏内にいる少し強めの魔物を狩りつくしておいたのだ。
その中にはオークの集団やオーガが散見されていた上にユアちゃんのダンジョンにいた魔獣系の魔物も単体ではあったものの数体発見した。
オーク単体ならばともかく、オーガは自衛団員くらいでは歯が立たない。ランドールやイルーナなら何の問題も無いのだけど、ハウルでは恐らく逃げる間もなく殺されてしまう。
昔はこんな強力な魔物を見掛けることなんて無かったんだけど、分布が変わったのかな?
この後行くベオファウムの冒険者ギルドで調査依頼を出しておいた方がいいかもしれない。
でもランドールにはそこまで人外な活動をしていたことを話せないので、村から徒歩五日くらいのところに相当数の魔物の気配がすることだけを話しておく。
そうすれば警戒もするだろうし、何よりレベルの足りない団員に遠くまで見回りに行かせないようになると思ったからだ。
「それは…確かに危険だな」
「一応この後ベオファウムに行くからあそこの冒険者ギルドに調査依頼と魔物の数を減らしてもらうように依頼を出しておくね」
「あぁ。お前にもらった金貨はそれに使わせてもらうとしよう」
そんなことのために渡したんじゃないんだけどなぁ。
だったら私が自腹で出しておくよと言いたいが、ランドールにも自衛団副団長としての勤めもあるだろうしそこは口を噤んだ。
仕方なく話をそれで打ち切ると遮音結界を解除してみんなの元へ戻ると早速イルーナがニヤニヤしながら話しかけてきた。
「内緒話はおしまい?」
「うん、父さんと私の秘密だよ」
「えぇぇぇぇ…ランド君ズルいよ!」
「あー…まぁなんだ。男親の特権だ!」
いや。その誤魔化し方はどうなのよ?
とりあえずあまり長居するわけにもいかないので話が落ち着いてきたところで「それじゃまたね!」と元気よく声を出して走り出した。
「セシルちゃん、またねーーーっ!」
後ろからキャリーの私より元気な声が聞こえてきたので走りながら後ろを振り向いて大きく手を振った。
そのまま街道を走り続けて村から見えないところに入るとすぐに上空へと飛び上がり、ベオファウムへと急いだ。
目の前にはたまに来ているベオファウムの冒険者ギルドがある。
リードを長期休暇の度にベオファウムへと送っているので、その都度顔を出すようにしている。それでも少し間が空くと入り辛くなるのは専らギルドマスターであるブルーノさんと買い取り担当のヴァリーさんによるところが大きいのは言うまでもない。
カララン
軽いドアベルが鳴ると中にいた数人の冒険者が振り返る。
この仕草はどこ行ってもみんなするんだけど、作法みたいなものかね?
しかし入ってきたのが私だとわかるとほとんどの人が元の作業に戻るが、中には「よう!」など軽い調子で声を掛けてくる人もいる。「こんにちは」と私も挨拶を返せば相手もニカッと笑顔を向けてくれる。こういうちょっとしたことを面倒臭がらずにやるのが円滑な人間関係構築には必要だよね。
但し冒険者に限る。
さて。
「こんにちはリコリスさん」
「セシルちゃん久しぶり! リードルディ様のお迎えですか?」
「うん、そろそろまた貴族院が始まるからね。それはともかくブルーノさんいる?」
「セシルちゃんなら執務室へ直接行っていいよ」
リコリスさんはカウンターの奥を指し示すと私を促してくれた。
この受付嬢はこんなんでいいの?
笑顔が素敵な可愛い人ではあるけど、あんまり簡単にギルドマスターのところへ人を通しちゃ駄目だと思うんだけど。
とは言え、彼女がどうぞどうぞと言ってくれているので気が変わらない内に私も中に入りベオファウム冒険者ギルドマスターであるブルーノさんの執務室へと足を運んだ。
カウンターの奥から階段で二階に上がるとひと際立派なドアが設えられている部屋がある。
三回ノックして中から野太い声がしたのを確認すると私はドアを開けて中に入った。
「お?なんだセシルの嬢ちゃんじゃないか。またリードルディ様の迎えの時期か」
「うん。この後すぐ領主館へ行かなきゃならないから用件を話しておきたいんだけど」
「…なんだ?」
こちらの雰囲気を悟ってくれたのはブルーノさんは真面目な顔になると応接セットのソファーへと座り、その対面に私も座るよう促してきた。
そして私は自分の村であった出来事をブルーノさんへ事細かに伝えることにした。
「なるほどな…。よし、それじゃギルドからの依頼としてその周辺の調査と魔物の討伐を出しておこう」
「ありがとうブルーノさん。それじゃ依頼料は…」
「馬鹿野郎。そんなもんいらねぇよ。言っただろ『ギルドからの依頼』だってな」
「でも…」
「『でも』じゃねぇ。いらねぇってんだから出すんじゃねぇぞ」
このいかついオッサンはこう言いだしたら絶対に折れないことをここ数年の付き合いでわかっている。
私は素直に「ありがとうございます」とだけ言うと彼も「おぅ」と短く答えた。
「しかし…確かお前さんが最初の頃にやった依頼で脅威度Bの魔物を大量に狩ってきたことがあっただろう?」
「あー…確か二回目の依頼を受けた時だよね」
あれは実はアイカから出されたものだったっけ。ノーラルアムエの花…だったと思う。
それを採取するために森の奥へ向かったら脅威度Bの魔物に散々襲われてしばらく戦い続ける羽目になったのだ。懐かしい。
「あの時もな、森を調査したんだ。ひょっとしたらまた森の魔物が活発になってるのかもしれん。本当はお前さんにも手伝ってもらって森の魔物を減らしてほしいところなんだが…」
「それは…ごめんなさい」
「まぁ事情はわかってるからな。気にするな、こっちの仕事だ」
そしてブルーノさんはさっき話していたことを纏めるために執務机に向かうとサラサラと依頼書を書き上げてくれた。ベオファウム南の森の調査、それとベオファウム南の森の魔物討伐の二つだ。
両方同じ依頼にしてしまうとそれなりの規模のパーティでしか受けられないからという理由があるせいだ。
二つに分けておけば受けられるパーティも増えるのでどちらも捗るらしい。
勿論その分お金はかかるんだけどね。
「じゃあこいつを貼り出しておく。森から魔物が溢れ出してくるとは思えんが、万が一の場合には王都の冒険者ギルドにも応援要請があるはずだ」
「わかった。なるべく気に留めておくことにするよ」
「そうしてくれ」
その後ヴァリーさんも呼んで少し話し込んだ後、私は領主館へと足を向けた。
休みに入ってすぐの時にリードを送ってきているのでここに来るのは一月ぶりくらい。リードも最近は真面目に勉強も訓練もしているのでそのあたりは気にしていないけど普段なら長期休暇中でも領主館に滞在しっぱなしなのに今回はずっと別行動だったから何かしら嫌味の一つでも言われるのは覚悟しておこう。
領主館の門を潜る前に洗浄を使い身体や服の汚れを落としておく。
ほとんど汚れなどはないけど、屋敷内を歩いてゴミや埃を落としてしまうとメイドさん達の仕事が増えてしまうからね。
ゴンゴン
ドアノッカーを叩くと中からメイドさんが出てきた。
最初に私がここに来たときからいる人で来客対応はだいたいこの人かクラトスさんが行っている。確か名前はジルノさん、だったかな。
「これはセシル様。おかえりなさいませ」
「ただいま戻りました」
「リードルディ様も首を長くしてお待ちしておりましたよ」
ジルノさんの言葉に私は「ははは…」と乾いた笑いを返すだけに留め、早速私の自室と化している客間へ…行かずにすぐさまリードの部屋へと向かった。
今日もありがとうございました。




