第165話 帰省二回目
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休みも残り五日となり、私は一人王都から出て街道を歩いていた。
タイミングが悪く前にも後ろにも何人かいて上空へ飛び上がることが出来ないでいた。
まだ二の鐘が鳴る少し前だというのにみんな少しでも早く出て目的地へと近付きたいのだろうか。
今歩いている街道はベオファウムへ向かうものなので人通りは普段から多い。
そう思って早く出たのにちょっと誤算だった。
結局そのまま二の鐘が鳴るまで歩いた後、林の中にゴブリンを見つけたため討伐している間に他の旅人はいなくなり私は上空へと飛び上がった。
予定より遅れてしまったので少し急ぎ目で行こう。
急いだことが功を為し、四の鐘が鳴った後くらいに森の開けた場所へと降り立つことが出来た。そして迷うことなく歩を進めていくと森は切れ、すぐ近くに門が見える。
門と言えば聞こえはいいが、木で作られた柱とそれを繋いだだけのもの。
昔は毎日ランニングの度に見ていた。
あれから変わってない。
門の前には二人の男性が立っていて、歩いてきている私へと視線を向けているのがわかる。
そして私が門へと到達すると持っていた槍の石突を地面へ叩きつけドッという音を立てたかと思うとこちらに凄んできた。
「この村に来るような旅人や冒険者などそういないはずだ。何用か!」
それ前に帰った時も聞いた気がする。
至って冷静な気持ちのまま両手を上げることもなく私は二人の男性のうち、もう一人へと視線を送った。
「ただいまハウル。なんだかすごく大人になったね」
「お前もちょっとは大人になったじゃないかセシル。まだチビのままかと思ったぜ」
見てすぐにわかった。
十歳の頃に比べ、更に背も伸びたし声変わりの最中なのか少しかすれた声を出しながらも何となく聞き覚えのあるヤンチャな声。
私の幼なじみの一人であるハウルだ。
村の自衛団に入り、今も変わらず働いているらしい。
「ハウルさん、この女知り合い?」
「こいつは俺の幼なじみのセシルだ。ランドール副団長の娘だぞ」
「…ランドール副団長の?…確か貴族様の従者で王都に行ったっていう…」
「それだ。そんでセシル、今回は里帰りか?」
ハウルは後輩?の男の子の頭を槍の柄でコツンと叩くと私の近くまで寄ってきた。
「明日にはまた出発するんだけどね。領主様のところからリードと一緒に王都へ戻らないといけないから」
「その前に顔見せってことか。故郷を忘れないってのはいいことじゃないか。ホラ、早く帰ってやりな」
「うん、ありがとうハウル。家に寄ったら自衛団の詰め所にも顔出すね」
門をくぐりながらハウルへと手を振ると私は家の方へと走り始めた。
以前もそうだったけど、気をつけて走らないと地面を削ってしまうし常人では有り得ない速度が出てしまうので急ぎながらも慎重に走っていった。
麦畑が視界の前方から左右へと流れていき、遠くに小さな家が見えた。
それなりのお金は渡したはずなのに建て替えることも、増築することもなく変わらない建物がそこにあった。
家の前のハーブ畑は相変わらず自分達で使う分だけ。
干してあるシーツは真っ白ではないが、昔毎日見ていた光景。
ここに来るだけで涙が浮かびそうになる。
まだ家族に会ってすらいないのに。
コンコンコン
控え目にノックすると中から「はーい」という声が聞こえてガタッとドアが開いた。
「どちらさ…セシルちゃん?!」
「ただいま母さん」
そしてやっぱり勢い良く抱き締めてきてくれたイルーナ…母さんだった。
しばらくイルーナに好きなようにさせていたけど、キリがないので彼女の身体を押して離す。
いつの間にかイルーナの身長にかなり近くなっていたようで少し上を向くだけで彼女と視線が交わる。
「また、おっきくなったね」
「うん。もう十三歳だもん」
気がつくとイルーナの目には涙が浮かんでいて、それにつられて私の視界も少しだけぼやけてきた。
イルーナは既に三十を超えているが見た目が全く変わらず若々しいままで、少し陰のある落ち着き具合もそのままだ。
玄関のドアの前で見つめ合っていた私達だったけど、ふいに家の中からイルーナを呼ぶ声がした。
「母さーん?誰か来たのー?……あれ?ねえね?」
声がした方を見るとドアから外を窺うようにディックがちょっとだけ顔を覗かせていた。
彼も八歳になり、背も伸びて男の子らしい雰囲気が出てきていた。しかし顔はイルーナ譲りの可愛らしい感じが強く出ていて中性的な魅力を持ち合わせている。
はっきり言って可愛い。
弟だということを抜きにしても可愛い。
やっぱりディックは可愛いなぁ。
「ただいまディック。おっきくなったね」
「おかえりねえね。ねえねはちょっと縮んだ?」
…言うに事欠いて縮んだはないでしょう?
しかも最初の一言がそれって…。
どういう教育をしたのか問い質す意味も込めてイルーナを睨んでみたけど、彼女はどこ吹く風だ。
「お姉ちゃんが縮んだんじゃなくて、ディックがおっきくなったんだよ。ほら、お姉ちゃんお家に入れてくれる?」
「うん、こっちだよー」
話してみると少し幼い感じがするディックだけど、私は彼に手を引かれて家の中へと入っていった。
ランドールを除く三人で家族団欒をしていると、前回同様仕送りと称してイルーナに金貨や銀貨の入った袋を渡した。
「セシルちゃん…ありがたいけど、いいの?王都っていろいろ高いんでしょう?」
「このくらいなら大丈夫。それに私一人だけ良い暮らししてたら申し訳ないもん」
今回渡したのは合計で白金貨五枚程度。その気になって冒険者ギルドの依頼をしていれば一度に稼げる程度の金額だ。
それにいつもはヴィンセント商会でこの十倍以上のお金を平気で使っているので私からすればこのくらいのお金は総資産の誤差でしかない。
「あと王都で買った紅茶と乾燥ハーブもね」
「なんだかセシルちゃんがとっても良い子なのにお金持ちで遠い人になったみたい」
目の前に積まれていくお土産にイルーナは遠い目をし始めた。
ディックは私の隣で母さんが入れたミントティーを飲んでいる。今はまだ夏なので少しでも涼を取れる飲み物を出してくれた。
勿論私の熱操作でキンキンに冷やしてあげたよ。
「私が良い子なんだとしたら母さんの教育の賜物だね」
遠回しにディックにもちゃんと教育するようにと意味込めたけど、イルーナに伝わったかどうかは不明だ。
現に彼女は「セシルちゃん…」と呟いたきり胸の前で手を組んで目をキラキラさせている。
「ねえね。僕にお土産は?」
「あ…お姉ちゃんディックがどんなものを好きかわからなかったから何も買ってきてないの」
「えぇ…そっかぁ…」
しょんぼりする弟を見ていると罪悪感がどんどん高まってくる。
なんで私は弟の好みをリサーチしていなかったんだ、と。
「ディ、ディックはどんなものが好きなの?お姉ちゃん次に帰ってくる時にはディックの好きな物いっぱい用意するから」
「うぅん。僕の欲しいものは高い物だって母さんから言われたからいいよ」
弟の言葉を聞いてイルーナを見ると困ったように苦笑いを浮かべたがそれでも「お姉ちゃんに話してみて」と促してくれる。
それをもってようやくディックは自分が欲しい物を話す気になってくれた。
「僕魔石が欲しい」
「魔石?魔石って…あの魔力の入った石の?」
「うん。それも何も付与されてない魔力だけが入った魔石がいい」
どういうことだろう?
「ディックは体力が無いから物作りのお手伝いに行ってるのだけどそこで聞いた話から魔道具を作ってみたいっていつもよく言ってるんだよ」
「魔道具?ディックが?」
「うん。僕いろんな魔道具を作ってみたいんだ。今は魔石が無いから何も作れないけど」
そう言うとディックは椅子から下りて、自分の作業机から一枚の木の板を持ってきた。
それを見ると極々基本的な物ではあるけど、ちゃんと魔道具のための魔法陣が描かれており、魔石をセットすれば魔法陣が発動するようになっている。
「すごいね…これをディックが作ったの?」
「うん、母さんにちょっとだけ教えてもらって」
「昔見た本当に基本の魔法陣くらいしか覚えてなかったんだけどねー」
イルーナが冒険者をやっていたのは既に十五年くらい前のことなので、そのことを覚えていること自体もすごいけどディックはそこから自力で魔法陣を完成させている。
気になった私はディックに対して鑑定してみることにした。
ディック
年齢:8歳
種族:人間/男
LV:4
HP:61
MP:4,197
スキル
言語理解 7
魔力感知 4
魔力循環 2
魔力操作 2
魔力自動回復 1
熱魔法 2
空魔法 1
光魔法 1
補助魔法 2
槍術 1
棒術 1
道具鑑定 2
スキル鑑定 1
ユニークスキル
凝縮思考 4
魔力圧縮 1
魔道具作成 1
彫金 1
細工 2
タレント
細工師
魔工技師
予想通りというか、ディックには魔工技師のタレントが備わっていた。
他にも物作りの手作りをしていることもあってか細工や彫金のスキルまで持っている。
この子が魔道具作りに凝ってしまったら引きこもってずっと物作りに耽ってしまうんじゃないだろうか?
他にも魔法に対する適性もあるのか魔力の扱いに関するスキルといくつかの魔法スキルが見られた。加えて槍術、棒術スキル。ミオラがいればディックの良い先生になってくれそうだけど、彼女は何人かの貴族に卒業後雇われようといつも必死にアピールしているから難しいかもしれない。
ちなみにリードとババンゴーア様もその候補に入っている。
気になったのはユニークスキルの凝縮思考。
凝縮思考:集中力を極限まで高めた思考をすることで思考速度を高める。スキルレベルが上がると思考の幅も広がる。
研究者向けのスキルだね。
私もちょっと欲しい。
今度いろいろ試してみようかな?
「ディックには魔道具を作る才能あるかもしれないね」
「ホント?!」
「うん。勿論努力はしなきゃ駄目だけどね。お姉ちゃんが保証します」
「そっかぁ…僕頑張る」
両手を胸の前で握り込んで気合いを入れるディック。
なんだこの可愛い生き物は。
しかし魔法陣は確かに起動するものの、あくまでそれは起点となる物だからだ。実用的な魔法陣はそれこそ貴族院や国民学校に入らなければ教わることはないだろう。
なのでちょっとだけこの子には贔屓をしてあげなきゃね。
今日もありがとうございました。




