第164話 管理者とダンジョンのこと
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「どうしたの?なんか難しい顔してるけど?」
「えぇ…そうかなぁ?そんなつもりはないんだけど」
私は残り少ない休みをユーニャと一緒に少女の夢で過ごしていた。
目の前に座っているユーニャは幸せそうに微笑みながら砂糖がたっぷり振りかけられたお菓子を食べている。
見ているだけでこっちは口の中に唾液が広がって奥歯がじくじくして胸焼けがしてくる。
よくあんなに幸せそうに食べられるなぁ。
ユーニャは紅茶を飲んで口をさっぱりさせるとその綺麗な顔をずいいっと寄せてきた。
「嘘ついてるよね?私には言いたくないことなのか、私が頼りないからなのか知らないけど、セシルの様子がおかしいことくらいすぐわかるよ」
むぅ…思った以上にユーニャには私のことが筒抜けらしい。
でもさすがに言えるような内容じゃないし…変に心配もかけたくない。
「本当に大丈夫だよ。もし一人で抱えきれなくなった時にはユーニャに一番に聞いてもらうから」
「…うん。私はいつだってセシルの味方だから」
本当はまだ言いたいこともあっただろうし、聞き出したかったに違いないが彼女はその言葉を飲み込んだ。
この子の年齢にそぐわない心遣いには頭が下がる。
そして再びユーニャはお菓子を食べながら取り留めのない話をし始めた。
私はそれを聞きながら先日ダンジョンの奥でアイカ、クドー、そしてユアちゃんと話したことを思い出していた。
「ちゅーことは話をまとめると、セシルは転生した時のことを覚えてなくて転生ポイントを貯めなアカンってずっと誰かに聞かされてきて、管理者の資格を持ってて、神の祝福も持ってて馬鹿みたいに宝石が好きってことなん?」
「…最後のがちょっと気になるけど間違いないよ」
アイカは飲み終わっていた紅茶のカップを傾け、中身がないことに気付くと無言で私に突き出してきた。
ちょっとムッとしつつも紅茶を入れ直してあげるとそのまま飲まずに手元に置いた。
「んで、転生ポイントが貯まったから『英人種』ってのに進化出来るようになったんやろ?」
「英人種?セシルが?…本当ならすごいことだよ。確かここ二百年くらいは新しく生まれてないはずだから」
「あれ?そうなの?でも世界には英人種が千人以上はいるって…」
▼の中を見た時にそんなことが書いてあったはずだ。
ユアちゃんは憧れのような眼差しを向けてくるけど、私にはなんのことかさっぱりだ。
「それはそうだよ。英人種は普通の人間より遥かに長い寿命があるからね。アイカの夜人族が七百年くらいで、そっちのクドーみたいな神狼族は二千年くらい。そこまでじゃないけど確か五百年くらいだよ」
ながっ?!
というかそんなに生きてたら精神の方が先に摩耗しちゃって廃人になっちゃいそうだけど?!
…でもクドーも既に二百年くらい生きてるけどそんな様子もないし、何かしら種族の特性みたいなものがあるのかもしれないね。
「見た目は人間の時と全く変わらないんだし進化した方がいいよ!」
ユアちゃんは私に進化をグイグイと進めてきた。
アイカも好きにしたらいいというスタンスだったし、してもいいのかもしれない。
普通の人と結婚して子ども作ってっていう普通の幸せからは遠退いちゃうかもしれないけど。
「もう少しだけ心の整理をしてからにしようと思ってるの」
「そっかぁ…。セシルが英人種になってくれたら長い間何回も会えると思ったんだけどなぁ」
どれだけ寂しい生活してるんだこの子は…。
「他にユアちゃんが『管理者』について知ってることってある?」
私が質問するとユアちゃんは人差し指を顎に当てて考える仕草を始めたようだ。
外見が私と同い年くらいなので仕草に違和感はないけど、ちょっとあざといと思う。
「また調べてみるけど今この世界には管理者がいないはずだよ。管理者には『管理者』以外に『管理者代理』と『管理者代理代行』、そして『管理者の資格』があるの。『管理者代理』もいないんだけど『管理者代理代行』はいたはずだよ」
「なんやそのでっかい会社の『とりあえずなんか役職与えとけ』みたいな回りくどい言い方は」
アイカは辟易としてきたようでソファーの背もたれにどっかりと体重を掛けて紅茶のカップを掲げた。
前世で高校生までしか生きてなかったはずなのによくそんなこと知ってるね?
それを口に出すより前にユアちゃんからその答えが来た。
「管理者が万が一いなくなった場合は世界そのものが無くなっちゃうから仕方ないんだよ」
「…ホンマに言いよんの?」
「だから我としてもセシルには管理者になってほしいな。どうやったらなれるのかまではわかんないけど…」
管理者になることによって生まれる制約とかがあるならあまり乗り気にはなれないけど、それによって得られるものがあるなら一考の価値はあるかもしれない。
そのあたりも聞いてみたけどユアちゃんは知らないという。
これはその「管理者代理代行」ってのに会ってみた方がいいかもしれないね。
とりあえず、貴族院卒業後の方針はそれで決まりだ。
「そういえばユアちゃんはここのダンジョンマスターになってからどのくらい経ってるの?」
「大体六百年くらい。前にこの部屋に人が来たのは我がダンジョンマスターになってすぐだったから、人と話すのは六百年振りだよ」
…思った以上にぼっち歴がすごかった…。
また来てあげたいのはやまやまなんだけど、ねぇ。
「うーん…。じゃあまたユアちゃんに会うために頑張ってダンジョンクリアするよ。進化してもっとレベル上げたらもう少し楽に来れるようになると思うから」
「えーーっ!それまで待たないと駄目?」
「当たり前やろ?今回ウチらがどんだけ苦労したか。ツレんトコ遊び行くんとは違うんやで」
アイカの冷たい言葉にユアちゃんは慌てたように手や視線をあちこちに動かし出した。
動きから察するに彼女の目の前には私達には見えないタブレットのような物がある気がする。
「何してるの?」
「えっと、ダンジョンポイントで貰えるアイテムで何か便利なものがないかなって…」
予想通り、ダンジョンマスター専用の端末か何かだろう。
必死になっている姿はちょっと可愛い。
「あっ!」
「何かいいのあった?」
「うん!これ!」
そう言って彼女が広げた手のひらの上に三つの指輪が現れた。
この金色で虹色に輝く金属は…。
「オリハルコンの指輪か」
「すごいポイント使っちゃったけど、セシル達ならいい!これ持ってって!」
「…これは?」
私達は一つずつ出された指輪を受け取って眺めてみる。
アイカはちょっと眺めたらすぐに魔法の鞄に入れてしまったけど、クドーは細かく指輪の内側に掘られている文字まで目を通している。
「これは『転移の指輪』。我のダンジョンの中なら好きな場所に移動出来るようになるの」
「それってすごいものなんじゃない?いいの?」
「うん!これならダンジョンに入ってすぐ我の部屋まで来れるから!でも効果があるのは我のダンジョンだけだから他の所に行っても使えないからね」
ユアちゃんのダンジョン限定ということらしい。
それにしてもすごいお土産を貰っちゃったね。
私はもう一度指輪を視線の高さで眺めるとそのまま右手の中指へとはめた後すぐに外した。
装備したら最後二度と外れないということはないみたい。
「ありがとうユアちゃん。これならまたすぐ会いに来れるよ」
「我、待ってるから」
その後彼女からダンジョンでの訓練についても話を聞くことが出来た。
それによるとダンジョンの中でならどれだけ魔物を倒して魔石を持っていって構わないらしい。
魔物は作り出すことでダンジョンポイントを使うけど、倒すとダンジョンが吸収するので再びダンジョンポイントが得られるという。
なので好きなだけ深いところで魔物を狩ってくれて良いとのこと。但しボスに関しては作るのに多くポイントを使う割に吸収する時はあまりポイントが変わらないので出来れば放置してほしいと。
私としては何の問題もない。
アイカとクドーにとっては迷宮金が採取出来た今となってはダンジョンに入るメリットは素材くらいなので問題ない。
それだけ聞き出すと私達はユアちゃんに挨拶して今度こそダンジョンを後にしたのだった。
「ってセシル聞いてる?」
「聞いてるよ。カンファから来月から来るように言われたんでしょ?」
「私ちゃんと出来るかなぁ?ちょっと不安で…」
目に見えて沈んでいる親友に対して私は魔法の鞄から一つ小さなフローライトを取り出した。
淡い緑色を放ち蛍石とも呼ばれるこの宝石は人に好かれる力を持つ。
それを両手で包み込み付与魔法で魔石へと変えていく。内包魔力は最大…けれど水晶ほどには魔力を含んでくれないこの石だと長くて一年くらいしか効果はないが、そこから先はユーニャの努力を信じようと思う。
加えて聖魔法の「安穏心」が少しずつ周りに放たれる効果と必ずつける「幸運」を。
そしてその魔石を小さな布袋に入れるとユーニャの手を取って渡した。
「これは?」
「ユーニャのための幸運の御守りだよ。前に村を出る時、私にユーニャがくれた御守りがあったでしょ?これはそのお返し」
「でも…」
「ユーニャに良いことがありますようにってお願いしておいたから、きっとうまくいくよ。大丈夫」
ユーニャの手に乗せた布袋ごと手を握りこんであげて「返却は受け付けません」と微笑むと、彼女も釣られて笑ってくれた。
「もう…ありがとう、セシル。でも…きっとこれもまたいろいろ付与魔法使ったんじゃない?」
「自分で使って効果を確認してみてね。それで将来どんな御守り作ったらいいか今から考えておかなきゃ」
「…セシルがカッコいい…。お店もそうだけどやっぱりセシルをお嫁さん……ううん、セシルのお嫁さんになりたい……」
何かユーニャがボソボソと言っているけど探知スキルを使っていないのでよく聞き取れなかった。
彼女は熱っぽい視線で私の目を見つめてきており、さすがにこんなに見られるとちょっと恥ずかしい。
少しは成長したから女同士じゃ結婚出来ないこともわかってるだろうし、そっち方面からは卒業したのだとばかり思ってたけどひょっとしたらまだまだ健在なのかな…?
慌てて手を離して紅茶を飲むとユーニャは目を閉じ自分の胸の前で渡された御守りを握りしめていた。
「私、頑張るね」
「うん。私も……頑張る」
そう、だね。
ちゃんと心の整理をつけてしまわないと。
そして変な雰囲気に流される前にお店を出ると私はユーニャを国民学校の宿舎前まで送っていった。
今日もありがとうございました。




