第158話 王都管理ダンジョン 9
九十一層を抜けた私達はその後も問題なくダンジョンを下っていく。
しいて言うなら階段を下りてすぐはアイカもマッピングが出来ていないので、私の望む方向へと進むことが出来た。
どうせ強いドラゴンの方へ進むことはバレてしまっているので遠慮なくその方向へ進むのだけど、その度にアイカとクドーから苦情が出るのでなるべく余裕を持って倒すことを心掛けたせいか九十五層くらいからは何も言われなくなった。
諦められたと言う方が正しいのかもしれないけど。
そして現在は迷宮層の一つ手前、つまりは九十九層にやってきている。
ちなみに九十八層で探索時間が八時間を超えてしまったのでその時点で野営をした。
ダンジョンの途中で野営をするのは初めてだったし、私自身は熱操作を広げたまま解除出来ないことと絶対領域も使い続ける必要があったため二人よりは休めていない。
それでもこの灼熱地獄の中で周囲には強力な魔物…ドラゴンが闊歩している状況では二人の消耗は私の比ではないのでしっかり休んだはずの二人よりもまだ私の方が元気だったりする。
さて、この九十九層。
ここのダンジョンマスターは冒険者達に攻略させるつもりが無さそうだ。
道が全て溶岩だとか、噴石が降ってくるとかではない。
そんなものは既に九十七層で味わっている。
ごく普通の岩石地帯。灼熱地獄は相変わらずだけど、溶岩が噴き出したりしないし、噴石も降ってこない。
そして九十九層を神の眼で見通していたアイカが一度長く目を閉じた後、元の茶色い瞳に戻って話し始めた。
「レッドドラゴン、ブルードラゴン、ブラックドラゴン。階段の近くにはクリスタルドラゴンがおるな」
「それらとの戦闘を避けることは出来ないのか?」
「…無理やろうなぁ…。それやったらここに来るまでに他のドラゴンにも隠蔽が効いてたはずやのにすぐに見つかってもうたしな」
確かに九十五層からは全員で隠蔽を使ってなるべく見つからないようにしてはいた。
勿論私も足並みを崩すつもりはないのでアイカに言われるがままに隠蔽を使っていたけど、何故かドラゴン達にはすぐ見つかってしまった。
魔物のスキルを鑑定することは出来ないので確実ではないけど、恐らくドラゴン全てに探知のスキルが備わっている。それなら隠蔽スキルMAXの私達を見つけることは出来てもおかしくない。
アンデットの出る層で姿や気配を消して近寄ってくるファントムなどの魔物ですらスキルレベル7の私でも見つけることが出来るのだから。
正直、今ここで話していることもこの層にいるドラゴン達には筒抜けになっている可能性だってある。
「どうにもならないなら、正面から行くしかないでしょ?」
「…ウチとクドーはセシルみたいに脳筋ちゃうんや」
「誰が脳筋よっ!」
失礼だなぁ。
宝石が手に入るから頑張ってるだけなのにさ。
「アイカ、セシルだって宝石や魔石が手に入らないなら無理に相手はしないと思うぞ」
「せやったな。けどウチらがセシルに付き合って全部のドラゴンに真っ向から挑むのは無茶を通り越して無謀でしかないやん」
「仮に突破出来たところで次の迷宮層が本来の目的地なんだしな」
二人の言い分も確かにわかる。けど二人ともドラゴンくらいなら一対一で負けることはないと思う。そりゃ竜王種みたいなのが出てきたら厳しいと思うけど、ここにいるドラゴンで竜王種に匹敵しそうなのはアイカが指摘していた階段の前にいるクリスタルドラゴンくらいだ。
それ以外は九十層にいた竜王種のレッドドラゴンに遠く及ばない。
加えて言えばここには強いドラゴンばかりいるけど数は相当少ない。一匹の強さが脅威度Aの魔物を遥かに凌ぐほどなので群れられたら普通の冒険者じゃどうにもならないので、このあたりに僅かながらにダンジョンマスターの良心を感じる。ほんの極僅かにね。
私でも一対一なら負けることはないけど、連続で戦い続けるのはかなりきつい。温存したままだと時間も掛かるし、連戦なんて数回くらいまでが限度だろう。
「じゃあクリスタルドラゴンだけは協力して倒そう。そこに辿り着くまでのドラゴンは全部私が何とかする」
「何とかて…いくらセシルでも無理ちゃうか?どんなに数が少ないルートを選んだかて十匹は倒さなアカンで?」
「逆に言えばそれだけで済むならなんとでもする。絶対百層まで行きたいの」
私は真剣な思いをそのままアイカへと投げかける。
二人にはちゃんと目的を果たしてほしい。私も自分の力を過大評価は出来ないけど過小評価をするつもりもない。私なら出来るはずだから。
「わかった」
「クドー!……まぁ、せやな。ここまで来たら行ってみんとなぁ」
「但し、セシルがこれ以上は無理だと判断したら退却だ。チャンスはこれっきりではないんだ」
「うん、それでいい。でも絶対二人を百層まで連れてく」
二人が覚悟を決めてくれたから、私もそれに応えなきゃ。
「そしたら…クドー、これ飲んどき」
「アイカもこれを持っておけ」
二人はお互いの持ち物を交換していた。
アイカはクドーにポーションを。クドーはアイカに魔石を。
「それは?二人とも何を用意したの?」
「ウチからはファイヤーポーションや。これを飲んでおけば鐘一つ分くらいなら火を寄せ付けんのや」
「俺からは氷魔法の魔石だ。少しずつ魔力が流れ出るようにしているからこれは鐘半分ほどで内包魔力が枯れてしまうだろうがな」
つまり私の熱操作が無くても二人はこの階層で活動出来るようになるわけか。
氷魔法の魔石なら私でも用意は出来るけどあれにこの灼熱地獄を耐えられるほどの効果はないはず。アイカのファイヤーポーションと組み合わせることで辛うじて耐えられるくらいなんだと思う。
無理をさせてしまうけど、おかげで私も二人の近くにいなくていいし熱操作に気を取られて全力で戦えないという状況からは脱することが出来る。
二人の準備が終わると同時は私はいつもの熱操作の範囲に戻す。
途端に二人の顔から汗が噴き出しているのが見えるが、耐えられないほどではなさそうだ。
「それじゃ一気に突っ走るから、アイカ方向の指示だけはお願いね。魔物自体の数は少ないけどクドーは正面以外への警戒をお願い」
「おっけーや」
「任せておけ」
私達は大きく息を吸い込むと岩山の中腹から飛び降りるように駆け出した。
山肌を落ちるように駆けていき地面まで下りた時にはかなりの速度になっていた。
私の全力疾走では二人がついてこれないのである程度抑えているものの視界の隅に映る景色は線になって流れ消えていく。
すぐ後ろに二人がいることを確認しつつ、前方に強い気配を感じる。そして向こうもこちらに気付いている。
「一匹目レッドドラゴンや!」
「剣魔法 圧水晶円斬」
遠慮も自重も手加減も無く最大魔力で放った水の丸い刃は私の手元から離れると同時に七つに増えて体長十メテルほどのレッドドラゴンへと襲い掛かった。
一つずつが直径三メテルはある巨大な刃は口内に炎を溜めていたレッドドラゴンの首や前足を切断してその命を刈り取る。
そして光の粒になって消えたところで地面に落ちた魔石を駆け抜けながら拾うと速度を落とすことなくアイカが示す方向へと進んでいく。
「次!グリーンドラゴン!もうちょい左や!」
「了解!」
アイカから指示が出ると私も探知で標的の位置を確認した。
このまま走れば数分程度でかち合うことになる。
九十階層に着いてから何度となく戦ったけど純粋な強さはそれほどではないものの毒を操る厄介な相手だ。
特に背ビレに沿うように空いた穴から猛毒の霧を発生させることがあり、そうされると進路変更を余儀無くされる。
この速度で走っていた場合、その霧を回避する事は不可能でありアイカとクドーは行動出来なくなる恐れがある。私は異常無効があるので問題ないけど、解毒の魔法を私は使えないのでアイカに解毒剤を用意してもらわないといけない。かなり強力な毒なので私が持っている解毒ポーションも何の役にも立たない。
アイカに毒を受けさせないためにもレッドドラゴン以上に早く倒さないと。
両手に短剣を持ち魔闘術で魔力を込めていく。
そしてかなり遠かったが視界にグリーンドラゴンを捉えると同時に両手を振るった。
「えええぇぇぇぇやあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ギィィィィィィィィン
甲高い音を立てて短剣から金色の刃が×の字になって飛び出した。
クドーから教えてもらった技の一つ、飛び出す斬撃。彼のように上手く扱うには訓練が必要だけど、込める魔力次第では私の剣魔法よりも射程が長く攻撃力も高い。
そしてその金色の斬撃を受けたグリーンドラゴンは首を落とされて絶命したと同時に光の粒になって消え、魔石を落とした。
毒を放出する前に倒すことが出来たようだ。
「次行くで!今度は右!もっかいグリーンドラゴンや!」
その後も続く竜王種ほどではないものの、強力なドラゴンとの戦闘。
私の攻撃でほぼ一撃の下に屠っていく。
一見すれば楽勝のように見えるけど、時間をかけていられない以上相手からの反撃も許さないレベルで繰り出し続ける攻撃。
ドラゴンの攻撃を一度でも受けると進軍速度は激減するし、アイカやクドーがその標的になった場合は回復の手間で一度立ち止まる必要がある。
立ち止まると他のドラゴンがやってくる可能性もある。そうなれば連戦続きになってしまう。
時間を掛けてしまえば二人が飲んだポーションの効果も魔石の魔力も切れてしまうのでその時点で手詰まりだ。
このまま速度を落とさず階段前のクリスタルドラゴンまで辿り着き、速やかに撃破した後に百層へ転がり込むのが最善だ。
絶対、やってやる。
今日もありがとうございました。




