第144話 新しい武器
休日。
私は起きていたリードに出掛ける旨を伝えるとすぐ準備に取り掛かった。
「今日はユーニャに会うのだったか。冒険者ギルドには行くのか?」
「今日は冒険者稼業はお休みの予定だよ。ユーニャと一緒に買い物して美味しいご飯食べてくるつもり」
「ふむ…。ミルルが言っていたが、北通りの『巡る大空の宿』から東に入った路地の先に令嬢達の隠れ家のようなレストランがあるらしい」
普段からミルルとちゃんとコミュニケーションを取っているようでリードはそんな情報を教えてくれた。
確かに私やユーニャだとそんな店の情報はなかなか入ってこない。
美味しいお店はわかってもどちらかというと大衆向けの料理屋ばかりになる。
しかしリードがそんなことを覚えてるなんて珍しい。
「元々セシルと行く予定だったが、男には辛い店らしいからな。二人で行ってくるといい」
…男には辛い店ってどういうことだろう?
全体的にピンクが多めの店とか?
…ともあれ行ってみないことにはわからないし、情報をくれたリードには感謝だ。
「ありがと。それじゃ行ってくるね」
いつもの制服に着替え、その上で腰ベルトを装着した私はリードを置いて部屋を後にした。
さて、出掛けたからと言ってリードに言った通りすぐにユーニャと合流するわけではない。
勿論それも大事な用事の一つなのでこの後に合流するのは間違いないのだが、約束した時間にはまだ早い。ユーニャとの約束は三の鐘に中央の石碑前にしている。
そのため、寮を出た私は石碑の前を通り過ぎて西大通りへと向かった。
途中で路地に入り、入り組んだ裏道を走っていく。
今は二の鐘の後なので明るくはなっているものの、相変わらずここの裏道には人があまりいない。
時折見かけるが酒臭いおじさんか、怪しい雰囲気を醸し出している人くらい。そういう人達にはあまり関わらない方がいいことくらいわかっている。これは前世でも同じだったし自分からトラブルに首を突っ込むほど暇人でもない。
ガチャ
「おはようございまーす」
ドアを開けて中に入ると薬品の香りが立ち込めていてちょっと咽せそうになる。
中をぐるっと見回すとカウンターに突っ伏して寝ているアイカを見つけた。
というか、そんなとこで寝てたら風邪引くよ?
「アイカ。アイカ、起きて」
そんな彼女のすぐ近くまで寄ると肩を揺すった。
アイカは突っ伏したまま規則的な寝息を立てているだけで特におかしいところは無い。
つまり本当にただ寝てるだけってことだね。
肩を揺すってる内に彼女の体勢が崩れてその寝顔がはっきりと見えてしまう。
大人しく寝てるだけなら本当にただの綺麗なお姉さん。
つい見とれてしまうほどに魅力的なのは間違いない。
…いや、私は正常ですから!ユーニャみたいに同性を好きになるとかないから!
そしていつまでも起きないアイカに少しずつイライラしてきたところ、奥から物音がしてクドーが出てきた。
「なんだ誰かいると思っていたらセシルか」
「あ、おはようクドー。そんなにうるさかった?」
クドーは目の下に隈を作っていて、ついさっきまで何かしらの作業をしていたのだろう、作業着のまま表に出てきた。
いや、そもそも私は彼の作業着以外の姿を見たことないけどさ。
「ここに客が来ること自体珍しいから誰かいるとそれだけで気になるんだ」
「…その割には前回来た時はなかなか表に出てこなかったじゃん…」
「前回はアイカがいたしな。さて…それじゃちょっと待ってろ」
それだけ言うと彼は再び奥に引っ込んでしまった。
待つ理由も何も説明されてないんだけどね?
相変わらず説明の足りない人だ。
揺すっても起きないアイカのことも放っておいて私は前回彼女がカップを取り出していた辺りを見てお茶の用意をすることにした。
私の制服のポケットにもお茶の道具は入っているけど、これはあくまで主人であるリードが使うためのものなのでそれを使うことは出来ない。
これでも割と貴族院では従者として優秀な方なのだしね?
カップは念のため三人分用意したけど、茶葉が見つからない。
あれから一週間経っているし、ひょっとしたらもう全部飲んだのかもしれない。
リード用の茶葉を使うわけにはいかないし…久々にハーブティでもいれようか。
腰ベルトから乾燥したミントの葉を取り出すとポットに入れ魔法でお湯を注ぎ入れる。
しばらくして茶葉が蒸されたところでカップに注ぎ入れるとちょうどクドーも戻ってきた。
両手にいくつか鞘に入った武器を抱えている。
「ちょうどお茶が入ったところだよ」
「あぁ…セシルのお茶はうまいからな。でも熱いのは嫌だぞ?」
少しだけ困った顔でそんなことを言うクドーに対してつい噴き出してしまったけど、私は「はいはい」と返事をしてミントティーを入れた彼のカップに触れて熱操作を行う。
すぐに熱が奪われていき、あっという間に人肌程度まで冷めて多分彼が飲むのにちょうどいいくらいになったはずだ。
「どうぞ、粗茶ですが」
「あぁ、ありがとう」
私がクドーにカップを渡したところ、彼は微笑んで受け取ってくれた。
だが。
「いやいや!そこは『あ、ども。お構いなく』やろ?!んで、『ってここはお前ん家やろー!』ってツッコむところやん?!なんでセオリー無視すんのや!」
「あ、起きた。おはよー、アイカ」
「俺にそんなこと言われても困る。それより折角セシルがお茶を入れてくれたんだからお前も飲め」
いきなり飛び起きたアイカの言葉は普通に流して私達は自分のカップを持って一口飲んだ。
うん、久々に飲んだけどミントの爽やかな香りが夏の近づいたこの季節によく合う。心なしか体の中から冷えてくるような、そんな感覚。
というか、アイカはそんなこと言えるってことは途中で絶対起きてよね。なんというか性格悪いなぁ。
「これこの前のお茶と違う。でもなんかスースーして美味いな」
「良かった。ハーブティは好みが分かれるからね」
「あー…この世界だとハーブティ自体をお貴族様は平民のお茶や言うて嫌うからあんまり一般的やないしなぁ」
あぁ、それは以前もどこかで聞いた。
でも私は平民だし何の問題もない。
美味しいものに身分も何も関係ないのだから。
アイカの持ったカップの中身が半分くらいになったところで私はカップを置いて切り出した。
「それでクドー。先週お願いした私の武器って出来てるの?」
切り出した私に顔を上げたクドーは頷いて下に置いていた武器を取り出してテーブルの上に置いた。
「これだ。いくつも素材があったからいろいろ作ってるうちに増えてしまった」
「ウチも素材の合成とかで手ぇ貸したんやで?」
テーブルの上に置かれた武器は全部で六本。
試しに一本手に取って鞘から抜き放ってみると、鞘を滑る軽い金属音がしてその抜き身の刃が私の目の前に現れた。
「…何、この白い刃?」
「ん…それは…なんだったかな」
「ミスリルと銀の合金やな。鉄を使こうてないから魔力を流して使う前提になる武器になるな」
「そうなの?」
「せや。ミスリルは強い金属なんやけど、銀と合金にすると強度は落ちるんやけど魔力の流れが良うなるんや。流す量が多ければ多いほどに強うなってく」
「…なんかすごいことになりそうだね」
「けど間違っても魔力流さんで使こうたらアカンで?簡単にひしゃげてまうからな」
なんか使いどころを考えなきゃいけない武器だね。
そう思いながら次の剣を手にしてそれも鞘から抜いた。
今度は今まで使っていた剣にとてもよく似た刀身をしている剣が現れた。少しだけ前の短剣よりも色が濃いだろうか?
「それは普通の鋼鉄の剣やな。セシルが今まで使ってた剣に似てるんやけど素材を厳選して作ったからかなり頑丈になってんで」
「うん、それなら…」
「但し前に渡したんと同じでこれも魔道具の一種や。クドーが付与した『頑堅』と『尖鋭』で普通の短剣とは比べ物にならんくらいの攻撃力になってるやろな」
「なるほど…それじゃこのあたりが普段使いに一番いいのかな?」
というか『頑堅』と『尖鋭』の付与とか…私も使いたいくらいだ。
ひとまずその短剣もそのまま鞘に戻してまた次の剣を手にしてアイカの説明を受けていく。
私が六本全部を確認するまでそれは続き、説明を全部聞く頃には私はかなりげんなりしてきていた。
私も宝石にはそれなりに詳しい自信があったけど、アイカの金属の説明はそれを遥かに凌ぐもので理科の授業を聞いてる気分だった。
私も聞いたことの無い合金の名前とか出てきたしね。ステライトとか何とか化チタンとか…。
確かに私もよくわからないような金属もインゴットにして渡してしまったから責任の半分は私にあるようなものだけど。チタンまでは私も馴染みがあるのでよかったけど、タングステンってどうやって使ったんだろ?確かすごく硬くて熱に強い金属だった記憶があるんだけど。
「あと、これは返しておく」
「うん?これは…」
「アダマンタイトとオリハルコンだ。その二つはここの工房では武器に加工することが出来なかった」
「…そっか」
ちょっと残念だった。
その二つはこの世界特有のものだったので、きっとすごいものが出来ると思ってたんだけど…。
まぁでも加工できないんじゃ仕方ない。
「クドーなら何とかしちゃうかと思ったんだけど…設備が足りないなら仕方ないよね」
「すまん。もっとすごい工房があれば出来るんだがな」
「うぅん、こっちこそ無理言ってごめんね。でもいつかはお願いしたいな」
「あぁ、勿論だ」
私はクドーから受け取った武器と返されたインゴットを全て一度腰ベルトに収納するとふと思い立って訪ねてみた。
「武器に加工出来なかったってことは他のことは出来るの?」
「…物にもよるが…。ちょっとしたアクセサリーならば可能だろう」
「それなら作ってもらいたいものがあるんだけど…」
私はそこで再びクドーにインゴットを渡しながら紙に図面を書いて見せていた。
ちなみにインゴットは前回渡したものよりもかなり小さいものだけど、これだけあればお願いしたものを作るには十分すぎるとのことだった。
「これなら多少削ったりすれば出来る。アイカにも手伝ってもらって最高のものを作ってやる」
「うん、おねが…い…?削る?」
「あぁ」
削る…アクセサリーのような細かいものを削って作る。
つまり!研磨?!
私はテーブルを飛び越えてクドーの肩を掴んだ。
突然の行動にアイカもクドーも全く反応出来ずに私のされるがままになっていた。
「クドー!一生のお願い!宝石のカットをして!!」
今日もありがとうございました。
なんとか寝落ちする前に予約投稿出来て良かった…ガクッ




