第142話 転移・転生者
ようやく出せました。
「うちらは仲間や」
その言葉の意味を理解するのにしばらく時間がかかった。
仲間?
転生も転移もしてる?
神の祝福を持ってると鑑定できない?
アイカがカマを掛けてきている可能性もある。
なので私からも転生の話をしてみることにした。
これで転生に関する話が出来なければアイカの嘘であることがわかるからだ。
「…転移と転生してるからアイカはタコヤキに凄く喜んでたんだね。……って嘘っ?!」
「…なんやねん。うちが嘘ついてた思っとったんかいな。セシルにそんなことせんて。というかセシルはうちがどんな風に話してるかわかるやろ?」
「…関西弁?」
「せや。おかしない?言語理解があるならこの世界の言葉でも相手にとって聞き取りやすいよう聞こえるはずやのに?」
「…あ……」
言われてみれば確かにその通り。
知らない言葉でも理解出来たりするので言語理解スキルは非常に便利だ。私にとってはこの世界の人も日本語を話しているように聞こえていたはずなのにアイカだけは最初から関西弁で話しているように聞こえていた。
つまり言語理解がなくても私が理解出来るから?いや、そもそもアイカが私にそれとわかるように関西弁で話していたから?
「ちなみに今話してるんはこの世界の言葉やで。それでもうちが関西弁使てるように聞こえるんはうちが関西弁で話そうとしてセシルがそれを言語理解で感じ取ってるからや。メッチャ便利な翻訳機能やんな!」
「えぇ…そういう解釈なの…?」
「なんでもえぇねん。でもうちらが仲間やいうんはわかったやろ?」
アイカはケラケラと笑いながら話しているけど、内容自体は釈然としない。
でもこれが元々のアイカのキャラクターなのだろう。かなりいい加減な人だということはよくわかった。
「はぁ。確かに私達は同じ世界から来た『仲間』みたいだね。それだけは」
「…なんや含みのある言い方やな」
「それだけでアイカが私に危害を加えない保証はないからね」
「疑り深いやっちゃなぁ…。友だち少ないんちゃう?」
「余計なお世話だよ!」
むー。アイカと話してるとなんだか私のペースを乱されてばっかりだ。
「まぁ確かに会ってすぐ信用せぇいうんは無理かもしれへんけど、折角同じ世界から来た仲間なんやからうちは仲良うしたい思ってんで?」
「…私だってそれは一緒だよ。今までずっと違う世界から生まれ変わったんだって言いたくても言えなかったんだから…」
アイカから何度も聞かされる「仲間」という言葉。それと「仲良くしたい」と言われる度に私の中の感情が堰を切ってしまいそうになる。
父さんにも母さんにも、ユーニャにもリードにも、誰にも言えなかった。何度も話そうとしたけど、話すこと自体出来なかった。
自身のステータスを確認したときに見たタレントにも書いてある通り転生者は転生した人にしか、転移者は転移した人にしか話すことが出来ない。
両方してる私は誰にも話すことが出来ないまま生きていかないといけないんだとずっと思っていた。
気付けば私の頬を一筋の雫が伝っていた。
それが私の涙だとわかった後は止めることが出来なくて後から後から溢れてくる。
私が制服の袖で涙を拭っているとアイカは音も無く近寄ってきて小さな布切れを渡してくれた。
「綺麗なハンカチ用意出来んでごめんな。せやけどうちはこうしてセシルに会えて嬉しい思ってるんやで」
アイカは身長が私よりも頭一つ分高いので自然と見上げる姿勢になる。
見上げたことで涙が零れている顔をはっきりと見せてしまったけど、ずっとケラケラと楽しそうに笑っていたアイカはそこにはいなくてただ優しそうな微笑みでその布切れで私の顔を拭ってくれた。
「辛かったやろ?寂しかったやろ?もう平気やで。うちは絶対セシルの味方やから」
「うっ…ず、ずるいよ…そんな言い方…」
「しゃあないやん。うちかて寂しかったんやで?だからセシルに会えて本当に嬉しいんや」
涙を粗方拭ってもらってまだ少ししゃくりあげてる私の頭にぽんっとアイカは手を置いた。
「『凄いね』『さすがやね』『どんだけやんねん』『お前理不尽やな』ずっとそんなこと言われてきたんちゃう?うちも一緒や。けどうちかてメッチャ頑張ってんねん。わかってくれるか?」
「…うん…うんっ、わか、わかるよ…」
「うちもセシルが頑張ってんの知ってんやで?三年くらい前に会ったときよりメチャメチャ強うなってるやん。…頑張りすぎや」
「なるべく怖がられないように普通にしようって思って…」
「うちの前じゃそんなんいらへんよ。セシルがやりたいようにやればえぇねん。どんな話も聞いたる。どんな愚痴だって聞いたる。だからうちの話も聞いてくれるか?」
見上げたアイカの顔はやっぱり優しさに溢れていて、ゆっくり頭を撫でられている感触になんだか許されたような気がして。
別に悪いことをしてるわけじゃないのに、いっぱい嘘をついてるわけでもないのに、なんだかこんなにすぐ強くなった自分がいけないことをしている罪悪感はずっとあった。
強くなるほどにステータスを見ては落ち込んだ。
いろんなことが出来るようになる度にどうやって隠そうか悩んだ。
でももうそんな必要もないのかもしれない。
少なくとも相談出来る人がいる。
ただそれだけの安心感なのに、私はアイカに抱きつき胸に顔を埋めて大声で泣き出した。
「…ごめんなさい」
「なんで謝るんや?」
「…服…」
私がアイカに抱きついたせいで彼女の服は胸のあたりが私の涙やら鼻水やらがついてしまってびっしょりだ。
さすがにかなり申し訳ない。
「ん?あぁこれか?美少女に抱きつかれた勲章やって自慢するわ。あひゃひゃひゃひゃ」
「むー……。洗浄」
私が魔法を使うとアイカが一瞬薄い水の膜に包まれた後、すぐに服は綺麗になった。もちろんしっかり乾燥もされてる私のお気に入り魔法の一つだ。
「あーっ!なんやねんもう。折角自慢したろ思っとったんに」
「嫌だよそんな自慢されたら」
「せやけど今王都冒険者ギルド注目株の一人、金閃姫セシルに抱きつかれて泣かれた女ってだけで箔がつくと思わん?」
「そんな箔いらないっていうか二つ名のことまで知ってるの?!」
「うちを舐めたらアカンで。セシルが王都に来てることは去年の冬くらいから知っとるし、ギルド初日にうちが依頼出してた薬草も出してくれとるしな。他にもうちの依頼を何度もやってくれてるんやで?」
「…知らなかった…」
入れ直したお茶を啜りながら二人でお喋りを続けている。
二の鐘が鳴るまでまだ時間はある。とはいえあと九十分ほどなのでしばらく話したらそろそろ寮に戻る必要がある。
「でも…うん。私もアイカと仲良くしたい。同じ世界から来た仲間として友だちになってくれる?」
「あん?当たり前やろ。友だちどころかうちら親友や。寧ろ心の友と書いて…」
「いや、そういう『シンユウ』じゃなくていいから」
「…関西人の生き甲斐を奪わんといてや…」
絶対ボケさせないから。
やらせたら絶対きりが無いのもわかってる。
そんな元ネタをわかっているからこその会話も十年以上していなかったから逆に新鮮だ。
そんな下らない話でもアイカと話しているととても楽しくなってくる。
さっきまで調子が狂わされて嫌だな、なんて思っていたのが嘘のようだ。
しかし話が盛り上がってきたところでアイカが大袈裟に息を吐いて一段落させてきた。
「こんな話ならまたいつでも出来るんやし、今日のところはもう一人とも会わせておきたいんやけどえぇかな?」
「…もう、一人?」
「せや。うちは転移者転生者と会うんはセシルが初めてやない。ここにはもう一人おるんや」
ガタッ
その言葉に私は驚いて勢いよく椅子から立ち上がった。
アイカもそれを見て私より遅れて立ち上がり店の奥へと足を向ける。
「ちと待っててな」
そう言ってカウンター奥のドアを開けて中に入っていった。
一人残された私はお茶の残りをちびちびと飲みながら戻ってくるのを待っていた。
あと四十分くらいしたら戻らないとリードも朝食に行く時間になってしまう。
とそこへようやく中からゴトゴトと音が聞こえてきて、アイカが戻ってきたのがわかった。
「へいお待ち!」
「…蕎麦屋じゃないんだけど」
「そこはタコヤキ屋やろ?」
「どっちもどっちでしょ」
苦い表情をしたアイカはそのまままた店舗のテーブルまで来るともう一つ椅子とカップを出してきた。
私は目の前のポットに魔法でお湯を入れてあげ、アイカに代わってカップへと注いでいく。
「お、悪いなぁ。しかし器用に使うもんやな」
「そう?…でもずっと練習してたし、このくらいはね」
ゴトゴト
三人分の紅茶を入れたところでドアの方から物音がしてそちらを向くと灰色の髪の男性が店舗に入ってきたところだった。
ランプの灯りだけでよく見えないけど、瞳の色も灰色に見える。髪はかなりくせっ毛のようでいろんな方向にツンツンと飛び出しているけど気にしている様子は無さそうだ。
というのもお客さんの前だというのに作業着らしき服を着たままだし、それもあちこち煤けていて言ったら悪いがかなりボロボロだ。
しかし何でそんなに鍛えられているか知らないけど、引き締まった細身の身体なのに野生の獣のようにミッチリと筋肉がついているのがはだけられている胸のあたりからわかる。
身長もアイカより更に高く前世ならバスケかバレーの選手だったんじゃないかと思えるほどの長身だ。
顔もかなり整っているのに外見には無頓着らしく、更には愛想も無い気がする。
「アイカ、そいつか?お前が言ってた少女というのは?」
「せやで。ほれ、こっち来て自己紹介くらいせぇ」
「あぁ…」
男性はアイカに促され頭を掻きながら私とアイカの間に置かれた椅子に腰掛けるとすぐに目の前に置かれたカップへと手を伸ばした。
「…ちっ…?!…アイカ、このお茶熱すぎる」
「湯気出てんの見たらわかるやろ?!猫舌なんやからちょっとは冷まして飲まんかい」
「のど乾いた…」
…なんだこの人?
愛想が無いというかちょっと…いやかなり抜けている人なのかな?
「あの、私少し冷ましてあげるよ」
そう言って彼の前に置かれたカップに手をつけると熱操作で少しずつ温度を下げていく。
人肌程度まで温くなったところで手を放し「どうぞ」と言ってお茶をすすめた。
「ん…ちょうどいい。あぁ、そうだ。俺はクドーだ」
「え…?あ、私はセシルです…」
突然名前を言われ私も咄嗟のことになんとか自分の名前だけを告げると、彼は再びお茶を飲み始めてしまった。
今日もありがとうございました。
閑話含めて150話に到達しました。
この二人が出てきたことで少しずつ物語は動いていく……気がします(笑)




