第138話 ユーニャの商談
屋台から少し離れたところで私とユーニャ、そしてモンド商会の跡取りであるブリーチさんの三人は着々と商談を進めている。
食いついてきた時点でこの商談を断られるとは思っていないけど、後はユーニャがどこまで彼からお金を取れるかということ。
それだけは私は関知するつもりがない。
そこは是非ともユーニャに頑張ってほしい。
ブリーチさんは私が取り出した物を腕を組みつつ顎を撫でて見つめている。
「それは……随分小さな鞄だけど…」
「私が取り出した時点で普通の鞄だと思ってる?」
「まさか……魔法の鞄?!」
ブリーチさんのその言葉に周りにいた人が何人か振り返った。
その様子に私は人差し指を立てて唇に当てると彼もそれに倣い、声を潜めてくれた。
「…すまない…。しかし…それは本物かい?」
ブリーチさんは腕組みの力を強めて鞄を凝視してくる。
そういえば前世のバイト先の店長に聞いたことがある。
腕組みをしているのは自分を守ろうとする本能らしい。「騙されないぞ」という意識の現れなんだとか?
だからこそその腕組みを崩させるのが楽しいんだとその店長は言ってたけど、私はその境地に達することは無かったね。
ちなみに腕組みを崩させたと実感するのは相手が前のめりで話すようになったら、なんだとか。確かに彼と話していたお客さんはいつも最後に笑顔で店長の話に食い入っていたっけ。
そんなわけで両腕をがっちりと抱き締めるように腕を組んでいるブリーチさんの目の前に魔法の鞄を突き出した。
「論より証拠。ほら」
そしてその鞄の中から私の腰ベルトにマズで仕入れた魚介類を一部を移動させたものを取り出した。
もちろん、出したのは言うまでもなくタコだ。
「う……な、なんだい?その奇妙な生き物は?」
「え?これがタコだよ?さっきからみんなが美味しい美味しいって食べてた物の正体」
「……セシルさんが嘘をつくわけないから信じるけど…信じたくない…」
そんなに見かけで判断しなくてもいいのに。
あ、でも私も虫を食べろって言われたら拒否するから似たようなものか。
確かにタコは前世でも地域によっては悪魔の手先とか言われてるような生き物だったし、日本人は世界一タコを食べる国…だったかな?そのくらい生まれた時から慣れ親しんでいるからこそ姿を見ても抵抗無く食べられるのかもしれない。
「…それにしても…このタコ、凍っているじゃないか」
「うん、氷魔法でカチコチに凍らせてるの。だから食べる時には熱湯に入れてちゃんと茹でないといけないね」
「氷魔法を使える人を探して頼むだけでもかなりの金額を覚悟しないといけない、か…。やっぱりおいしい商売かと思ったけど全然稼げそうにないね」
とても残念そうな顔をして首を左右に振るブリーチさん。
うんうん、やっぱり彼はよく気付いてくれる。
ここまで同じ話をユーニャにもしたけど気付けなかったんだよね。
私がそれを思い出してユーニャの方を見ると苦笑いを浮かべながら彼女もその時のことを思い出しているようだった。
タコを出した魔法の鞄からもう一つある物を取り出しブリーチさんの目の前に突き出した。
「…これは…魔石かい?」
「よく見ただけでわかったね」
「ここまでの流れでただの水晶を見せられたら今すぐ帰ってしまいそうだけどね」
「あはは…。それでこの魔石なんだけど…氷魔法が付与されてるんだ」
「さすがにそれは…いくらなんでも出来過ぎじゃないかい?」
「私が嘘を吐くとでも?」
「……セシルさん、もし本当ならそれだけでもかなりの金額がかかってる、よね?」
さすがに商会の跡取りになるだけのことはある。いろんな物の物価をある程度把握している。
確かに彼の言う通り、氷魔法が付与された魔石なんて買おうと思ったら白金貨百枚くらいはするはず。多少冷やすくらいなら水魔法でも十分だけど、カチンコチンに凍らせるとなるとそれでは足りない。水魔法が付与された魔石は小金五枚くらいだったかな?
どっちにしろ私には関係のない話。なにせ自分で作れるのだから。
そのあたりの話をブリーチさんに私自身が出来ることを伏せた上で貴族院で魔道具研究室に所属していて格安で手に入るツテがあると言っておいた。
嘘は言ってないよ?研究室にいることも、自分で作るから材料費くらいしかかからないこともね?
「なるほど…確かにこれは美味しい話だ…」
「商品の説明は私が担当したけど、お金の話はユーニャが担当だからね」
「う、うん!あのっ、それでですね。今回のこのレシピを使って商売をするならこれらの道具も必要になると思います」
「うん…そうなるね。でも…相当いい金額になるんじゃ?」
「確かにこれらをブリーチさんに『販売』するならそれなりの額をいただかないといけません。ですからこれらは『貸出』にします」
「…『貸出』?」
「はい、長期間利用してくださるお客様へ購入するよりは遥かに安い金額を毎月払っていただくことで好きに使っていただけるようにします。勿論契約には魔法契約書を用意しますのでそちらに署名していただくことになります」
魔法契約書、とは商人同士で高額の取引を行う際にすぐに現金が用意出来ない時や継続した取引の約束をする時に使う魔力を帯びたインクで書かれた契約書。
強い強制力を持っていて契約を破ろうとすると最悪命を落とすとか。それと例えば支払い能力が無くなってしまったときには相手の持ち物全てを没収する権利を主張出来る、と大体の契約書には書いておくんだって。
ユーニャから教えてもらったよ!
私は知らなかったよ。だって領主様と交わした契約はその場で契約書を書いていく方法だったから、それが魔法契約書の原本だったなんて知らされてない。
つまり私も学園を退学しようにも契約書がある限りそれ自体が出来ないということに…やろうとしたら死んじゃうとか…あの腹黒領主様め…。
ちなみに契約は達成するか、お互い同意の上で破棄するか、より強力な強制力のある契約をすると解除される。
これはもう魔法というより呪いなんじゃないの?
「魔石と魔法の鞄の貸出料は一か月金貨五枚。これは万が一の紛失や盗難、破損における保険も含まれます。また内包魔力が切れた際はこちらで補充しますのでその間はしばらくお預かりすることとなります。お預かりしている間は代用品をお渡ししますので商売に支障が出ることはないはずです」
「ふむふむ…なかなか良く考えられているね。それで肝心のレシピの料金を聞いてないよ」
「はい。レシピの料金は魔石と魔法の鞄を借り受けることにした場合、最初の契約更新まで毎月売上の五パーセントをいただきます」
「毎月?いやそれでも五パーセントとは随分安いね?」
「魔石と魔法の鞄の貸出期限は五年です。その後また借り受けたいのであれば更新も出来ますし、その商売を止めるのであれば返却していただいて結構です。これを私は『リース契約』と呼ぶことにしました」
「リース契約、か…。…ふ、はははっ!面白いことを考える子だね!」
おっと領主様についてイラついてる内に話が進んでいた。
ちゃんとうまいことリース契約を結ぶ流れになっているみたいで安心だね。
勿論入れ知恵は私がしたんだけどさ。
料金もブリーチさんなら高いってことはないはず。レシピの利用料だけは『利益』ではなく『売上』としたから思ったより高くついてるはずだけど、そのくらいのことは彼も気付いているだろう。
「いかかでしょう?私、いえ私達は決して貴方に損はさせないと自負しております」
「ふふ…いいね!じゃあ私ブリーチ・モンドは国民学校商人科二年次ユーニャさんと『リース契約』を結ぼう。今日の発表会が終わったらモンド商会がやっている宿に来てくれ」
「あ…ありがとうごさいますっ!」
おぉ、やったねユーニャ!
私が半歩下がったところで満面を笑みを浮かべているとユーニャも振り返って同じように太陽のような笑顔を見せてくれた。
その後二人して抱き付いたのは言うまでもない。
長年離れてた親友とのスキンシップは大事だよ。
「ふふ、こんな商談を国民学校でされるとは思わなかったよ。さすがセシルさんだね」
微笑んではいるが少し悔しそうなブリーチさんだけど、その言葉には少し訂正が必要だ。
「ブリーチさん、私は商品の説明をしただけで商談をしたのも契約をするのもユーニャだよ」
「…そうだね。ユーニャさん、大変失礼しました」
「いっ、いえっ!私はセシルがいなかったら何も…」
突然自分へ頭を下げられたユーニャは慌てて手を胸の前で振りながら困ったようにブリーチさんと私を交互に見る。
「あまりそう自分を卑下するものじゃないよ。セシルさんの知恵も勿論あるだろうけどさっきの提案はなかなか見事だった。最後の言葉も相手の背中を押す素敵な一言だった。正直、同じ商人として嫉妬してしまうほどにね」
「そ、そんな…いえ、ありがとうごさいます。今後とも精進しますので末永いお付き合いのほどお願いしたく存じます」
「セシルさんにこんなすごい才能の友達がいるとは思わなかったよ」
「でしょ?私の自慢の親友なんだからっ」
「商売敵にならないよう、いいお付き合いをしたいものだね」
その後少しだけ立ち話をした後に彼は私達に手を振りながら「待ってるよ」と言って去っていった。
最初に会った時は失礼な青年のイメージもあったブリーチさんだけど、こうしてちゃんとした商談をしてみればやっぱりちゃんとした商人なんだなと実感した。
ユーニャも学校だけじゃなく、彼を通してしっかりと商人となるべく勉強してもらいたいものだ。
そして当の本人はというと。
「…ふぁ…。私、やった…」
「やったね、ユーニャ」
放心気味になっているところ、ユーニャの左手を両手で包み込んで私の胸に抱き締めた。
「でもセシルがいなかったら…」
「違うよ。私はユーニャの一部だよ。ユーニャに私がいないなんてことはないよ。だからこれはユーニャの力。私のことを含めてユーニャ自身が掴み取った結果なんだよ」
「…セ、セシル……。あ、あり、がと…」
うっすらと瞳に涙を貯めているユーニャはとっても可愛い。
親友のあまりの美少女振りにちょっとだけ誇らしくなる。
ここにいるこの可愛い子、私の親友なのっ!
って自慢したくなるくらいに!
言わないけどさ。
「ほら、泣いてる暇なんてないよ。発表会が終わるまではお店は続くんだから。あと、ちゃんと商人科のみんなにも説明しなきゃ駄目だよ」
「…うんっ!」
元気良く笑ったユーニャの手を離してあげると彼女はクラスメートの元へと走っていった。
これで来年以降も彼女の勉強は捗るだろう。
私達の目標のためにはユーニャ自身ももっといろんなことを勉強してもらいたいしね。
そして私もお店の様子を見ようと屋台の軒先に顔を出したところ、突然大きな声が響いた。
「なっ!なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
今日もありがとうございました。




